【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
裸のままで眠らされている、シンとアスラン。
彼らの身体は保育器にも似たガラスの装置の中へ横たえられ、生まれたばかりの赤ん坊も同然の状態で、注意深く観察されていた。
二人は今、自らの悩みも迷いも憎しみも全て捨て去った、理想的な表情を保ちつつ寝息をたてている。但し、その腕から脚から鼻の穴に至るまで、身体中にチューブがまとわりついていたが。
その二人を、フレイとニコルが仲良く並んで眺めている。
ニコルはその手をアスランに伸ばそうとしたが、彼とアスランたちの間は強化ガラスの壁で隔てられていた。
ニコルの細い指が動く。まるで、ガラスを引き裂いてそのガラスでアスランを刺そうとでもするように。
その肩を、そっとフレイが押さえた。
「失望するのは分かる。ミゲルやラスティとて、想いは同じだ」
「だけど、ここまで不甲斐ない人だったなんて……
彼は最も理想的な『SEED』だと思っていたのに」
「セイバーとインパルスのデータは取れた、ザフトの新技術も既にこちらの手中だ。
可変機構に分離機構、そしてヴァリアブルフェイズシフトは最高の収穫だよ。老中たちも文句はあるまい」
それでもニコルの横顔は冴えない。フレイはさらに言葉を継ぐ。
「芽の出ぬ種を待っていた処で、土を腐らすだけだ。
お前はよくやっているよ……サイの前では見事に自分を抑えた」
「ああでもしなきゃ、どうかしそうでしたから──
もし、キラ・ヤマトが同じ状態だったら、貴方は今と同じくらい大人でいられますか?」
ニコルはアスランを見つめたまま動かない。ガラスに触れた彼の手が、拳となって固められる。
そんな少年の小さな頭を、フレイは無造作に片腕で抱き寄せた。姉が弟を強引に諭すように。
「私だったら、前歯の二、三本は折っていたよ」
「僕だって、脚があればそうしてました……
だってこれじゃ、僕たちの存在は何です?」
フレイの腕に抱えられ、ニコルはそっと呟く。
叫び出したい、号泣したい。そんな衝動を必死で喉元で抑える少年の呻き。
それをじっと見守り、どこか不器用に頭を撫ぜるフレイ。
その静けさを打ち破るように、少女の甲高い声が響いてきた。
「フレイー!
お兄ちゃん、返しちゃうってホント?」
元気に走りこんでくるマユ。後ろからはいつもの如く、カイキがつき従っている。
マユはガラス壁に駆け寄ったかと思うと、「お兄ちゃん」――シン・アスカを興味津々で見つめ出した。
「お兄ちゃん」は、今はその紅の瞳を見せることなく、静かに眠っている。
夢中で「兄」を見つめるマユを、もう一人の兄──カイキは、何の感情も見せずに眺めていた。
フレイは、そんな彼らに現状を告げた。
「南西20キロの海域で、ミネルバがこちらの回答を待っている──
このままでは、迂闊にアマミキョも出られぬ。
SEEDが未完成である以上、奴らは返した方が得策だ」
「えぇ~、つまんなーい」
ニコルとは対照的に、マユは子供そのものに膨れてみせた。
だがフレイはそんな彼女を無視し、カイキの肩を強く掴み、壁に一息に押しつけた。叩きつけたと表現しても過言ではない勢いで。
マユに聞こえぬよう、フレイは青年の耳もとで囁く──
「何故お前は、マユを止めなかった?
キラやアスランと違い、シン・アスカの種は未だ発育途上だ。
その状態でマユの姿を見せればどうなるか、分からぬお前でもなかろう」
「俺だって、予想出来なかったさ」
フレイの強い視線と吐息を避けるように、カイキは横を向く。ボサボサの草色の髪が、彼女の頬をつついた。
精悍ではあるが、どこかに少年っぽさの残された横顔。引き締められた唇から、言葉が漏れる。
「まさかマユが、あんな風に自分をさらすとはね……」
そんなカイキの襟を、フレイは破れんばかりに掴む。
「カイキ。『チグサ・マナベ』に会いたいならば、もう少し自分を律しろ。
計画に万一があれば、最も後悔するのは貴様だ」
海上で待機中のミネルバに通信が入ったのは、シンとアスランが行方不明になってきっかり48時間後だった。
メイリンが嬉しさを隠しきれないといった声色で、タリアに報告する。
「潜伏中の南チュウザン艦より連絡!
現時刻より5分前、捕虜を解放したとのことです」
タリアの横から、アーサーが身を乗り出した。
「な、何だって!?
シンとアスランは?」
「あっ……只今、海中の機影を確認。
セイバーもインパルスも無事です、生きてます!」
弾けるようなメイリンの声に、アーサーは勿論、タリアもほっと胸を撫で下ろす。
ここ48時間張りつめていたブリッジの雰囲気が、一気にほどかれた。
昨夜ヨダカが乗り込んできて、シンやアスランの行動に関して散々タリアたちを怒鳴りつけて以降、ミネルバはそのまま自爆してもおかしくないほど最悪な空気だったが。
「損害は、アソのグゥルだけで済んだようですね。
良かった良かった」
クルーを解きほぐす為、アーサーは大笑してみせる。もっとも、グゥルの被害だけでもミネルバにとっては痛いのだが。
「問題は山積みよ……
あの2機のデータは確実に取られたでしょうし、何よりパイロットの状況が分からない」
そう言いつつも、タリアは思わず苦笑してしまった。
ここにヨダカがいなくて幸いだった。もし今のアーサーの笑いをヨダカに目撃されたら、この副長は蜂の巣にされていたに違いない。
アソはインド洋への逆戻りを余儀なくされるほどに損傷しており、その為ヨダカもミネルバをそのままにしてさっさと戻らざるを得なかったのだ。彼に出来たのは、シンやアスランを始めとするミネルバ隊への罵倒だけだった。
それにしても――
突如現れた、あの巨大潜水艦と空軍は何だ?
ティーダとあの船の裏にあるものは何なのだ。議長は奴らが現れると知っていて、ミネルバやヨダカをティーダへ差し向けたのか。
──すぐに笑みを消したタリアは、荒れた唇を噛むしかなかった。
ミネルバカタパルトにルナマリアが走りこんできた時には、既にセイバーとインパルスは帰還していた。
コクピットから、シンとアスランが降りてくる。ヨウランやヴィーノを始めとする整備士たちは歓声を上げ、二人に駆け寄った。
──が、メットを取った瞬間の二人の顔色は、お世辞にも健康的とは言えなかった。
「どうだった?
あの光は防げたのか、シン?」
ヴィーノが気を取り直し、急きたてるように言う。
だがシンは、メットを取ったまま何も語らない。アスランが代わりに答えた。
「例の光は突破出来た――
作戦自体は大失敗だったがな」
アスランはそれだけ言うと、そのまま黙り込む。
ヨウランたちに礼の一つもないとは──軽い怒りを覚えたルナマリアだが、それだけアスランにも余裕がないのだろうと彼女は判断した。きっと、彼を激しく動揺させた何かが、あの船であったに違いない。冷静な大人であるはずの彼を、揺さぶるほどの何かが。
そんなルナマリアの心境を見透かしたかのように、彼女の背後からレイの声が響いた。
「ザラ隊長。光膜突破後の作戦は、ヨダカ隊長とシミュレーションしていた筈です。
シンと貴方が感情に走った為に、今回の作戦は全て無駄になった──我々は、そのようにヨダカ隊長から叱咤されました。
あの後、何があったのです?」
ルナマリアを押しのけ、レイはアスランの逃げ道を塞ぐように彼の前に立ちはだかる。
だがアスランの視線は、ルナマリアやシンは勿論のこと、目の前のレイすら見ていなかった。消えてしまった誰かを探っているようだ──ルナマリアは感じた。
やがてアスランは、ようやく一つの答えを押し出した。
「……分からない」
「はい?」ヨウランとヴィーノが、素晴らしいタイミングで仲良く奇声を上げる。
が、アスランは淡々と説明を続けた。
「記憶が、ないんだ。
自分らは甲板に着いて、ティーダの確保に入った。だが、それからの経過が思い出せない。
こちらに戻る間にセイバーの戦闘ログも調べてみたが、書き換えられている」
呆気にとられるルナマリア。
ザフトの兵士たるものが、作戦中の自らの行動を記憶していないとは──
しかも、機体の戦闘記録までが消失している?
「馬鹿ですか、あんた……っ!?」
ヴィーノが思わず叫んだが、ヨウランがその口を慌てて塞いだ。さらに何か言いたげに暴れる彼だったが、その横から不意にシンが口を出す。
「悔しいけど、ヴィーノ……隊長の言うことは本当だ。
あのモビルスーツをつかまえようとしていたはずなのに、気がついたら全てが終わっていて──
俺たちは、海に浮かんでいた」
アスランのみならず、シンまで同じことを言うとは──
ルナマリアや整備士たちは唖然とした表情を隠せない。レイもこの事態に、顎に手を当てて考え込んでしまう。
「光の副作用か?
……ともかく、二人には休養が必要ですね」
青い顔のまま、アスランはその場を立ち去ろうとする。ルナマリアが、その行く手を慌てて遮った。
「まずは二人とも、詳細の報告を。何があったにせよ、作戦が失敗に終わったのは事実!
特にザラ隊長──貴方がどういうつもりでヨダカ隊長の作戦行動を乱したのか、じっくりお聞かせ願います。
まさかそこまで忘れたとは言わないですよね、みんな心配したんですよ!」
「お、怒るなよ、ルナ」
彼女の顔がよほど激昂していたのか、シンが若干慌てふためいた。
つい感情を言葉に交えてしまったことに気づき、ルナマリアはつけ足す。
「──との、グラディス艦長からの伝言です」
アスランはそこで初めて、素直に謝罪と礼を口にした。
「悪かった……
アソの件は聞いた。君たちは本当によくやってくれたし、迷惑もかけた。
二度としないよ、こんなことは」
「謝るなら艦長に。一番ヨダカ隊長の罵声喰らったのは、艦長なんですから」