【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part7 壊された父、壊す父

 

 

 ハマーの両足は、鉄骨の下敷きになっていた。

 何とか動けるようになったサイは這いずりながら、その鉄骨の間に先ほど抜き出したパイプを差し込み、持ち上げようとする。

 

「偽善者が……

 恩を売ろうったって、そうはいかねぇ」

 

 いつものハマーの嘲笑が響いたが、サイは手を緩めない。

 

「偽善者呼ばわりなら、慣れましたよ。貴方とフレイのおかげで」

「ナチュラルの変態殺人狂野郎に助けられる義理はねぇ、ここはいい土地だ。

 このまま俺が埋まれば、ロゼの種もここで咲く……」

 

 砲撃の音はまだ続く。ハマーの手は未だ酒を求めているのか、宙を彷徨う。

 サイは血が出るほどに強く、その手を掴んだ。

 

「あの死体を見たでしょう。

 ここは、種の育つ土地なんかじゃない!」

 

 だがその手に容赦なく吐きかけられたのは、酷く酒臭い唾。

 

「なら、ロゼを返せ。

 オーブだろうと何処だろうと、ナチュラルの性根は変わらねぇ。それは俺が一番よく知ってる! 

 奴らは俺の家も畑も、何もかもを全部壊しまくって焼き尽くした挙句! 

 ロゼも嫁も、酒のように啜りやがった!! 

 どういう意味か分かるか、そのボンクラ頭で!?」

 

 ハマーの手が瓦礫から伸び、サイの右耳を髪と一緒に掴んだ。

 そのまま頭蓋骨を握りつぶそうとでもするように、ハマーの指は彼に食い込む。

 髪が何本か、ぶちぶちと音を立てて引きちぎれた。

 

「娘さんと奥さんに何があったのかは、聞きません。

 俺が謝ったってどうにもならないぐらいは、知っています」

「分かったなら離せ! 

 俺には種を植えるしかねぇ……ロゼのヒマワリは、ここで太陽になる」

 

 砲撃の震動。またしても細かい瓦礫がバラバラと落ちてくる。

 それでもサイはパイプを離さない。胸の傷が開きかけ、左腕も激しく痛み出していたが。

 そんな彼を、ハマーはさらに嘲る。

 

「ケッ……死をもって偽善を貫こうってか。

 フレイ嬢を守れなかったから、その償いか? 

 てめぇがいくら死にたがっても、フレイ嬢はてめぇのモノにはならねぇよ!!」

 

 何と頑固な――

 その言葉に、遂にサイは敬語を捨てた。

 

 

「そう思うなら、好きなだけ言ってろ。

 だけど俺は、貴方を放っておけない! 

 昔のフレイに、貴方は似すぎてるから!!」

 

 

 砲の音だけでなく、モビルスーツの機動音も近づいてくる。

 降りそそぐ埃。叫び続けるサイ。

 

「もう知ってるだろ。貴方とは逆に、フレイは目の前で父親を亡くした。

 貴方がナチュラルを憎むように、フレイもコーディネイターを憎んだよ。徹底的に。

 だけど──

 そのあと、変わった。変わることが出来た。

 キラという存在があったから!」

 

 フレイの話を出され、ハマーの嘲笑は一旦止まる。

 サイの髪を掴んでいた手から、ほんの少しだけ力が抜けていく。

 

「アホゥが……

 俺とは順番が違うだろう。娘より先に、親父は死ぬもんだ。

 ロゼは……」

「フレイを見習えとか、馬鹿を言うつもりはないよ。

 でも貴方は、今でもフレイを信じているじゃないか。彼女が連合の娘と知っても!」

 

 軍手の中は汗だくだ。パイプは軋み続けていたが、少しずつ鉄骨が持ち上がり始めている。

 大丈夫、ハマーの脚は、まだ潰れてはいない。

 

 そう──

 フレイがナチュラルで、連合の事務次官ジョージ・アルスターの娘と知っても、ハマーは彼女への態度を変えたりはしなかった。

 それは、それまでのフレイの行動と戦いによって、彼女の実力に対してハマーが全幅の信頼を置いたからじゃないのか。

 示された圧倒的な実力の前には、ナチュラルもコーディネイターも何も関係ない――

 それを、元々の彼は強く信じていたからじゃないのか。

 

「連合の話なんざ、誰が信用するか。

 俺が信じるのは今のフレイ嬢だ」

「それだけじゃない。そもそも、あんたがアマミキョに来たのは何故だ? 

 ナチュラルを信じたいという気持ちが少しでもなければ、アマミキョに乗ることは出来なかったはずだ。

 娘さんのような子供を出さない為に、あんたは乗ったんじゃないのかよ!?」

「ざけんな!」

 

 拳が飛んでくる。胸倉を掴まれる。

 瓦礫が多少崩れて、ハマーの上半身はいつの間にか自由になっていた。

 

「自分の嫁と娘を食い殺されてから言いやがれっ!!」

 

 種を握ったままの拳で、サイは二発殴られた。

 畜生、ここで折れてたまるものか。もう少しで鉄骨は動く──

 

 手を一旦離し、足まで使ってサイはパイプを動かし始めた。

 

「それで貴方の気が済むなら、いつでも俺をサンドバッグにしろよ。

 その代わり、アマミキョに戻れ。ちゃんと働いてくれ!」

「黙れえっ!」

 

 もうハマーの声に、嘲りの色はない。

 驚いたことに、彼は泣いていた。サイの位置から顔は見えないが、明らかに涙声だ。

 なおも無為に土を掘ろうとする、ハマーの手。

 怒号が暗闇に響いていく。

 

「俺は……もう、もう分からん! もう、何も!! 

 ロゼを……種を……!!」

 

 狂ったように闇をほじくり出すその手首を、サイは掴む。

 決して離さないとばかりに、強く。

 

「その種は大事なものだ――ここに植えちゃいけない。

 俺が、一緒に探します。種を植える場所を」

 

 

 

 

 

 

「SEED。Superior Evolutionary Element Destined-factor──

 優れた種への進化、その担い手。

 かつて学会で発表され、議論を呼んだ概念。選ばれた者のみが持つ、稀なる才能のことだ。

 SEEDとは人類の進化の証なんだよ。この仮説に興味を持つ研究者は、決して少なくない」

「やめてよ! 

 父さん……何なの、これは!?」

 

 静かに微笑み続ける父の眼前で、ナオトは3匹の犬に取り囲まれていた。

 切断された右足の浮いている細いガラス棚を背に、少年は後ずさるしかない。

 

 いや──犬じゃない。

 体毛はそれほど濃くはない。あれほど長く頭の毛が伸びている犬など、見たことがない。

 牙と、その間から漏れている涎は凄まじいが、犬の顔ではない。

 瞳が顔の中心に寄りがちになり、犬に似た顔はしているが。

 

 それに、二本足で立ち上がる時さえある。

 その時に露になる胸の部分には、二つの大きな膨らみがあった。

 

 ――間違いない。

 これは、人間だ。しかも全裸の少女。

 

 

「可哀相に……彼女たちは、ここで父さんが強化に失敗してしまった娘たちだ。

 父さんのせいで、彼女たちは優れた戦士から人間以下へ堕落してしまった。

 単に、犬や狼の筋肉・腱・口腔構造や猫の眼球を一部移植して、脳をその筋肉へ適応させた

 ──それだけなのに」

 

 

 父の笑顔は変わらない。「娘たち」を少し悲しげに見る優しい目。

 その「娘たち」は今、彼の息子をガラス棚へ追いつめている。

 背中をガラスにぶつけ、ナオトの腰から力が抜ける。

 吼える「娘たち」。

 明らかに少女の声ではない。声帯も何らかの強化をされているのだろう。

 

 

「この娘らはモビルスーツにも乗れない。せいぜいパワードスーツで戦うぐらいが関の山だ。

 これでは、チュウザンの未来を背負うには足りない──父さんは失望していた」

 

 

 まさか、父さんがこんな所業を。

 違う、誰か違うと言って。

 母さん、フーアさん、アイムさん、マユ、サイさん、助けて! 

 SEEDって何? 父さんが何を言っているのか分からないよ。

 この子たちをこんな風にしたのも、父さんなの? 

 

 

 ――いっぺんに20を越える問いと叫びがナオトの頭に溢れ、喉を詰まらせる。

 ただ一つ、フーアのお守りの感触だけが、彼を恐怖のどん底から引っ張り上げる役割を果たしていた。

 

「だが、ナオト。

 お前が来てくれたことで、彼女たちも報われる」

 

 彼女たちのうち、一人(一匹)の右腕が、震え上がるナオトの肩を鷲掴みにする。

 長く伸びた爪がその肩に食い込み、彼は一息に床へと押し倒された。

 ナオトの顔の前で踊り狂う、黄色く汚れた牙。その間から涎が大量に噴出し、少年の頬や胸を濡らした。

 

 悪臭。揺れる赤い舌。

 その奥でさらに振動している、大きな二つの肉の塊。

 マユのものより相当大きいが、脇の毛が伸び放題。ナオトにはそれが乳房と言われる物体とは、到底思えなかった。

 

「嫌だ! どうして、やめてよ父さん! 

 僕が探していたのは、こんな父さんじゃないっ!!」

 

 ナオトの叫びは、娘たちの咆哮と父の落ち着いた声でかき消される。

 

「父さんは嬉しいよ。これは、お前にしか出来ないことだ、ナオト。

 極限まで強化されたこの花嫁たちに、ハーフコーディネイターたるお前の種を授ける。

 しかもお前は、アスハ代表に選ばれたティーダパイロット。キラ・ヤマトに並ぶSEED保持者だ」

 

 全く意味が分からない。

 ナオトの歯が震え、激しく音を立てる。

 目の前で大きくなる牙。よく見ると虫歯だ。肩に食い込んでくる爪。

 あまりの力で、作業用ジャケットが破れた──内側のナオトの皮膚と共に。

 血と一緒に、絶叫が噴出する。

 

「そしてハーフコーディネイターは、第二世代以降のコーディネイターより優れた遺伝子を持つという仮説もある。賛同していたのは母さんだったな。

 お前は孝行息子だろう……父さんと母さんの仮説を実証してくれ」

 

 さらに二人目の娘が、ナオトの首元に手をかける。

 その行為で、少年の叫びは完全に封じられた。

 

 

 ──昔、父さんは僕に同じことをした。

 何故、僕は、思い出せなかった? 

 

 

「少し痛いかも知れないが、我慢するんだぞナオト。

 昔からお前は、どんなに殴っても我慢強い子だった。

 この世界で生き抜くには、お前のようなよりよい種を残すことが重要なんだよ。

 良い種を、この娘たちにおくれ」

 

 

 ナオトに喰らいついていく牙と爪。

 ジャケットの下の制服までが、強引に引きちぎられていく。

 目の前で激しく揺れる、6つの肉塊。

 近づいてくる、父の足音。

 

 少年の剥きだしになった幼い二の腕が父に押さえられ、何かが刺さった。

 血管に侵入してくる、冷たい液体。

 

 

 ここに至り、ナオトはようやく、父が何をしようとしているかを理解した。

 

 

 ──僕に望まれていたものは、僕ではなく、僕の遺伝子。僕の血。

 生まれた時からそうだったじゃないか。ハーフとして生まれた僕を、父さんは絶対に認めてはくれなかった。

 母さんを殴り、泣かせ、家に閉じ込めて

 ──この人に僕は、一体何を望んでいたんだろう。本当の父親でもないのに。

 

 

 ナオトの腰に爪がかかる。

 彼はこの時、一切の感情を捨てようと懸命に努力していた。

 絶望が、彼の喉を押しつぶしていく。

 ただ、フーアのお守りだけを胸元で握り締め――

 

 

 魂を壊された少女たちの眼球が6つ、充血したまま、ナオトの周りで光っていた。

 

 

 

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