【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ヨダカが追い込んだはずのティーダの中では、マユが胸を押さえてじっとコンソールを見つめていた。
「ナオトがいる。呼んでる……ドキドキする。
どうして?」
同乗するラスティもまた、戸惑いを隠せない。自らの脳に入り込んでくる感覚に。
「ろくに乗ってない俺すら、分かる。
この空域のナオトを感じる……この空域の人間も」
ラスティは思わず、ディスプレイを確認する。
ティーダに搭載されたレーダーは第14ヘリポートのアストレイは勿論、ヤエセ全体の戦況を確実に把握していた。海岸で暴れまわっている謎の味方機がいるのも分かっている。
そんなティーダの機能は、俺たちも熟知しているはずだった。しかし──
「ティーダは……
乗ってる人間まで、レーダーにしちまうのか?」
しかもマユは、ラスティが感じなかったはずのサイをはっきりと感じていた。
ティーダに乗っている時間が長ければ長いほど、その感覚も強くなるというわけか。
「――ホント、この機体と俺、合わないな」
ラスティは自分でも気づかないうちに、不満げに漏らしていた。
ヤエセ第14ヘリポート付近、市街地──だった場所。
眼下でまたしても起こった爆風に、ナオトのヘリは危うく巻き込まれる寸前だった。
何とかヘリの体勢を立て直したナオトは──
光と高熱の中、鋼鉄の人形が骨組みだけとなり、砕け、倒れこむイメージを見た。
何だろう、あれは。
形だけはアストレイのようにも見えるが、紅白に彩られた鮮やかな装甲はどこにも見えず、真っ黒な鉄の塊があるだけだ。
両腕がもげ、首が吹き飛ばされ、瓦礫と化した百貨店の中に倒れている。まるでモビルスーツの焼死体だ。
そのアストレイらしき物体の前に、土下座でもするように突っ伏しているのは
――ゾノに似たその形状からして、ザフトの新型だろうか?
一帯を焦がす炎に眼が眩みそうになりながらも、ナオトはヘリをさらにそちらへ向けていく。
何故かは分からないが、そこへ行かねばならない気がした。
すると──
うずくまっていたはずのザフト機が、動いた。
泥を被ったカエルのようにも見えるそいつは、まだ生きていたのだ。
全てを焼き尽くす、あの業火の中で!
両腕に装着されていたらしいクローは片方が吹き飛び、もう片方もひしゃげていたが。
それでも壊れたままの爪は雨に打たれ、血を吸うように動く。
そいつの頭部に矢じりの如く突き刺さっているのは、爆発したスティレットの残骸。
半分砕けた頭の中で、紅の単眼が二度、はっきりと点滅した。
――この化け物に、アストレイはやられたんだ。
ナオトの想いは、アマミキョより先に、黒ずみのようにされたアストレイに向かっていく。
ヘリの機首を、一気に傾ける。
――助けなきゃ。
痛いほどに感じる──自分が一番会わねばならない人物を、あの中に。
自分が今、一番会いたい人が、あの中にいる!
何故そう感じるのか分からない。ティーダの及ぼす影響を、ナオト自身は未だ知らない。
だがその眼前で、ザフト機の砕けた爪が、泥を跳ね飛ばしながらイソギンチャクのように動き、伸ばされる。瀕死のアストレイを喰らおうとして。
その爪が、まだ形は残っているアストレイのコクピット部分に近づき、黒ずんだ機体を無理矢理掴み、そして──
ナオトはその0.3秒の間に閃いた。
アストレイのパイロットを助ける方法を。自分に残された、ただ一つの方法を。
これしかない。胸元のフーアのお守りを握り締める。
お願いします、僕を守って下さい、フーアさんアイムさん、ミリィさん、真田さん──
あの人の命が、小さくなってる。掌に乗せたら溶けて消えてしまうほどに、弱くなっている。
消えないでくれ。どうか、こんな処で消えないで。
思い切り操縦桿を前方に倒すナオト。
ヘリの窓を叩く雨粒がさらに激しさを増し、その雨の向こうには赤黒く変色したザフト機が迫る。
傾くヘリ。ナオトは足を踏ん張った。
もう一度、あの人に会いたい。会って、謝りたい。
行け──ミリィさんの想い、真田さんの祈り、僕の心。
目の前にぐんぐん迫る、鋼鉄のタコ野郎。単眼のカメラアイはこちらにまでは向いていない、うまい具合に壊れている──
あの紅の眼まであと、30メートル、15メートル、10、5。
「サイさんをこれ以上、侮辱するなあああああぁぁぁ!!!!」
叫びと共に、ナオトはヘリを、ザフト機の顔面に激突させた。
雨の中に飛び散るガラス、計器、シート、そしてナオト自身の身体。
脳裏にスパークが万華鏡のように広がり
飛び散っていく破片や火花やケーブルがスローモーションと化し
雨粒の中に浮いていく。
その直後に、ナオトの背に轟音が叩きつけられた。
フレイのアフロディーテが飛翔した空域には──
ドンピシャのタイミングで、ミゲルのスカイグラスパーが追いついていた。
バッテリー切れ寸前のアフロディーテは、自ら背中のIWSPを切り離す。
一瞬素のダガーLになってしまったアフロディーテに、ミゲルはすかさずスカイグラスパーからジェットストライカーを射出。
そしてアフロディーテは見事、空中での換装を成功させた。
ジェットストライカーがアフロディーテの背中に綺麗に嵌まり込み、バッテリーが紅の機体に流し込まれる。
換装にかかった時間は、約4秒。
「換装時間新記録更新だぜ、フレイ! 機体損傷度も!!」
ミゲルの軽い皮肉にも、フレイは何も返さなかった。
無言のままジェットストライカーを全開にし、爆音と共に一気に第14へリポートへと向かう。
気を失っていたのは、ほんの30秒程度だったらしい。
意識を取り戻した時ナオトは、温かい泥の中に突っ込んでいた。
どうにか、頭だけを上げてみる。
雨が顔に叩きつけられ、こびりついた泥を洗い流していく。
ぼんやりした視界もそのままに自分の身体を眺めてみると、スーツの右袖が肩からちぎれて破れており、剥きだしになった二の腕は血だらけだ。服は殆ど泥を吸収し尽したに等しい状態で、べっとりと肌にくっついている。
しかしそんなことより、全身を貫く左足の痛みで、すぐには動けなかった。
何しろ、20メートル近い高さから飛び降りたのだ。下が柔らかな泥でなくコンクリートの道路だったら、今頃ナオトは確実に肉片となっていただろう。
いくら半分コーディネイターだからといって、この蛮勇の代償がただで済むわけがない。
──これは罰だ。あの人を馬鹿にした僕の。
あの人は、もっと痛いはず。
ほぼ腕の力だけで、ナオトは身体を起こす。
煙と雨で視界は悪かったが、それでも炎に照らされたアストレイの姿ははっきりと確認出来た――殆ど原型を失った、オーブの勇士が。
そして手前で炎上しているのは、さっきまでナオトが乗っていたヘリの残骸。
――何とか爆砕出来たザフト機が、その向こうにあるはずだ。
ナオトはざまぁみろ、と言いたげに顔をほころばせつつ、炎の向こう側に眼を凝らす。
が──
その笑みは一瞬の後、凍りついた。
炎の中でうごめくもの。あの黒い毒針は、奴の頭部に突き刺さったスティレットだ。それが動いているということは──
ナオトが思考をめまぐるしく巡らせている間に、炎と黒い雨をかいくぐるように、ザフト機の単眼が光った。
「ねぇ……ちょっと、まさか……
冗談でしょ!?」
ヘリの残骸を踏み潰す、化け物の足。
飛び散ったヘリのオイルが、血のように半漁人野郎、もといザフト機の装甲を流れる。
ナオトは立ち上がることも出来ないまま、その光景を眺めているしかなかった。
もう、武器もない。声も出ない。
執拗にザフト機の爪が、アストレイのコクピットにかかる。
既にハッチは砕けており、ナオトにはわずかに中の様子までが見えた。
何だ、あの血だらけの腕らしきものは──包帯も見える──吊られている腕。
もう間違いない。あぁ、どうして、貴方はそんな無謀を。頭のいい人だったでしょう、貴方は!
だが、その刹那。
発狂寸前となったナオトの目の前で
さらに予期せぬ事態が発生した。
──天空から突如舞い降りた、黒い鋼鉄の翼。
それが、ザフト機の真上に叩き落とされたのだ。
いつか聞いたことのある、「神が降りた」という表現はこういう現象をさすのか。
ナオトはあまりの状況に、狂うことすら忘れ、逆に酷く冷静にその光景を眺めていた。
彼の乗っていたヘリとは段違いの加速をつけたその翼は、一気に半漁人の頭にメリメリと食い込んでいく。
見上げると、黒煙と豪雨の空から、女神の名を持つ紅蓮の機体──
ストライク・アフロディーテが、滑降してきた。雨の上を流れるように。