【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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※直接ではありませんが、相当キツめの暴行描写があります。苦手なかたはご注意ください。


part8 そして、壊れた子

 

 

 

 ティーダコクピットでマユの身体に異変が生じたのは、ほぼ同時刻。

 彼女はティーダをいつでも機動出来るよう、待機させておいた。

 だがふとセンサーの状態を確かめた時、彼女は気づいた。黒ハロが何故か、激しくその目を点滅させている。

 

 

 ──その瞬間だった。

 マユの身体に、何かが食い込んだような衝撃が走ったのは。

 

 

「何? 痛いっ!……

 ……痛い?」

 

 

 物理的ダメージがあったわけではない。ただ彼女は両肩と首、そして下腹部のあたりに強い衝動を感じていた。

 それがいわゆる「痛み」と呼称される現象であることを、彼女は未だ知らない。

 

「パイロットスーツの調整、間違ったかな? 

 ……ッ!」

 

 全身を抱くように、マユは両腕で自らの肩を押さえる。

 ディスプレイには、センサー部分の異常を示す文字列が突っ走っている。

 エラーを示す紅の表示がその中に加速度的に増えていき、しまいにはその文字列の流れは、血流を思わせるほどの紅で満たされていく。

 

「な……何? 

 出て行く……何かが、私から出て行く!?」

 

 

 大事なものが、抜けていく。

 強引に、身体から引きずり出されていく。

 何故か内側から来るその痛みに、マユは思い切り身体をのけぞらせた。メットやスーツの中が汗だくだ。頬が熱い。

 

 そしてマユは、呟いていた。

 それまで知らなかったはずの単語を。

 

 

「イヤ……

 いや、嫌!」

 

 

 マユを満たしていたものは激しい嫌悪感だったのだが、彼女はその感情の意味を未だに知らなかった。

 身体が動かない。お腹から何かが出て行く。

 怪我をした時に血が抜けていく、あの感覚なの? 

 確かカイキお兄ちゃんは、生理が似たような感覚だって言ってた。でも生理はまだないし、分からないのに。

 

 体液が沸騰する。火照る頬に流れる汗。

 痛い、恥ずかしい、剥がされる、吸われる……

 気持ちいいのに全然気持ちよくない。父さん、父さん、父さん……

 父さんって誰。鳴り響く悲鳴は何。

 私の目から零れる水は、何? 

 

 

「違う、これは

 ……ナオトだ」

 

 

 

 

 

 

「ナオト? 

 ティーダがいるのか、ここに!?」

 

 マユほど強烈ではないものの、サイもまた同じ感覚を味わっていた。

 突然沸きあがってきた、強い嫌悪感。同時に感じたものは、熱い衝動。

 かなり漠然とした感覚ではあったが、サイは即座に工場内の少年レポーターの存在に気づいた。

 身動きもろくに取れぬ闇の中で、侵入してきた嫌悪感に動揺することしか出来なかったが。

 それに――何故か酷い不快感を催させる快感は、何だ? この矛盾した感覚は?

 

 絶望、羨望、失望、恐怖、侵犯

 父さん、父さん、父さん、父さん、父さん! 

 

「これは、ナオトの……? 

 何をしているんだ……ナオト?」

 

 いや、何をされているんだ? とでも聞くべきか。

 サイの隣で、ハマーの足が酷くジタバタと動く。どうやら同じく、ナオトの感情を見たらしい。

 そして彼はサイよりも一層激しく、その感情に抵抗を示していた。

 

「畜生! ロゼと同じことを……

 よりにもよって、何で、親父が!?」

 

 その時だった。

 やっとサイがハマーを脱出させかかった瓦礫の上で、突然モビルスーツのマニピュレータの駆動音が響いたのは。

 瓦礫の間から漏れていた光が一瞬消え、その代わりにかなり強引に鉄骨を押しのけ、黒いマニピュレータが元気よくサイの上で動く。

 

「あれは──

 ウィンダム! 広瀬少尉!!」

 

 山神隊だ。

 生き埋めの恐怖から、やっと自分たちは解放されたんだ。

 

《いい加減、救助隊を救出するような矛盾は勘弁してもらいたい!》

 

 皮肉めいた広瀬の怒声が、サイたちの上を流れた。

 

 

 

 

 ナオトの居場所に最初に突入したのは、ティーダだった。

 問答無用で防音壁とガラス棚をぶち壊し、マユは感情の赴くままティーダを駆り、標本の群れの中へ侵入していく。

 

「ティーダ! 

 噂にたがわぬ、素晴らしい輝きだ。二つの希望を同時に目撃できるとは!!」

 

 センサーの反射で、紅に光るマユの瞳。

 彼女の耳には、ティーダを見上げて幼稚な歓声を上げる男の言葉など、まるで聞こえていない。

 

 

 ──変な白衣のおじさんが、こっちを見上げて喚いている。

 あのどす黒い感じは、この部屋から来たのに……

 ナオトは、何処? 

 

 

 マユはティーダに備えつけられた24個のモニターで、ナオトを探る。

 

 

 あそこだ。あの変なおじさんの、すぐ手前。

 大きなワンちゃんが3匹いるところ。すごいな、あんな大きなワンちゃん、初めて見た。

 

 ナオトは──倒れてる。

 何だろう、あのワンちゃんたちとお相撲でもしてたのかな? 

 あはっ、ワンちゃんの圧勝だね。押し倒しでナオトの負け。

 ズボンまであんな風に破いちゃって、あとでまたフレイに怒られるよ、ナオト。

 疲れて寝てるのかな? 目を開いたまま眠れるってすごいなぁ。

 それにしてもナオトの太ももの内側って、白くてすべすべしてそうで、女の子みたい。触ったら気持ち良さそう。

 だけど……

 

 

 あの血は、一体何だろう? 

 あのおじさんがすごく嬉しそうなのは、何故? 

 ナオトの目から流れている水は何? 

 ワンちゃんたちがナオトを抱きしめて離さないのは、何故? 

 

 

 ――そしてマユは気づく。

 自分を襲った、どす黒い感情の正体を。

 こちらを見上げ、手を上げて笑う白衣のオールバック。

 

 

 

 

「ワンちゃんじゃ、ない……?」

 

 

 

 

 マユは自分でもよく分からないうちに、モニターに見入っていた。

 その中でゆっくり顔を上げる「ワンちゃん」の胸は、実にふくよかだ。フレイの胸とそっくりだった──

 

 

 部屋に充満し、マユの心にまで侵入していたどす黒い空気が、彼女自身の感情を呼び覚ましていく。

 マユが、全く知らないはずの感情を──

 それは気化したガソリンのように、彼女の心で渦を巻く。

 あとは、ほんの少しの火花を待つだけ。

 

 

 ──君は、そんなに人が傷つくのを見たいの? 

 ──僕は、君がいなくなったら悲しいんだ。君が好きだから! 

 ──僕の大切な人は、モビルスーツに踏まれて亡くなった。

 

 

 意味の分からない感情の流れの中へ、ナオトの言葉が閃光となって散っていく。

 

「おじさん……ナオトを踏んだでしょ。

 ナオトは、言ってたんだよ。人を踏んだらいけないって」

 

 呟くマユの顔に、いつもの無邪気な笑みは全くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も感じませんか? 広瀬少尉。

 嫌悪感のようなものを!」

 

 広瀬のウィンダムのマニピュレータに乗せられて思い切り風を受けながら、サイは大声でコクピットに叫んだ。

 

《イヤってほどな。あの死体の状態を見たか?

 どう考えてもガス爆発じゃありえん》

「そうじゃないんです。身体から、何かが抜けていくような……」

《あぁ、滅茶苦茶力は抜けるよ。どんな調査結果が出たところで、どうせ報道はいつもの『不慮の爆発事故』だろうしな。

 それより、フレイ嬢がまだ現場にいる。

 このまま援護に回る、つかまってろ!》

 

 ウィンダムのマニピュレータには、一緒にハマーが乗せられている。

 足の負傷はそれほど酷くはなさそうだ。連合機に乗せられ相当不機嫌そうではあるものの、暴れてはいない。まだ。

 

 

 

 

 ティーダに続いて突入してきたのは、フレイのアフロディーテにカイキのソードカラミティだった。

 割れているガラス棚。充満しているホルマリン。

 流れ出している無数の脳みそ。中心で棒立ちになっているティーダ。

 そして、ティーダの輝きに喜びの声を上げている白衣の男。

 そのそばでは──

 

 

「――!!」

 

 

 フレイは即座に状況を悟った。

 彼女自身やカイキまで味わわされた、嫌悪感の正体を知った。

 ぎりっと音が出るほど、噛みしめられる奥歯。

 

 

 白衣の男はアフロディーテの登場に一旦は驚愕したが、すぐに弾けたような笑みを見せる。

 両手を挙げてアフロディーテに向かって拍手をし、男は言った。

 

「姫! ご覧下さい、素晴らしき私の息子です。

 感謝いたします、よくぞここまで連れてきて下さった。

 このように、『花嫁』と『会わせ』ました!」

 

 そして男は、そばで静かに俯いていた獣──強化人間のなれの果てを、フレイに突き出した。

 その獣は血に濡れた牙もそのままに、満足げに自分の腹をさすっている。

 

「SEEDの存在を見破った姫の眼力、さすがです! 

 採取は既に完了しております、新たな研究の認可をっ」

 

 フレイの眼は男を見てはいなかった。花嫁と呼ばれた獣も見てはいなかった。

 ただひたすらに、男のそばで倒れている少年を凝視していた。そして──

 

「……第103号通達が行き届いていないようだな。

 己の息子を汚すような外道に、姫と呼ばれるいわれはない!」

 

 アフロディーテが男に向かってマニピュレータを振り上げ、そのまま叩きつけようと動く。

 それを見て、男の表情が歓喜から一変した。

 困惑、そして絶望へと反転していく。まさに血相を変えたと表現するに相応しい。

 だが、その瞬間――

 

 

 壁をぶち破る大音響と共に、真横からウィンダムが飛び込んできた。

 その掌に乗っていたサイが、全力で叫ぶ。

 

「やめろ、フレイ! 

 そんな風に人を殺しちゃ、いけない!!」

 

 

 

 

 

 

 『姫』──

 

 一瞬聞こえた男の言葉を、サイは聞き逃さなかった。

 ホルマリンと血の臭いが充満する大部屋で、フレイが男の上にアフロディーテの拳を振り下ろす光景を見て──

 たった今、危機一髪でそれを止めることに成功した。何とか、自分の叫びで。

 

 今何と言った、この男は。

 フレイが──姫? 

 

 姫というより女王という形容の方が、フレイにはふさわしいだろうに。

 そういえばフレイは、学生時代は女王様と言われていたことも──

 

 だが、サイがそこまで考えた時。

 

 

「う……

 う、うぅ、うおぁあああぁあああぁあああぁ!!!!」

 

 

 ハマーが、手負いの獣の如く絶叫していた。

 ウィンダムの眼下、その光景を見て。

 

「畜生! 

 何で……何で、ここまで同じなんだ……ロゼと!!」

 

 そのままハマーは頭をかきむしり、展開される現実から全身を守るようにうつ伏せになってしまう。

 サイは反射的に頭を回す。そうだ、ナオトは──

 

 

 

「……なっ」

 

 

 

 ほどなくサイはナオトの姿を眼下に見つけ、ハマーの言葉の意味を知った。

 そして納得した。フレイが白衣の男を殺そうとした理由も。

 

 

 男は未だ、アフロディーテに喚いている。

「何故です! SEED保持者の遺伝子は、お父上が何よりお望みのはずっ」

 

 

 ──幸か不幸か、その時のサイにはもう、男の言葉は聞こえていなかった。

 ナオトの状態を見た瞬間、吹き飛んでしまった。彼の理性までが。

 

 

 

 

 肩からひきちぎられ、布切れとなってナオトに張りついている制服。

 両肩は血にまみれ、その手は胸元のお守りだけを握り締め、ウィンダムの掌から見ても分かるほどにがくがく震えている。

 表情はよく見えないが、その腹から下をちらと見て

 

 

 

 

 ──サイは目を瞑った。

 人間として、見てはならないものだ。その光景を網膜に映し出そうとする動作を、彼の神経は完全に拒絶していた。

 あのハマーが、号泣まで始めている。あまりにもおぞましい現実が、そのトラウマを激しく揺り起こしてしまったのだろうか。

 そんな彼らの目の前で──

 

 

 

 突如、ティーダが動いた。

 まるでサイやフレイ、その場の者たち全ての怒りを吸収するかのように装甲が輝き、右腕のトリケロスが持ち上がる。

 

 

 

《マユ! 

 やめろ……お前は怒りなんか、覚えちゃいけないんだ!!》

 

 

 

 ソードカラミティから響きわたる、カイキの痛切な叫び。

 悲鳴にも似たその声に我に返り、サイも絶叫する。

 

 

「いけない! 

 今のナオトの前で、父親を殺しちゃ──」

 

 

 だが、ティーダは全くその動きを止めず──

 高エネルギーレーザーライフル、ランサーダート、ビームサーベルを搭載した右腕の攻盾システムトリケロスの全重量を、白衣の男の上に叩き落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「レポートをまとめろ。

 見たままの事実を話せ。その為に貴様を連れてきたのだからな」

 

 

 飛び散った父親の死体を前にして――

 フレイがナオトに、開口一番に告げた言葉がそれだった。

 

 

 惨憺たる事件の全ては終わり、工場は山神隊やシュリ隊の手で消毒作業が行なわれている。

 カイキはハッチを開いてティーダの様子をうかがっていたが、マユはコクピットに引きこもったまま、降りてこようとしない。

 そして――

 

 

 サイに介抱され、彼の作業着を借りたナオトは、絶対に表情を他人に見せようとはしなかった。

 ただ沈黙を守り、作業着の胸元をきつく握り締めたままだ。

 その手に握られたお守りは、紐が外れかかっている。

 

「フレイ……

 無茶だ、この状態が見えないのか?」

 

 剥き出しになったナオトの両膝は涎で汚れ、未だにガタガタと震えていた。

 そんな彼の背中を、サイはそっと支えることしかできない。

 

「すぐに医療ブロックへ行かないと……」

 

 サイの言葉に、フレイは──

 彼女にしては珍しく、ぷいと顔を背ける。

 

「無理にとは言わぬ……3日以内にまとめれば良い。

 ただ、事実を語れ」

 

 作業用ミストラルでガラスの撤去作業を行なっていた広瀬少尉が、一旦手を止めて声をかける。

 

「フレイ嬢、無駄なことはしない方がいい。

 既に報道管制は敷かれているんだ」

 

 だがフレイはそれを聞き流しつつ、さらにナオトに言った。

 

「痛みと戦うことが出来るのは、痛みを知る者だけだ。

 壊れた父親の所業を語ることが出来るのは、貴様だけだ。

 口をつぐまず語ることこそが、貴様の務めだろう。

 子鼠から人間になりたければ、語れ」

「今、言うことじゃ……!」

 

 サイがフレイに噛みつきかかったが、その前にナオトの頭がゆっくりと動いた。

 

 

「――やります。

 それ、僕の仕事ですから」

 

 

 その表情に、サイは一種の恐怖すら覚えた。

 泣いてもおらず、怒ってもおらず、表情が消えているわけでもない

 

 

 ──ナオトは、笑っていたのである。

 

 

 泣いていいんだ、ナオト。

 拒絶していいんだ、僕を見るなと叫べ。ここで耐えるのは強さなんかじゃない! 

 サイは叫びたかった。心の底から全てを拒絶し、叫びたかった。

 しかもなんだ、この満面の笑みは。

 相手を完全に拒絶する笑顔という不思議な表情を、サイは初めて目にしていた。

 

 

 

 

 ~~~~~~

 

 次回予告

 

 著しく傷つけられた少年の精神。

 だが皮肉にも、その傷はサイとネオをフレイの真実に近づける。

 そしてそんな彼らの思惑も知らず、再び種は飛翔する。

 人々の運命を嘲笑うように──

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation

「アークエンジェルを追え!」

 その痛み、抱きしめろ。アマミキョ! 

 

 

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