【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
およそ12時間後の昼下がり──
海を見渡すことの出来る島の端で、サイは草の匂いを感じながら、寝転がっていた。
周囲に人の気配はない。明るい海からの陽射しは、チュウザンの焼けつくようなそれとは大違いで、半袖の制服のままで来たサイは肌寒さすら覚えていた。
ここは、ダーダネルス海峡東部にあるボスボラス海峡付近の離れ小島だ。
ユニウスセブン落下の影響でまたもや地図が書き換えられ、黒海沿岸には様々な浅瀬が島となって現れている。旧イスタンブールの東の海域──ディオキア基地の西に新たに出来たこの島に、どうにかサイたちはたどり着くことが出来たのである。
先日、連合とザフトの激突があったばかりのダーダネルス海峡はすぐそばだ。マルマラ海やエーゲ海、黒海周辺の緊張度は一段と増している。
今サイのいる島はディオキア基地のあるザフトの領域だったが、そんな場所にアマミキョが易々と侵入出来たのは、連合の支配下から逃れたばかりで警備に穴が多いという事情があった。
作業用に偽装し、アマクサ組はまんまとアマミキョとモビルスーツをこの空域に運び込んだのである。連絡役のラスティが赤服を着用していたのが、ザフト兵の目をごまかすのに最も役立った。
サイが今いるのは、高さおよそ15メートルはある切り立った崖の上だ。
寝そべりつつ、海を眺めてみる。ユニウスセブン落下はこの海にも深い傷をつけており、陽光に照らされた海は血のようにどす黒く濁り、眼下には無数の漂流物が浜辺を形成していた。
一段落したら、ここの復興作業だな──
サイはそう思いながら、耳につけたインカムをいじる。通信状態に問題はない。
アマクサ組はフリーダムの動きからアークエンジェルの位置を割り出し、街中からサイに暗号電文を送信させていた。
電文の内容は「青い鳥よ、古き友人が自由を求めています。救助願う」との簡単なものである──
然るべき場所に通信を送り、ひたすら待つ。どのようなルートで通信が届くか、サイも全貌は知らない。彼が知っているのは、ラクスと関係の深い「ターミナル」なる組織が関わっていることだけだ。
それはともかく──
遂に、この時が来たのだ。フレイをキラに再会させるチャンスが。
アークエンジェルの位置の推測はあくまで、アマクサ組と山神隊の独断によるものだ。
果たして、キラは引っかかってくるか。フレイの記憶は戻るのか。キラたちの真意は何なのか。
寝そべりながらも、サイの手はじっとりと汗をかく。そこへ、インカムからナオトの声が飛び込んできた。
《サイさん! やっぱりやめましょうよ。卑劣ですよ、こんなやり方。
僕、こんなことにティーダを使いたくない》
頬を刺す草を軽くよけながら、サイは答える。
「この距離でフリーダムを捕捉出来るのはティーダのレーダーだけだ。
作戦聞いてなかったのか」
《分かってますけど……ミリアリアさんがいればなぁ》
「あてにしてない。
今のフレイは、彼女でも止められない」
ザフトのレーダーも届かぬ小島は無人で、勢いよく生い茂った草が風と共に唸っている。
スコールの兆しが全くないのはありがたい。今にも眠ってしまいそうなほどに、大気は暖かだった。
だが、午後の陽がやや傾きかけた時
──小悪魔そのもののマユの声が、サイの耳を打った。
《サイ、北東10キロの海域に機影確認っ!
熱紋照合中だから、ちょっと待ってて~》
サイは思わず飛び起きる。
雨も降っていないのに、額がじっとり濡れていた。気がついたら、手元の草を引きちぎっていた。
マユの勘違いか、悪戯であってくれ――
一瞬そう願ったが、やがてそれを嘲笑うような彼女の歓声が響く。
《やったね!
ビンゴだよっ、サイ!》
すまない、キラ──サイは一旦祈るように眼を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
俺は今、お前を罠にかけようとしている。
だがそこへ、ナオトの叫びが割り込んだ。
《サイさん、変ですよ!
アークエンジェルも一緒ですっ、海中から!》
その報告に、サイの歯がぎりっと噛みしめられた。
「フレイに連絡は?」サイは出来るだけ平静を装いつつ、ティーダと通信する。
マユの声が元気良く返ってきた。
《今送った! でも、何でわざわざ、あの船が?》
この作戦はフリーダム単機を想定したものだったというのに、これは意外な事態だ。
沿岸に姿を現す危険を冒してまで、アークエンジェルが俺を迎えに来てくれるとは――
冗談でもそんな思考に至った自分を、サイは嘲笑する。
俺が目的のはずはないだろう。おそらく、俺についてくるであろうティーダとアマミキョ対策だ。
アスハ代表ならば、ティーダの脅威も知っている。もしくは、モルゲンレーテにいたラミアス艦長の発案か。
俺一人が待っている──と伝えたはずなのに、彼らは結構な規模の戦闘を想定している。
もしくは、ティーダをアークエンジェルのものにする気か。
確かにティーダの「黙示録」は、戦いを止めるという彼らの想いの実現に大いに役立ってくれるだろう。フリーダムで強引に介入するよりも、ずっと。もしかしたらナオトにとっても、その方がいいのかも知れない。
だが、それをフレイが許すとは思えない。
――いずれにせよ、戦闘発生は覚悟せねばならない。
握り締められたサイの拳が、急速に冷たくなっていく。風向きが変わっていた。
駄目だ、怯えるな。
いよいよだ。この時の為に、俺はここまで来たんじゃないか。
フレイの記憶は完全ではないし、彼女にはSEEDに関する他の疑惑も山積みだ。
だが俺は、社長やアマクサ組に何と言われようと、キラ──
お前にフレイを会わせる。
今のお前が何を考えているのか知らんが、それもじっくり問い詰めてやる。
待っていろ。
そして数分ののち──陽が午後の淋しい光を放ち始めた頃。
白く輝く空の向こうから、青い翼──フリーダムは現れた。
作業艇に偽装していたアマミキョは、海岸から数キロの沖合でティーダからの通信をキャッチした。
「フレイ!
ティーダから緊急連絡だ、アークエンジェルが同行しているらしい」
ミゲルが片腕を振り回しながら、アフロディーテのフレイに叫ぶ。
「読まれてるぜ、こっちの思惑!」
だが、フレイはアフロディーテコクピットで余裕の表情だった。しかもメットも被らずパイロットスーツも着用せず、まだ連合の少年兵の制服のままだ。
水中用に改修を終えたカラミティが、風間曹長の乗るディープフォビドゥンの上にまたがり、海中へ潜行していく。アフロディーテの背後では、ラスティがスカイグラスパーに乗り込んでいた。
手鏡を睨みながらフレイは、やや薄めの口紅の色と眉の形とアイラインを念入りに確認している。肌の調子は最高のようで、彼女は満足げにコンパクトを閉じた。
「望む処だ。
キラ・ヤマト──お前と私にしか通用しない戦法を、見せてやる」
波濤を切り裂いて現れた、懐かしき青い翼。
スラスターから流れる突風でネクタイと髪を激しく煽られながら、サイは複雑な想いをこめて、それを見上げた。
人の顔を模したあの頭部は、今も優しく俺を見守っている。何も知らずに。
やっぱりキラ、お前は素人だ。こんな単純な罠に、こうも易々とかかってくるとは。
大方ラミアス艦長らの警告も聞かずに、俺をまるごと信用して一人で来ようとしたんだろう。おそらく最初は、フリーダムすら必要ないと言い出したに違いない。
でも、代表か艦長もしくはラクスさんのごり押しで、渋々フリーダムで来た。そんな処か。
今も全く無防備に、俺にフリーダムの右手を差しのべている。
《サイ──久しぶりだね》
昔と変わらぬ柔らかな声が、スピーカから響いてくる。俺に、乗れというのだろう。
悪いがキラ、俺にその気はない──
もう少しだ。
サイは歩みを進め、右手をフリーダムの方へ伸ばす。
見ようによっては、フリーダムと握手をしているようにすら見えるだろう。
だが違う――これは合図だ。
崖上に広げられたフリーダムの掌。しかもハッチまで開きかけている
──どこまでお人よしだ、お前は!
巻き上がる波と草と土くれから顔を覆いつつ、サイは鋼鉄の掌にその指を触れた。
熱せられた鉄の感触が、皮膚を刺激した──
その瞬間。
サイの足下の地面が、一息に崩壊した。
《こーぉんにーちはぁー!》という、マユのいつもの笑い声と共に。
滝のように、その場に降りそそぐ土。
サイの身体はそのまま海へ落下──はせず、ちょうどすぐ下から地面を突き破ってきた巨大な掌によって助けられた。
その掌はサイが触れかけていたフリーダムの指を、一息に払いのける。
波に乗るように彼がその掌に乗った瞬間、崩壊する崖の中から、巨大な白い鉤爪──
ピアサーロックが飛び出した。
「ナイスタイミングだ、マユ!」
ワイヤー付のその鉤爪は、波を蹴散らしてフリーダムに襲いかかる。
こちらの攻撃に気づいたフリーダムはすぐに飛びのいて上空に逃げようとしたが、ワイヤーがその右腕に絡む方が早かった。
──これは、作戦の第一段階だ。
サイを崖の上で一人にして、フリーダムをおびき寄せる。彼がパイロットスーツでなく制服のままだったのは、キラの油断を誘う為でもあった。
そして、サイの真下に埋まりながら待機していたティーダが、フリーダムが最接近すると同時にピアサーロックでフリーダムを捕らえ、サイを保護しつつ次の作戦行動に入る。
相手が訓練された正規軍人であれば、おそらく通用しない戦法である。
──俺を乗せる為に右腕を差し出したりしていなければ、キラは逃げられた。
その甘さにサイが舌打ちしている間にも、フリーダムは翼を広げて青空へ向かって上昇を試みる。当然、ピアサーロックを絡めているティーダも引っ張られ、空に引きずり上げられる形となった。
空中ブランコにしがみつく人間のようにふらふらと、宙ぶらりんにされるティーダ――
しかも今サイがいる場所は、ピアサーロックを発射した方の左掌部だ。
飛び立った青い翼は反射的に、腕に絡んだワイヤーを切ろうとしてもがく。
必然的に、ワイヤーを絡ませているティーダの左手部は激しく振動し、サイはバランスを崩して鋼鉄の指の間から足を滑らせてしまった。
海面まで約40mはあろうかという上空で、サイの身体はティーダの手から滑り落ちかける。
《サイ!》《サイさんっ!?》
キラとナオトの叫びが、空で交錯する――
だが、自らの身が完全にティーダから離れる前に、サイは自分を守るべく動いた。
2年前の自分では考えられぬ反応速度でティーダの『指先』を右腕で掴み、そのまま彼は海の上で宙ぶらりんになったのだ。
自分でも驚いたことに、流れていく海面を遥か足下に見ながらサイは平静だった。
その右腕の力はしっかりと、自らの全体重を支えている。フリーダムとティーダの移動速度や、炎のような熱風にも負けてはいなかった。
随分と、自分の腕力と反射神経は向上したものだ。あまりにも危険すぎる状況にいながら、サイは考える。
──知らないうちに、フレイに相当鍛えられたんだな、きっと。
だがそれも数瞬のことで、すぐにサイの腕は重力に耐え切れず、がくがくと震えだした。
ナオトたちの声を伝えていたインカムが頭から外れ、ゴミのように海面へ消えていく。
ブーツを履いた両脚が、ふらふらと頼りなく空中で揺れている。
左腕まで使ってサイは身体を引き上げようとしたが、途端に激痛が走った――まだ骨折が完治したわけではないのだ。
痛みで一気に体中から汗が噴き出る。身体を支える掌も汗ばみ始める。
「サイさん!
サイさんってば、早くこっちへ!」
ティーダのコクピットハッチが開き、ナオトが身を乗り出して叫んでいた。
ティーダの右腕「トリケロス」は、ビームサーベルにランサーダートが詰まった武器庫のようなものだ。整備中ならともかく戦闘中の今、生身のサイをうかつにつまみあげたりすれば、感電などの事故が発生する可能性の方が高い。
さらに言えば、今のティーダは左腕でフリーダムを捕捉しているも同然の状態である為、左腕も使えない。
要するに今のサイが助かるには、何とか自力で這い上がってティーダのハッチへ戻る以外にはない。
だがそこへ、飛行中のフリーダムからキラの声が響いた。
《サイ!
どうして君が、こんな無茶を!?》
サイはティーダの掌の下で汗まみれになりつつ、叫ぶ。
「呆けたか、キラ! 地中の金属反応に気づかないとはな!!」
《モビルスーツがいるのは分かってた。
だけど、理由を知りたかったんだ》
「わざとかかったってのか……お前らしいよ」
余裕がある人間ならではの台詞だな。
吐き出しかけた嫌味を、サイは喉元で抑える。
「だが、お前を追っかける方はみんな必死なんだ。
こうでもしなきゃ、フリーダムには近づけないからな!」
《だから、どうして君がこんなことを!?
僕は君と戦う気なんか……っ!》
「誰が戦うなんて言った。
お前に、とっておきのプレゼントがあるんだよ。俺たちはその為の時間稼ぎだ」