【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
「すごいじゃないですか!」
アークエンジェルの一報を聞いた瞬間のナオトの反応は、サイの予想と寸分違わぬものだった。
目をうるうる潤ませて空中を見つめ、サイの前で両手を組み合わせている。まるでキラ・ヤマトに祈るように。
「やっぱりフリーダムは、僕らのヒーローだったんだ。
僕らのアスハ代表を、ユウナの手から救ってくれたんだ!」
今回のアークエンジェル追跡命令により、サイは元いた部屋──つまりナオトやカズイと同じ三人部屋に戻ってきていた。さすがのアマクサ組も、サイを特別扱いしなければならない事態となって、待遇を上げざるを得なかったらしい。
サイからすれば今までが酷すぎ、ようやく元の状態に戻っただけの話だったが。
部屋の隅の寝台では、カズイが膝をかかえたままサイとナオトに背を向けている。
本を読みふけるふりをしてはいるが、全く本に集中せずこちらの会話に耳をすませているのが、サイには分かった。
そんな彼を気遣いつつも、サイは眉間を揉みつつナオトを諭す。
「お前、状況分かってるのか? オーブから代表が消えたってのが、どれだけの一大事か」
「ユウナと結婚させられて、本格的に連合の言いなりになるよりマシでしょ」
昨日大鍋を投げた瞬間の表情はどこへやら、ナオトは笑顔ではちきれんばかりだ。
サイは頭痛を禁じ得ない。
「アスハ代表が行方をくらましたところで、条約は今さら失効しやしない。オーブがなおさら、セイラン家の言いなりになるだけだ」
「それでも、僕らにとって代表はオーブの女神なんです。ユウナなんかに取られるの、嫌ですよ。
サイさんは嬉しくないんですか?」
ナオトは唇を尖らせ、サイの態度を不審がる。英雄キラのそばにいたはずの彼が、キラの行動を疑うような姿勢を見せているのが理解出来ないようだ。
怒鳴り出したい気分をこらえつつ、サイは話す。
「俺には分からない。
アスハ代表には代表なりの覚悟があってあの結婚を決めたはずだ、なのにキラは、何も声明も出さずに代表をオーブから奪った。
これは立派な反逆行為であり、テロだ。キラたちが何をしたいのか、俺には……」
「僕には分かりますよ」ナオトは胸を張ってみせる。
「キラさんとアークエンジェルの人たちは、オーブの本当の理念を守りたいんですよ。
中立を守るはずのオーブが連合と条約を結んで戦争に加担するなんて、セイラン家の方針こそ反逆行為でしょ?」
一体この子供は、ティーダに乗って何を見てきたのだ。
中立を守るということが現実の最前線では殆ど無意味だということを、ナオトは未だに理解出来ていない。アマミキョの中ですら、コーディネイターとナチュラルの対立は根深いのに。
ティーダに乗っているお前が、中立だオーブだ救援隊だとどれほど叫んでも、相手は撃ってきたじゃないか。挙句の果てに、お前は──
そんなサイの心境も知らず、ナオトは無邪気に言ってのける。
「ねぇサイさん、僕も一緒に行けますよね。
ティーダのパイロットは僕とマユしかいないんだし!」
その言葉に弾かれたように、隅で無視を決め込んでいたカズイが不意に立ち上がった。
そのまま彼はサイたちに一言もなく、本を放り投げて部屋を出て行く。
「待てよ!
おい、どうしたんだよカズイ」
カズイのただならぬ様子に気づいたサイは立ち上がり、廊下へ飛び出した。
そのままカズイに追いつき肩を掴んだが、その手は思ったより乱暴に振り払われてしまった。
小刻みに震える拳を後ろへ隠し、彼は呟く。
「……俺も、行かなきゃならないのかよ。
もう一度、あの船に乗り込めって言うのかよ」
ナオトよりも、カズイの心情の方がサイにはよほど理解出来た。
カズイはごく普通の民間人でありながら、自分たちにつられるようにアークエンジェルで戦いに参加し、幾度となく死の恐怖を味わったのだ。アラスカでブリッジに直接砲を向けられた瞬間の光景は、彼のトラウマになっているに違いない。
カズイにとってアークエンジェルは決して思い出の仲間たちの船ではなく、死の詰め込まれた血塗られた船だ。
それが通常の人間の感覚であり、あれ以降も積極的に戦いに参加した自分やミリアリアの方が異常なのかも知れない──
サイはよく、そう思うことがあった。
流されることなく自分たちと離れ、オーブでアークエンジェルを降りる決断をしたカズイを、サイは心のどこかで尊敬していた。
「大丈夫。カズイは俺と違ってオーブ戦で降りたんだし、エターナルとの通信コードやフリーダム関連のシステム構築だって分からないだろ。
俺一人が行けば十分だ」
サイに言われ、カズイはほっと胸をなでおろす。
だが同時にサイの言葉に、やや男としてのプライドを傷つけられたのか。今度は逆のことを言い出した。
「フレイがそう言ったの? 役立たずはいらないとか」
今のフレイなら言うだろう──サイは確実に予測出来た。しかし、だからどうした。
「フレイは関係ないだろ。主張する権利を自分から放棄するなよ」
「だけど……」
カズイは暫く逡巡し、さらにサイの気分を削ぐような言葉を吐いた。
「アムルさんは?
彼女は、行くって?」
サイの中で、怒りの感情が針でつつかれたように刺激される。
カズイがはっきりと決断出来ず苛つきを抑えられない理由は、あの女の為か。あの女は──
豪雨の光景が蘇る。
あの時彼女は、俺を笑っていた。カズイを抱きしめるふりをして、俺を笑っていた。血を流し、なされるがままに骨を砕かれた俺を。
あの時の傷は、今もことあるごとに半身を貫く。
その怒りは、サイの言葉に微かな棘を含ませた。
「もっと関係ないだろ。
ブリッジ勤務なら、行くんじゃないか」
PHASE-15 破られた黙示録
「やる気のない者に来られても足手まといなだけだ。
奴らが重要視するのはお前だからな」
カズイの件に対するフレイの答えもまた、サイの予測通りだった。
ブリッジに向かう通路を彼女に連れられ渡りつつ、サイは久しぶりのブリッジ区域の、独特の新しい建材の匂いを噛みしめる。
俺にはここが合っている。ブリッジの制服を着続けていて、良かった──
やがてブリッジへ通じるエアロックが、軽快な空気音と共に開かれる。
前方へ大きく広がるアマミキョのメインモニター、そこからヤエセの明朗な朝の海が広がる。修復された港には次々に連合駐留部隊が到着し、基地設営作業が開始されていた。
「第12ブロックのパージ、どうなってる?」「Eルートへの食糧配送は後回し、そっちはゴンドラとクレーンが優先だよ! 許可証も忘れるな」「ちょっと8班、作業が5フェイズも遅れてる!」
指令が出されたのが12時間前であるにも関わらず、アマミキョの分離作業も意外に順調に進んでいる。
一番目立つ操縦席には、オサキことサキ・トモエがいつものヘソ出し制服で待っていた。
久しぶり! とでも言いたげに、彼女は橙の髪を跳ね上げてサイにウィンクしてみせる。
だが、それ以外のブリッジ組の表情は決して晴れやかではない。特にアムルは、サイの方を一瞥しただけでそっぽを向き、コンソールに視線を落としてしまった。
また、彼女と作業をすることになるのか──
それを思うと高揚した気分がやや苦々しくなったが、相手も同じことだろうとサイは思い直す。
意図しなかったとはいえ、自分は彼女の心を微かながらも覗いてしまったのだ。彼女の、母親と婚約者の死を望む心を。
「オイ、色眼鏡」と、サイは背中から突然鈍重な声をかけられた。リンドー副隊長だ。
背後から気配もなく妖怪爺のように近寄り相手を脅すのは、この人物の特技だ。副隊長お得意の歴史講義中に居眠りをしていて、彼に音もなく近づかれて脅された者は数知れない。
「勘違いせんようにな。
まだブリッジ勤務を許したわけじゃない、あくまで連絡役だ」
ボソボソ言いつつ副隊長は、サイにぶ厚い紙のマニュアルを押しつける。
「新しい緊急時作戦コード表。
敵はアークエンジェルのみに在らず、ザフトの領域に踏み込むことにもなりかねんのだ。出発までに叩き込んでおけ」
彼の世代の人間は、電子媒体よりも紙のほうを好む者が多かった。Nジャマーの影響の為に、磁気に弱い電子媒体よりも旧式の紙媒体を積極的に使用する人間は、AD時代よりも増えている。
「了解しました」サイは丁寧に礼を言いつつ、5センチほどの厚さもあるマニュアルを受け取る。その重みが、サイには嬉しかった。
俺は戻ってきたんだ。たとえそれが、キラたちの不可解な行動によってもたらされた、イレギュラーな事態だったとしても。
手近なコンソールの上でマニュアルを広げつつ、サイはブリッジに飛び交う怒声を聞いていた。事故も騒動も相変わらず絶えることのないアマミキョだが、ブリッジ組は最初のパニックが嘘のように、各所へてきぱき指示を出している。
オーブの英雄がアスハ代表をさらったという突拍子もないニュースにも、さらにそれを追跡せねばならないという事態にも、彼らなりに感情を抑えて対応している。
副隊長の恒例の講義と、フレイたちの統制が効いているということか。
サイがふと横を見ると、ブリッジを超然と監視するフレイの細い顎が、すぐ隣にあった。
「フレイ。ティーダも連れていくのか」
ずっとナオトの状態が気がかりだったサイは、搭載中のモビルスーツリストを見て──
聞かずにはいられなかった。
カエルスープ騒動から一夜明け、ナオトはようやく回復しつつあった。
フレイの地雷の如き荒療治と、サイの血が効果を示したのだろうか。それでも先ほど、アークエンジェルの事件を聞いた時の反応は異常だった──レポーターが取るべき態度ではない。
フレイの応答は実に素っ気なかった。
「当然だ。アマクサ組とティーダは切り離せぬ」
「だったら、ナオトだけでも降ろせないか」
「それが出来るならやっている。黙示録を起動可能なのは、マユとあの子鼠しかいない」
「やめろ! 大分回復はしたが、今のナオトは何をしでかすか分からない。
河原であいつの顔を見ただろう、子供に武器を持たせるな!」
「アークエンジェルはもっと何をしでかすか分からん。
奴らは子供の駄々で代表をさらったようなものだ、奴らの修正の為にもティーダは不可欠だ」
間違いない。フレイはアークエンジェルとキラに、ティーダの黙示録をぶつける気だ。
ティーダの「ブック・オブ・レヴェレイションシステム」
──通称、黙示録を。
あの一発逆転の反則武装は、下手をすればフリーダムでも止まってしまうだろう。
だが今のナオトが、それを承知するとは思えない。キラに会いにいくならともかく、キラを止める為に自分がティーダに乗せられるなど。
サイが反論しかけた時、アムルのもとへ通信が入った。
「副隊長、山神隊から連絡です。
風間曹長と時澤軍曹、それからモビルスーツ隊の同行が決定したそうです」
「大天使の喇叭に吹飛ばされぬようお祈り致します、とでも伝えろ」
フレイが副隊長に代わり、アムルに言い渡す。アムルは明らかに不満げな表情を見せながらも、コンソールに向き直り通信を続けた。
釈然としないまま、サイはマニュアルをたぐる。今は目の前の状況に対応するしかない。
俺が大局を見据えられるようになるのは、一体いつになるのだろう。
と、フレイが突然サイの手を掴んだ。
「何をしている?」
「何って……見りゃ分かるだろ。ブリッジの感触を取り戻さないと」
「そうではない。その肩だ」
ナオトにえぐられた右肩の傷は、無造作に包帯が巻かれたままだった。今でもじわじわと痛んでいるが、サイはフレイに言われるまで傷のことなど忘れていた。
「心配してくれるとは珍しいな。
かすり傷だし、ほうっておいても治る」
おそらくナオトが鍋を投げた時、フレイは自分だけが傷つくつもりだった。そこに俺が割って入り、結果的に俺が傷ついた──
まさか、それを気に病んでいるのか。元のフレイならともかく「この」フレイが、そこまで俺を気にするとは。
嬉しいねぇ、とわざと皮肉っぽく言いかけた瞬間――
思い切りつねり上げられるサイの頬。
「い、痛い痛いイタタタタタ! 何すんだ、おい!!」
そんな悲鳴を打ち消すように、フレイの怒声が轟く。「自分の若さを過信するな!
お前はコーディネイターではないのだぞ、南国の雑菌を甘く見てはならん! すぐに医療ブロックへ行ってこい!!」