【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ネオ・ロアノークもまた、カイキやハマー、そしてサイと同じ感覚を味わった者の一人だった。
間違いなく、あの工場はステラたちを育成したロドニアと同様の研究施設だ。何故チュウザンにそのような施設があるのか、疑問は尽きなかったが、何よりネオの頭に引っかかっていたのは突入時の感覚だ。
健康な男であれば一生涯、ご免こうむりたい感触だった。尻の穴にマシンガンでも突っ込まれた方がまだマシだったろう。
同じく突入に参加したステラにも確認を取ったが、彼女は何も感じなかったらしい。勿論、この非人道的施設に対する嫌悪感を剥きだしにしてはいたが。
「あそこは嫌。ロドニアはもっとキレイだった!」
事後処理という名の焼却作業に当たっていた、山神隊の連中も同じだ。
彼らは清濁併せ呑むという言葉を理解している為か、散らばった脳髄や腕や太ももを一斉火炎放射でてきぱきと焼き尽くしていた。
時澤軍曹などはしばらく鶏肉が食べられなくなったようだが、どうやらネオほど特異な感触を味わった者はいないらしい。
積まれた雑務を片づけた後──
ネオは艦から離れ、夕闇の中をアマミキョへと向かっていた。
申し訳程度には冷房の効いた艦内にいつも居座っている為か、この国の暑さと湿気は特にこたえる。
電気も水道もろくに復旧しないままの村落を、ネオはゆっくりと歩き続けた。
ユニウスセブン落下のおかげで海岸線が歪み、港は壊滅し、田畑や森は焼かれ、しかも内部からのテロが激化しているこの国──
コーディネイターにでも頼らなければ、もはや立て直せない島国。
それでいて、強化人間の実験施設を建設していた国。
――ここには、ある。俺の記憶に関わる何かが。
作業が遅々として進まないトウキビ畑の隅から、鎮魂歌でも奏でるように、大量の虫やカエルたちが夕方の唱和を始めている。
仮面の下が実に蒸し暑く、脱いでしまおうかと思ったその時。
「おっさん、10ダラーちょうだい」
振り向くとネオの足元には、夕闇に紛れてくっついてきたらしい子供たちが群がっていた。
顔を跳ね回る虫をものともせず、真っ黒に汚れた顔で次々に手を差し出してくる。
「おっさんじゃない、お兄さんだ」
ネオは微笑みながら腰を下ろし、懐から何個かキャンディーを取り出した。
金を出せば、子供の親がすぐに取り上げて酒や薬に使ってしまうことを、ネオは知っていた。手のひらの上にきれいに包まれたキャンディーを乗せられ、子供たちは最初は戸惑いつつも次第に笑顔になっていく。
その時だった。ふとした呟きが聞こえたのは──
「やっぱり似てるよ、フラガさんに」
「しっ……聞こえるぞ」
ネオが振り向くと、岩だらけの道端から二人の若者が顔をのぞかせていた。
一人は何とも気の弱そうな、目立たない黒髪。未だ青年というより少年と形容したほうが正しい気がする。
そしてもう一人は、左腕に包帯を巻いた眼鏡の青年――ネオが話をしたい相手でもある。
どうやら今の子供たちは、彼らが引率していたらしい。
「申し訳ありません、すぐに帰しますから!」
眼鏡の青年が子供たちを呼ぶと、彼らは相当なついているのか、即座に彼の方へと集まっていく。
ネオはその若者に、気楽さを装って声をかけた。
「サイ・アーガイルだね。
会いたくないか? 元婚約者に」
「実験体の搬送は完了しました」
調整中のティーダを前にして、フレイにニコルが報告する。
キャットウォーク上で車椅子はなかなか動かしづらいが、彼はもはや慣れっこだ。
「山神隊を説得するにはミゲル先輩も骨を折ったみたいですけど、どうにか2、3日中には南第16への搬送ルートに乗りそうです」
そこへ、ティーダのコクピットから降りてきたラスティが意気揚々と加わった。
「ティーダのメインセンサー、最大時で通常の146%増しで動いてたぞ。
フレイ、聞いてるか? 通常の146%じゃなく、増しだ!
つまり約2.5倍っ、設定上ありえん数値を叩き出すのも時間の問題!
アマミキョとの連動性も上がってるし、このまま行けばスケジュール25%前倒しも夢じゃない!」
ラスティから手渡された小型モニターを一瞥し、フレイは喜びの感情を全く交えずに呟いた。
「これほどの心理グラフのブレは想定外だったな。
サブパイロットのみならず、メインのマユにまで強い影響を及ぼしている」
棒読みに近いその言葉に、小躍りまでしそうな勢いだったラスティは一気に肩を落とす。
「……俺だって、分かってるさ。
何が原因だったかぐらい」
ニコルも浮かぬ顔だ。
「さすがに驚きましたよ……
まさかSEEDに対して、あんな手段をフレイがとるなんて」
途端、氷柱のように鋭い視線をニコルに向けるフレイ。「侮蔑はよせ、私ではない。
しかし、さすがは父の息のかかった者らというべきだな。あのような採取方法をとるなど……」
冷徹にそこまで喋った瞬間、彼女の言葉は中断された。
突然割り込んできた怒声によって。
「何が採取だ!」
それはカタパルト入口にやってきた、サイの叫び。
止めようと群がってきた整備士たちをものともせず、彼はフレイたちへ大股で近づいていく。
「ナオトをあの施設へ向かわせたのはフレイ、君の判断だってな。
父親がいると知っててナオトを放り込んだのも君なのか?」
まだ治らないサイの左腕をラスティが捕まえようとしたが、彼は乱暴にそれを振りほどいた。
ニコルはその剣幕に若干気おされながらも、懸命に車椅子を操作してフレイの前方へ出る。
彼女を守るように。
「やめて下さいよ。何度目ですか、その無意味な抵抗」
「抵抗じゃないよ、質問だ」
ただ一点だけ、常日頃のサイの反逆とは違う処があった。彼は今回、手強い味方──
ネオ・ロアノークを引き連れていたのである。
ラスティの口から、皮肉がこぼれた。
「考えたもんだなぁ。自分一人じゃフレイとの謁見すら不可能だから、連合の大佐の手を借りる、か!」
だが仮面の男は落ち着きはらい、サイをかばうように前に出る。
「おいおい誤解するなよ、彼を誘ったのは俺だ。
それにしても不思議な光景だな、連合のお嬢さんが赤服と共にいるとは。コスプレ大会かい?」
「我々アマクサ組に、軍属は無関係──
それを示す為の、連合服と赤服の共存です。ご理解願いたい」
フレイは感情を交えず説明すると、手ぶりだけでニコルとラスティを下がらせ、サイに向き直った。
「何故、ここに来た?」
「聞きたいことが山ほどあるからね」
サイは間髪入れず、一息に吐き出した。
「ナオトの父親が君に何と言ったか、俺は覚えている。
あの男に『姫』とまで呼ばれる君は、一体誰だ?
それに、ナオトをどうするつもりだ。
戦いに利用するつもりか、キラと同じように!」
「自分こそ、ナオトを利用したじゃないか。
ナオトを乗せるきっかけを作った奴のいうことか!」
ラスティがすかさずサイに怒鳴ったが、彼は決して負けなかった。
「その責任を感じているから、ここに来ている。
それに、フレイだけじゃない──
君たちだって、本当は
その言葉に、車椅子のハンドレストを掴むニコルの手が一瞬、震えた。
サイはカタパルト階下のアフロディーテを見やる。機体の左脚部にはミゲルがとりついて汗を流している。彼はこの騒動には全く気づかず、接合部分の機動テストの真っ最中だ。
「エルスマンが証言してくれたよ。あそこにいる彼も、君たちも、本当は亡くなっているはずだって」
「そんなに船外投棄されたいのかよ!
戦死者名簿の混乱ぐらい、どこでも──」
ラスティが思わず反論しかけたが、それをネオが遮った。
「俺自身も聞きたいね。あの施設の建設理由に、アルスター嬢の目的を」
仮面の下からの射るような視線が、フレイをまっすぐに突き刺した。
さらにサイがもう一歩を踏み出す。
「教えてくれ、SEEDのことを。
ナオトが、あんな目に遭わなければならなかった理由を!」
驚いたことに、フレイはサイとネオを易々と、作業艇ハラジョウへといざなった。
当然、彼らが入場を許可されたのは入り口付近の、何の変哲もないブリーフィングルームまでだったが、それでもサイにとって大きな前進と言えた。
何しろ今までは、フレイに近づいただけで殴られるという有様だったから。
「ナオト・シライシのレポートに偽りはない。
ただ一点、マユの行為をかばった以外はな」
意外に天井が高く、象牙色を基調にした落ち着いた雰囲気の部屋の中──
フレイはサイとネオを中央の丸テーブルに案内しながら、手元の資料とノートパソコンを操作しつつ切り出した。
「彼の父親がその生涯を費やし、息子まで生贄とした”SEED”の因子──
宇宙のコーディネイターと地上のナチュラルとで二分される世界の中、新たに提示された概念だ」
テーブルに、車椅子のニコルが静々と三人分の氷水をついで持ってくる。
その表情は明らかにフレイへの不満で溢れていたものの、彼女の視線は十分にこの少年を黙らせるだけの力があった。
車椅子のモーター音が流れ、ニコルが背中を向けるのを確認すると、フレイはさらに説明を続けた。
「格闘などの緊迫した状況下において突如覚醒し、バーサーカーの如き戦闘能力を発揮させる因子──これがSEEDの通説だ。
宇宙という特殊環境下での戦闘を重ねる中、突然変異を起こして誕生した新人類。人類の進化を担う者。呼び方は色々ある」
「遺伝子の改良を重ねた結果じゃないのか?」
唐突にフレイから突きつけられた概念の凄まじさにサイは戸惑いつつも、脳みそをフル回転させて事実の分析に努める。
だがそれを遮るように、フレイは続けた。
「違う。ナチュラルもコーディネイターも関係なく、SEED保持者は出現する。
遺伝子工学に携わる者にとって非常に魅力的な学説だが、因子発生のメカニズムは未だに解明されていない。
全ての人間が持ちうる潜在能力という説もあるが、特殊能力にカテゴライズされる類のものではなく、単なる火事場の馬鹿力とする説もある。
未だにSEED保持者の能力の覚醒は、モビルスーツによる戦闘時の急激な機動力上昇以外に具体例が確認されていない故、信じぬ者がいて当たり前だが」
そこでフレイは手元の書類から目を離し、サイをまっすぐに凝視した。
「サイ。お前は今まで数多く接しているはずだ――SEED保持者と」
「何だって?」
口に含ませていた氷水を噴きそうになったが、サイは何とか氷ごと飲み込んだ。
咳き込みを押さえながら、サイは脳内の人物データベースを探る。
「やはり、キラが保持者なのか? それにアスラン・ザラ……」
戦闘中に突然、キラのストライクガンダムが驚異的な機動を行なう場面を、サイは何度となく目撃していた。
大気圏突入前のデュエルとの戦闘、砂漠の虎との対決──
そして、何度となく自分たちを救い、オーブやヤキン戦を戦い抜いた、フリーダムやジャスティスのマルチロックオンシステム。
大戦後にモルゲンレーテ社においてデータ解析が行なわれたが、あの機能はコーディネイターのテストパイロットでも殆ど使いこなせなかった。
あれだけキラが自由自在にフリーダムで飛び回り、しかもコクピットを外して相手を撃墜するなどという芸当が可能だったのは、元々の能力も優れているのだろうがSEEDによる処も大きかったのかも知れない。アスラン・ザラにしても同様だ。
思い返せばヤキン戦の時など、二人とも常時SEEDが発動していたのかも知れないというほど、二機の動きは異常だった。
そして、SEEDがナチュラルでも持ちうる因子とするならば──
「フレイ、君もか」
大気圏突入時、あれほど涼しい顔をしてアフロディーテから降りてきたのは、SEEDが覚醒していた為か。
常時ミゲルが機体の破損を気にかけなければならないほどのフレイの機動も、SEEDの為か。
俺を助けた時だって──
「光栄なことに、そうらしい」
フレイの解答は、実にあっさりしたものだった。笑みすらたたえてサイを見下す。
「自分自身には把握しがたいものだが、調べさせた研究員によれば確実なようだ」
「まさか、そんな冗談!」
「それはこちらの台詞だ。
この期に及んで、まさかまだ私に普通の少女でいてほしいのか、サイ?」
完全に心を見透かすような言葉は、サイにそれ以上の反撃を許さなかった。水滴のついた冷たいコップを握りしめるより他に、彼に出来ることはない。
フレイはさらに語り続ける。
「キラ・ヤマトにアスラン・ザラに関してはお前の読み通りだ。
そして──カガリ姫やラクス・クラインも保持者だ」
今度はコップを取り落としかけてしまうサイ。
その動揺を感じ取ったのか、ネオが彼の心情を代弁するように言葉を継ぐ。
「アークエンジェルで反旗を翻した連中ってわけか……
ていうか、一箇所に集まりすぎじゃないのか?
貴重な因子なんだろう? このデータによれば、二百万人に一人程度の」
「理由はある」
フレイは間髪入れず、きっぱりと言った。
「SEEDは磁石のように引かれ合う。
ネオ・ロアノーク大佐──貴公の空間認識能力と同じに」