【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
※直接ではありませんが、相当キツめの暴行描写があります。苦手なかたはご注意ください。
ティーダコクピットでマユの身体に異変が生じたのは、ほぼ同時刻。
彼女はティーダをいつでも機動出来るよう、待機させておいた。
だがふとセンサーの状態を確かめた時、彼女は気づいた。黒ハロが何故か、激しくその目を点滅させている。
──その瞬間だった。
マユの身体に、何かが食い込んだような衝撃が走ったのは。
「何? 痛いっ!……
……痛い?」
物理的ダメージがあったわけではない。ただ彼女は両肩と首、そして下腹部のあたりに強い衝動を感じていた。
それがいわゆる「痛み」と呼称される現象であることを、彼女は未だ知らない。
「パイロットスーツの調整、間違ったかな?
……ッ!」
全身を抱くように、マユは両腕で自らの肩を押さえる。
ディスプレイには、センサー部分の異常を示す文字列が突っ走っている。
エラーを示す紅の表示がその中に加速度的に増えていき、しまいにはその文字列の流れは、血流を思わせるほどの紅で満たされていく。
「な……何?
出て行く……何かが、私から出て行く!?」
大事なものが、抜けていく。
強引に、身体から引きずり出されていく。
何故か内側から来るその痛みに、マユは思い切り身体をのけぞらせた。メットやスーツの中が汗だくだ。頬が熱い。
そしてマユは、呟いていた。
それまで知らなかったはずの単語を。
「イヤ……
いや、嫌!」
マユを満たしていたものは激しい嫌悪感だったのだが、彼女はその感情の意味を未だに知らなかった。
身体が動かない。お腹から何かが出て行く。
怪我をした時に血が抜けていく、あの感覚なの?
確かカイキお兄ちゃんは、生理が似たような感覚だって言ってた。でも生理はまだないし、分からないのに。
体液が沸騰する。火照る頬に流れる汗。
痛い、恥ずかしい、剥がされる、吸われる……
気持ちいいのに全然気持ちよくない。父さん、父さん、父さん……
父さんって誰。鳴り響く悲鳴は何。
私の目から零れる水は、何?
「違う、これは
……ナオトだ」
「ナオト?
ティーダがいるのか、ここに!?」
マユほど強烈ではないものの、サイもまた同じ感覚を味わっていた。
突然沸きあがってきた、強い嫌悪感。同時に感じたものは、熱い衝動。
かなり漠然とした感覚ではあったが、サイは即座に工場内の少年レポーターの存在に気づいた。
身動きもろくに取れぬ闇の中で、侵入してきた嫌悪感に動揺することしか出来なかったが。
それに――何故か酷い不快感を催させる快感は、何だ? この矛盾した感覚は?
絶望、羨望、失望、恐怖、侵犯
父さん、父さん、父さん、父さん、父さん!
「これは、ナオトの……?
何をしているんだ……ナオト?」
いや、何をされているんだ? とでも聞くべきか。
サイの隣で、ハマーの足が酷くジタバタと動く。どうやら同じく、ナオトの感情を見たらしい。
そして彼はサイよりも一層激しく、その感情に抵抗を示していた。
「畜生! ロゼと同じことを……
よりにもよって、何で、親父が!?」
その時だった。
やっとサイがハマーを脱出させかかった瓦礫の上で、突然モビルスーツのマニピュレータの駆動音が響いたのは。
瓦礫の間から漏れていた光が一瞬消え、その代わりにかなり強引に鉄骨を押しのけ、黒いマニピュレータが元気よくサイの上で動く。
「あれは──
ウィンダム! 広瀬少尉!!」
山神隊だ。
生き埋めの恐怖から、やっと自分たちは解放されたんだ。
《いい加減、救助隊を救出するような矛盾は勘弁してもらいたい!》
皮肉めいた広瀬の怒声が、サイたちの上を流れた。
ナオトの居場所に最初に突入したのは、ティーダだった。
問答無用で防音壁とガラス棚をぶち壊し、マユは感情の赴くままティーダを駆り、標本の群れの中へ侵入していく。
「ティーダ!
噂にたがわぬ、素晴らしい輝きだ。二つの希望を同時に目撃できるとは!!」
センサーの反射で、紅に光るマユの瞳。
彼女の耳には、ティーダを見上げて幼稚な歓声を上げる男の言葉など、まるで聞こえていない。
──変な白衣のおじさんが、こっちを見上げて喚いている。
あのどす黒い感じは、この部屋から来たのに……
ナオトは、何処?
マユはティーダに備えつけられた24個のモニターで、ナオトを探る。
あそこだ。あの変なおじさんの、すぐ手前。
大きなワンちゃんが3匹いるところ。すごいな、あんな大きなワンちゃん、初めて見た。
ナオトは──倒れてる。
何だろう、あのワンちゃんたちとお相撲でもしてたのかな?
あはっ、ワンちゃんの圧勝だね。押し倒しでナオトの負け。
ズボンまであんな風に破いちゃって、あとでまたフレイに怒られるよ、ナオト。
疲れて寝てるのかな? 目を開いたまま眠れるってすごいなぁ。
それにしてもナオトの太ももの内側って、白くてすべすべしてそうで、女の子みたい。触ったら気持ち良さそう。
だけど……
あの血は、一体何だろう?
あのおじさんがすごく嬉しそうなのは、何故?
ナオトの目から流れている水は何?
ワンちゃんたちがナオトを抱きしめて離さないのは、何故?
――そしてマユは気づく。
自分を襲った、どす黒い感情の正体を。
こちらを見上げ、手を上げて笑う白衣のオールバック。
「ワンちゃんじゃ、ない……?」
マユは自分でもよく分からないうちに、モニターに見入っていた。
その中でゆっくり顔を上げる「ワンちゃん」の胸は、実にふくよかだ。フレイの胸とそっくりだった──
部屋に充満し、マユの心にまで侵入していたどす黒い空気が、彼女自身の感情を呼び覚ましていく。
マユが、全く知らないはずの感情を──
それは気化したガソリンのように、彼女の心で渦を巻く。
あとは、ほんの少しの火花を待つだけ。
──君は、そんなに人が傷つくのを見たいの?
──僕は、君がいなくなったら悲しいんだ。君が好きだから!
──僕の大切な人は、モビルスーツに踏まれて亡くなった。
意味の分からない感情の流れの中へ、ナオトの言葉が閃光となって散っていく。
「おじさん……ナオトを踏んだでしょ。
ナオトは、言ってたんだよ。人を踏んだらいけないって」
呟くマユの顔に、いつもの無邪気な笑みは全くなかった。
「何も感じませんか? 広瀬少尉。
嫌悪感のようなものを!」
広瀬のウィンダムのマニピュレータに乗せられて思い切り風を受けながら、サイは大声でコクピットに叫んだ。
《イヤってほどな。あの死体の状態を見たか?
どう考えてもガス爆発じゃありえん》
「そうじゃないんです。身体から、何かが抜けていくような……」
《あぁ、滅茶苦茶力は抜けるよ。どんな調査結果が出たところで、どうせ報道はいつもの『不慮の爆発事故』だろうしな。
それより、フレイ嬢がまだ現場にいる。
このまま援護に回る、つかまってろ!》
ウィンダムのマニピュレータには、一緒にハマーが乗せられている。
足の負傷はそれほど酷くはなさそうだ。連合機に乗せられ相当不機嫌そうではあるものの、暴れてはいない。まだ。
ティーダに続いて突入してきたのは、フレイのアフロディーテにカイキのソードカラミティだった。
割れているガラス棚。充満しているホルマリン。
流れ出している無数の脳みそ。中心で棒立ちになっているティーダ。
そして、ティーダの輝きに喜びの声を上げている白衣の男。
そのそばでは──
「――!!」
フレイは即座に状況を悟った。
彼女自身やカイキまで味わわされた、嫌悪感の正体を知った。
ぎりっと音が出るほど、噛みしめられる奥歯。
白衣の男はアフロディーテの登場に一旦は驚愕したが、すぐに弾けたような笑みを見せる。
両手を挙げてアフロディーテに向かって拍手をし、男は言った。
「姫! ご覧下さい、素晴らしき私の息子です。
感謝いたします、よくぞここまで連れてきて下さった。
このように、『花嫁』と『会わせ』ました!」
そして男は、そばで静かに俯いていた獣──強化人間のなれの果てを、フレイに突き出した。
その獣は血に濡れた牙もそのままに、満足げに自分の腹をさすっている。
「SEEDの存在を見破った姫の眼力、さすがです!
採取は既に完了しております、新たな研究の認可をっ」
フレイの眼は男を見てはいなかった。花嫁と呼ばれた獣も見てはいなかった。
ただひたすらに、男のそばで倒れている少年を凝視していた。そして──
「……第103号通達が行き届いていないようだな。
己の息子を汚すような外道に、姫と呼ばれるいわれはない!」
アフロディーテが男に向かってマニピュレータを振り上げ、そのまま叩きつけようと動く。
それを見て、男の表情が歓喜から一変した。
困惑、そして絶望へと反転していく。まさに血相を変えたと表現するに相応しい。
だが、その瞬間――
壁をぶち破る大音響と共に、真横からウィンダムが飛び込んできた。
その掌に乗っていたサイが、全力で叫ぶ。
「やめろ、フレイ!
そんな風に人を殺しちゃ、いけない!!」
『姫』──
一瞬聞こえた男の言葉を、サイは聞き逃さなかった。
ホルマリンと血の臭いが充満する大部屋で、フレイが男の上にアフロディーテの拳を振り下ろす光景を見て──
たった今、危機一髪でそれを止めることに成功した。何とか、自分の叫びで。
今何と言った、この男は。
フレイが──姫?
姫というより女王という形容の方が、フレイにはふさわしいだろうに。
そういえばフレイは、学生時代は女王様と言われていたことも──
だが、サイがそこまで考えた時。
「う……
う、うぅ、うおぁあああぁあああぁあああぁ!!!!」
ハマーが、手負いの獣の如く絶叫していた。
ウィンダムの眼下、その光景を見て。
「畜生!
何で……何で、ここまで同じなんだ……ロゼと!!」
そのままハマーは頭をかきむしり、展開される現実から全身を守るようにうつ伏せになってしまう。
サイは反射的に頭を回す。そうだ、ナオトは──
「……なっ」
ほどなくサイはナオトの姿を眼下に見つけ、ハマーの言葉の意味を知った。
そして納得した。フレイが白衣の男を殺そうとした理由も。
男は未だ、アフロディーテに喚いている。
「何故です! SEED保持者の遺伝子は、お父上が何よりお望みのはずっ」
──幸か不幸か、その時のサイにはもう、男の言葉は聞こえていなかった。
ナオトの状態を見た瞬間、吹き飛んでしまった。彼の理性までが。
肩からひきちぎられ、布切れとなってナオトに張りついている制服。
両肩は血にまみれ、その手は胸元のお守りだけを握り締め、ウィンダムの掌から見ても分かるほどにがくがく震えている。
表情はよく見えないが、その腹から下をちらと見て
──サイは目を瞑った。
人間として、見てはならないものだ。その光景を網膜に映し出そうとする動作を、彼の神経は完全に拒絶していた。
あのハマーが、号泣まで始めている。あまりにもおぞましい現実が、そのトラウマを激しく揺り起こしてしまったのだろうか。
そんな彼らの目の前で──
突如、ティーダが動いた。
まるでサイやフレイ、その場の者たち全ての怒りを吸収するかのように装甲が輝き、右腕のトリケロスが持ち上がる。
《マユ!
やめろ……お前は怒りなんか、覚えちゃいけないんだ!!》
ソードカラミティから響きわたる、カイキの痛切な叫び。
悲鳴にも似たその声に我に返り、サイも絶叫する。
「いけない!
今のナオトの前で、父親を殺しちゃ──」
だが、ティーダは全くその動きを止めず──
高エネルギーレーザーライフル、ランサーダート、ビームサーベルを搭載した右腕の攻盾システムトリケロスの全重量を、白衣の男の上に叩き落した。
「レポートをまとめろ。
見たままの事実を話せ。その為に貴様を連れてきたのだからな」
飛び散った父親の死体を前にして――
フレイがナオトに、開口一番に告げた言葉がそれだった。
惨憺たる事件の全ては終わり、工場は山神隊やシュリ隊の手で消毒作業が行なわれている。
カイキはハッチを開いてティーダの様子をうかがっていたが、マユはコクピットに引きこもったまま、降りてこようとしない。
そして――
サイに介抱され、彼の作業着を借りたナオトは、絶対に表情を他人に見せようとはしなかった。
ただ沈黙を守り、作業着の胸元をきつく握り締めたままだ。
その手に握られたお守りは、紐が外れかかっている。
「フレイ……
無茶だ、この状態が見えないのか?」
剥き出しになったナオトの両膝は涎で汚れ、未だにガタガタと震えていた。
そんな彼の背中を、サイはそっと支えることしかできない。
「すぐに医療ブロックへ行かないと……」
サイの言葉に、フレイは──
彼女にしては珍しく、ぷいと顔を背ける。
「無理にとは言わぬ……3日以内にまとめれば良い。
ただ、事実を語れ」
作業用ミストラルでガラスの撤去作業を行なっていた広瀬少尉が、一旦手を止めて声をかける。
「フレイ嬢、無駄なことはしない方がいい。
既に報道管制は敷かれているんだ」
だがフレイはそれを聞き流しつつ、さらにナオトに言った。
「痛みと戦うことが出来るのは、痛みを知る者だけだ。
壊れた父親の所業を語ることが出来るのは、貴様だけだ。
口をつぐまず語ることこそが、貴様の務めだろう。
子鼠から人間になりたければ、語れ」
「今、言うことじゃ……!」
サイがフレイに噛みつきかかったが、その前にナオトの頭がゆっくりと動いた。
「――やります。
それ、僕の仕事ですから」
その表情に、サイは一種の恐怖すら覚えた。
泣いてもおらず、怒ってもおらず、表情が消えているわけでもない
──ナオトは、笑っていたのである。
泣いていいんだ、ナオト。
拒絶していいんだ、僕を見るなと叫べ。ここで耐えるのは強さなんかじゃない!
サイは叫びたかった。心の底から全てを拒絶し、叫びたかった。
しかもなんだ、この満面の笑みは。
相手を完全に拒絶する笑顔という不思議な表情を、サイは初めて目にしていた。
~~~~~~
次回予告
著しく傷つけられた少年の精神。
だが皮肉にも、その傷はサイとネオをフレイの真実に近づける。
そしてそんな彼らの思惑も知らず、再び種は飛翔する。
人々の運命を嘲笑うように──
次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation
「アークエンジェルを追え!」
その痛み、抱きしめろ。アマミキョ!