【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
さらに数日ののち。
いつもの直射日光の下で、シュリ隊は海岸の修復作業にあたっていた。
プラント落下、それに続く開戦から早くも2ヶ月が経過しようとしていたが、壊された海岸に打ち上げられた堆積物はいっこうに減る気配はない。
何しろ、地図自体が大きく変わってしまうほどの津波に洪水だったのだ。
流された家、道路、木、街灯、旅館、小売店の残骸を大量の泥が押し包み、新たな海岸線を形作っている。日光と海水の下で、少し前までは確かに人間の生活に使われていたであろうそれらは腐臭を放ち、小さな虫が群れをなして飛び交っていた。
だがそんな中でも、ナオトは元気いっぱいにレポートを行なっていた。
濁ってはいるが広大な海を一望できる崖の上で、ミゲルの携えたカメラを前に、ナオトははしゃぐように喋り続ける。
「シュリ隊は本日もここ、チュウザンの太陽のもと、毅然として活動を行なっています。
現地の子供たちとも協力し──」
カメラやナオトの制服が珍しいのか、彼の周りには数人の子供たちが群がっている。
ナオトやミゲルに無邪気に抱きついたり、カメラをのぞきこんだり、イタズラし放題だ。
そんな子供らを宥めすかし遠ざけながら、ミゲルは思わず苦笑する。片腕がありゃ、ナオトを映しながら子供らに飴をやるなんて芸当も可能なのだが。
「連合軍の駐屯部隊も次々に到着し、現地で頻発していたテロもようやく沈静化の兆しを見せ始めています。太陽は空で燦々と輝き、先日までのスコールが嘘のようです!
復興作業も順調に進み……ごらんください! 連合のミストラル、オーブのアストレイが積極的に手を取り合い、海岸の港湾施設の復旧に当たっています」
ナオトは大仰に手を振り回し、日当たりのいい崖の上、カメラの前ではちきれんばかりの笑顔を見せる。
レポート内容に嘘はない。フレイと山神隊の注文通り、オーブと連合との協力体制を強調してもいる。
実際、到着時からは考えられぬほど復興は進んでいる。アマミキョの設備によるものも大きいだろう。そして連合との協力も。
特に、山神のウィンダム部隊にファントムペインの新型の脅威のおかげで、頻発していたテロは当初の40%にまで減少していた。
しかし――
フレームの中のナオトを眺めつつ、ミゲルは思う。
つい先日まで連合とオーブの条約締結をあれだけ嫌がっていた癖に、この変わりようは何だろう。
──やはり、あの事件の影響だというのか。
ミゲルもその明るさには、若干不気味なものを感じ始めていた。
ナオトが振りあげた腕の先の崖下で、サイは堆積した汚泥の掘削作業にあたっていた。
岩が入り組んで海岸の形をなし、日光もあまり届かないその場所で、サイたち作業員はいつもの如く泥にまみれて堆積物を取り除く。
地盤が荒く、ここには容易にミストラルなどの大型作業用機械は持ち込めない。人海戦術で辛抱強く掘り起こしていくしかなかった。
ふと作業の手を休め、サイはレポート中のナオトを見上げた。
──何故、そこまで、笑顔を見せられる。
日光を全身に浴びて輝いているのは海岸だけでなくナオト自身もそうだったのだが、光が強ければ強いほど日陰の暗さはこたえるものだということを、サイは知っている。
部屋に閉じこもるか、いつか俺に当たった時のように暴れてくれた方が、まだ気が楽なのだが。サイはシャベルを力なく動かし始める。
この前のフレイの話も、サイの中では整理しきれていない。
SEED、ラウ・ル・クルーゼ、ネオ、空間認識──そして、キラ・ヤマト。
フレイの、キラに関する記憶はどこまで戻った? ザフトやドミニオンにいた時のことを思い出せたということは、もう少しでアークエンジェルでの記憶も完全に戻るはずだろう。
記憶が完全に戻れば、本来の『フレイ』も戻ってくるに違いない──
ついこの間までは、サイはそれを単純に信じていた。
しかし未だに元のフレイが滅多に出現せず、強化されて植えつけられた「姫」な人格のフレイが、超然としてそこにいるということは──
だが、思考に耽溺していたその時。
サイは突如、上からバケツ一杯分ほどの海水をぶちまけられた。
いつの間にやら、作業中のサイのすぐ上の足場に他の作業員たちが集まり、彼を睨みつけている。
「ザフトのみならず、連合のお偉いさんにも媚売りか! この八方美人野郎!」
アストレイ出動事件をきっかけに、サイのアマミキョ内部での立場は若干良くなりかけていたものの、それは最悪の状態を少しばかり脱したというだけのことだった。
ハマーがしばらく姿を消したことで表立ってサイを攻撃する者は減ったが、それでも彼に疑いと嫉妬の目を向ける人間はまだまだ多い。
「またアマクサ組に何か言いやがってたな、連合のダンゴ虫仮面と一緒に!
フレイのストーカー気取りかどうか知らねぇが、てめぇが文句言うたび俺らの待遇までダダ下がりなんだよ!」
一発拳が飛び、サイが岩場の間に倒れそうになったその時
──ゴム長靴の足元を、誰かに掴まれた。
彼の身体はそのまま一気に、ゴミだらけの海中に引きずりこまれる。
こんな子供のイジメのようなくだらない騒ぎには耐性は出来ていたつもりだったが、突然の水責めに耐えられる人間はそうそういない。
しかもそこはつい先程、巨大な牛ほどもある黒いゼラチン状のものを何体か掘り起こしたばかりの場所だ。黄ばんだ骨が何箇所も飛び出している、腐ったゼラチンを。破れかけた布地が貼りついているゼラチンを。
あれを見て、サイと一緒に作業をしていたカズイや他何名かはその場で吐き、逃げ出してしまってたな。
引っ張られるままになったサイが海中で何とか目を凝らすと、まだ浮いたままになっている同じようなぶよぶよの物体がいくつか見えた。
呼吸が詰まる。汚れた潮、沸き立つ無数の泡の向こうに、自分の足を掴んでいる奴らがぼんやりと見える。ウェットスーツを着た作業員が二人。
憎しみより先に呆れ返っている自分に、サイは気がついた。
──俺にSEEDとやらがあれば、彼らもこんな馬鹿な真似をしなくなるだろうか。
ナオトのレポートはまだ続いていたが、彼もミゲルもやがて崖下の異変に気づいた。
あそこにはサイがいたはずだ。ミゲルはカメラをそのままに、眼下を見る。
案の定、サイはハマーの手下らしき作業員どもに、海に引きずりこまれているようだ。
やれやれ、まだやってたのか──ミゲルは嘆息を隠せない。
コーディネイターだのザフトだの連合だのナチュラルだの、くだらん嫉妬にこだわる人間どもの浅はかさには呆れる。
ほぼ全員が一度『死んだはずの』身であるアマクサ組は、あのような小さな感傷の衝突を一歩引いて見ることが出来る分、マシというべきか。
――こんな調子じゃ、『チグサ計画』はもう少し前倒しした方が良さそうだ。
ミゲルはカメラを切ろうとしたが、ナオトは身振りでそれを制した。続けてください、とでも言うように。
そしてさらに彼は、ミゲルが目を剥く行動に出る――
崖の端で、ナオトは踊り出したのだ。
「この地へ来て、今日ほど気持ちいいと感じた朝はありません!
海風、陽光、潮のにおい、惨劇などなかったかのようです!!」
実際には直射日光下で作業員たちの不快指数は最高値の更新を続けており、死臭混じりの風はお世辞にも爽やかとは言えなかったのだが、ナオトは気にせず軽やかにくるくると両腕を広げて回り始める。その姿は無邪気な子供そのものだが
――ミゲルは瞬時に彼の目的を察した。
いやちょっと待て、いくらなんでもその方法は馬鹿すぎやしないか?
しかしミゲルが慌てて止めに入るより早く、予想出来た事態は発生してしまった。
面白がってあとに続こうとした子供らを止めるぐらいが、ミゲルには精一杯だった。
ナオトはくるくる回りながらそのまま崖から足を滑らせ──
5メートル近くは真下、サイのいる場所へ落下したのである。
ナオトが盛大に水柱を上げてくれたおかげで、サイはようやく作業員の手から脱出することが出来た。
一瞬何が起こったか理解出来ず、彼は必死で水をかいて何とか水面に顔を出す。
肺が猛烈に熱く、全身の血が煮えたぎっていた。未だ癒えていない傷口からも海水がしみこみ、その痛みを冷ますように身体中の体液が忙しく動く。
畜生、これでまた傷の治りが遅れる。何とか作業が出来るまでは回復してきたのに。
「なーんかシラけちまった。やめやめ!」――そんな作業員たちの声が聞こえる。
突然落下してきたナオトに興ざめしてしまったのだろうか、面倒そうにその場を離れていくようだ。
所詮、加害者にとってはその程度の行為か。
サイは海水やゴミを乱暴に頭から振り払いつつ、海面から顔を上げる。すぐ目の前に、頭からぼたぼた水を垂らしたナオトが笑っていた。
「ここがちょっと深いこと、知ってて良かったです」
サイはその一言で、すぐにナオトの目的を悟った。「この……馬鹿が」
息を弾ませながらサイは呟く。ちょっと落下地点がずれて、岩場に激突したらどうする気だったんだ。
しかしナオトは笑顔を崩さない。右腕を突き出してピースサインまでしてみせる。
「僕、言ったでしょ。
必ずサイさんを守るって!」
その袖には、黒いゼラチンの塊がくっついていた。かつて人体の一部をなしていた肉が。
スティングとアウル、そしてマユが作業をさぼって太陽の下でバスケに興じる横で――
ステラは草原に座り、タブレットの小さなモニターでナオトのレポートを見ていた。
おせっかいのマユが強引に彼女に見せたものだったが、ステラはテレビ番組はそうそう嫌いではない。いつも見ているものは環境ビデオか訓練用ビデオばかりだったので、外に出た時に見るテレビは彼女にとって、どんなものでも新鮮だった。
ただ、「死」に関する言葉や会話だけは、ネオの不在時はスティングたちが絶えず気を配らねばならなかったが。特にお笑い番組は、いつ「死ね」などと言い合うか分からないから困る。
スティングは一旦ボールをアウルに回し、ステラの様子を確認した。
ナオトのレポートは彼女にとってはそこそこ楽しめるらしい。しかも「面白そう……」とまで呟いている。
気になったスティングとアウルは、一旦バスケをやめてステラの背後から覗き込み──
仰天した。こともあろうに、レポーターがくるくると崖で回って転落していたのだ。
直後に中継は終わってしまったが、ステラは無邪気な瞳で最後までじっと画面を見つめており、案の定言い出した。
「スティング、あれやってみたい」
「よせやい、お前泳げないだろ」
間髪入れず止めたのはアウルだ。スティングも思わずこめかみを押さえる。
「引き上げる奴の身にもなれって……」
と、スティングの頭に真新しいバスケットボールがぶつけられた。
クソ。ファントムペインたる自分に、こんな無礼かつ暴力的行為をかますのは──
「スティングー、ドリブルのやり方教えてよ!」
マユが腕を振り回し、待ちくたびれて騒いでいた。
ネオは作戦会議中。マユのお目付け役のはずのボサボサ頭も、船に引きこもってやがる。何が悲しくて俺が、二人も大きな赤ん坊を抱えねばならんのだ。
スティングは仕方なくボールを取り上げる。ぴょんぴょん飛び跳ねながら待っているマユを見ながら、彼はふと思いつき
──意味ありげな笑いを見せた。
「クク……
ようやく覚える気になったか。なら、お手本を見せてやるよ」
日光と蝉の声が交錯する草原で、スティングは華麗なるドリブルを見せつつ、マユのすぐそばを通過し。
――その隙に思い切り、彼女の短いスカートを払ってみせた。
陽の光のもとに晒されたのは勿論、白く幼い太ももと、その上の極上の――
「おう、イチゴか!」
土を蹴り上げ、スティングは素早くターンをしてみせてマユの反応を確認する。そこに展開された光景は──
ある程度予想は出来ていた状況だった。
しかしスティングははっきりと、自分の中の男が失望するのを自覚した。
この行為に対して、そんな反応があるか。かつてステラにやった時のように、逆上されて刺されかかる方がまだマシというものだ。
マユは、笑っていたのだ。さっきと全く変わらずに。
その刹那のスティングの絶望を、アウルが素早く察したか。
彼は後ろからマユに近づき、今度は堂々とスカートをめくり上げてみせた。可愛らしいイチゴ模様が日の光のもとに晒される。
ところが、アウルの腕はスカートを掴んで上がったまま。マユの反応もそのまま。
ステラはタブレットを見つめたまま、全くの無反応。
――おい、こんな状況があっていいのか。ウィンダム30機を3分で撃破されるより、あってはならない事態じゃねぇのか、コレは。
それでもマユは、アウルの行為の意味も分からずにきょとんとしている。
スティングの気分を代弁しながら思わず怒鳴る、水色の髪の少年。
「少しは恥ずかしがれよ、やりがいねーな!」
何でアウルが怒鳴る。本来怒鳴るべきは、マユのはずなのに。
しかもこともあろうに、彼女はイチゴをさらけ出したまま、スティングたちに言い放ったのだ。
「なんで?
どうしてパンツ見られたら、恥ずかしがらないといけないの?」
男心というものを全く理解しない、こんな言葉に――
気がつくとマユの襟ぐりを掴み、スティングは叫んでいた。
「ふ……ふざけんじゃねー!
俺らが女に求めているのは、恥じらいでもあるんだ!!」
魂からの叫びだった。多分俺の目は充血している。
「そーそー、めくった瞬間に顔を真っ赤にして白いレースを隠す!
それこそが男のロマンなんだってば!!」
アウルもスティングに顔をくっつけ、ここぞとばかりに加勢する。スティングほど必死ではないが。
その時だった
――彼らが二人仲良く、背後から頭にゲンコツを喰らったのは。
「作業どころか邪魔ばかりして、一体ナニをやっているの貴方たちは!」
鬼のような形相で立ちはだかっていたのは、アマミキョの看護師・ネネだった。
「いってーなァ! だいたいアンタら、ブリッジ組以外女はズボンかショートパンツばっかりだし、つまんねーんだよっ」
「貴方たちみたいな人がいるからよ!
この前なんか覗きやってたって言うじゃない!! 今だってマユちゃんに何してるの!?」
スティングの抵抗を、ネネは素早く封じる。だがアウルが横やりを入れた。
「アンタらのぶっとい足なんか見たって、あんまり面白くなかったけどな」
ネネの顔がみるみる怒りで真っ赤になる。
そうそう、これが通常の女の反応だ――スティングはようやく調子を取り戻し、軽口を叩く。
「最近じゃザフトの赤服にだって超ミニがいるって噂なのに、地上ってのは悲しいねぇ~」
つられてアウルも調子に乗った。お得意のウィンクを決めながら、可愛らしく人差し指を振ってみせる。
「せっかくの南国なんだし、もうちょっと開放的になったら?
そんなダサイズボンなんかやめて膝上10センチのスカートにすりゃ、アンタも結構モテるって!」
その時には既にネネの頬は、赤から黒に変化しかけていた。
「……貴方たちを殺ってから、そうさせてもらうわ!」
およそ看護師とは思えぬ台詞と共に、スティングとアウルの頬が張られた。
かつてのレイダーの破砕球もかくやという程の強烈なビンタを浴びつつも、スティングは思った。
普通の女の反応を拝めて、良かったと──