【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ぐるりと機体を反転させたアフロディーテ──
その勢いを利用した紅の女神は、右掌部に装備した対艦刀の一振りだけで、眼前のアッシュの左腕クローを叩っ切った。
さらにもう片方の対艦刀を抜き、もう一撃をアッシュ左腕に食らわせ、本体から腕を分離させる。
敵の機体から引きちぎる形になったその腕を、アフロディーテは猛然と振り回し──
場の全員が、息を飲んだ。
飲まざるを得ない事態が発生した。
哀れだったのはフレイの眼前に迫っていた、アッシュのパイロットである。
何が起こったのか全く理解出来ないままに、自分の機体のクローでコクピットを貫かれたのだから。
フレイがアフロディーテを反転させてアッシュが大爆発を起こすまでの時間は、約2秒。
接近戦では銃よりナイフの方が早いのは、人間もモビルスーツも同じだった。
だがこの事態にもめげず、ゾノが勇敢にも大地を蹴散らし、アフロディーテの背面に突っ込んでくる
――その数、2機。
アフロディーテの頭が180度見事に回転し、頭部バルカンを乱射する。
二手に分かれ回避を試みるゾノ
――しかし、フレイの動作の方が速かった。
首を逆方向に向けたままのアフロディーテ──その右脚部が、一旦遠ざかろうとしたゾノへ向く。
ほぼ真横へ伸ばされるアフロディーテの右足。バレリーナの如く、一本足で回転しつつ大地に立つ紅蓮の機体。
そして、アフロディーテの脚部末端──人間で言えば足の甲に当たる部分がばっくり割れ、中に仕込んであったスティレットが2本、飛び出した。
獲物を破壊する為だけに造られた、真っ黒い毒針のように。
スティレットをまともに顔面に食らったゾノは、矢を突き刺された緑のテナガザルの如く力を失い、後方へ傾いていく。
そして一瞬の後、光となって散っていく、
その丸焼きが完成する間に左から襲いかかってきたもう一機のゾノも、アフロディーテが振り回したアッシュの爪を喰らい、粉砕された。
この光景を──カラミティ内部のカイキも、殆ど指をくわえて眺めているに等しい状態だった。
「フレイ! 何があったっ……
マユを……マユを、何とかしてくれ!」
彼がどれほど叫んでも、妹の身を案じても、フレイからの応答はない。ただ、眼前で暴走するアフロディーテがいるだけだ。
アッシュ・ゾノの部隊も決してぼんやりしていたわけではないだろうが、何しろフレイの動きが速すぎる。
カイキは考える──
今フレイの視界は、全てが恐ろしいほどスローになっているに違いない。
敵は完全に棒立ちに等しい。そして彼女自身の動きは、真水よりも清浄で研ぎ澄まされている。
極限まで澄み渡った視覚、聴覚、あらゆる神経、血液、細胞──あの、キラ・ヤマトのように。
多くの戦士たちがどれほど求めても、決して得られぬ戦闘能力を──
今、フレイは解放していた。それも、自らの意思のもとに。
アフロディーテが次々にザフトを撃破していく光景を――
アマミキョカタパルトのモニターで見せつけられた整備士たちは、爆光が上がるたびに歓声を上げる。その機動に、恐怖を示す者も少なくなかったが。
だがこの時ミゲルは、彼らとは全く別の戦慄に捉われていた。
「フレイ!
機体のSEEDが弾けるわけじゃないって、あれほど言っただろうが!!」
走り出し、アマミキョにわずかに残されていたスカイグラスパーに飛び乗るミゲル。
既にスカイグラスパーにはジェットストライカーを装備してある。山神隊に平身低頭で譲ってもらったこの大気圏内用高機動空戦型ストライカーパックは、今が使いどころだった。
ティーダの外部スピーカから、ラスティの叫びが響く。
《先輩、無茶だ! そんな腕で……》
「あのままじゃ、30秒でエネルギーが切れちまう!
こいつで少しでももたせにゃあ!!」
既に肩から先が消失している右腕をものともせず、ミゲルはコクピットに乗り込み、エンジンを始動させた。
《だけど、今のアンタは……》
「任せろよ!
これでも俺は、『黄昏の魔弾』と呼ばれた男だっ」
歯をくいしばりつつも、ミゲルは口元に笑みを浮かべてみせた。
同時にスカイグラスパーのバーニアが盛大に噴射され、彼の翼は雨空に飛び立っていく。
ザフトの攻撃で揺れるアマミキョ。そのブリッジへ通じるエレベーターで――
カズイは船内通信をチェックしていた。
その最中、ブリッジの通信を傍受し、彼は一瞬棒立ちになってしまう。
「サイが……出動?」
反射的に思い出したのは、2年前の砂漠だ。
あの時サイは、キラの留守に無理矢理ストライクで出撃しようとして
――カズイは激しく首を振る。
「自己主張しようとして、自棄になって……
結局同じことの繰り返しじゃないか、サイ!」
だが、握り締められた拳の震えは止まらない。
エレベータが目的階に到着したのも全く気づけぬほど、カズイの心は焦っていた。
我を忘れてしまっていた。駆け込んできたクルーに怒鳴られるまで。
今度こそは、サイの命が危ういのだ。自分の友人が。
2年前は自分を最後まで思いやり、今は自分を裏切った、あの
フレイの機動は止まらない。
バッテリーは残り30%を切っていたが、
「構わん! 20秒でケリをつけるっ」
彼女は堂々と宣言していた。
ちょうどアマミキョのいるこの地点は、高台。
やや傾斜した大通りを利用して、アフロディーテは足部分と道路の間に火花を散らせながら滑り降り、雨中を一気に跳躍した。
アフロディーテの関節部が軋み、重圧のかかりすぎた左脚関節からは僅かに煙が出始めている。
クローを構え、さらにクローの内側に仕込まれた機関砲で応戦しようとしていたアッシュを、70トンを超えるアフロディーテの重量と加速と共に、左の対艦刀で貫く。勿論、コクピットを。
さらに、真後ろから食いついてきたゾノ2機に対し、アフロディーテは右のマニピュレータの対艦刀を後方へ投擲する。
相手がそれをよける間に素早く右側の武装をビームライフルに持ち替え、大きく「後方へ」右腕部を回して閃光を放つ。
――人間の形をしているはずなのに、人間ではありえない動き。その上正確無比な射撃。
瞬く間にその餌食となるゾノ。
だがアフロディーテの目の前にはまだ2機のアッシュ、さらにヨダカのジオグーンがいた。
そそり立つジオグーンのドリルの背後には、雨で荒れ狂う河の濁流しかない。
《ティーダを引きずり出すまで、一歩も引かぬ!》
外部スピーカで堂々とがなるヨダカの声が、未だ雨の中にこだまする。
同時に再びジオグーンがドリルをフル回転させ、地中に潜ろうとする──
狙いは一つ。アマミキョ、そして中のティーダ!
「愚かなザフトよ……
ティーダはこの国に残された、唯一の希望ぞ!」
フレイの叫び。
最大戦速でスラスターを噴かし、低空を駆けるように飛行しつつ、彼女は自らジオグーンへ突っ込んでいく。同時にカイキへ通信を繋ぐ。
「カイキ、シュラークで私を撃て!」
《何だって?》
さすがのカイキも、この命令には驚きを隠せない。が、フレイは有無を言わせなかった。
「ティーダを出させたくないなら、私を狙え!」
その一言に、腹を決めるカイキ。
カラミティの両肩、長距離ビーム砲シュラークに、光が入る。
対空ならともかく、地上に向けて無闇に使用すればどのような影響が出るか分からぬ砲塔。
それを、先ほどの地下への一撃のみならず、二度も敢えて使わせるとは──
そんな微かな迷いを強引に振り捨てるように、カイキは一声吼えた。
「……チグサの為だ!」
カラミティが砲撃準備を整えた、その一瞬の間にも。
滑空中のアフロディーテはアサルトナイフを取り出し、襲いかかってきたアッシュの緑の装甲に食い込ませた。
さらに左脚部を振り回してもう一機のアッシュを勢いよく蹴り飛ばし、同時にその
慌てて二手に分かれようとするアッシュ。その二機にそれぞれ手と足で食いついていたアフロディーテは、当然引き裂かれかかる。
別方向へと動く2台の自動車の間に、人間が無理矢理手足を繋げられれば、一瞬で腹から寸断される。それと同じ状況だ。
しかも今そこに、ドリルを搭載した大型トラックが突っ込んでくるも同然。
胴体部に走る火花。雨の飛沫の中、ちぎれんとする紅蓮の鋼鉄。
フレイのコクピットに激しく飛び交う、ありとあらゆるアラーム──
同時に、彼女の細い紅のパイロットスーツも大きく揺さぶられる。
眼前のモニターに大きく迫るは、ジオグーンのドリル。
ヨダカの叫び。
《ティーダは文具団による、人間への冒涜だ!》
正面突撃は正解だった。思った通り、相手は潜るのをやめて食いついてきた。
フレイの濡れた唇にほんのり浮かぶ、静かな微笑──
そして真後ろから来る、カラミティの閃光。
瞬間、フレイはIWSPのエネルギーを思い切り解き放った。
機体全てのバーニアが内部で爆発するようにパワーを噴出させ、一気にアフロディーテをアッシュから解放し、天空へ飛翔させる。
同時に地上では、カラミティのエネルギー波に呑まれたアッシュが、河川の濁流と共に焔の中で溶解していた。ジオグーンを守るように──
《……退避! 逃げて下さい、隊長……ぎぁあああ!!》
《熱い、熱……助、け……!!》
ヨダカは聞いた。アッシュに乗った部下の最期の叫びを。
迂闊もいい所だ。突っ込んでくる紅のストライクに、こうも簡単に騙されるとは。
「やられたな。
まさか味方、それもエース機を自ら撃つとは……!」
2機のアッシュに食らいついていた紅のストライク。完全にそいつを巻き込む形で、カラミティは撃ってきた──
直撃寸前でストライクは上空に逃れたが、アッシュや自分たちが逃れられるはずもなく。
眼前に迫ったストライクに構わず、再び地下に潜っていれば。
――いや、今更言ったところで始まらない。
ヨダカの心は部下への侘び、そしてティーダへの憎しみで満ち満ちていく。
最初にゾノ部隊を一撃で無惨に溶かされた時点で、既に彼の怒りは沸騰寸前だったが――
身を挺してジオグーンを、自分を守った彼らの無念にさえ、答えられないとは。
だが、今は何も出来ない。部下との通信が永遠に途絶しても。
ジオグーンはアッシュに守られる形で何とか光と熱に耐えていたが、それも数秒の間。
ヨダカのコクピットが冷却システムも効かぬほど熱せられ、アラームが夏の蝉のようにがなりたてる。バイザーの中の髭までが燃えそうだ。
力の波でヨダカたちの部隊は一気に河川にまで押し戻され、熱せられた濁流に洗われる。ジオグーンの自慢のドリルは勿論、全く使い物にならなくなっていた。
「ここまで追いつめておきながら……民間の偽善船が!」
コクピットの射出装置が作動し、崩れ行くジオグーンから、悔悟にわななくヨダカを脱出させていく。
その先は幸か不幸か、河のド真ん中だった。