【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part4 サイ、覚悟を決める

 

 

 夕暮れの迫る高空で、アフロディーテは遂にフリーダムの左肩部を掴んだ。

 頭部バルカンが尽きると同時に今度は、IWSPから9.1m対艦刀を抜き放ち、フリーダムのコクピット近くに振り下ろす。

 勿論フリーダムのフェイズシフトは刃を完全に防いでいたが、それでもなおアフロディーテは、その刃と装甲を執拗に接触させ続けた。

 木を焼く雷の如き轟音が、あたりを揺るがす──

 フリーダムのハッチを食い破ろうとするように、白い装甲へ侵食していく女神の刃。

 機体へのダメージは防いでいるものの、キラの身体の震えも、心への衝撃も止まることはない。警告音がコクピットに鳴り響く。

 フリーダムは今、完全に相手に組み伏せられる形となっている。モニターの向こうには、守るべき人──

 フレイの優しい笑顔が、未だに夕陽の中で揺れていた。

 

《キラ……まだ、思い出してくれないの? 

 私、思い出した。貴方のこと、ちゃんと思い出したのよ!》

「忘れるわけない。忘れられるはずがないよ!」

 

 キラは声を限りに叫ぶ。回線が正常なら、自分の声だってフレイに届くはずだ。

 

「ずっと忘れなかった。ずっと会いたかった。

 ずっと話がしたかった、僕は……!」

 

 そこから先はもう──言葉にならない。

 僕は、止まっていたんだ。何をすればいいのか分からなくて。

 2年の間、誰にも見せることの出来なかったものが、目尻から溢れ出す。キラはさらに叫ぼうとする──

 

 だがそれより先に、目の前のフレイの唇が、動いた。

 刃は未だにキラを揺さぶり続ける。その刃が放つ火花の向こうで、フレイの髪が紅く靡く。血流のように。

 

《じゃあ、今、貴方の心にいるのは

 ──誰なの?》

 

 その意味を一瞬では理解できず、キラは戸惑う。

 

「何を言っているんだ、フレイ? 

 危ないよ。早くそこから降りて、こっちへ来て!」

 

 瞬間、装甲に食いこんでいたアフロディーテの刃が、激しい金属音と共に破砕した──

 フリーダムの堅固さに耐え切れずに。

 だが、フレイは折れて宙に舞い上がった刃の破片をよけようともせず、血みどろのまま微笑み続ける。

 

《貴方がアークエンジェルで戦い続ける理由は、何? 

 キラ──私の知っている貴方は、戦いなんか嫌だって言っていたじゃない!》

 

 アフロディーテは突然、フリーダムを突き飛ばすようにその肩部から両掌を放した。

 だがそれも一瞬のことで、アフロディーテはキラが防御する間も与えず、今度はフリーダムの頭部を両掌で掴む。

 フレイの姿がいっぱいに映されていたメインモニターに、激しいノイズが入った。

 黒く走るノイズにかき消されそうになりながらも、にっこり微笑むフレイ。

 

《キラ──私はずっと、想っていた。願っていた。

 キラに会いたい。キラに会いたい。キラに会いたい、って!》

 

 そうだ。僕もそう想っていた。

 そばに誰がいても――そう、ラクスがずっといてくれてさえも。

 僕はいつも、何処か空虚だった──フレイともう一度、会って話がしたかった。

 それが出来ないまま君が消えて、僕の時間は止まってしまったんだ。

 

 コクピット中に紅の警告ランプが明滅するのも、キラは何らかの錯覚だと思っていた。思いたかった。

 

《私の想いが、貴方を守る──

 その強い魂が、フレイ・アルスターを宇宙から呼び戻した。

 だから私は、帰ってきたの。貴方の処へ》

 

 言葉とは裏腹に、さらに強く握り締められるフリーダムの頭部。

 

《えぇ、そうよ──

 殺したいほどに、貴方に会いたかった!》

 

 フレイの呟きと、フリーダムの頭部右アンテナが潰されたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 女神(アフロディーテ)がフリーダムの首を潰さんとする光景を、サイは激しい加速の中でまざまざと見せつけられた。

 さらにアフロディーテは、一本残っていたビームサーベルを抜き放つ。紅の閃光が真っ直ぐフリーダムに向けられる──

 違う。サイは胸が潰れんばかりに叫びたかったが、ティーダの加速がそれを許さない。

 

 

 

 違う。俺は君にそんなことをさせる為に、ここまで来たわけじゃない! 

 死にもの狂いでここまで君についてきたのは、ただ──

 君をキラに会わせたかっただけだ。

 二人で、本当のことを話してほしかった。

 刹那的に互いを求めるのではなく、話をしてほしかっただけだ、俺は! 

 

 

 

「誰が……

 誰が、キラを殺せなんて頼んだああああぁあああっ!!」

 

 舌を噛みそうな重力の中で、サイはそれだけを叫ぶ。

 これはもしや、罰のつもりなのか。未だにフレイを欲する俺への。

 

 アフロディーテに組み伏せられ、落下してくるフリーダム。そこへ向かって──

 ティーダは一気に突貫する。

 

「サイさん、耐えて!」

 

 ナオトが叫び、サイは身体を丸め、来たるべき衝撃に備えた。

 今まさに刃で切りつけられようとしていたフリーダムに、ティーダは空中で横から思い切り体当たりする形となった。魔女の手から恋人を取り戻そうとでもするように、ティーダはアフロディーテからフリーダムを引き離す。

 ちょうどうまい具合に、2機の真下へ浮上してきたアークエンジェル。

 その甲板に、ティーダとフリーダムは叩きつけられるように滑り込む。この拍子にサイは背中と右肩に一発ずつ酷い衝撃を喰らったが、幸運にも意識は失わずに済んだ。

 そのままティーダは、落ちたフリーダムを守るようにして立ち上がる。今まで自分たちを守ってきた、血のストライクを眼前にして。

 

《サイ? 

 ……貴方、何してるの? 邪魔だからどいてよ》

 

 気の抜けたようなフレイの声が響く。

 赤の他人が入り込んでくるな、とでも言いたげな無気力な声。

 だがサイは痛む腰を押さえ、怯まずに叫んだ。

 

「どかない! 

 君がキラを傷つけようとする限り、俺はどかない! 絶対!!」

 

 その瞬間、フレイの声色が一息に変化した。

 真っ直ぐティーダに向けられる、アフロディーテのビームカービン。

 あの「姫」フレイが、サイを脅しにかかる──

 何処かナタル・バジルールを思い出させる声だとその時感じたのは、そばにアークエンジェルが来た為だろうか。

 サイにとっては既に日常になってしまったあの声が、大空にこだまする。

 

《甘いな……

 ティーダで庇えば、私が退くとでも思ったか!》 

 

 同時にビームカービンが光を放ち、ティーダの右足が爆砕される。一気に体勢を崩す『太陽(ティーダ)』。

 サイはバランスの崩壊していく機体の中で、舌を噛まないように口を噤むのが精一杯だ。

 

「そんな! 

 どうしてだよ、フレイさん!?」

 

 ナオトの叫びも実に虚しい。マユがその理由をご丁寧にも解説してくれたが──

 

「だから無理だって言ったの。

 ティーダで大事なのはコクピットだけで、ぶっちゃけ手足なんかどうでも

 ……ああっ!」

 

 マユの悲鳴と共に、ティーダはぶざまに転倒する。

 そのすぐそばには、同じように倒れこんでいるフリーダムがいた。

 

 

 

 

 フレイの眼前には、大天使に助けられるように無様にただ横たわる、フリーダムの姿。

 アフロディーテに向けて、どうぞ殺してくれとでも言うように胸部をむき出しにして。

 この数日前にキラと接触を果たしたアスラン・ザラがこの光景を見れば、絶叫していたことだろう。

 その横では、脚を折られたティーダが、放熱する背部スラスターを晒している。

 

 だが、フレイの足の指はさらに細やかにコンソールをたぐる。手の指と全く同じに。

 フリーダムを助けるべく駆け寄ろうとするルージュを、彼女は軽くビームカービンで牽制した。

 残りエネルギーは、わずか3%。

 

 

「──よって我は、怒りに満ちた懲罰と大いなる復讐をもって、

 わが兄弟を毒し、滅ぼそうとする汝に

 ──制裁を下す者なり」

 

 

 エゼキエル書がフレイの唇から漏れると同時に、アフロディーテは一息に上空へ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 サイがハッチを開いた瞬間見えたものは、両脚部を失ったまま夕空へと飛翔するアフロディーテだった。

 その掌部にはビームサーベルが光る。切っ先は間違いなく、フリーダムの翼を狙っていた。

 

 瞬間――

 サイの脳裏で雷鳴の如く、ある考えが閃いた。炎の記憶と共に。

 

 チュウザンでフレイと再会した時、彼女は俺に何と言った。

 爆撃の中で、ダガーLと堂々と対峙しながら、俺に何と言った。

 

 

 ──貴様は私が守る。

 だから私に従え! 

 

 

 あの時の言葉が確かなら、そして彼女の技術が確かなら――必ず、フレイは止まる。

 散々酷い目に遭わされてはきたが、「あの」フレイが約束を違えたことはない。

 どういう運命の悪戯か、あの時のダガーLは今俺の前で女神となり、自由の翼をもごうとしている。

 ティーダでも彼女を止めることは出来なかった。だが、あるいは、もしかしたら──

 

 サイは身を起こすと同時に、ハッチを完全に開け放った。

 幸い、ハッチからアークエンジェルの甲板までは2mも離れていない。

 反射的に夕闇の中へ身を躍らせ、サイは甲板上に直接飛び降りた。

 

 ──覚悟は、既に決まっていた。

 

 純白と群青に彩られたフリーダムのコクピットハッチが、幸か不幸かすぐそばにある。

 キラの命を守るべく何重にもガードされたはずのハッチは今、フレイの攻撃で何箇所も焼けただれていた。サイの目には血を噴いているようにすら見える。傷つけられた装甲は激しい炎熱を放っていた。

 おそらく人間が触れればその瞬間、二の腕までが焼かれてしまうだろう。

 それでも──

 

 

 俺は、傍観者でいるのだけは、もうごめんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナオトが顔を上げた時、サイの姿はそこにはなかった。

 ティーダのハッチが開け放たれ、羊水の如き紅に染まる空が見える。

 そこに悠然と浮かぶは、両足のもげた血のストライク。ストライク・アフロディーテ。

 ティーダの横には、あのフリーダムが倒されている。ティーダとフリーダムの2機は、ちょうど互いに向かい合う格好で倒れていた。

 血のストライクのビーム刃は今、ティーダをうまくよける形でフリーダムの翼、そして胸部を狙っている。

 IWSPが、おそらく最後であろう噴射を行なう。無防備なままのフリーダム。

 ナオトが思わずティーダを機動させようとした、その時──

 

 

 

 彼は血の光の中、誰に言っても信じてもらえないであろう光景を目撃した。

 フリーダムとアフロディーテの間に、敢然と立ちはだかる生身の人間がいたのである。

 

 

 

 フリーダム以上に無防備で、パイロットスーツもノーマルスーツも着用していない。しかも刃を向けて突進してくる紅の鬼に対して、両腕を大きく広げている。

 フリーダムを守るように。そして、アフロディーテを抱きしめるように。

 その、史上最高に馬鹿極まりない人間がサイ・アーガイルだとナオトの脳が認識した瞬間──

 彼の喉が今度こそ破裂するかという絶叫が、天空に響きわたった。

 

 

 

 




(※本パートで使用した旧約聖書エゼキエル書25章17節に関しては、映画『パルプ・フィクション』(1994)より一部訳詞を引用しています)
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