【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
開け放たれたままのティーダのコクピットで、ナオトは息を詰めて状況を見守っていた。
強引に繋がれたフリーダムとティーダのほぼド真ん中で、片腕だけでふらふらと、不安定にティーダの指にしがみついているサイ。いつ海面に落下してもおかしくない。
何とかして、彼を助ける手段を探さねば──だが、どうする?
「マユ。手を少しだけ回して、サイさん巻き上げられないかな?」
「あの状態じゃ無理。それこそ、キラぐらいうまくやれない限りね」
何しろ今は、指関節をほんの少し曲げるだけでもサイの命が潰える危険がある。マユの言葉はもっともだった。
その間にも、黒ハロの口が開く。マユがサイドのキーボードを操る。
──当然、黙示録の準備だ。
「駄目だマユ、まだサイさんが!
それに、キラさんだって何もしてない!!」
「だって、作戦だよ?」
「関係ないだろ!?」
ナオトはマユの肩を押さえつけるようにして身を乗り出すと、フリーダムに直接呼びかける。
「キラさん、聞こえるでしょ!
僕たちは、貴方がたに会いたくてここまで来たんです!
僕は貴方と代表を信じたい。ホントはこんな真似、したくなかったんです。
お願い、信じて! サイさんを助けて!」
そのナオトの大声が届いたか。フリーダムのカメラアイが二度、点滅した。
《君は……ナオト・シライシだね。
カガリが、とても心配してたよ。君のこと》
「え。代表が?」
重力と痛みに耐えるサイの真下へ、今度はフリーダムの左掌が差し出される。
サイを揺らさぬよう、フリーダムはワイヤーを張りつめた状態にしたまま、慎重に右腕を上げてティーダごとワイヤーをたぐり寄せ、左掌部を差し出していた。
《サイ、早く乗って。
ナオト君もああ言ってる》
腕はとうに限界に来ている。
スラスターからの熱風が、サイを引きちぎらんばかりに叩きつけられる。ワイシャツの裾がマントのように翻り、炎の如き気流が背筋に直接流れ込んで喉元から噴出する。
それでもサイは、フリーダムの手に奇妙な傲慢さを感じた。
──それは、キラ自身はおそらく自覚していないであろう、不遜ともいうべきもの。
いつでも助けて
君のような弱い者たちを助けて
勿論、キラ本人は決してそんな言葉を口にしたことはない。
だがサイは殆ど直感で、それに類する傲慢さを感じ取った。フリーダムに対して。
「……断る」
すぐ下にフリーダムの支えが来ているにも関わらず、サイは冷酷に言い放った。
《サイ!
何だよそれ……君っていつの間に、そんな意地っぱりに……?》
「自分の胸に聞いてみな。
それに――」
サイは自分でまた驚いたが、この状況で笑った。
筋肉がひきつり、自分でも明らかに嫌味な笑いと分かる笑みだったが。
「俺がここにいれば、お前もナオトもお互い動けないだろ。
お前もティーダの腕を切り落とせないし、ティーダも動けない。
俺は、どっちも傷つけたくない」
《無茶苦茶だ。
命を投げ出すような真似なんて!》
「まだ分からないのか? これも作戦だよ。
もっとも、足滑らしたのは俺のミスだが」
《なら、力づくでも!》
声と共に、フリーダムの掌が一気にサイの眼前に迫った。
だがサイはその救いの手を蹴り上げるようにして、両脚を大きく振る──
勢いで腕が一瞬軽くなり、身体が自然に持ち上がった。
わずかにフリーダムの感触を足の先に感じたが、サイはその鋼の塊を踵で押し返し、逆上がりの要領でぐるりと身体を回転させる。
そして突風に耐えきって──
サイは見事、ティーダの掌に自分の身体を乗せた。
「やったぁ!」
サイが無事ティーダの手に着地したのを確認し、ナオトは思わず歓声を上げる。
だがその時、警報音が鳴り響いた。
「ナオト……見て! ルージュだ!」
マユの叫びと共に、空気を切り裂く振動がコクピットに伝わった。
見ると、オーブの紋章をその肩に刻んだ淡紅色のモビルスーツ――ストライクルージュが、遥か水平線の向こうから、ティーダの真っ白い機体に向かって突っ込んできている。
「まさか、アスハ代表!?」
そのナオトの予想は大当たりだった。
頭部バルカンを発射してこちらを威嚇しつつ、カガリ・ユラ・アスハの絶叫が轟く。
《ナオト・シライシ!
そこから降りろ、お前はそれに乗っちゃいけない!》
「……えっ?」
ナオトの大きな目がさらに見開かれる。
カガリの肉声にも驚いたが、彼女が発した言葉は一体何だ? ナオトには、俄かに意味が掴めない。
その間にもルージュは、ティーダとフリーダムを繋ぐワイヤーを狙撃しにかかる。
今度はマユが身を乗り出して、未だに空中で頑張るサイに叫んだ。
「サイ、もう無理だよ! 降りてきて!!」
焦りを隠せないキラの絶叫も、天へとこだまする。
《カガリ、撃つなっ!
ティーダの手にサイがいる!!》
《何!?
一体、何がどうして……!》
カガリはその声にすぐ反応したが、ルージュの機動は即座には止まらない。
撃たれたバルカンはティーダのワイヤーをちぎりかけ、結果として──
空中で吊られているティーダの手の上で、サイはまたしても大きく揺さぶられることとなった。
「諦めないもん、ここまで追いつめて!」
マユが一気にティーダの右腕──
『トリケロス』をフリーダムの左脚部に食いつかせる。キラがサイを助けようとして自らティーダを引き寄せた為に、ティーダもまんまと接近戦を仕掛けることが出来たのだ。
そんなティーダに、再度突進していくルージュ。
《ナオト、何をしている!
フリーダムを撃つ気か、お前は!!》
そのカガリの言葉に、ナオトはさらに動揺してしまう。彼の心を貫くカガリの声。
《サイを人質にまでして!
どこのどいつだ、お前のような子供にそんな猿知恵を吹き込んだのは!!》
「違う、違います代表!」
体当たりされる──
ナオトが一瞬、目を閉じてしまったその時。
突如、海中からの閃光がティーダとルージュの間に走った。
カラミティだ。
ティーダの掌に腹這いになってしがみつきながら、サイは戦況を見守る。
海中でディープフォビドゥンを足場にしてサーフィンの要領で移動しつつ、カラミティはシュラークの光で正確にティーダを護っている。ビームの嵐が、ルージュに一気に襲いかかった。
サイが動けないでいる間にも、数条の閃光が空を裂く。
ありがたい――おかげで、アスハ代表に討たれるような阿呆は晒さずにすんだ。
が、ティーダとフリーダムを繋いでいるワイヤーも既に限界だった。
「サイ! わがまま言わずに降りてきてよ、黙示録が撃てない!」
ハッチからマユの声が響く。
一瞬で全てを焼き尽くすかのようなカラミティの砲撃。それに右往左往するしかないルージュを間近に見て、サイは思う。
やはり、一人で両者を護るなど無理だったのか。
フリーダムならともかく、何の力もない俺が。
その時――
サイの心の糸を象徴するかのように、二機を繋いでいたワイヤーが切れた。
その拍子に、大きく空へと弾かれるティーダの左腕。それは振り子の糸が切れたも同然で、ティーダはサイごと、海に放り出されかかった。
落ち着け──まだ俺は落ちてはいない。諦めない。
何も出来ないとしても、俺は絶対に諦めない。こんなところで!
サイは右手でティーダの熱い装甲を押さえつつ、両脚に力をこめて立ち上がる。
そして、重力に逆らわず、その真っ白い腕部を一息に駆け出した。
ナオトたちのいる、ティーダ。そのコクピットへ向かって。
サイが足場にしている腕部自体が空中に放り出された形となった為、足の裏から伝わる鋼鉄の感触が非常に心もとなかったが、それでもサイは転がるように走る。
崩壊していくレンガの橋を、よたよたと駆け下りていくも同然の、矮小な、情けない自分。
数十メートル下は、容赦のない海面だ。落ちれば当然、地表と同様に身体は砕け散る。
サイが走るすぐ横で、またもシュラークの閃光が空に咲いた。
それを合図に、宙へ身を投げ出す。ハッチまでは5メートルほどの距離があったが、それでもサイは関節部を蹴って飛んだ。
──俺の帰る場所は、アマミキョだ。
フリーダムじゃない。
再度炸裂した爆光に背中から吹き飛ばされるように、サイはナオトたちの待つハッチの手前に着地する。
両膝が砕けるかという衝撃に耐えながら、そのままハッチへ転がり込んだ。
「サイ、やったぁ! 超絶カッコイー!!」
ハッチへと飛び込んだサイを真っ先に出迎えたのは、状況にそぐわない、マユの能天気な歓声。
彼が飛び込んだのをこれ幸いとばかりに、彼女は一気にティーダを動かしにかかる。
あっけなく外されたと思った右腕のトリケロスは、まだまだ執拗にフリーダムの脚部、膝関節可動部に喰らいついていた。二機は未だに上昇を続けている。
汗みどろのサイは息を弾ませながら、ナオトとマユに警告した。
「これでこちらも動けるが、フリーダムも同じだ。油断するな」
「分かってる!
今だよナオト、黙示録!」
ティーダはなおも懸命に右腕で相手を押さえていたが、引き剥がされるのは時間の問題だった。
だが、一発逆転の武器である「黙示録」が照射出来れば──
しかしその時、サイはナオトの肩が激しく震えていることに気づいた。
抹茶のパイロットスーツの間から漏れるものは、押し殺すような叫び。
「出来ない……
やっぱり、出来ないよ」
レーダーには、接近してくるアークエンジェルがはっきり映し出されている。
そして、七時の方向からは──
「彼女」の到着は、もうすぐだ。
「ナオト、気持ちは分かるが……」サイはナオトの小さな肩をそっと押さえる。
突然のカガリの出現もその言葉も、この少年に予想以上のショックを与えていたのかもしれない。
そんなサイの手を振り払い、ナオトは腹の底から声を絞り出した。
「キラさんや代表を撃つなんて、出来ませんっ!」
今更何を言っている。サイは怒気を何とか抑えながらナオトを諭す。
「ナオト、撃つわけじゃない。みんなを止めるだけだ」
「サイさんだって嫌でしょ! あんなものをキラさんたちに浴びせろっていうんですか?」
「俺だって嫌だ。だが、血が流れるのはもっと嫌だ!
お前はそんなにキラの血が見たいのか?」
「違う、違う! でも……っ」
ナオトは頭を振り回してサイを拒絶する。
そんな二人の口論を前席で聞いていたマユは、パネルを操作しつつ──
突然、無感情に言い放った。
「これより、ティーダの全操縦系をマユ・アスカへ移譲。
ナオト……もういいよ。
──突き放すような言葉。
ナオトのみならず、サイもその変化に一瞬、ぎょっとして彼女を見てしまった。
マユの顔から無邪気な笑いは消失し、その黒い瞳はひたすらフリーダムを凝視している。
空に広がる青い翼からは相変わらず、キラの声が響く。
《ナオト君、そこに乗っているのは君だけじゃないよね。その女の子は、誰?
僕だって、子供は撃てない!》
サイには分かった。フリーダムが未だにティーダを引き剥がせないのは、何とかこちらと話し合おうとしている為だ。
だが、マユは止まらない。
「なめないでよね……
黙示録が使えなくたって、こっちにはトリケロスがあるんだから!」
ティーダは容赦なく、フリーダムの脚を掴んでいた右腕のトリケロスを強引に押し込み、フリーダムの上昇を一瞬止めた。
トリケロスの先端がフリーダムの胸部に、突き刺さんばかりに接近する。
内蔵されたビームサーベルが一閃すれば、下手すればフリーダムのコクピットまで──
それに気づいたナオトは、背後から思わずマユの腕に飛びついた。
「撃つなマユ!
キラさん、逃げてぇ!!」
「ナオト! アンタ、ちょっとうるさい!」
飛びついてきたナオト。だがマユは一瞬でそんな彼を振りほどく。
しかもさらにその勢いで、マユは彼のメットの下から拳を食らわした。見事に後ろへ引っくり返ってしまう少年。
――ちょっと待て。一体、この娘に何が起きた?
あまりの事態に、サイは茫然と見ているしかない。それは、マユが初めて怒りの感情を明確に表した瞬間だった。
そして勿論、ティーダが止まっている間に、素晴らしい反応速度で──
情けないほど呆気なく、フリーダムはティーダを振り切った。
さらに振り向きざま、青い翼はティーダを狙撃する。勿論、その右腕だけを。
マユの咄嗟の機動も虚しく、ティーダの右腕はトリケロスごと引きちぎられ、小さな爆光と共に空を舞った。
そのままバランスを崩し、空中を落下する『太陽』──
ナオトの悲鳴が、コクピットをかき乱す。
凄まじき急降下に、サイも脳味噌全てが片側に吸い寄せられる感覚に襲われる。瞼と胃が激しく痙攣する。
その間、何とかコンソールパネルを手繰っていられたのはマユだけだった。
《カガリ!》《分かってる!》
落ちゆくティーダを見て、キラとカガリが空で声を交わす。
ルージュがエールストライカーのバーニアを噴かし、一気にティーダに追いついてその左腕を捕らえた。
ちょうどその瞬間にティーダの背部スラスターも作動し、徐々に落下速度は弱まる。
《お前ら、無事か!?》
耳鳴りのやまないサイの耳に、カガリの声が重なる。撃っておいて無事かもないもんだ。
モニターの隅に、海面へ吹っ飛んでいくトリケロスが見える。
あぁ──
黙示録が使えず、トリケロスを無効化され、ピアサーロックのワイヤーまで切られては、最早ティーダにろくな攻撃手段はない。
その時、ティーダが落下しようとしていたその海面が──ざわめいた。
サイもナオトも、そしてマユまでもが息を飲む。
見間違えるはずもない。青い海流を揺るがして現れる白く輝くラミネート装甲に、鮮烈な紅のカラーリングは──
「アークエンジェル……!」
~~~~~~
次回予告
遂に出会ってしまった二人。
だがフレイの姿はキラを惑わせ、その言葉は心を抉る。
天空にこだまする、サイの絶叫。
燃え上がる紅蓮の刃が自由を切り裂く時、起こった奇跡は──
次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation
「接触! 紅蓮VS自由」
紅の色香、咲き誇れ! アフロディーテ!