【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
これ以上、バイクでは行けない。
入り組んだ山道を見てそう判断したサイは、バイクを乗り捨てた。
同じく捨てられたハマーのジープが、そばにある。どうやら岩に乗り上げてしまったらしい。
南国特有の熱気と草いきれ。分厚い作業着の中を汗だくにしてハマーを探しつつ、サイは周囲を見回す──
ここにあるはずのない物体が木々の間から見えたのは、その時だった。
明らかに整備不良で、紅と青に彩られた装甲がかなりくすんでいるストライクダガーが2機――
サイの位置から、そう離れていない山中を蠢いていたのである。
「モビルスーツ?
爆発事故じゃなかったのか」
早くハマーを連れ戻さねば――
焦るサイの頭上で、砲火が炸裂した。
木の幹がちぎれる音が森中に交響曲をなし、目の前の雑草が土と共に巻き上がる。
森を満たしていた緑が一息に炎に包まれ、舞い上がった葉が光の粉となる。
土が、葉緑素が燃えていく。
一瞬で燃え上がった木々の中には、樹齢100年を越すであろうガジュマルもあった。
ひどく咳き込みながら頭を上げると
――たった今倒された木の向こうに、ハマーの姿が見えた。
その周りで、木が次々に倒れかかっている。響きわたるものは、木の繊維が引きちぎれる音。
──が、ハマーは全く気づかずに叫び続けていた。
「この森は、俺たちの森だ! 種を植える森だっ」
狂ったように叫び続けるハマー。いや、既に狂っているのか。
ジープから持ち出したと思われるシャベルを手に、ハマーは木の根元を懸命にほじくり返しては土をぶちまける。
その木にさえも、炎は燃え移っていた。砲の音──
「危ない!」
サイは走り出す。
あの砲火は確実にこちらに向かってくる。倒れて燃え上がる木を飛び越え、サイはハマーに飛びついた
――直後、ハマーのいた地面が大きくえぐられ、0.1秒遅れて光と轟音が彼らを包んだ。
巻き上がる土。砕ける木の根。
ハマーと一緒に、サイは吹き飛ばされる。
地面に仲良く叩きつけられながらも、サイは今いた場所を振り返り──
震え上がった。
単純だがそれ故に圧倒的な、恐怖と戦慄で。
そう、イーゲルシュテルンってのは、直径2メートル以上の巨木を根こそぎ引きちぎってしまうほど強力だ――そんなことは、頭では理解していたはずなのに。
もしサイがハマーを突き飛ばさなければ、ハマーはあの木と運命を共にしていただろう。
にも関わらず、ハマーはなおもシャベルを掴んで、くっついていたサイを振り払う。
「邪魔すんじゃねぇ!
貴様らから、俺はロゼを取り戻す!!」
「違う!
ここは貴方の故郷じゃないんだ、戻ってください」
頭に飛んでくるシャベルの先端。
それを何とかかわしながら、サイはもう一度ハマーに掴みかかる。憤怒に燃えたハマーが彼を引き離そうとし、殴ろうとした瞬間──
二人の足下に、ぼかりと大穴が開いた。まるでひと昔前のコメディの如く。
自分の足の裏の感覚が、突然消失する。サイはその下に、闇に包まれた大きな空洞を見た。
すなわち彼らは一緒に仲良く落下しているということなのだが、サイはそれでも状況把握に努めていた。
闇の中、空洞内部にあるもの。それは――
中が橙色の液体で満たされた、巨大なガラスの箱。それがいくつもいくつも、整然と並べられている。
その液体の中に、確かに何かが蠢いていた。
どれも形がいびつで不規則、そして奇妙に丸みを帯びたフォルムを持つ影が、中で揺らめいて……
──もしかして地下工場だったのか、ここは。
だとしたら、一体何の――
それを確かめるより早く、落下の衝撃と共にサイの意識は途絶えた。
紅の非常灯以外に光のない闇の中に浮かび上がる、ガラスの箱。
その中にたっぷりと注ぎ込まれている、羊水を思わせる温かい橙の液体。
時々泡立っては、中に整然と並べられている脳の模型を揺らしている。
学校の理科室でよく見たけれど、こんなにリアルな模型はなかったな――
それらを眺めながら、ナオトは歩き続けていた。
人っ子ひとりいない、工場の中を。
――そう、模型だ。脳の標本だ。
電極みたいなものが何本も繋がれているのは気になるけど、それでもこれは模造品だ。
さらに奥のガラス棚には、人間の手や足のマネキン、犬や猫、ライオンのよく出来た蝋人形なんかもある。
──人間のマネキン、よく出来てるな。色や指の形や爪の長さが微妙に違う。
そう、マネキンだよ。偽物だよ。そうだよ……
中には爪が生えてないものもある。やっぱり文具団の技術ってのは凄い。
きっとここは、洋服か理科実験用器具の工場だったんだろう。
天井は3階までの吹き抜けになっており、見上げてすぐ上の階には、今見ている棚よりもう少し小さなガラスの瓶が、ところ狭しと並べられているようだ。
――あれは、赤ちゃんの模型だな。生まれる前の胎児のものまである。
ヘビみたいに水中で動いているあれは、臍の緒かな。いやぁ、勉強になるなぁ……
ナオトの脳は、必死で現実を拒絶する。
そう、模型だ。
だから大丈夫。これは標本。レプリカ。マネキン。
一向にガスを検知しないからマスクを外してみたけど、何も臭わないし。うん、大丈夫。
死臭なんか、するはずない。ちょっと変わった生ゴミの臭いだ、これは。
だが、その身体は全く嘘をつかず、正直に反応した。
胃からこみあげてくるものを全否定することは、彼には到底不可能だった。
ついガラス棚に手をつき、盛大に戻してしまう。
「う……うぐぅっ!?
何だ、これ……う、うぇえぇっ!!」
工場内に入っても、逃げてくる作業員たちは誰もいなかった。ガスでやられて倒れている者もいない。
不気味なほどに静まった闇の中には、誰の気配も感じられない。
――だが今ナオトは、無数の人間に囲まれている。
ガラスの中の、物言わぬ人間たちの中心で、少年はひたすら、吐き続けていた。
ついには何も吐くものがなくなってしまうほどに。
「何?
一体何だよ……ここは?」
――その時。
まるでナオトの問いに答えるかのように朗々とした声が、頭上から響いた。
「忌むことはない。
チュウザンの、そして人類の希望の場所だよ──ナオト」
少年に向けて、一条の光のように注がれる優しい男の声。
苦悶の中でも、思わず彼は反応してしまう。
そこにいたのは
――少年がずっと探し続けてやまなかった、男の姿。
「──父さん!」
上から流れ落ちてくる雫と、鼻孔を刺激する強烈な薬品臭で、サイは意識を取り戻した。
頭を起こそうとして、すぐに額をぶつけてしまう。
目の前にあったものは、切断され折れ曲がった鉄パイプだった。それ以外には今のところ、何も見えない。
というか――この匂いは、一体何だ?
薬品臭、だけじゃない。その向こうから、まるで血が腐ったような強烈な生臭さが漂ってくる。
幸い両手両足は動くものの、どうやら大きな瓦礫がサイのすぐ上に迫っているらしく、仰向けに横たわっている体勢からろくに動けない。どうも自分は、地下深くに生き埋めにされてしまったらしい。
やれやれ。ザフトとの死闘から生きのびたと思ったら、今度はこれか──
「ハマーさん。
いるなら、返事してください。ハマーさん!」
それでも背中だけで這いずるようにして動きつつ、サイは大声で呼びかけてみる。
すると意外にも、すぐ右の暗闇から声が返ってきた。
「……ロゼだ。
こんな顔して、眠っていた」
柩の中に閉じ込められたような息苦しさの中、サイは何とか光を探す。
目が慣れてくるにつれ、彼らを覆う瓦礫の隙間から、チュウザンの強烈な日光が僅かに差し込んできているのが分かった。埃まみれの狭苦しい空間の中で、光は絹糸のように細い筋を作っている。
いつもは呪いたくなるほど熱い太陽だが、この時ばかりはありがたい。幸い、生暖かい風も何処かから吹き込んでいる。
光を頼りに、サイは状況を確認していく。
ハマーの作業靴の金具が、サイの顔のすぐ右で動いている。すぐにでも頭を蹴飛ばされそうな距離だ。
だが、その奥には──
血まみれになった、人のふくらはぎがあった。
それも、何本も折り重なって。
未だに続いている戦闘音。時折光の筋が点滅する。
直後に轟音が響き、サイたちを包む瓦礫を突き崩していく。
俺たちは、潰れた死体に囲まれている――
だがその事実を認めても、サイは不思議と冷静だった。
医療ブロックや街で、あれだけの死体と負傷者を見ていたせいかも知れない。それが非常に危険な、「慣れ」という感覚であることも、彼は分かってはいたが。
首を回してみると、すぐ横に右腕らしきものが切断され、転がっているのが見えた。
そして即座にサイは気づいた。その腕の持つ異常性に。
尤も、切断された腕が自分の目の前にあること自体がかなり異常なのだが、その『腕』は別の意味で異常だった。
何故、この腕の切断面から、
何故、この腕はこれほど綺麗に切断されている? 鉄材に潰されたとするなら、こんな風にナイフでチーズを切ったような美しい断面になるはずがない。
何故、この腕は、
ハマーの向こうに積み重なるふくらはぎにしても同じだ。切断面が奇妙に綺麗だし、靴や靴下を履いていない。
よくよく目を凝らすと、そのさらに奥には──
女性のものと思われる太ももが見えた。
女性と判断できたのは、それが臍から上が無くなっている下半身、そのものだったからだ。
何も着けていない、露になったままの身体。
脚の間には、細いチューブが何本も挿し込まれている。膝から下が瓦礫で潰され肉と骨が飛び出していたが、サイにはむしろその潰れた状態が普通に見えた。
──エクステンデッド。実験施設。
フレイの言葉が、サイの中で閃光のように蘇る。
僅かな風が、異臭を運んでくる。
これは死体を洗う時の薬品──ホルマリンの強烈な臭いだ。
「俺たちが来る前から、みんな死んでいた。
いや……死んでいたというか、これは――」
サイはもう一度頭上を見た。
上から流れてきた雫、その出処を確かめようとして。この地獄から脱出出来る場所を探して。
――だが。
顔が見えた。眼球がくりぬかれている少女の顔だ。
何もない黒い眼窩から、涙のように流れる雫。
サイの意識を目覚めさせたのは、その死体の涙だった。
おそらくハマーも同じような光景を見ているのだろう、ロゼの名を連呼している。
──サイの右手が自然にパイプを掴み、力まかせに引きずりだす。
不思議と、恐怖の感覚はなかった。いやむしろ、恐怖の感覚さえ麻痺したと表現した方が正しいかも知れない。
この時、サイは既に何となく理解していた。
――何故ここに、モビルスーツ部隊が必要だったかを。