【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
サイの姿を見た、その瞬間。
ナオトの目から、涙がビー玉の洪水の如く溢れ出していた。
帰ってきた──
死線から、サイさんが帰ってきたんだ。
ネネさんに支えられなければとても立てない状態だけど、それでも!!
ナオトの張りつめていた心が、一気に解きほぐされていく。
その顔が、アイドルレポーターだったというのが信じられないほどに、クシャクシャの皺と涙と鼻水で満たされていく。
「サイさん!
……良かったぁ!! サイさん!!」
僕はもう一度、貴方の声を聞きたかった──
どんな時でも僕を励まし、時には叱ってくれた、兄のようなあの声を。
ナオトはサイの名をひたすら連呼しながら一目散に駆け寄り、危うく思い切り飛びつきそうになる処をネネに止められた。彼女が止めなければ、ナオトが激突した衝撃で、今度こそサイの命は消えていたかも知れない。
まだ痛みのひかない胸に、遠慮なく飛び込んできたナオト。サイはその頭を軽く撫でる。
糸が切れたように、ナオトは包帯だらけの彼の腕で泣きじゃくった。
「ごめんなさい……
僕、サイさんが死んじゃったと思ってました」
「俺もそう思ってた。でも、お前と医療ブロックの人たち、それに──
フレイが、助けてくれたよ。
俺一人じゃ、戻っては来られなかった」
サイは汗まみれの身体をどうにか立て直し、ナオトとネネに支えられながらも顔を上げる。
その視線の先に堂々と立つは――
勿論、フレイ・アルスター。
そして、彼らを取り巻く無数のクルーたちの目。
何人かは考え込んでいるが、大半は白けた表情でこのやりとりを眺めている。
と、突然その中から、ハマー・チュウセイの怒声が響いた。
「感動の再会なら外でやりやがれ! これ以上騒いで作業を遅らせるな!
アストレイだけじゃねぇ、アフロディーテの惨状を知ってるのか貴様らっ」
「アフロなら構わん。
8割は、パイロットたる私の責任だ」
ハマーを遮ったのは、冷徹なフレイの言葉。
さらに彼女はハマーに問いただす。
「それより……
貴様は瞑想室だったはずだな」
彼女の権威に逆らうことはハマー自身が自らに許さないようで、彼はそれきり黙りこんでしまった。冷たい床に落ちる視線。
そしてフレイは髪をかき上げ、改めてサイを見降ろした。
「例の、ヨダカ隊を名乗るザフトの潜入部隊は全て、殲滅を確認した。
サイ──お前がわざわざ出動せずとも、連合の駐屯部隊がやってくれた仕事だ。
にも関わらず、お前は無断で戦闘行為を行なった。その結果出来たことといえば、作業用アストレイ1機の全損──
戦闘は自らの領分でないと、2年前に悟ったはずではないのか」
「フレイさん、少しは情けってもんを知ってください!」
ナオトが叫ぶ。
彼だけではなく、呼応するようにネネも声を上げた。「サイさんがいなければ、血液は間に合わなかったですよ!?」
ほぼ同時に、クルーの中からも甲高い叫びが一つ起こった。
「偽者が、ナニ調子こいてやがる!
何の目的で、アタシらをハメるんだよ!?」
操舵士オサキこと、サキ・トモエだ。
コーディネイターだらけのブリッジで頑張っているナチュラルの彼女にとって、フレイの統制はこれ以上我慢できるものではなかったのだ。
オサキの言葉を皮切りに、クルーたちのざわめきが一層高くなる。
「やめなさいよ。アマクサ組は守ってくれてるのよ!」「しかし、だったら何故フレイ・アルスターを名乗ってるんだよ」
「散々俺らをこき使って、差別して……」「何のつもりだ、この売女!」
状況が、ようやく先ほどのナオトの目論見に近いものになりつつあったが──
それでもフレイは、何ら動じていなかった。それどころか、唇には微笑みすらたたえてクルーたちを見ている。
――まるで彼らの感情が昂ぶっていくのを、期待しているかのように。
だが、ちょっとした騒動になりかかったその時、またもや絞り出すような声が響いた。
「やめろ……
みんな、もういい!
フレイの言うことは、事実だ」
支えられながら立っていることも、声帯を震動させることさえ精一杯なサイの声。
その頬は青白く、作業用ジャケットの下の包帯は汗でびっしょりだ。
「俺を助ける為に、フレイの機体も損傷してしまった。
瞑想室にでも何にでも、入れてくれ」
全身の痛みのあまり、サイはその場に崩れ落ちかかる。サイの体重が一気にナオトとネネの腕にかかり、彼らの手はべっとりと血に染まっていた。
涙声で訴えるナオト。
「駄目だよサイさん、みんな自分で引き受けちゃ!
それにこの人は、フレイさんじゃないですっ」
「分かってる……だけど、今は何も聞くな。聞かないでくれ。
目の前にフレイの姿がある──その事実だけで、俺は十分だ」
「でも、許せないでしょそんなの!」
ナオトの反論に、クルーの中から一歩踏み出したオサキが同調した。
「そうだよ! お前が一番酷い目にあってるじゃねぇか、この女のせいで!」
だが──
「頼むからっ!!」血を吐くようなサイの言葉が、全てのざわめきを中断させた。
「今は、何も聞くな……
俺の頭が、先におかしくなっちまう!」
そんなサイの態度を見透かしていたのか──
フレイは、腰に手を当てたままの余裕の姿を崩すことはなかった。
うっすらと微笑みをたたえる、濡れた唇。
冷酷極まりないかつての恋人の眼前で、サイは遂に倒れこんだ。
泣いてサイを呼び続けるナオト、手早く傷の様子を確認するネネ。
そんな彼らのもとに、オサキ、そしてヒスイ・サダナミまでが駆け寄っていく。
その中でカズイは、ただ様子を凝視していることしか出来なかった。
すぐ隣のアムルは騒ぎにも動じず、ただ猫のように会話に耳をすませている。
彼女に気を使うあまり、カズイはサイのもとへ戻ることが、どうしても出来なかった。
サイが生還してくれたことは、勿論嬉しい。だが──
今更俺が駆け寄って、どうなる?
それに、サイがアムルさんを傷つけたという疑いは、消えていない。そして……
いっとき酷い状態になったとはいえ、サイはこうしてナオトを取り戻し、ネネやオサキたちの心まで掴んでいる。
それは、絶対に自分には出来ない芸当だった。
どうしてだ。
どうしてサイにはこうも簡単に人が戻り、自分はアムル一人すら、手に入らない?
――そんなカズイの心をよそに、状況は動いていく。
場を制御する、フレイの声。
「サワグチ看護師。
第14ヘリポートからの血液バンクで、助かった患者は何人だ?
正確な数字を」
「え? は、はい」
突然呼びかけられ、慌ててネネは顔を上げたが、ホウセンカの種のように元気よく答えを返す。
「現時点で22名、重傷者が4名です。
あ、重傷者には一応、サイさんも数に入っていますが」
フレイは若干考え込むような素振りをしつつ、唇に触る。そして──
「了解した。瞑想室入りは延期だ、サイ。
優秀な医療スタッフに感謝するのだな」
再び意識を失う寸前に、サイは確かに聞いた。彼女の声を。
――そして、確かに感じた。
その声色にほんの少しだけ、いたわりの気持ちが含まれていたと。
PHASE-13 キメラ
「サイを責められるのかよ、このアフロのイカレっぷり!」
改修中のアフロディーテを前にしたキャットウォークの上で、ミゲルは堂々とフレイを怒鳴りつけていた。
「関節モーターが両側きれいに2個ずつ飛んで、足先の無理な改造のせいで直立状態すらヤバヤバ!
それに、一体あのアッシュにどんなトドメを刺したんだよ? ケーブルがマニピュレータに絡みつきまくって指関節までちぎれかかり!
挙句の果てには、借りたジェットストライカーをたった一度でオシャカ! おぉ、もう……
山神艦長が連合にしちゃ今や超レアな、話の分かる穏やかなお方だから良かったようなものの、これがブルーコスモス寄りの軍人なら俺ら全員斬首モノだぜ?
なぁフレイ、頼むよ。これじゃウィンダムか、オーブのムラサメでも買った方が安くつく」
一気にまくしたてるミゲルの説教を風のように聞き流しつつ、フレイは前髪のほつれを直していた。
そして説教が一段落した頃を見計らい、いつものねぎらいの微笑みを見せる。
「すまないと思っている。
私はいつも感謝しているぞ、今回は特にご苦労だった──ミゲル」
そして、彼女はミゲルに向かってウインクまでして見せた。
それを見て──
ミゲルは勿論、その場にいたラスティ、ニコルまでもがぎょっと顔を見合わせた。
見かけは、うら若き少女の可愛らしいウインク。だがそれは、彼らアマクサ組にとって、特別な意味があった。
一瞬、ぐっと言葉に詰まるミゲル。
フレイは微笑みを崩さぬまま、彼を挑発するように語り続ける。
「大丈夫だ、このアフロディーテはまだ戦える。
上半身のみだがTP装甲も強化されている。そこらのダガーLとは違うのだ」
フレイは再度、ミゲルに向かって片目を瞑る。
見ようによっては求愛のしるしとも読める仕草。後でお茶でもしよう。大丈夫、私の奢りだ、心配ない──
ミゲルは意を決したように一歩を踏み出し、「俺はっ……
あんたが、心配で!」
その叫びと同時に、フレイの頬がパチン、と鳴った。
子供をなだめる時のような、軽い平手。
ダメージを喰らったのは、叩かれたフレイよりも叩いた方であろう。
とんでもないことをした──やってしまってから自分の隻腕を茫然と眺め、完全にうろたえているミゲル。
「いい平手だ。その調子で頼むぞ」
フレイは全く怒る様子もなく頬を押さえつつ、ミゲルの肩をぽんと叩く。
そしてラスティを連れ、今は無人のティーダの方へ歩いていった。
「ティーダのセンサーの感度──また上昇したのか? データを寄越してくれ」
「フレイ、俺も聞きたいことがある。
俺からすると、ティーダはマジ訳が分からんぜ。今回の挙動は……」
「質問をする時は、もう少し具体的に整理しろ」
連合の少年兵姿のままの、引き締まったその後姿を見ながら。
ミゲルはへなへなと腰を落とした。
「勘弁してくれよ……
本来ならコレ、絞首刑だぜ」
そこへ、ニコルの車椅子が寄ってくる。「大丈夫、ミゲル先輩は命令を実行しただけですよ。
フレイも自制したいんでしょう……
僕らの、種の為に」
ニコルはふと、キャットウォークごしに自分の足元に広がるカタパルトへ視線をやる。
そこでは、偶然カタパルトに顔を出したナオトに、弾丸の如くマユが飛びついていた。
「ナオト、ナオト、ナオトナオトナオトおぉー!!」
あまりに素っ頓狂な歓声に、ナオトは勿論周りの整備士全員の目が丸くなったが、そんなことを気にするマユではない。
「会いたかったっ、ナオト!」
しかもマユはカイキの手で包帯を外されている最中だったので、上半身がほぼ素っ裸という状態で彼に抱きついていた。
あまりの勢いに押し倒された少年の目の前で、マユの包帯と、その奥の成長途上の胸が奥ゆかしく揺れる。
「ぼ、僕も会いたかったよ……
相変わらずで、良かった」
顔を真っ赤にしながらも、ナオトはマユを抱き上げ、彼女の包帯を直そうとする。
幸い、マユの怪我はほぼ治っている。ナオトは自分のことも忘れてほっとしたようだ。
彼の方が、ヘリ墜落時の負傷もあってかなり酷い状態だったのだが、サイの件もあって自分の負傷などどうでも良くなっていたらしい。ついさっきも、いつも通り動き回ろうとしていてニコルが注意したばかりだ。
その光景を、少し離れたティーダの足下から、カイキがポケットに手を突っ込みつつ眺めていた。
ナオトやマユは勿論、この光景をキャットウォーク上から見ているニコルにも、この草色の髪の青年の奥底は読み取れない。
カイキの心にあるものは、嫉妬か、愛情か、執念か、それとも──
とりあえず、ニコルは車椅子を重そうに動かし始めた。
「帰ってきたからには、調査を続けなくちゃ。
ナオト君のSEEDの可能性も」