【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
夕暮れの迫る高空で、アフロディーテは遂にフリーダムの左肩部を掴んだ。
頭部バルカンが尽きると同時に今度は、IWSPから9.1m対艦刀を抜き放ち、フリーダムのコクピット近くに振り下ろす。
勿論フリーダムのフェイズシフトは刃を完全に防いでいたが、それでもなおアフロディーテは、その刃と装甲を執拗に接触させ続けた。
木を焼く雷の如き轟音が、あたりを揺るがす──
フリーダムのハッチを食い破ろうとするように、白い装甲へ侵食していく女神の刃。
機体へのダメージは防いでいるものの、キラの身体の震えも、心への衝撃も止まることはない。警告音がコクピットに鳴り響く。
フリーダムは今、完全に相手に組み伏せられる形となっている。モニターの向こうには、守るべき人──
フレイの優しい笑顔が、未だに夕陽の中で揺れていた。
《キラ……まだ、思い出してくれないの?
私、思い出した。貴方のこと、ちゃんと思い出したのよ!》
「忘れるわけない。忘れられるはずがないよ!」
キラは声を限りに叫ぶ。回線が正常なら、自分の声だってフレイに届くはずだ。
「ずっと忘れなかった。ずっと会いたかった。
ずっと話がしたかった、僕は……!」
そこから先はもう──言葉にならない。
僕は、止まっていたんだ。何をすればいいのか分からなくて。
2年の間、誰にも見せることの出来なかったものが、目尻から溢れ出す。キラはさらに叫ぼうとする──
だがそれより先に、目の前のフレイの唇が、動いた。
刃は未だにキラを揺さぶり続ける。その刃が放つ火花の向こうで、フレイの髪が紅く靡く。血流のように。
《じゃあ、今、貴方の心にいるのは
──誰なの?》
その意味を一瞬では理解できず、キラは戸惑う。
「何を言っているんだ、フレイ?
危ないよ。早くそこから降りて、こっちへ来て!」
瞬間、装甲に食いこんでいたアフロディーテの刃が、激しい金属音と共に破砕した──
フリーダムの堅固さに耐え切れずに。
だが、フレイは折れて宙に舞い上がった刃の破片をよけようともせず、血みどろのまま微笑み続ける。
《貴方がアークエンジェルで戦い続ける理由は、何?
キラ──私の知っている貴方は、戦いなんか嫌だって言っていたじゃない!》
アフロディーテは突然、フリーダムを突き飛ばすようにその肩部から両掌を放した。
だがそれも一瞬のことで、アフロディーテはキラが防御する間も与えず、今度はフリーダムの頭部を両掌で掴む。
フレイの姿がいっぱいに映されていたメインモニターに、激しいノイズが入った。
黒く走るノイズにかき消されそうになりながらも、にっこり微笑むフレイ。
《キラ──私はずっと、想っていた。願っていた。
キラに会いたい。キラに会いたい。キラに会いたい、って!》
そうだ。僕もそう想っていた。
そばに誰がいても――そう、ラクスがずっといてくれてさえも。
僕はいつも、何処か空虚だった──フレイともう一度、会って話がしたかった。
それが出来ないまま君が消えて、僕の時間は止まってしまったんだ。
コクピット中に紅の警告ランプが明滅するのも、キラは何らかの錯覚だと思っていた。思いたかった。
《私の想いが、貴方を守る──
その強い魂が、フレイ・アルスターを宇宙から呼び戻した。
だから私は、帰ってきたの。貴方の処へ》
言葉とは裏腹に、さらに強く握り締められるフリーダムの頭部。
《えぇ、そうよ──
殺したいほどに、貴方に会いたかった!》
フレイの呟きと、フリーダムの頭部右アンテナが潰されたのは、ほぼ同時だった。
さらにアフロディーテは、一本残っていたビームサーベルを抜き放つ。紅の閃光が真っ直ぐフリーダムに向けられる──
違う。サイは胸が潰れんばかりに叫びたかったが、ティーダの加速がそれを許さない。
違う。俺は君にそんなことをさせる為に、ここまで来たわけじゃない!
死にもの狂いでここまで君についてきたのは、ただ──
君をキラに会わせたかっただけだ。
二人で、本当のことを話してほしかった。
刹那的に互いを求めるのではなく、話をしてほしかっただけだ、俺は!
「誰が……
誰が、キラを殺せなんて頼んだああああぁあああっ!!」
舌を噛みそうな重力の中で、サイはそれだけを叫ぶ。
これはもしや、罰のつもりなのか。未だにフレイを欲する俺への。
アフロディーテに組み伏せられ、落下してくるフリーダム。そこへ向かって──
ティーダは一気に突貫する。
「サイさん、耐えて!」
ナオトが叫び、サイは身体を丸め、来たるべき衝撃に備えた。
今まさに刃で切りつけられようとしていたフリーダムに、ティーダは空中で横から思い切り体当たりする形となった。魔女の手から恋人を取り戻そうとでもするように、ティーダはアフロディーテからフリーダムを引き離す。
ちょうどうまい具合に、2機の真下へ浮上してきたアークエンジェル。
その甲板に、ティーダとフリーダムは叩きつけられるように滑り込む。この拍子にサイは背中と右肩に一発ずつ酷い衝撃を喰らったが、幸運にも意識は失わずに済んだ。
そのままティーダは、落ちたフリーダムを守るようにして立ち上がる。今まで自分たちを守ってきた、血のストライクを眼前にして。
《サイ?
……貴方、何してるの? 邪魔だからどいてよ》
気の抜けたようなフレイの声が響く。
赤の他人が入り込んでくるな、とでも言いたげな無気力な声。
だがサイは痛む腰を押さえ、怯まずに叫んだ。
「どかない!
君がキラを傷つけようとする限り、俺はどかない! 絶対!!」
その瞬間、フレイの声色が一息に変化した。
真っ直ぐティーダに向けられる、アフロディーテのビームカービン。
あの「姫」フレイが、サイを脅しにかかる──
何処かナタル・バジルールを思い出させる声だとその時感じたのは、そばにアークエンジェルが来た為だろうか。
サイにとっては既に日常になってしまったあの声が、大空にこだまする。
《甘いな……
ティーダで庇えば、私が退くとでも思ったか!》
同時にビームカービンが光を放ち、ティーダの右足が爆砕される。一気に体勢を崩す『
サイはバランスの崩壊していく機体の中で、舌を噛まないように口を噤むのが精一杯だ。
「そんな!
どうしてだよ、フレイさん!?」
ナオトの叫びも実に虚しい。マユがその理由をご丁寧にも解説してくれたが──
「だから無理だって言ったの。
ティーダで大事なのはコクピットだけで、ぶっちゃけ手足なんかどうでも
……ああっ!」
マユの悲鳴と共に、ティーダはぶざまに転倒する。
そのすぐそばには、同じように倒れこんでいるフリーダムがいた。
フレイの眼前には、大天使に助けられるように無様にただ横たわる、フリーダムの姿。
アフロディーテに向けて、どうぞ殺してくれとでも言うように胸部をむき出しにして。
この数日前にキラと接触を果たしたアスラン・ザラがこの光景を見れば、絶叫していたことだろう。
その横では、脚を折られたティーダが、放熱する背部スラスターを晒している。
だが、フレイの足の指はさらに細やかにコンソールをたぐる。手の指と全く同じに。
フリーダムを助けるべく駆け寄ろうとするルージュを、彼女は軽くビームカービンで牽制した。
残りエネルギーは、わずか3%。
「──よって我は、怒りに満ちた懲罰と大いなる復讐をもって、
わが兄弟を毒し、滅ぼそうとする汝に
──制裁を下す者なり」
エゼキエル書がフレイの唇から漏れると同時に、アフロディーテは一息に上空へ飛んだ。
サイがハッチを開いた瞬間見えたものは、両脚部を失ったまま夕空へと飛翔するアフロディーテだった。
その掌部にはビームサーベルが光る。切っ先は間違いなく、フリーダムの翼を狙っていた。
瞬間――
サイの脳裏で雷鳴の如く、ある考えが閃いた。炎の記憶と共に。
チュウザンでフレイと再会した時、彼女は俺に何と言った。
爆撃の中で、ダガーLと堂々と対峙しながら、俺に何と言った。
──貴様は私が守る。
だから私に従え!
あの時の言葉が確かなら、そして彼女の技術が確かなら――必ず、フレイは止まる。
散々酷い目に遭わされてはきたが、「あの」フレイが約束を違えたことはない。
どういう運命の悪戯か、あの時のダガーLは今俺の前で女神となり、自由の翼をもごうとしている。
ティーダでも彼女を止めることは出来なかった。だが、あるいは、もしかしたら──
サイは身を起こすと同時に、ハッチを完全に開け放った。
幸い、ハッチからアークエンジェルの甲板までは2mも離れていない。
反射的に夕闇の中へ身を躍らせ、サイは甲板上に直接飛び降りた。
──覚悟は、既に決まっていた。
純白と群青に彩られたフリーダムのコクピットハッチが、幸か不幸かすぐそばにある。
キラの命を守るべく何重にもガードされたはずのハッチは今、フレイの攻撃で何箇所も焼けただれていた。サイの目には血を噴いているようにすら見える。傷つけられた装甲は激しい炎熱を放っていた。
おそらく人間が触れればその瞬間、二の腕までが焼かれてしまうだろう。
それでも──
俺は、傍観者でいるのだけは、もうごめんだ。
ナオトが顔を上げた時、サイの姿はそこにはなかった。
ティーダのハッチが開け放たれ、羊水の如き紅に染まる空が見える。
そこに悠然と浮かぶは、両足のもげた血のストライク。ストライク・アフロディーテ。
ティーダの横には、あのフリーダムが倒されている。ティーダとフリーダムの2機は、ちょうど互いに向かい合う格好で倒れていた。
血のストライクのビーム刃は今、ティーダをうまくよける形でフリーダムの翼、そして胸部を狙っている。
IWSPが、おそらく最後であろう噴射を行なう。無防備なままのフリーダム。
ナオトが思わずティーダを機動させようとした、その時──
彼は血の光の中、誰に言っても信じてもらえないであろう光景を目撃した。
フリーダムとアフロディーテの間に、敢然と立ちはだかる生身の人間がいたのである。
フリーダム以上に無防備で、パイロットスーツもノーマルスーツも着用していない。しかも刃を向けて突進してくる紅の鬼に対して、両腕を大きく広げている。
フリーダムを守るように。そして、アフロディーテを抱きしめるように。
その、史上最高に馬鹿極まりない人間がサイ・アーガイルだとナオトの脳が認識した瞬間──
彼の喉が今度こそ破裂するかという絶叫が、天空に響きわたった。
(※本パートで使用した旧約聖書エゼキエル書25章17節に関しては、映画『パルプ・フィクション』(1994)より一部訳詞を引用しています)