【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ネオに諭されつつサイがハラジョウを出た頃には、既に日はとっぷりと暮れていた。
諭されたと言ってもかなり強引な形であり、全く納得出来ていないサイ。
フレイを押し倒してでも、もっともっと真相を聞きだしたかった。しかしネオに頭から氷水までぶちまけられては、引き下がらざるをえない。
「申し訳なかった。
ああでもしないと、君はますます痣を増やしちまうと思ってね」
とりあえず心配そうな風を装い、ネオはサイの頭を見やる。しかしヤエセの熱気とサイの怒りは、かなり短時間で濡れた頭を乾かしてしまったようだ。
点滅を続ける白い街灯に、蛾が桜のように舞っている。ネオは作業用に停めてあったトラクターの陰に彼を誘った。
掘削作業が中断している畑のふちに、二人は並んで腰を下ろす。
「君と彼女のことなら聞いてる。
彼女を信じられず、激してしまうのは理解出来る」
「熱くなりすぎました。こちらこそ、申し訳ありません」
大きなため息と共に、サイの肩から力が抜けていく。
一体どういう強化をされたんだと叫びたかったが、それだけはネオの前では言えなかった。そこまでこの男に話すつもりはない。
「だけど……頭が爆発しそうだ」
「爆発しない方が変だろう。連合のアイドルだか傭兵どものボスだか知らないが、彼女は一体何なんだ。しかもSEED持ちだと?」
「自分も彼女の存在自体、疑問です。アマクサ組もティーダの件も。今度のことで、ますます疑問が増えました。
だけどあのフレイが信じろと言うなら、今は信じて動くよりほかはないです。
これまでも、そうしてきましたから」
自身に言い聞かせるように、サイは呟く。
昼間日光をたっぷり吸い込んだ土の熱さが、靴の裏から伝わってきた。
フレイのことも決して頭から離れないが――
すぐ隣にいるこの男も、謎だ。
夕暮れ時のカズイの一言が、不意に蘇る。
――あの人、似ていないか?
──大佐に。
言われてみれば、雰囲気が何処となく似ていた。だからサイも、この男を利用することを思いついたのだ。
でなければ、連合の大佐に迂闊に近寄ることなど出来なかった。連合軍からすれば脱走兵である自分たちは、いつどのような形で言いがかりをつけられるか分からない(実際、連合の収容所に家族ごと収監されたというアークエンジェルクルーの噂を、サイは耳にしていた)。
そして、この男の声は──
ウーチバラの宙域で聞いた、あの声に似ていた。ティーダの力を通して伝わってきた、懐かしい声と。
「それに、変なのは彼女たちだけじゃない。
貴方もです、ロアノーク大佐」
この時にはもう、サイは軽く笑ってみせるだけの余裕を取り戻していた。
目の前の仮面は、少しばかり意表をつかれた、とでも言いたげに首をかしげる。
「貴方を最初に見た時から、初めて会ったような気がしなかった」
サイは真面目に話したつもりだったが、ネオがコーヒーでも飲んでいたら盛大に噴いていたことだろう。
「女性に言いな、そーいうことは」
思わぬ言葉に咳き込みながら、ネオは茶化したが。
「本当です。
2年前、随分お世話になった連合の軍人さんがいて……
家を壊されて逃げてきた自分たちにとって、兄のような人でした。
ナチュラルだったのに、その頃からモビルアーマーの扱いに関しては天才的で。
戦いに身を置きながら、血の臭いを感じさせない気さくな人でした。何度も俺たちを助けてくれた。
あの人がいなければ、俺はここにいません」
「アークエンジェルにいた頃か?」
サイの全身が一瞬、硬直した。
いくら懐かしさを感じるとはいえ、相手は連合軍人だ。俺だけじゃない、カズイまで巻き込んでしまう──
そんな彼の動揺を察したか、ネオは両手を挙げておどけてみせた。
「大丈夫、アークエンジェルの件なら散々話したじゃないか。
俺はそれほど狭量な男じゃないよ、それより続きを聞かせてくれ。
その男、今どうしてる?」
「――亡くなりました。
俺たちを守って」
蝉の声が畑の上に流れ出し、それに遅れて蛙の奇声が響き、凄まじく音程の外れた協奏曲を鳴らしだした。
陽射しはないが土から立ちのぼる湿気は半端ではなく、サイもネオも身体から噴き出す汗に耐えている。
夜空は立ち込める蒸気で濁り、星の輝きは鈍い。
沈黙した場を取り繕うように、サイは慌てて笑顔を作った。
「あ……えぇと。
欲を言うなら、もう少し女性に関してアドバイスが欲しかったですね。
俺とフレイが深刻になった時、あの人が割って入ってくれたらと思ったこともあります。甘えだと分かっていますが……
あの時は、そんな余裕はクルーの誰にもなかったし」
仮面の下のネオの表情は全く読み取れない。まるであの写真の男だ。
つい喋りすぎた自分に気づき、サイは頭を下げた。
「すみません。関係のないことを」
そんなサイに、ネオはゼリーパックを差し出す。
「本来はタバコの方が恰好つくんだが、君は一応ナチュラルの未成年だしな」
サイは丁寧に礼を言いつつ、ゼリーの封を切った。
「大佐の処に、2年前のフレイと同じような年頃の子たちがいますよね。貴方をとても慕っているみたいだった、特にあの女の子。
女性の扱いがうまい処まで、貴方はあの人とよく似てます」
「彼女は女じゃない、子供だよ。
確かにアルスター嬢とそう年は変わらんはずだが、アルスター嬢はステラよりはそこそこ大人だ。背負っているブツが違う」
「フレイは船と部隊を率いていますからね。貴方と同じに」
「そうじゃない」ネオは呟いた。
その横顔によぎった尋常ならざる影をサイは見逃さなかったが、その意味までは分からない。ゼリーの吸い口に食いついたまま、サイはその仮面を凝視することしか出来なかった。
ネオの呟きはさらに流れる。
「俺も知りたいんだよ、彼女が背負っているものを。
ステラとそうそう変わらんはずの娘が、やたら肩肘張って何をやろうとしてんだか──
だから君に声をかけた。彼女がいれば、俺の記憶の手がかりが掴める気がしてね」
「貴方の、記憶……?」
カエルの鳴き声が、昼間の掘削機以上の騒音となっている。生態系の崩壊で、ウシガエルが異常繁殖しているのだ。しかも図体がでかい為か鳴き声もひどい。今は闇に消えて姿は見えないが、彼らは確実に夏の夜の風情の破壊者となっている。
ネオはやがて立ち上がり、腰についた土を払った。
「ティーダ、アマクサ組、アマミキョ、SEED──
俺の空間認識とやらで考えてみるに、彼女はどえらいものを抱えている」
「ティーダの力も理解不能です。神経に入り込み、感情を伝播させるモビルスーツなんて……フリーダムよりよほど反則だ」
「分からんかねぇ。彼女は知ってほしかったのさ、君に」
「何をですか」
サイは泥だらけの自分の作業靴を見た。一日の疲れが汗と一緒に流れ出してくる。
同時に、無能と自分を嘲るフレイの唇が脳裏にちらついた。思わず土を爪先で蹴ってしまう。
そんな彼に、ネオは口元に微笑みすら見せて言った。
「今自分が持つ力の意味を。そしてこれから、自分がやろうとしていることを。
その為に、彼女は君をハラジョウに招待したんじゃないのかい?」
――そういえば、フレイはあっさり自分がSEED持ちであると暴露した。
SEED保持者と疑われることの危険性を、彼女自身の口で散々語ったにも関わらずだ。
それは一体――
「やれやれ、俺はオマケだな」
ネオは声を上げて笑い出すと、乾ききっていないサイの頭に大きな手を乗せた。
乗せたと言ってもさすが軍人、サイにしてみれば叩かれたに等しかったが。
信じてやれ──
仮面の奥に隠されているはずの眼差しが、そう自分に告げている気がした。
「人がいいにもほどがありませんか」
暴れるサイをハラジョウから追い出した後のフレイを待っていたのは、ニコルの車椅子の電動音と膨れっ面だった。
だが彼女は気にせず彼のそばを通り過ぎ、ブリーフィングルームへ向かう。ネオがぶちまけた水が、そのままになっている部屋へ。
隅のモニターのスイッチを入れると、フレイの眼前にアマミキョ外部の風景が映し出された。
建てられたばかりのプレハブが映る画面の端で、頼りなく転がるバスケットボール。点滅する街灯の下、無邪気にそれを追う黒髪の少女
――マユだ。
「何も、あそこまでバラさなくても。
『御方様』に知れたら、何と言われますかね」
唇を尖らせながらも、ニコルはやや軽い口調で言う。だが次の瞬間、彼はその口を噤まされてしまった。フレイの視線一つで。
「……申し訳ありません」
獰猛な彼女の眼光の前では、ニコルは慌てて布巾を取り上げ、水が流れ落ちるままになっていたテーブルを拭くことぐらいしか出来なかった。
「ただ、早すぎると思いまして」
「チグサ計画の進捗を考えれば、遅すぎるくらいだ。
あの二人には特に認識させておいた方がいい。心配せずとも、彼らは口外はしない」
「知ったのは彼らだけじゃありませんよ。ナオト君に女医さんも……」
「いずれ世界が知る事実だ。
今だって似たようなものだろう、特にタロミの周辺では」
画面の中でバスケに興じていたのは、どうやらファントムペインの連中らしい。
腰に手を当ててマユを怒るのは、跳ねた水色の髪の少年。それを宥めるのは、丁寧に整えられた短髪の少年だ。
フレイは顔をモニターに近づけ、マユの様子を凝視する。その目には何の感情も映し出されてはいない──
その時ちょうどマユたちに声をかけた者がいるらしく、彼らは画面外に手を振っていた。
音声は切ってあるが、おそらく彼らはそれぞれの保護者を見つけたのだろう。
フレイが細い指でモニターに触れると、カメラがマユを追っていく。
脚も靴下もスカートも泥にまみれて真っ黒だったが、マユは元気いっぱいに地表を駆けて行く。
その先に映し出されたのは、ネオとサイの姿だった。
サイに突進していったマユは何事かを彼に尋ねている。音声などなくとも、マユの言葉は口の形ですぐに分かった
――ナオトは。ナオトはどうしたの?
「カイキとの『条件づけ』が、ここにきて乱れてきたか」
きゃっきゃと猿のように跳ねるマユを見て、ぽつりと呟くフレイ。
ニコルは笑みを作ってみせた。
「ティーダの件もあるでしょうが、これも原因かも知れませんよ」
ニコルはフレイの気を引くように、膝に乗せたままのタブレットをフレイに向けてみせる。そんな彼の姿は傍から見ると、姉に褒めてもらいたがる幼い弟のようにも見える。
だが、会話の内容はなかなかに物騒なものだった。
「先日の、オーブ海域におけるミネルバの戦闘です。
連合の新型のカニと、インパルスの映像……見てくださいよ3分46秒付近、陽電子リフレクターを突破したあたりのインパルスの動き」
フレイはその言葉に、つと立ち上がりニコルに顔を寄せた。
正確にはその手元のタブレットにだが、彼女の艶のある紅の髪がニコルの頬を微かにくすぐり、彼は思わず笑い声を上げてしまう。
フレイはさりげなく自分の髪をかきあげながら、インパルスの映像を注視していた。
「血塗られた種が、また弾けたか……
分離機能すら使いこなせなかったひよっ子が、短期間でよく成長したものだ。陽電子砲を撃たせてエネルギーに乗じ、自らリフレクターを突破するとは。
面白い……シン・アスカ」
フレイの胸と肩がわずかに揺れ出す。どうやら笑いを抑えきれないらしい。
「全ては回り出している。順調すぎるほどだ」
彼女はこみ上げる嬉しさを押し殺すように手で口元を押さえると、もう一方の手で力強くニコルの肩を揉んだ。少々痛かったのか、今度は彼は軽く悲鳴を上げてしまった。
「御苦労だった。
お前が何の手土産もなしに不満を垂れ流すはずがないぐらい、承知していたぞ」