【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ハマーの両足は、鉄骨の下敷きになっていた。
何とか動けるようになったサイは這いずりながら、その鉄骨の間に先ほど抜き出したパイプを差し込み、持ち上げようとする。
「偽善者が……
恩を売ろうったって、そうはいかねぇ」
いつものハマーの嘲笑が響いたが、サイは手を緩めない。
「偽善者呼ばわりなら、慣れましたよ。貴方とフレイのおかげで」
「ナチュラルの変態殺人狂野郎に助けられる義理はねぇ、ここはいい土地だ。
このまま俺が埋まれば、ロゼの種もここで咲く……」
砲撃の音はまだ続く。ハマーの手は未だ酒を求めているのか、宙を彷徨う。
サイは血が出るほどに強く、その手を掴んだ。
「あの死体を見たでしょう。
ここは、種の育つ土地なんかじゃない!」
だがその手に容赦なく吐きかけられたのは、酷く酒臭い唾。
「なら、ロゼを返せ。
オーブだろうと何処だろうと、ナチュラルの性根は変わらねぇ。それは俺が一番よく知ってる!
奴らは俺の家も畑も、何もかもを全部壊しまくって焼き尽くした挙句!
ロゼも嫁も、酒のように啜りやがった!!
どういう意味か分かるか、そのボンクラ頭で!?」
ハマーの手が瓦礫から伸び、サイの右耳を髪と一緒に掴んだ。
そのまま頭蓋骨を握りつぶそうとでもするように、ハマーの指は彼に食い込む。
髪が何本か、ぶちぶちと音を立てて引きちぎれた。
「娘さんと奥さんに何があったのかは、聞きません。
俺が謝ったってどうにもならないぐらいは、知っています」
「分かったなら離せ!
俺には種を植えるしかねぇ……ロゼのヒマワリは、ここで太陽になる」
砲撃の震動。またしても細かい瓦礫がバラバラと落ちてくる。
それでもサイはパイプを離さない。胸の傷が開きかけ、左腕も激しく痛み出していたが。
そんな彼を、ハマーはさらに嘲る。
「ケッ……死をもって偽善を貫こうってか。
フレイ嬢を守れなかったから、その償いか?
てめぇがいくら死にたがっても、フレイ嬢はてめぇのモノにはならねぇよ!!」
何と頑固な――
その言葉に、遂にサイは敬語を捨てた。
「そう思うなら、好きなだけ言ってろ。
だけど俺は、貴方を放っておけない!
昔のフレイに、貴方は似すぎてるから!!」
砲の音だけでなく、モビルスーツの機動音も近づいてくる。
降りそそぐ埃。叫び続けるサイ。
「もう知ってるだろ。貴方とは逆に、フレイは目の前で父親を亡くした。
貴方がナチュラルを憎むように、フレイもコーディネイターを憎んだよ。徹底的に。
だけど──
そのあと、変わった。変わることが出来た。
キラという存在があったから!」
フレイの話を出され、ハマーの嘲笑は一旦止まる。
サイの髪を掴んでいた手から、ほんの少しだけ力が抜けていく。
「アホゥが……
俺とは順番が違うだろう。娘より先に、親父は死ぬもんだ。
ロゼは……」
「フレイを見習えとか、馬鹿を言うつもりはないよ。
でも貴方は、今でもフレイを信じているじゃないか。彼女が連合の娘と知っても!」
軍手の中は汗だくだ。パイプは軋み続けていたが、少しずつ鉄骨が持ち上がり始めている。
大丈夫、ハマーの脚は、まだ潰れてはいない。
そう──
フレイがナチュラルで、連合の事務次官ジョージ・アルスターの娘と知っても、ハマーは彼女への態度を変えたりはしなかった。
それは、それまでのフレイの行動と戦いによって、彼女の実力に対してハマーが全幅の信頼を置いたからじゃないのか。
示された圧倒的な実力の前には、ナチュラルもコーディネイターも何も関係ない――
それを、元々の彼は強く信じていたからじゃないのか。
「連合の話なんざ、誰が信用するか。
俺が信じるのは今のフレイ嬢だ」
「それだけじゃない。そもそも、あんたがアマミキョに来たのは何故だ?
ナチュラルを信じたいという気持ちが少しでもなければ、アマミキョに乗ることは出来なかったはずだ。
娘さんのような子供を出さない為に、あんたは乗ったんじゃないのかよ!?」
「ざけんな!」
拳が飛んでくる。胸倉を掴まれる。
瓦礫が多少崩れて、ハマーの上半身はいつの間にか自由になっていた。
「自分の嫁と娘を食い殺されてから言いやがれっ!!」
種を握ったままの拳で、サイは二発殴られた。
畜生、ここで折れてたまるものか。もう少しで鉄骨は動く──
手を一旦離し、足まで使ってサイはパイプを動かし始めた。
「それで貴方の気が済むなら、いつでも俺をサンドバッグにしろよ。
その代わり、アマミキョに戻れ。ちゃんと働いてくれ!」
「黙れえっ!」
もうハマーの声に、嘲りの色はない。
驚いたことに、彼は泣いていた。サイの位置から顔は見えないが、明らかに涙声だ。
なおも無為に土を掘ろうとする、ハマーの手。
怒号が暗闇に響いていく。
「俺は……もう、もう分からん! もう、何も!!
ロゼを……種を……!!」
狂ったように闇をほじくり出すその手首を、サイは掴む。
決して離さないとばかりに、強く。
「その種は大事なものだ――ここに植えちゃいけない。
俺が、一緒に探します。種を植える場所を」
「SEED。Superior Evolutionary Element Destined-factor──
優れた種への進化、その担い手。
かつて学会で発表され、議論を呼んだ概念。選ばれた者のみが持つ、稀なる才能のことだ。
SEEDとは人類の進化の証なんだよ。この仮説に興味を持つ研究者は、決して少なくない」
「やめてよ!
父さん……何なの、これは!?」
静かに微笑み続ける父の眼前で、ナオトは3匹の犬に取り囲まれていた。
切断された右足の浮いている細いガラス棚を背に、少年は後ずさるしかない。
いや──犬じゃない。
体毛はそれほど濃くはない。あれほど長く頭の毛が伸びている犬など、見たことがない。
牙と、その間から漏れている涎は凄まじいが、犬の顔ではない。
瞳が顔の中心に寄りがちになり、犬に似た顔はしているが。
それに、二本足で立ち上がる時さえある。
その時に露になる胸の部分には、二つの大きな膨らみがあった。
――間違いない。
これは、人間だ。しかも全裸の少女。
「可哀相に……彼女たちは、ここで父さんが強化に失敗してしまった娘たちだ。
父さんのせいで、彼女たちは優れた戦士から人間以下へ堕落してしまった。
単に、犬や狼の筋肉・腱・口腔構造や猫の眼球を一部移植して、脳をその筋肉へ適応させた
──それだけなのに」
父の笑顔は変わらない。「娘たち」を少し悲しげに見る優しい目。
その「娘たち」は今、彼の息子をガラス棚へ追いつめている。
背中をガラスにぶつけ、ナオトの腰から力が抜ける。
吼える「娘たち」。
明らかに少女の声ではない。声帯も何らかの強化をされているのだろう。
「この娘らはモビルスーツにも乗れない。せいぜいパワードスーツで戦うぐらいが関の山だ。
これでは、チュウザンの未来を背負うには足りない──父さんは失望していた」
まさか、父さんがこんな所業を。
違う、誰か違うと言って。
母さん、フーアさん、アイムさん、マユ、サイさん、助けて!
SEEDって何? 父さんが何を言っているのか分からないよ。
この子たちをこんな風にしたのも、父さんなの?
――いっぺんに20を越える問いと叫びがナオトの頭に溢れ、喉を詰まらせる。
ただ一つ、フーアのお守りの感触だけが、彼を恐怖のどん底から引っ張り上げる役割を果たしていた。
「だが、ナオト。
お前が来てくれたことで、彼女たちも報われる」
彼女たちのうち、
長く伸びた爪がその肩に食い込み、彼は一息に床へと押し倒された。
ナオトの顔の前で踊り狂う、黄色く汚れた牙。その間から涎が大量に噴出し、少年の頬や胸を濡らした。
悪臭。揺れる赤い舌。
その奥でさらに振動している、大きな二つの肉の塊。
マユのものより相当大きいが、脇の毛が伸び放題。ナオトにはそれが乳房と言われる物体とは、到底思えなかった。
「嫌だ! どうして、やめてよ父さん!
僕が探していたのは、こんな父さんじゃないっ!!」
ナオトの叫びは、娘たちの咆哮と父の落ち着いた声でかき消される。
「父さんは嬉しいよ。これは、お前にしか出来ないことだ、ナオト。
極限まで強化されたこの花嫁たちに、ハーフコーディネイターたるお前の種を授ける。
しかもお前は、アスハ代表に選ばれたティーダパイロット。キラ・ヤマトに並ぶSEED保持者だ」
全く意味が分からない。
ナオトの歯が震え、激しく音を立てる。
目の前で大きくなる牙。よく見ると虫歯だ。肩に食い込んでくる爪。
あまりの力で、作業用ジャケットが破れた──内側のナオトの皮膚と共に。
血と一緒に、絶叫が噴出する。
「そしてハーフコーディネイターは、第二世代以降のコーディネイターより優れた遺伝子を持つという仮説もある。賛同していたのは母さんだったな。
お前は孝行息子だろう……父さんと母さんの仮説を実証してくれ」
さらに二人目の娘が、ナオトの首元に手をかける。
その行為で、少年の叫びは完全に封じられた。
──昔、父さんは僕に同じことをした。
何故、僕は、思い出せなかった?
「少し痛いかも知れないが、我慢するんだぞナオト。
昔からお前は、どんなに殴っても我慢強い子だった。
この世界で生き抜くには、お前のようなよりよい種を残すことが重要なんだよ。
良い種を、この娘たちにおくれ」
ナオトに喰らいついていく牙と爪。
ジャケットの下の制服までが、強引に引きちぎられていく。
目の前で激しく揺れる、6つの肉塊。
近づいてくる、父の足音。
少年の剥きだしになった幼い二の腕が父に押さえられ、何かが刺さった。
血管に侵入してくる、冷たい液体。
ここに至り、ナオトはようやく、父が何をしようとしているかを理解した。
──僕に望まれていたものは、僕ではなく、僕の遺伝子。僕の血。
生まれた時からそうだったじゃないか。ハーフとして生まれた僕を、父さんは絶対に認めてはくれなかった。
母さんを殴り、泣かせ、家に閉じ込めて
──この人に僕は、一体何を望んでいたんだろう。本当の父親でもないのに。
ナオトの腰に爪がかかる。
彼はこの時、一切の感情を捨てようと懸命に努力していた。
絶望が、彼の喉を押しつぶしていく。
ただ、フーアのお守りだけを胸元で握り締め――
魂を壊された少女たちの眼球が6つ、充血したまま、ナオトの周りで光っていた。