【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
アマミキョ医療ブロックに到着した瞬間に丁度、アフロディーテのバッテリーは完全に上がった。
緊急通信は何とか繋がったらしく、フレイがサイを運び出した時にはもう、アフロディーテの足元にスズミ女医らが待機していた。
サイを固定したストレッチャーは泥を跳ね飛ばし、そのまま医療ブロックへ突入していく。
血に汚れた通路を駆け抜け、危うく子供を跳ねそうになりながら、スズミやネネら医師・看護師はサイを運んでいく。
彼らと共にストレッチャーを引っ張り駆けつつ、フレイが叫んだ。
「出血多量、現場で生食を点滴!
頭部胸部左腕に裂傷、左大腿部及び両腕に火傷。左腕は複雑骨折の疑いあり、瞳孔は緩慢、血圧は触診で95、呼吸音微弱、脚に脈がない!」
騒ぎを聞きつけ集まってくる患者をかきわけるようにしながら、スズミは空いている手術室を探して眼を血走らせる。
「血算、血液型とクロスマッチ、頚椎四方向に胸部、それから左腕の写真オーダー!
2号室、遺体放置しないでとっとと空けて!!」
人工呼吸器をしたサイの頭のあたりには、必死でナオトがとりすがっていた。ストレッチャーに引きずられるように。
「サイさん……
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!
だから……お願いだから、眼を覚まして!」
延々と謝りどおしの泣き声。
フレイがそんなナオトを振り返る。その形相はまさしく鬼だった。
「その赤ん坊を黙らせろ!」
咄嗟にネネが動き、彼を後ろから強引に羽交い絞めにして引き離していく。
「ナオト君、邪魔っ!」
「嫌だぁっ!
サイさん、駄目だ、絶対死んじゃ駄目だ!」
ネネや他の看護師たちに押さえつけられながらも、ナオトは狂ったように絶叫する。
その叫びをBGMに、サイはまだ死体の片付かぬ手術室に運び込まれていった。
「血圧、90の50に低下。酸素飽和度92」
「ラピッドインフューザーにOマイナスをあと2単位、いえ4単位。
血液バンクの心配は当分ないわ……彼自身のおかげでね」
スズミはテキパキとネネら看護師たちに指示を下し、血まみれのサイの救出にかかる。
「呼吸音減弱! 挿管します、チェストチューブ取って」「腹部は硬くて膨満、内部出血の可能性がある」
「胸も腕もズタズタ、大動脈を外れてるのが奇跡だ」「だけどこの前、喉をパイプで貫かれても助かった患者さんいましたよ。だから……」
看護師たちの必死の言葉が交わされる。
扉の向こうから未だに聞こえる、ナオトの泣き声。
それをよそに、スズミはサイの肺へ命の管をゆっくり入れていく。だが──
「声帯が見えない、血が溢れて……」
途端、サイに繋がれていた医療モニターがけたたましく鳴り出した。
おそらく多くの医者・看護師たちが、最も嫌がるであろう音──
「脈が消えます、心停止!」
そのネネの叫びに、スズミは反射的にモニターを確認する。
命の鼓動を示していたはずのモニターが、実にきれいでまっすぐな緑の光線と化している。
メロディーもリズムも何もない、ただ、ラの音を延々と鳴らすだけのアラーム。
0.1秒のうちに、スズミは除細動器のパドルを両手で持ち上げていた。
「200にチャージ、下がって!」
サイの胸に、電気をたっぷり蓄えたパドルが押し当てられる。看護師たちが手際よく飛びのく。
この時、その場にいた全員の脳裏から、サイがアマミキョ中の嫌われ者だという事実はきれいさっぱり消え去っていた。
受けろ、生への電流だ、これが──
空気を震わせる轟音と共に、サイの身体が跳ねた。「駄目です、フラットライン!」
ネネの悲鳴。スズミは叫ぶ。
「次、300にチャージ!
戻れ、戻ってきなさいっ、戻ってこい! この馬鹿!」
再び飛びのく看護師たち、跳ねる四肢。
血の気が完全に引いたサイの頭が、がくがくと揺れる。その頬にはべっとりと血糊が張りついていた。
「スズミ先生、もう……」
スズミはそんなネネの弱気を、一声で排除する。
「もう一度チャージ、360!
善人が報われないなんて、私は信じないからね!!」
医療ブロックから出てアマミキョコアブロックに戻ったフレイは、珍しく独りで通路を歩いていた。
既にカラミティやアフロディーテは収容されている。紅のパイロットスーツは、サイの血でさらに濃い赤に染まっていた。
だがフレイは血に染められた手や顔を、拭こうとはしなかった。
その背後から、まだあどけない少年の声が響く。
「僕の言った通りじゃないですか。
やりすぎたんですよ、フレイは」
そこにいたのは、珍しくハラジョウから出て車椅子を走らせているニコルだった。
ケーブルの代わりに、身体よりも大きいバッテリーを背中にくくりつけている。
フレイはそっと振り返る。動揺した様子は全くなく、むしろ微笑みすら見せていたが、その瞳には若干疲労の影がよぎっている。
「――戦況は?」
「チュウザンもアマミキョも、何とか切り抜けましたよ。
ファントムペインが、素晴らしい逆転劇を見せてくれました。……あ、勿論、フレイの活躍が一番ですけど。
潜入部隊の隊長機も殲滅しましたし、ザフトは大損害で撤退を余儀なくされています」
ニコルはフレイに白いハンカチを差し出す。
それで彼女はそっと顔を拭いた。あっという間にその白は血に染まっていく。
そのまま足早に歩き出したフレイを、車椅子で追うニコル。
「皮肉ですよね。この前僕らと戦ったファントムペインが、僕らを助けてくれるなんて。
尤も、出撃を嫌がったパイロットもいたみたいですが」
「ステラ・ルーシェか。当然だな」
と――
フレイはふと、振り返った。
ニコルを見据えるその目には、何の感情もない。
「それを私に言う為に、お前はわざわざハラジョウから出たのか?」
ニコルは肩をすくめる。
「僕が言いたいのは、もうちょっとフレイは素直になればいいのにってことです。
アフロディーテをあれほど滅茶苦茶にしてまで、彼を助けるなんて……」
フレイはひらひらと手を振った。彼を追い払おうとでもするように。
その内に隠した感情を、見られまいとでもするように。
「何を勘違いしているのか知らんが、あの男はあくまでキラ・ヤマトの為の餌に過ぎぬ。そして、我ら本来の目的の為の――」
「ハーモニクスの要……ですか」
「キラが現れるまでもう少し耐えるかと思っていたが、やはり通常のナチュラルの身体は貧弱すぎるな。
あれでは撒き餌の役にも立たん」
あくまで冷静な言葉。ニコルは思わず車椅子を止めてしまった。
フレイはそのまま、カタパルトへ向かって歩いていく。
「今日のミゲルの説教は長くなりそうだ。
甘んじて聞こう」
取り残されたニコルは独り、膨れていた。「言い訳下手すぎ……フレイ」
「汚名返上したいばかりに、功を焦ったのさ」「結局何の役にも立たなかったな、アイツ」
「足引っ張るだけ引っ張って……自分は頑張ってますなんて、主張すりゃいいってもんじゃないのにね」
アマミキョのカタパルトでは、整備士たちとブリッジ組が各モビルスーツ、通信システム、設備の点検に大わらわだった。
事実上の勝利に、明らかに浮き足だっているアマミキョクルー。
そんな中でサイの出動の報を彼らが聞いても、自分らの行為を反省するどころか、サイの蛮勇を非難する声の方が遥かに大きかった。
カズイもアムルにくっついたままクルーたちの罵声を聞いていたが、何も言えなかった。
半分ぐらいは自分も同意見だからであるが、彼は下を向いたまま、何も主張することが出来なかった。
親友が死に瀕しているこの時に、お前は何をやっている――
そんな心の声を、カズイは必死で打ち消す。
気がつくとその顔を、アムルが覗き込んでいた。
いけない、彼女に涙など見せては。彼女に心配などさせては。
「大丈夫よ。
サイ君はナチュラルだけど、強いもの」
アムルは微笑み、カズイの頭を撫でる。その優しさは、カズイにとっては混乱の中の一筋の光だった。
一方、カタパルトの隅の方では、オサキとヒスイが黙々と作業を続けている。
元々サイと仲の悪くなかったオサキに、孤立しながらサイに励まされていたヒスイ。
同じナチュラルである彼女たちの心境はどうなのだろう──カズイはそれすら、聞きに行く勇気がなかった。
と、そんな彼の心をさらに引き裂くような怒声がその場に響いた。
「死んだ方がマシだな、あんな奴!」
整備の人手が足りなくなり、遂に瞑想室から引っ張り出されてきたハマー・チュウセイである。
「アストレイがどれだけ貴重か分かってるのか、あのクズは!
万が一助かって出て来やがったら、俺がアフロディーテで絞首刑にしてやるよっ」
それに反論する者は、誰もいない。
止めるべきトニー隊長は外の避難民の誘導で手一杯だ。リンドー副隊長はブリッジで山神隊と会議中。
必然的に、サイの行動を見直す者は誰もいなくなった。
「そうよね。いい加減、オーブに帰ればいいのに」
「大丈夫だよ。今回の件でさすがに強制送還されるだろうし」
「病原菌がいなくなると、この船も少しはすっとするよ」「ノコノコ出てきたら、今度は火炎放射でもしてやろうかぁ?」「ヤダ、悪趣味極まってるぅー♪」
彼らが調子づいて騒ぎだした、その途端──
カタパルト中に、いや船内全域に、その場の人間全ての鼓膜を突き破るが如き轟音が響いた。
全員が何事かと飛び上がり、音のした方向を振り向く。
カズイは思わず息を飲んだ。いや、彼だけでなく、ほぼ全員が。
もうオーブ行きの飛行機に乗ったと思い込んでいた、あの少年が
――ナオト・シライシが、カタパルトの入り口に立っていたのだ。
泥だらけのスーツもそのままに、腕と頭に応急処置で包帯だけ巻いて、ナオトはそこに傲然と立ちはだかっていた。
足元には壊れたスピーカーの破片が散らばっている。わざと音量を最大にした上で、思い切り鋼鉄の床に叩きつけたのだ。
全員が言葉もなく、彼の姿を見つめている。スーツや髪から滴る水で、ナオトの足元には相当の水たまりが出来ている。かなり赤く染まった水たまりが。
「……恥ずかしくないんですか」
全く似合わない低い声で、ナオトは呟く。
呟きではあるが、さすがは腐ってもレポーター。
その声ははっきりと、全員の耳に響いた。叫ぶよりも痛々しく。
「この船の人たちは、みんな大人のはずでしょう。
みんな、この国の人たちを助けるつもりで、船に乗ったんですよね。争いを止めたいから、この船に乗ったんですよね?
なのにどうして、子供の喧嘩をしてるんです?」
「馬鹿野郎!
誰がガキの喧嘩だ、当然の主張をしたまでだろうが!」
怒鳴り返したのは勿論ハマーだ。
だが、すかさずナオトは彼を睨みつける。頭の包帯から噴出している血が、ナオトの大きな目にさらに凄みを加えていた。
見開かれた化け猫の眼。手負いの獣の牙。
泥と血がうまい具合にナオトの顔にペインティングされ、チュウザン中の亡霊が憑いたが如き人相だ。
見ただけで、カズイはまたも腰を抜かしそうになる。尤も、腰を抜かしかけたのは彼だけではなかったが。
「ふざけるな!
サイさんをあんな風にしたのは、貴方たちの癖に!!」
もしナオトに遠隔発火の超能力があったとしたら、アマミキョ全ブロックはもとより山神隊までが一瞬で焼き殺されていたに違いない。
カズイの膝から、力が抜けていく。
ナオトの叫びは、心にあまりにも痛く突き刺さる。あのハマーでさえもたじろいでいた。
さらに彼はクルーたちを睨みながら、一旦声を低くして囁くように言葉を紡ぐ。
普段の彼からは考えられないほどの低音――だがそれは余計に、ナオトの表情と声に凄惨なまでの威圧を加えた。
「病原菌、ですか。
面白い比喩ですよねぇ……僕には考えつきませんよ。
そんなことにばかり知恵が回るなんて、こりゃ、世界から争いが絶えないわけだ」
たまらず、アムルが叫ぶ。
「ナオト君、落ち着いて。
今は非常事態で、みんな追いつめられてるの。だから」
そんな彼女の言葉が、ナオトを抑えられるはずもなく。
再び爆発する憤怒。剥きだされる犬歯。
「だから、サイさんを殺してもしょうがないって言うんですか! 貴方がたはっ!!」
「どうしてそうなるのよ、サイ君は自らの意志で出動しただけよ!
私たちは彼に、何とかアマミキョのクルーとしてもう一度、立ち直ってもらおうと願って――」
「嘘つくな!! そこまでサイさんを追いつめたのは誰だよ?
貴方がたは都合のいい攻撃対象が欲しかっただけだ。争いの汚さから眼を逸らす為に!」
凄まじき声が、船内中に轟く。さすがはレポーター、などと感心している時ではない。
カズイはとうとう、頭を抱えて座りこんでしまった。
ナオトがこれほどまでに憤怒しているということは、やはり、サイは──
そこから先は、何も考えられない。考えたら、発狂してしまう。
自分がサイを見殺しにしたなどという事実を直視するような行為は、今のカズイには絶対に無理だった。
と──その時。
「蝿がうるさいぞ。
何の騒ぎだ」
カタパルトの遥か上から、流麗な声が響く。ナオトの絶叫を止めるように。
ブリッジから出てきたフレイ・アルスターが、カイキやミゲルらを伴い、デッキの上からナオトやクルーたちを見渡していた。