【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
《先日の、ヤエセ西部トミグスク・文具団管轄第15工場でのガス爆発事故の続報をお伝えします。
連合・チュウザン合同軍が現地時刻午後2時30分に現場に突入、作業員及び周辺住民の救助活動を開始したことは事件発生直後にお伝え致しました。
──しかし、その後我々が見た現場は、事前に受けていた報告とは大きく食い違うものでした》
医療ブロックで足の治療を受けながら、サイは枕元のビデオモニターで、じっとナオトのレポートを見ていた。
画面からはナオトの声と共に、ティーダのカメラが捉えた現場の映像が続々と映し出されている。サイの額を覆っていたガーゼを取りながら、女医スズミも黙ってナオトの声に耳を傾けていた。
《我々が到着した時には、工場は激しい炎と黒煙に包まれていました。
作業員と見られる方々52名は、既に全員の死亡が確認されています。しかし、工場敷地内ではガス及び有害化学物質の流出は確認されませんでした。
一体、工場内で何があったのでしょうか。
我々が目撃したものはガスではなく、出所不明のストライクダガー3機、ダガーL2機でした。救助活動に入った軍を攻撃してきたそのモビルスーツが、作業員を殺害したものと思われます。
これはガス爆発に見せかけた、テロ行為だったのです》
画面に映し出される、赤い非常灯に照らされた工場構内。
ナオトの声は淡々と──いつもの彼らしくもなく、実に冷静にレポートを行なっていた。確実に連合に握りつぶされるレポートであるにも関わらず。
《連合チュウザン駐留軍・山神隊がこのモビルスーツ部隊に応戦、現在テロは完全に沈静化しています。しかしさらに調査を行なった処、工場内部の様子は異様でした。
行政官庁に届けられている業務内容とは、全く違うもので埋め尽くされていました》
破壊された巨大ガラス管が幾つも画面に映っている。
サイはなるべく冷静さを失わぬよう、スズミに補足説明をしていた。
「画面下に転がっている鼠の尻尾のようなものは、赤ん坊の脳髄でしょうね。
既に切断された女性の手足も見ました」
「ブルーコスモス直属のバイオ研究者なら、喉から手が出るほど欲しいはずよ。この施設」
吐き捨てるようなスズミの皮肉に答えるように、ナオトの声が続く。
《ここで生産されていたものは、鉄鋼などではなく──
生きながらに死んだ、人間の成れの果てでした》
突然映像は切り替わり、カメラがぐるりと回転しつつ、工場の天井を映し出す。
心臓を内側から撮影したらこんな感じだろうか。赤黒い光に染まった空間が鼓動する――撮影者の感情を映し出すように。
若干のノイズの後、金属が擦れる嫌な音と共に、画面の中の防御壁が砕かれた。
火花と金属片を散らすティーダのマニピュレータが一瞬、映る。その向こうに展開されるは、生き血の詰まったガラス管で満たされた空間。
――あの時、ナオトがいた場所だ。ナオトが父親と共にいた場所。
俺とハマーさんがやっと助け出された、その直後に見た地獄。
今度はナオトが撮影したものではなく、マユがティーダで突入した際の映像なので、ブレが酷い。
それでもやがてカメラはまっすぐに、朱に染まったガラス管の列──その間で蠢く人間たちを捉える。
白衣の男に、三体の獣。
「
《現在軍では生存者を収容の上、回復を待って事情聴取を行なう予定です。
自分は単独で当工場への潜入を試みましたが、その際に工場センターブロックにて、管理責任者と推測される男性と接触しました。
チュウザンの子供たちを集めて過酷な人体実験を行なっていた事実を、男性は自ら明かしました。この映像で展開される地獄が、ヒトの未来へ繋がると──
彼は自らの行為と実験施設を、肯定したのです。その直後に彼は絶命しました。
テロリストと化した子供たちに襲われて》
「……自分の父親だぞ」
サイは思わず顔を背け、モニターのスイッチを切りかける。
その手を、スズミが止めた。「しかも、マユちゃんまでかばってるわね」
その時だった。ナオト・レポートが驚くべき事実を語ったのは。
《彼はさらに、僕の前で語りました。
ヒトの進化を担うべき人間──SEEDを持つ者の存在について》
PHASE-14 アークエンジェルを追え!
作業艇ハラジョウ内部の医務室では、いつも通りマユが清潔なベッドに寝かされていた。そばにはきちんと、カイキがついている。
アマミキョ医療ブロックより遥かに静かなその病室で、マユは実におとなしく点滴を受けていた。
彼女の細い腕に音もなく流れこむ薬液を眺めながら、カイキは不器用に笑顔を浮かべようとする
――だが、出来ない。
マユの枕元にはテレビモニターが備えつけられ、現在のカタパルトの状況が映し出されている。
真っ白く輝く機動兵器・ティーダのカメラアイが、画面ごしにこちらを凝視していた。
カイキはそれを憎々しげに睨みかえす。洗い立てのシーツのように白いその装甲が、カイキの目には血塗られて見えた。
分かっていたはずじゃないか。
モビルスーツは、血染めの兵器だということぐらい。
と、マユが突然ぽつりと呟いた。
「殺そう、って思ったの。
殺さないと、って思ったの。
あんな気持ち初めて………今までは、ただ撃っていただけなのに」
カイキは何も答えられない。
いや、解答はあるが──マユに提示すべきものではなかった。
あの工場で、ティーダが彼女に激烈な影響を与えたのは明白だ。何しろカイキ自身が、ティーダを通じてナオトの感情を味わったのだから。
それは彼にとって、三つの意味で屈辱だった。
まず単純に、性的暴行に対する激しい嫌悪感。
次に、あの憎たらしい子供──ナオト・シライシの感情と自分を同調させてしまった事実。
そしておそらく、マユはカイキよりも遥かに強く、ナオトの心と連動してしまっただろうこと。
すなわち、ナオトが受けたと同じ暴行を、マユは──
考えただけで自分の拳を握りつぶしそうになるその思考を、カイキは無理矢理追い払った。
ティーダの性能を考えれば仕方のない結果だ。マユがティーダの潜在能力をここまで引き出すとは予想出来なかった。
おそらく、『チグサ』復活の時は早まっただろう。
本来は喜ばしいことだ。だが――
モニターの中ではフレイが現れ、キャットウォークの上からティーダを眺めている。
すっと背筋を伸ばし、ティーダの白い頭部を見上げているフレイの後姿は、いつも通り美しさを保っている。特に腰のあたりで引き締まったスカートのライン──
カイキはいつも思う。ド畜生の塊のような連合軍ではあるが、女子制服の美学ってやつだけはよく理解している。
尤も、ステラとかいうエクステンデッドは別だ。見てくださいと言わんばかりのあの着崩し方は何だ、全く……
そこまで考えた時、唐突にマユが尋ねた。
「お兄ちゃん。
──『お父さん』って、何?」
一瞬、血の塊が喉に詰まったような感覚がカイキを襲った。
しかしそれでも、彼は優しげな表情を作りつつ、マユの額にくっついていた髪を撫ぜる。
「俺にもお前にもいないモノ。俺にもお前にも、必要ないモノだよ。
誰が言ってたんだ」
「フレイが言ったの。
私が、ナオトのお父さんを殺したって」
カイキはぎょっとして、思わず画面のフレイを睨みつけていた。
丁度彼女は画面外の誰かに声をかけられたらしく、ちょっと振り向いて言葉を交わすと、カイキの視線をかわすかのようにフレームアウトする。
さらにマユの言葉は続いた。
「お父さんがいなきゃ、子供は生まれてこないんでしょう?
お父さんにとって、子供は大切なものなんでしょう?
なのに、どうしてナオトのお父さんは、ナオトを傷つけたの?」
簡単だ。俺たちの親父と似たようなドクズだったからさ。
──そんな分かりきった答えさえ、カイキはマユに告げることは出来ない。
黙って点滴の落ちる速度を調整することしか、カイキに出来ることはない。いつもの投薬と注射では全く足りないようだ。
マユの為には、多少の危険を冒してでも薬液の濃度を上げるしかないのか──
これ以上、憎しみや殺意を感じさせないようにする為には。
マユが寝息を立て始めたことを確認しつつ、カイキは首を振る。「駄目だ」
マユの身体に負担をかけるわけにはいかない、チグサの為には。
「ティーダは必要なんだ。俺たちに──チグサに」
呪文のように繰り返されるカイキの言葉を聞く者は、誰もいなかった。
《SEED。Superior Evolutionary Element Destined-factor──
優れた種への進化、その担い手。かつて学会で発表され、議論を呼んだ──》
ナオトが辛うじてピンマイクで録音した男の声が、医療ブロックの一室で流れる。
サイとスズミはひどいノイズ混じりのその声に、必死で聞き耳をたてていた。
貴重な証言だったが、録音者のナオトが冷静さを失っていた為か、男の声は途切れ途切れだ。
わずかに聞き取れた単語は、「キラ・ヤマトに並ぶSEED保持者」──
サイは息を呑む。まさかこんな処で、キラの名を聞くとは。
男の声を遮るように、ナオトのレポートが再び被る。口調は先ほどより若干弱めになり、声がかすれてきている。
《彼は、ティーダのパイロットとなった僕の中に、SEEDを見出した。
ハーフコーディネイターである僕の精子を独断で採取し、人体実験の犠牲となった少女たちに分け与えた。
世界を革命する子供が欲しい──それが、彼の願いでした》
「何故そこまで冷静に喋れる、ナオト!」
モニターに思わず拳を叩きつけるサイ。
レポートを命じたフレイも解せないが、ナオトの反応はそれ以上に不可解極まりない。
父親であった事実こそ隠しているとはいえ、自分が性的暴力をふるわれたなどと公然と数日後に語ることの出来る子供なぞ、そうそういるわけがない。
「このレポート、決して無駄にはならないわ」スズミがエンドマークを確認し、落ち着きはらってモニターのスイッチを切った。
「勿論公には出来ない。でも、こうして私たちが知ることが出来た。
特に貴方が知ったことは大きいわね」
「ナオトの奴、全く変わらないんです。
いつもより明るいくらいだ。明るさを装って自分を騙してる。
そうやって生きてきた。そうやって生きるしかなかったんだ!」
笑う門には福来たる──オーブ古来のそんな諺を、あいつはいつも信じていた。
ドジだけど明るい自分を演じ、自分にも他人にも、親にすら笑顔で媚び続けることで、ハーフコーディネイターとしてこの世界で、何とか生きてきたのだろう。
フレイにその真実を暴露されてからドジをやることは少なくなってきたものの――
その代償に、破滅的なほどに突飛な行動が増えてきた気がする。
「だったら、こちらもいつも通りに接するしかないでしょうね」
スズミは一つ溜息をつきながら、手元の書類をかき集めた。
「ただ、このままだと何処かで爆発してしまう。
貴方が無茶をしたようにね」
言われて、サイは思わず自分の左腕を眺めた。
ギプスはようやく取れたものの、まだ熱を帯びた痛みは残っている。ハマーを追いかけて工場崩落に巻き込まれたおかげで、治りは明らかに遅くなっていた。
そのハマーも今は、医療ブロックで隔離され治療を受けている。
事件直後には相当の鬱症状が出ていたらしく、自傷行為を何度も行なったようだ。
ナオトの傷とティーダの能力は、無関係の人間まで巻き込んでしまった。
スズミは疲れのたまった肩をならしつつ、サイを諭す。
「心療内科は専門外だからあまり当てにしないでほしいけど、ナオト君の回復には思い切った荒療治が必要かも知れない。
勿論、モビルスーツに乗っていない時にだけど」
相変わらず医療ブロックの喧騒が、カーテンの向こうから響いてくる。
ストレッチャーが廊下を走る車輪の音、そして怒鳴り声。
母を呼ぶ子供の悲鳴、ネネがそれを宥める声もはっきり聞こえる。
ろくでもない音の満ちる空間で、サイは思考を巡らせる──
ナオトの傷。それと共に、自分やハマーが工場で感じた感覚。そして──
「SEEDって一体、何なんだ?」