【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 傍観者でいるのだけは

 

 

 河原の丸い石に飛び散った大量の鮮血を見て──

 サイは、自らの中に眠っていた攻撃衝動を自覚した。

 

 猛暑の中で異臭を放つ血。その上で、引きずり出した内臓の一部がのたうちまわっている。

 振り上げた凶器から逃げまどい続けたこのぶざまな敵に、サイはようやく致命傷を与えられた。彼はようやく、それまで苦しめられてきた醜い相手に、思う存分反撃する機会を得られたのだ。

 

 サイは容赦なく相手の臓物の中に手を突っ込み、さらに腸管らしきものを引っぱり出す。

 畜生、こいつの体はもっと小さいと思っていたのに。内臓の持ち主の命はとうに彼の刃によって断たれてはいたが、その肉は強情に抵抗を続ける。

 

 さすが、つい先程まで苦汁をなめさせられた相手だ。またしても血の筋が数本空を切り、手や顔にかかった。

 眼鏡もビニル製の手袋も血に濡れ、サイは全身、血染めの鬼と化していた。

 隣のナオトも似たようなものだったが、それでも彼は懸命にサイを手助けしようとする。殺しの手助けを。

 

「サイさん、その刺し方じゃ無理なんじゃ……」

「お前はいい、もっと湯を沸かせ! これだけ殺っちまったんだ!」

 

 手強い相手から流れる体液を、既に使い物にならない雑巾で処理しつつ、サイはナオトの向こうでゴウゴウと燃えさかる炎を眺めた。その上にかけられた巨大な鍋から、蒸気が血煙と共に青空へのぼっていく。

 さっき俺が海で味わったのと数百倍の辛さを、こいつらは今から味わうことになる。

 素早く川へと飛んでいったナオトを尻目に、サイは足元の大桶からまた死体を引きずり出す。

 いや、死体ではない。まだ生きている。

 顔は半分叩き潰したものの、脚はまだジタバタと動いていた。

 構わず勢いよく台に叩きつけ、情け容赦なく包丁を突き立てる。

 

 心臓までも破らんばかりの悲鳴が空を、森を裂いていく。その絶叫も、既にサイは聞きなれてしまったが。

 その間にナオトは戻ってきて火のそばへ近寄り、沸騰し続ける鍋に息を詰めて水を注いだ。その場の気温はおそらく50度を超えているだろう。

 

 サイもナオトも異常な暑さの中で、奇妙な歓喜に酔っていた。

 ナオトは相手の脚をおさえつける。刃の血を一旦拭いて、サイは一気に相手の白く膨らんだ腹、胸、太い首に刃を叩きつける。馬のように暴れる脚はナオトの手を払い、サイの顔を蹴り飛ばす。それがまた衝動を加速させた。

 相手にのしかかる勢いで、包丁に力をこめる。

 硬い肉はそれでもちぎれず、彼は遂に台に乗り上げ、相手に馬乗りになって全体重を刃に乗せた。

 どこかでカズイの悲鳴が聞こえた──陰で覗き見でもしているのだろう。

 

 俺はこういうことに関しては不器用だ、一息に死に至らせることなど出来はしない。相手は完全に内臓、腸の中身までも流出させているというのにまだ腿を動かしている。身体というものは、意外と丈夫に出来ているものだ。

 

 サイは自分でも驚いたことに、笑っていた。

 台の上に横たえた犠牲者から、ズタボロになった血管と内臓と脂肪分が体液と一緒に溢れ、足元の岩場へ流れる。既にそこには死者たちの腸や心臓、破砕された血管などが大量に流れていたが、サイは遠慮なくその物体の上に飛び乗り、踏みつぶす。そこ以外に足の踏み場がないのだ。

 靴の裏に血がこびりつき、歩くたびに岩に靴がくっついていく。

 

「ナオト、楽しいか!?」「はいっ!」

 

 サイの狂った問いに、これまた狂った答えを返すナオト。

 

「今度はかなりデカブツだ、暴れないよう注意しろ!」「はいっ!!」

 

 何度も拭いていたつもりだが、もう包丁は血糊のせいで使い物にならなかった。

 サイは汗まみれの拳を直接相手の中へ突っ込み、肉をえぐり出す。筋が切れていく手ごたえが直接伝わってくる。

 同時に生暖かい体液が猛烈な臭いと共に、二の腕あたりまで突っ込まれた手を包む。

 

「石で潰すの、今度僕にやらせて下さい!」いい加減疲労困憊しているサイを見かねたのか、ナオトが元気良く言い出した。

 

「駄目だナオト、お前はそれだけはやっちゃいけない」

「僕のこと、心配してくれてるんですか? 大丈夫ですよ!」

 

 ナオトが桶から新しい死体を引きずり出し、彼よりも手際よく掌ほどの石を振り上げ、その頭を叩き割った。

 一方でサイは遂に胃の部分をさぐり当て、予備のナイフで切り刻む。

 だが今度は体液ではなく、何かが這い回るようなおぞましい感覚が襲ってくる

 

 ――消化し切れていなかった大量のミミズが、サイの腕を這い上がってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、カズイ。

 河原の楽しい料理教室がどうして、血で血を洗う惨劇の現場になってるんだ?」

「え? 

 アレ、料理教室だったんですか……?」

 

 岩場に隠れ、現場から10メートルは離れて様子を見ていたカズイの背後から、いつの間にかオサキとヒスイがこわごわ顔を覗かせていた。

 

「り、利用できるものは何でも利用しようというのが、最初のサイの方針だから……」

 

 目の前の光景に恐れおののきつつも、カズイは何とか状況を説明する。

 

「それにしても、サイの奴……

 狩りに相当苦労してたからこの段階で暴れたくなるのは分かるけど、不器用すぎだろ」

 

 ヤハラの川べりに作られた即席調理場は、既に死体処理場かお産間際かという状況を呈していた。

 

「ナオト君、大丈夫なんですか。

 あの事件からまだ……」

 

 意気揚々と血を浴びるナオトを、ヒスイは不安げに見る。カズイはその言葉を受けて俯いた。

 

「ナオト本人がやるって言い出したんだよ。

 サイは止めたんだけど……」

 

 カズイが少し口ごもったその時、彼らがさらに驚愕する事態が発生した。

 

「ナオトぉ、見て見てー!」

 

 突然飛び込んできたマユが、ナオトに向かって突っ走ってきたのだ。

 それだけならいつもの風景だったのだが、この時マユは──

 

 なんと、スカートを脱いでいたのである。

 

 惨劇の現場に、喜び勇んで走ってくる下半身丸出しの少女。

 これは一体どこの猟奇ドラマだ。カズイは頭を抱えそうになったが、マユは一向に気にせず靴下で内臓を蹴散らしながら、調理場へ走っていく。

 ナオトが仰天して目を剥くのを尻目に、マユは元気よく叫んだ。

 

「サイー、カエルスープまだ? 

 すっごくお腹すいちゃった。カエルって意外とおいしいんでしょー?」

 

 

 

 

 

 

「ごめん。

 思いつきがとんでもないことになっちゃったな」

 

 凄惨な現場の清掃がようやく一段落した、昼下がりの河原。

 サイ、カズイにそれからヒスイとオサキ、そしてマユは輪になって腰を下ろしていた。その後ろで煮えたぎる大鍋の見張り役はナオトだ。

 

「片付けする奴の身にもなれってんだ、全く」

 

 オサキがぶすくれつつ、川で洗ってきた布巾の山を乱暴に置いた。さっきまで血の塊のようだった布巾だ。

 

「まさかカエルがあんなに大きいなんて思わなかったよ。いくら突然変異種とはいえ……

 おいマユ、それは腹壊すぞ」

「だって、お腹すいたんだもん」

 

 調理場からくすねたカエルの生肉を野生のネコのように齧ろうとするマユ。

 ため息をつきながらそれを諌めつつも、サイは笑った。

 

「駄目だ、君は人間だろ。

 だいたいどうして、ちゃんと服を着てなかったんだ」

「だってスティングが言ったんだもん。こうすればナオトが喜ぶって」

 

 勿論マユの下半身には今、ナオトの上着がかけられている。

 スティングという少年は彼女に何を吹き込んでくれた。サイは頭痛を抑え切れなかった。

 

「…………。

 それで喜ぶような男に、近づいちゃいけないよ。絶対」

 

 そんなサイを見ながら、ヒスイが珍しく自分から口を開く。

 

「それにしても意外でした。

 生態系の破壊が一向に止まっていないとはいえ、まさかウシガエルがあんなに増えてるなんて……それを食糧として活用するべきだというサイさんの思いつきは、とても良かったと、思うんです。けど……」

 

 そこでヒスイは口を噤んでしまう。けど、実行方法は明らかにマズかったと言いたいのだろう。

 サイは自分の手を確認してみる。未だにカエルの生臭さと血の跡は消えていない。

 

「それにしても楽しそーに殺ってたよなー。

 ナオトのストレス解消にもなって一石二鳥、ってとこか?」

 

 オサキが朗らかに笑いつつあぐらを組む。ショートパンツから露になった太ももが眩しい。

 川からの風もあり、幾分か暑さは和らいでいた。

 

「俺も……正直、ちょっと楽しかった。

 刃を振るっても、人は誰も傷ついていないし。

 ナオトには荒療治かも知れない。だけど本人がやりたがってたし、あえて似たような現場を踏ませるのも手かと思ったんだ。

 さすがに、積極的に頭を潰した時は驚いたけどね」

 

 サイは汲んできた水を飲みながら、鍋の番をしているナオトの背中を見やる。

 

「モビルスーツ戦で爆発されるくらいなら、ここで爆発させておく、か……」

 

 カズイの言葉はサイに、スズミ女医の言葉を思い出させていた。

 明るく振舞ってはいるが、あの事件以来ナオトの行動は微妙にネジが飛んでいた。今朝の転落事故はその象徴だろう。

 それがきっかけとなって、サイはカエル狩りにナオトを連れ出すことになった。勿論最初はサイも止めたが、この少年はついていくと言って聞かなかったのである。

 それは果たしてどの程度のストレス解消になったのか。大量のウシガエルの血は、ナオトの癒しになりうるのか。

 トラウマが蘇ることをサイは恐れていたものの、今のナオトに特に異常は見られない。

 そんなサイの心境を知ってか知らずか、カズイがふと呟いた。

 

「人間と思っていなければ、血は気持ちいいってことなのかな。

 衝動を爆発させるのは、それほど楽しいことなのかな。サイもナオトも楽しそうだったよな」

 

 場の空気が、猛暑にも関わらず一瞬凍った。

 カズイは河原の丸石を意味なくいじりながら、なおも呟く。

 

「きっとザフトも、ナチュラルをそうだと……

 ブルーコスモスも、同じように」「カズイ!」

 

 サイがカズイの言葉を止めたが、その時──

 背後から、マユ以外の全員をさらに凍らせる威力を持つ言葉が轟いた。

 

 

「通常作業もせずに祭りか。

 さぞかしうまい料理が出来たのだろうな」

 

 

 そこに立っていたのは、紅の髪を颯爽となびかせた氷の女神──フレイ・アルスター。そしてマユのお目付け役・カイキ。

 一気に緊張に包まれる場。ちっ、と舌打ちしつつオサキが立ち上がる。

 カズイは反射的に、サイやオサキの後ろへ回ろうと腰を浮かせる。ヒスイも同様だ。

 ただ、マユだけはサイに取り上げられた生肉に手を伸ばそうとして、今度はカイキにそれを取り上げられた。

 

「今は作業時間外のはずだ。

 君や隊長の許可も取っている」

 

 サイもまた、フレイの視線の前に堂々と立った。

 だが彼女は彼には目もくれず、その向こうのナオトへ歩を進めていく。

 そして彼女は、鍋に夢中になって反応が遅れたナオトの背中に向かい、容赦ない言葉を吐いた。

 

 

「童貞卒業おめでとう。

 さっきは随分、いい笑顔をしていたじゃないか」

 

 

 ナオトの背が完全に固まるのが、サイの目からもはっきりと分かった。

 ――一瞬、その言葉の意味が全く理解出来なかった。いや、理解したくなかった。

 何を言った。何を考えてる。

 ナオトの地雷と分かって踏んでいるのか、この女は! 

 

「女の抱き方を練習するのは悪いことではない。良かったじゃないか、これで堂々とマユを抱けるぞ。

 強力なライバルが現れたものだな、カイキ」

「何を言っているっ!」

 

 仏頂面のまま何も言わずマユに上着をかけるカイキの代わりに、サイは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 ナオトはサイやフレイに背を向けたまま、ぴくりとも動かない。サイの方向からではその表情は分からない。

 いち早く危険を察知したか、カズイたちはその場から数歩離れていた。

 フレイは腰に手を当てたまま、さらにナオトの背中に言葉を刺していく。

 

「いい父親だったな。貴様のようなろくでなしの子鼠でも、女を抱かせてくれたとは。

 貴様はもう子供ではない。父親も殺した。女が殺してくれた。

 おめでとう」

 

 ナオトに対しては見せたことのない笑顔、聞かせたことのない優しい口調。

 いや、一度だけこんな口調だった時があった。ナオトの過去をみんなの前で暴露した時だ。

 あまりに残酷な言葉の一斉射に、サイが今度こそフレイの頬を叩くべきだと意を決した時──

 

 ナオトが、振り向いていた。火にかけたままの大鍋を手にして。

 

 その顔には、先程の笑顔は欠片ほども残されていない。相手を噛み殺そうとする猛獣の眼差しがあるだけだ。

 大鍋のサイズは赤ん坊が三人入りそうなほどもあったが、それを軽々とナオトは持ち上げていた。

 サイの視界の隅で、カイキがマユを下がらせている。カズイとヒスイの小さな悲鳴。

 煮えたぎる大鍋を手に、フレイを睨みつける少年――

 

「どうして──

 どうして貴方は、人を傷つけることしか出来ないんだ!!」

 

 絶叫と共に、ナオトの大鍋がフレイに向かって投げ飛ばされた。

 彼女の持つ氷の刃を消滅させようとでもするように、大鍋はナオトの怒りと共に飛ぶ。

 爆発にも似た音と共に蒸気が発散し、大量の湯と共にバラバラとウシガエルの残骸が飛んでいく。

 サイの目から見ても隙だらけの攻撃だった。フレイは一旦体勢を低くして飛びのき、軽々とこの熱湯をかわしたが──

 

 その一瞬こそが、ナオトの狙いだった。伊達に何度もモビルスーツ戦をしていない。

 

 河原の丸石の上にうつぶせになったフレイ。

 その時にはもう、ナオトはまな板の上の包丁を掴んでいた。

 

「人の傷を踏みにじることしか知らない、人の痛みを笑うことしか知らない! 

 あんたみたいな人は、いちゃいけないんだ!」

 

 悲鳴にも似た絶叫と共に、蒸気の中をナオトは走り出す。

 刃はまっすぐにフレイに向けられている。

 その頬を流れるものが汗でも蒸気でもなく、涙以外の何ものでもないことに、サイは気づいた。

 

 

 どこかで、これと同じような光景を見た気がする。

 あれは、アークエンジェルにいた時──

 あの時暴発したのは、フレイだった。止めたのは、ミリアリアだった。

 最初に刃を振りかざしたはずの、ミリィだった――

 

 

 気がついた時、サイは走り出していた。

 一瞬反応が遅れたフレイはそれでも表情を変えずに、向かってくるナオトを凝視している。

 

 ――駄目だ、ナオト。

 フレイを傷つけても、お前がもっと傷つくだけだ。

 

 あの時のミリアリアはディアッカを守ろうとしたのではなく、フレイがさらに傷つくと悟って彼女を止めた。

 あの時の俺は、やっぱり何も出来なかった。

 そんな情けない傍観者でいるのだけは──もう、ごめんだ。

 

 

 それ以外のことを、ほぼ何も考えず。

 サイはフレイに突進し、彼女を力いっぱい抱きしめた。

 

 

 

 

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