【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
サイとラスティが背もたれの部分につかまって立ち乗りし、気絶したアスランをラスティが担ぐ──
そんな状態で、ニコルの車椅子は浸水区画を爆走していた。
あまりの速度に全員がまともに海水を浴びているが、気にしてはいられない。車椅子が通過した途端、すぐ後ろで次々にシャッターが閉じていく。その向こうは一息に海水で満たされているだろう。
作戦がうまくいったのかどうか、サイにはまだ分からない。損傷はどの程度か、アマミキョは無事逃げのびられたのか──
作戦終了時用のBGMが今、船内に流れている。今度はリンドー副隊長お気に入りの童謡らしい。幼子の明朗な歌声が、穏やかなメロディーと共に響いてくる。
アマミキョクルーは軍人ではない。作戦発動時や終了時の合図として軽快なBGMを流すのは、船内の動揺を防ぐ為という理由が大きい。同時に、侵入者に作戦実行を悟られぬ為でもあったが。
それが見事に功を奏したか、少なくともクルーはきっちり動いた。外がどうなったかはまだ分からないが、今のところ船の損傷は、致命的なレベルまでは達していないと見える。
アマミキョの動力は既に予備エンジンに切り替わり、猛然と唸りを上げている。今までとは逆方向へ、船が後退を始めているようだ。
何度目かのターンをニコルが行ない、サイは波のごとく撥ねる水を被りながら、必死で車椅子に喰らいつく。
「大丈夫ですよ、サイさん。
見事に彼らをハメてくれましたね」
サイの心境を見抜いてか、ニコルが悪戯っぽくウインクしてみせる。
その瞬間ニコルは潮水を被ってしまったが、それが非常に愉快だったらしく、彼は少年らしい笑い声を上げた。
先ほどアスランを凝視していた時の冷たい笑みが、嘘のように。
「こんなに楽しいのって、久しぶりだなぁ!」
戦闘空域を瞬く間に埋め尽くしたものは、連合の誇る最新量産機──ウィンダム。
その合間から漏れる陽光を遮るように、ダガーLも所狭しと飛んでゆく。ジェットストライカーから噴き上がる熱気が、大気を覆い尽くしていく。
その信じられぬ光景を前に、ティーダの中でナオトは呆然とするしかない。
そして、信じられぬ事態はそれだけではなかった。
ティーダの手のひらには今、なんと──
今の今まで対峙していたはずのザフトのパイロットが、まんまと捕らえられていたのだ。
「危なかったねー、お兄ちゃんっ」
マユの小さな肩が、ナオトの目の前でくっくと揺れている。
「驚いたぁ、いきなりハッチ開けて出てくるんだもーん。
そりゃ落ちるってば」
最初にハッチを開けた君が言うな。
ナオトはそう突っ込みそうになりつつも、ティーダ備えつけのカメラで、掌中のザフトパイロットをモニターごしに見ていた。
パイロットは、ティーダの指の何本かで強引に身体を締められながらも、懸命に銃を構えようとしている。その声が、ナオトの耳に直接届いた。
大気を圧する連合機の爆音にかき消されそうになりながら、パイロットは叫んでいる──
「マユを使って、俺に何をした!」
──え? 何故?
質問したいのはナオトの方だ。何故あんたが、マユの名を知っている?
というか、何故コクピットからわざわざ出てきて、しかも衝撃で落下するような阿呆をやったんだ?
ナオトは思わず、さっき黙示録を起動させたばかりの黒ハロを見つめる。ハロは疲れたとでも言いたげに、目の部分をハの字にしていた。眠っているつもりか。
しかし、ナオトがハロやマユを問い詰めるより先に、ティーダの指が動いた。
大笑いのマユ。
「マユが助けなきゃ、今頃甲板で首もげてたってこと、分からないかなー。
お兄ちゃん♪」
途端、装甲が軋む音を軽く響かせつつ、ティーダの指がパイロットに圧迫をかける。
彼の紅のパイロットスーツが反りかえり、声が消える。恐らくメットの中で、彼は白目を剥いているだろう──
「えっへへ~。
このまま水遊びしよっか? 昔みたいに」
いつだったか、コロニー・ウーチバラ付近でフレイがやったことを、全く同様にマユが繰り返していた。
マユは相変わらず、能天気な口調で恐ろしいことを言う──
ナオトは叫ばずにいられない。
「マユ! やめろ、やめるんだ!
やめろってば!!」
ほぼ同時に、遠ざかっていくザフト艦に(実際はアマミキョが遠ざかっているのだが)、連合機が雨あられとビームの滝を降らせていく。
ティーダのレーダーが、味方機を示す無数の信号で溢れかえっていた。空も、そして海も。
海から来たものは、まさに怪物だった。
「それ」を導くものは、山神隊・風間曹長の駆るディープフォビドゥン。巨大貝を思わせる双対の耐圧装甲アレイが、水圧を切り裂き猛進する。
ウィンダムに比べどっしりとした機体、そして群青と白のカラーリングは、深海であっても今のアマミキョには眩しく、そして頼もしく見えた。さらに後方から、同型機が軽く10機は風間を支援していた。
その背後、深海の闇から「怪物」が迫っている──
山神隊やアマミキョを軽く飲み込みそうな闇を負った、何かが。
後退してきた時澤のウィンダムが、ニュートロンジャマーで途切れがちになりつつも、海中の風間と交信する。
「風間曹長……この部隊は一体?」
《間に合ったようですね。軍曹の言うとおり、ザフト接近直前に全力で撤退して、緊急連絡かけて正解だったわ》
「救援はありがたいが、どこの高機動艦だこれは……インド洋に、こんな艦は」
《自分も分かりません。ライブラリ照合も不能でした──しかしまさか、アマミキョの名を出しただけで、これほどの増援が来るとは》
「逃げたんじゃなかったのね……
あの、連合女」
アマミキョブリッジでは、通信状況を睨みつつアムルが呟いていた。
その皮肉に被せるように、すぐに別の通信が入ってくる。
「あ……潜水中の艦からです。
先導する、我に続け──繰り返す。先導する、我に続け──
どういうこと?」
ほぼ同時に、サイからの通信も回復した。
《こちらアーガイル。現在、船底第12Aブロックを移動中。
3名とも無事、ザフト兵1名を確保。作戦進行状況の詳細をお願いします》
オサキとミゲルが同時にほっとため息をつき、リンドー副隊長が含み笑いをする。
状況確認を続けていたディックが報告した。
「船体損傷度は14%。ベンガル湾まで耐えるには、ギリギリですね。
味方が来てくれて良かった」
「無意味だったのかしら……サイ君の作戦」
少しばかりの嫌味をこめてアムルが呟いたが、すかさず胸と髪を揺らしてオサキが叫んだ。
「んなわけねーだろーが。
もし救援があと30秒遅れてたら、どうなってたと思ってやがる!」
他のオペレータたちも、口々に意見を述べる。
「そうだよ、ブリッジだって撃たれてたかも知れない」「でも、ヘタな抵抗をしたせいでザフトを刺激したかも……」「人質まで取って」
そんなちょっとした騒ぎにも、慣れたとばかりにリンドー副隊長が白髭を引っ張った。
「肝心のお前らが作戦概要を理解せんでどうする。
廃棄予定のブロックを切り離し、船体を軽くしてスピードを上げ、最短距離最大戦速で基地へ逃げる──
ブロックの衝突が相手の目くらましにでもなれば御の字。目的は相手の撃沈ではない、全力の撤退だ。
この程度で、ザフト艦が沈むわけがなかろう」
モニター向こうの海では、そのザフト艦──ミネルバの付近から、黒煙が見えた。
その煙はどんどん遠ざかっていく。
PHASE-16 ラクス・クラインの香り
「アソ、カタパルト部分に損傷!」「救難信号が出ていますっ」「目標、撤退していきます」
ミネルバのブリッジで、バートやチェンの怒号が交錯する。
アーサーが負けじと絶叫していた。
「カタパルトに?
じゃ、じゃあ……アソに残ったグゥルは!」
タリアの予感は当たってしまった。ヨダカ隊の小型潜水艇・アソの状況詳細は不明だが、彼らが運んできた貴重なグゥルを、みすみす眼前で無駄にしたのはほぼ確実だった。
その上、それどころではない損失をミネルバは被ろうとしている!
「インパルスとセイバーは!?」
タリアの拳がぐっと握られる。
光は突破しましたが、おかげで優秀なパイロットごと最新鋭機体が奪われました──
そんな馬鹿げた報告をしようものなら、その場で射殺されても文句は言えまい。いやその前に、彼らを失えば今の状況下、ミネルバには死あるのみだ。
メイリンの背中をタリアは睨んだが、返ってきたのは動揺まじりの応答だけだった。
「駄目です、交信不能……あ、いえ」
「どうしたの」
「海中の敵性艦より、国際救難チャンネルによる通信です!
ザフト艦は全ての攻撃を即時中止し、航行を停止せよ──」
その間にも勿論、連合軍からの攻撃は続いていた。
「これしきの攻撃っ……ザフトを舐めるな!」
マリクが必死で操舵するが、雨あられと降りそそぐビームを回避するのが精一杯だ。
これでは、傷ついたアソも浮上出来ない。当然、これ以上アマミキョを追うなど不可能だった。
ニコルやサイたちは、迫る海水の恐怖からようやく逃げ切った。
全員が頭からぼたぼた潮を垂らしていたが、サイ以外は何故か笑っている。
目覚めぬアスランを見やりながら、ニコルは呑気にその頬を突っついていた。
「ちょっと無茶だったかなぁ。
僕個人としては今のこの人、いらないですけど。多分フレイだって」
ラスティも笑う。「フレイがいらないと言っても、
確保した以上、連れてかないと」
──さっきから、こいつらは何を話している?
サイは周囲の安全を確認すると、すぐさま車椅子から飛びのいた。その目は不信に満ちている。
にこりとも笑わず、彼は言った。
「ありがとう。
助けてくれて、感謝するよ」
さらにサイは問いただす。
「君たちアマクサ組は、みんなチュウザンに命を救われたのか。
そして何らかの目的で、アスランやキラを追いつめようとしている。
──SEEDの為、なのかい?」
ニコルとラスティの顔から、微笑が消えた。
ただ動揺もしていないようで、やっぱりなと言いたげに顔を見合わせている。
サイはそんなニコルに向かい、さらに強く出た。
「さっき君がアスランに言ったのは、どういう意味だ。
『姫』ってのは、フレイの渾名か?
アスランの願いが叶うってのはどういう意味だ!」
銃があれば、俺はきっとこの二人に向けていた――
そう確信しつつも、サイは感情を抑えつつ、淡々と続ける。
「君たちが現れて、アスランは嬉しかっただろうと思う。俺だってそうだから。
フレイが、俺の前にもう一度現れた。それだけで、俺は嬉しかった。
フレイと共にいられる、話が出来る、触れ合える。それだけで、どんなことだって耐えられた。
それはアスランも──多分、キラだって同じだ」
ラスティが一瞬だけ、サイから視線を背けた。良心が咎めるのだろうか。
だがニコルの方は、じっとサイの言葉を聞いている。濡れた前髪から覗く瞳に、先ほどの子供っぽさは欠片もない。
サイは拳を握る。
「だけど、その想いを利用して君たちがキラやアスランを冒涜しようとするなら……
俺は許さない!」
「面白い冗談ですね」軽く鼻をすすりつつ、ニコルはさらりと言った。
「許さなければ、どうするんです?
僕らをぶん殴って、ミントンの時みたいにアスランをザフトに返しますか? それとも、アストレイで暴れますか?
腕折られるより、ひどい目にあうと思いますけど」
アームレストにかけられたニコルの右腕。その袖の中で、何かが光っていた。
サイにももう分かる。それは間違いなく、銃口だと。
それ以上何も言えず、サイは口を噤むしかない──
俺は無力だ。どこまでも。
赤服のポケットに両手を突っ込みつつ、ラスティが言う。
「心配しなくても、お前に危害は加えないよ。
動くのは俺たちだ。お前は傍観者にすぎない」
傍観者。
それはサイにとって、一番心に痛く刺さる言葉だった。
ニコルがその言葉を継いでいく。
「だからこそ、フレイは貴方を巻き込みたくないんです。
その気持ちだけでも分かってあげるのが、