【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part3 その魔女は自由を喰らう

 

 この事態に──

 ダーダネルスであれだけの強さを誇った自由の青い翼は、完全に停止してしまった。

 2年前、あれだけ愛した少女が。

 2年前、突き放した少女が。

 2年前、守れなかった少女が――目の前にいる。

 目の前の血の翼から、血塗れになって自分の前に姿を晒している。

 

 光の風の中で靡く、紅の長い髪。

 離別した時と全く同じ、連合の制服。その制服は、左肩が襟のあたりまで破れて血に染まっていた。破れ目で靡く糸までが、キラには見える。

 剥きだしになった腕は、皮膚がめくれ上がっている。火傷を負わせてしまったのだろうか? 

 

 ──光と爆煙の中、半裸で相手を抱きしめるように、両手を広げる少女。

 白く若い素肌に、紅の傷はまばゆく映える。華奢な身体は病的な美すらたたえている。

 その姿は、フリーダムのモニター全面に捉えられていた。

 頬に流れる紅の筋まではっきりと、キラには見える。その筋は傷ついた胸元にまで流れている。かつて自分を抱きしめてくれた、あの豊満な胸に。

 

 ──私の想いが、貴方を守るから。

 

 かつての少女の言葉が、キラの胸に蘇る。

 マリューの警告もカガリの叫びも、今のキラには届かない。

 

 

 生きていた。生きていた。生きていたんだ! 

 ヤキンの宙で、自分の目の前で、分子レベルで消し飛んだはずの彼女が、生きていたんだ。

 

 

「フレイ……」

 

 

 2年間、口にするだけで心臓が食い破られそうな痛みを伴ったその名を、キラは万感の愛しさをこめて呟く。

 彼女の紅の髪は、キラを撫でようとするようにこちらへ流れる。

 彼女の灰色の瞳から弾ける涙も、キラの眼ははっきりと確認していた。

 

 もう一度、声を聞きたかった。

 もう一度、あの体温を感じたかった。

 ──もう一度、抱きしめたかった。

 

 厳重な鍵をかけて心の奥底に永久に閉じ込めたはずのその想いが、キラの中で一瞬解放される。

 SEEDの影響で光を失っているはずのキラの瞳が、いっぱいの涙で煌いた。

 フリーダムの両腕が、傷ついた紅の女神に伸ばされる――

 

 

 

 

 

 

「や……

 やめろおおおおおおおおおぉぉおおおおっ!!!」

 

 その時のサイの絶叫は、キラへの警告か、キラへの嫉妬か。

 それはサイ自身にも、判断がつかなかった。

 キラに向けられたフレイの笑顔に、自分は耐え切れなかったのか──それとも、この直後のフレイの行動を何となく察知してのものだったのか。

 

 まるでサイの叫びに呼応するかのように、アフロディーテの翼が機動する。

 双対のレールガンが、真っ直ぐにフリーダムに向けられる。

 

 今のキラには、状況に疑問を呈するほどの余裕があるわけがない──

 フレイがただそこにいるだけで、生きて目の前にいるという事実だけで、キラの精神は弾け飛ぶ寸前になっているはずだ。

 フレイと再会した時の俺もそうだった。あの時は非常時でも何でもなかったから俺はある程度状況を分析することも出来たが、今のキラは戦闘中だ。

 

 フレイは一見、操縦席から立ち上がり、ハッチから身を乗り出しているように見える。

 だがティーダの高感度カメラは、その内部までしっかり捉えていた。

 ナオトが、驚嘆と憎悪の混在した声を上げる。

 

「信じられない……化物だよ。

 足で動かすなんて!」

 

 そう──フレイはブーツとタイツを脱ぎ捨て、()()()()コンソールパネルを操作していたのだ。

 手の指と殆ど変わらない速度で、パネル上で器用に広がっては、くねくねと動きまわる爪先。

 上半身は光に晒し優しい笑顔を見せながら、下半身で確実に相手を狙っている。その姿はまさしく、魔女と形容するに相応しい。

 

「どういうことだよ。記憶は戻ったんだろ……

 どうして!?」

 

 怒りに震えるサイの声も届かぬまま――

 アフロディーテの黒い翼がフリーダムへ、一切の容赦なくレールガンの炎を噴射した。

 

 

 

 

 フレイの背後から撃たれた劫火。

 至近距離から突然撃たれた火線は、フリーダムの両腕を貫いた。それも、構造上フェイズシフトが展開し切れない関節部を、正確に狙って。

 

 キラの咄嗟の機動で右腕への攻撃は何とかよけたものの、フリーダムの左腕はシールドごと、炎にもがれてしまう。

 その意味を殆ど理解出来ないまま、キラは反射的に機体を上昇させていた。

 シールドと左腕が、ちょうど真下に移動してきたアークエンジェルの上に落ちていくのを確認しつつ、キラは叫ぶ。

 

「フレイ! 一体どうしたっていうんだ、僕だ!」

 

 その間にも、フレイの乗る血のストライクはキラに迫る。

 フレイをコクピットに棒立ちにさせたまま。それなのに、彼女は血の流れる笑顔のままだ。

 

 さらに、キラが撃ち損ねていたラスティのスカイグラスパーが血のストライクの背後へ回り、エネルギーが消耗しかけたIWSPとエールストライカーの換装作業に突入していた。キャノン砲でフリーダムを牽制しながら。

 

 キャノン砲では、フリーダムにダメージは与えられない──

 そのはずだが、実弾攻撃によるコクピットへのわずかな震動すら、今のキラには十二分に揺さぶりになりえた。

 その不快さにキラは思わず機体を翻し、スカイグラスパーの翼を頭部の防御機関砲で撃つ。

 それだけでスカイグラスパーは、切り離しかけたエールストライカーごと火を噴き、海面へと落ちていく。

 しかし攻撃を予測でもしていたか、乗員のラスティは撃たれる前から準備をしていたようで、キラが見たこともない手際の良さで脱出していた。

 

 これでエネルギー充填の機会を失い、眼前の機体(アフロディーテ)はガス欠寸前となったわけだが──

 既にキラにはそこまで頭を回す余裕はない。いや、気づいてはいたが手が動かない。

 

 状況が、キラの全身を痺れさせていた。

 トールの思い出に、今現れているフレイの姿が。

 

 記憶を次々に蹂躙される痛みに、キラは苦しむ。喉から漏れる苦痛の呻き。

 自分は地獄にでも迷い込んだのか。ラクスが宇宙に上がり、女神は自分から離れてしまったのか? そんな錯覚がキラを襲う。

 

 だが、スカイグラスパーの無数の破片の向こうから、さらにキラを動揺させるものが現れた。

 それは、涙を流しながら自分を止めようとするフレイ──

 

 

 フレイが、泣いている。

 

 

 撃とうとする自分を見て、泣いている。血を流して。

 その血を流させたのは、自分。

 守ると誓った少女。結局守れなかった少女。

 それでも、彼女はこうして再び自分の前に蘇った。

 それなのに、自分はこともあろうに、そんな彼女を撃ってしまった。酷い傷を負わせてしまった! 

 

 あまりの現実に、完全に無防備となったフリーダム。その懐に、再び飛び込んでいくアフロディーテ。

 純白の装甲に、血の女神はゆっくりとその掌を接触させる。機体を通じて、コクピットに直接、相手の声が響いた。

 

《キラ、やめて! 

 私を忘れちゃったの……?》

 

 間違いない。

 偽者じゃない、これはフレイの声だ。忘れるわけがない。

 いつだって、僕を慰めてくれた声。あの地獄の中でただ一人、僕を分かってくれた人の声。

 必死で僕に助けを求めてきた声。

 咄嗟に思いついたのは、彼女が何かに操られてこちらを攻撃させられている可能性。

 それなら――自分の取るべき方法は、たった一つ。

 

 ──助けなければ! 

 

 フレイをこちらに収容後、機体を破壊する。

 そう決意し、キラがハッチを開きかけた瞬間──

 キラの全身が、ビルの3階から勢いよく投げ落とされたような衝撃に襲われる。

 今度は相手の頭部バルカンが閃光を発し、キラのいるコクピットハッチへの直接攻撃を開始したのだ。

 

《この世でたった一人、私を守ろうとしてくれたキラ──

 貴方まで、私を捨ててしまうの?》

 

 フレイの切ない叫びが、震動よりも激しくキラを揺さぶる。

 

 

 

 

 

 

 夢でも幻でもない。これは悪夢だ──サイは、そう感じずにはいられなかった。

 フレイの涙は、ティーダの高感度カメラでしっかり捉えられている。なのに、アフロディーテの攻撃は執拗に雨あられとなってキラを責める。それも、フェイズシフトだと分かっていながらの実弾攻撃──

 殺すのではない。キラの心を踏みつけるつもりだ、あの女は! 

 

「酷い……

 酷いよ、こんなの酷いよ、フレイさん!」

 

 ナオトはその光景を見ていられず、両手でメットごと頭を抱え込む。何も見るまいとして。

 サイは思い出す──

 

 2年前、メンデル付近でフレイが再び、アークエンジェルの前に姿を現した時もそうだった。

 キラは彼女を助けようとして、連合の最新モビルスーツどもに呆気なく、フリーダムの首を飛ばされた

 ――あの、キラが。あの、無敵のフリーダムともあろうものが。

 

 キラは絶対に、フレイを撃つことは出来ない。それどころか、彼女を挟んだ戦闘も容易ではない。

 俺が間にいてすら、あれだけ躊躇するのだ。ましてやそれがフレイでは──

 それでこのような戦法を選んだってのか、フレイは。

 それとも、キラと接触を果たしたことで記憶や人格の混乱が生じているのか。

 強化された人間には、そのようなことがよく起こるとも聞いている。それはマユやカイキを見ていても類推できる。

 

 だが、今のサイには判断がつかない。

 元のフレイが強化フレイと身体の中でせめぎ合っている結果が、この状況だとでもいうのか。だが、もし記憶の狂いが生じているのだとすれば、どうしてあれだけ正確かつ、無駄のない攻撃が出来る? 

 

 と、その時――

 足下からの軽い震動がサイたちを襲った。同時に、マリューの怒声がコクピットを貫く。

 

《やめなさい! 

 これ以上フリーダムを攻撃するなら、貴方がた全員を攻撃対象と見做す!》

 

 フレイの攻撃は遂に、マリューの怒りまでも誘発してしまったようだ。

 アークエンジェルがフリーダムを救うべく、海面から上空へ浮上を開始する。

 この人の軍人らしからぬ物言いは相変わらずだ──

 サイは思いながらも、即座に反論した。

 

「攻撃はやめて下さい、艦長! 

 浮上して頂けたのは感謝します。しかし自分たちは、貴方がたの意図を知りたいだけだ!!」

《だったら、アレは何なのサイ君? 

 貴方とナオト君がいるから警告するのよ、でなければもう撃っている!》

「待って下さい艦長。自分に考えがあります!」

 

 サイは懸命にマリューに呼びかけた後、すぐにナオトとマユを振り向いた。

 

「二人とも。

 今すぐティーダから降りて、アークエンジェルに移れ」

 

 そのサイの言葉に、ナオトははっとして顔を上げる。

 彼の意図を、少年は僅かながら感じ取ってしまったようだ。

 

「サイさん、まさか……」

 

 そんなナオトの視線を振り払うように、サイはもう一度言い放った。

 

「このままじゃ危険なんだ、二人とも降りろ! 

 大丈夫、代表が収容してくれる」

 

 だがその時、ナオトが思わず両手で、サイの手を押さえた。

 

「駄目です! サイさん──

 ()()、死ぬ気なんでしょ?」

 

 何故だろう、どういうわけか今のナオトはやたらと勘がいい。

 

「僕、今なら黙示録撃てます。

 あんなものを見るくらいなら、撃っておけば良かった!」

 

 バイザーの中のナオトの眼が、涙で腫れあがっている。そのノーマルスーツの手が、サイの腕をきつく握りしめる。

 黒ハロまでも飛び跳ねていた。「サイ、ソレ、ダメ、シヌ。シヌ!」

 

「……ありがと、ナオト。

 だけど黙示録を撃っても、今のフレイは難なく防御してしまうよ」

 

 サイはナオトを安心させる為に、敢えて笑顔を見せる。飛び跳ねるハロに左手を乗せながら、震える少年の手を、右手で優しめに握り返した。

 

「大丈夫──

 フレイは、絶対にティーダを壊さない。そうだろ、マユ?」

 

 マユはサイの言葉を聞きながら、わずかに顔をしかめるばかりだ。

 

「そうだけど……

 無理だよ」

「調べさせてもらったけど、起動後なら俺でもスラスターぐらいは噴かせる。

 早く降りるんだ、マユ。君みたいな子が、ここにいちゃいけない」

「やだ」

 

 マユはぷいとサイから顔を背ける。

 彼女は頑として、席を動こうとはしなかった。

 

「どうしてもサイが行くなら、マユも行く。

 サイじゃ、ティーダをうまく飛ばせるわけない」

「僕も行きます!」

 

 マユに呼応するように、ナオトが即座に言い放つ。「フレイさんを止めるなら、僕、何でもします! 

 僕は決めたんだ、サイさんを守るって!」

 

 動こうとしない子供たちを見て、サイは感謝すると同時に──

 自分の不甲斐なさに、愕然とした。

 確かにマユの指摘通り、俺の腕では──飛ぶこと自体は出来ても、思い通りにティーダを操るのは難しい。

 何よりも、守ろうとしたナオトからこのような発言をされるのは情けなかった。

 子供にこんな言葉を吐かせて、俺はどこまで弱い大人なのだろう。

 

「すまない……

 ありがとう、二人とも」

「ちょっとだけだよ。

 危ないようなら、すぐに引くからね!」

 

 その言葉と同時に、マユは力いっぱいペダルを踏んだ。

 ティーダのスラスターに火が入り、太陽の名を持つ機体が──

 大天使の上で再び立ち上がり、甲板を蹴って飛翔した。

 

 

 

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