【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
山神隊風間曹長のディープフォビドゥンは、損傷した二機のスカイグラスパーをワイヤーで牽引しつつアマミキョと通信を試み、さらなる海中へと潜りつつあった。
レーダーの範囲内で、アークエンジェルを捉えながら。
「ここまで逃げれば、ザフトのレーダーも届かないでしょう……
時澤軍曹、大丈夫ですか?」
風間曹長はコンソールパネルを睨みつつ、牽引中のスカイグラスパーに通信を送る。
《肉体的には平気だけど精神的にはどうかなぁ、この男臭さはたまらないよ。
風間曹長、自分だけでもそっちへ行っていいかい?》
「直接泳いで来られるというのでしたら、歓迎します。
こちらだってアレイは壊れているし、余裕ないんですよ」
《そ、そんなぁ》
本日20回目の時澤のため息が、通信から漏れた。
何せ時澤のスカイグラスパーコクピットには、救助した他数名のパイロットが詰め込まれている。もう一機、ディープフォビドゥンに牽引されているラスティのスカイグラスパーも同様の状態だ。
《連合の曹長さーん、こっちは水漏れ中でーす。これ以上潜ると補修剤も追っつきませーん。
何とかアマミキョには戻れませんかねぇ?》
「目標を目の前にして、何言ってるの。
サイ君たちやアルスター嬢、モビルスーツが拿捕されている限り迂闊な真似は出来ないけど、何かあれば速やかに行動を起こす──
それまでは待機及び追従よ」
《救援もなしに、どうやって行動起こすんすか。
さっきのバビどもの攻撃凌ぐのだって手一杯だったでしょうが……
あの混乱の隙に、カラミティまで向こうに捕まっちまったし》
「何故あの状態で強引に向かっていったのかしら、カイキ君たら……
まさか、マユちゃんの為?」
《分かってるなら聞かんで下さいよ》
「アークエンジェルといい貴方たちといい、どうして私情で行動するの!」
弱気ではあるが現実を衝いたラスティの発言に、さすがの風間も苛立ちを隠せない。
慌てた時澤の声が響く。
《お、落ち着いて風間曹長。
ともかくラスティ君、アマミキョへの通信は途絶させないように》
《ティーダさえぶっ壊されなければ、大丈夫っすよ~
ティーダ経由の通信は最強だしね》
アークエンジェルがこちらへの攻撃意志を見せていなくて幸いだったが。
もしフレイたちを人質に取られてこちらを攻撃されたら。もしくは、アマミキョの明け渡しでも要求されたら──
「お願いよ……サイ君」
風間が今最も頼りにしていたのは、フレイやアマクサ組ではなく、あの優しげな眼鏡の青年だった。
彼ならば、この状況をどうにか打破してくれるのではないか──
いや既に、崩壊寸前の状況を
海面の上の戦闘の詳細は風間には分からなかったが、あの激しい戦闘が突然中止されたのは、彼女の目から見ても不思議だった。
もしかしたらその中心に、サイがいたのではないか。
半壊しているアレイの様子をモニターで睨みつつ、風間はいつしかそんなことを考えていた。
「それにしても──
本当に生きていたのね。彼女」
アマミキョブリッジの制服に腕を通すサイを見ながら、マリューは呟く。
勿論、フレイの件だ。
「サイ君。アマミキョで、ずっと彼女と一緒だったの?
貴方が彼女を連れてきた理由は何? 彼女がフリーダムを
──キラ君を、惑わせた理由は?」
そのマリューの茶褐色の瞳は、サイを見てはいるが何処か別の場所を見ている気がした。
フレイのことを聞いてはいるが、別のことを聞きたがっているようにも見えた。
先ほどまでマリューが見せていた険しさは、相当和らいでいる。
──そして彼女は、サイの奥底を痛く刺激する言葉を吐いてしまう。
「彼女がもう一度現れた時
……貴方は、平気でいられた?」
サイはその無遠慮とも言える台詞に、思わずシーツを握りしめた。
抑えていた感傷が爆発寸前となる。
「平気でなんか、いられるわけないでしょう……
今だってそうだ。フレイの行動理由は、俺には半分も分かりません。
俺は何も分からないまま、フレイにここまで連れてこられたようなものなんです」
そこへ、ナオトが口を挟む。
「代表、艦長、信じてください。
サイさんも僕も、あのフレイさんには散々な目に遭わされて、サイさんなんか何度も死にかけたんです。それでも……」
「誰もお前を疑ったりしてないさ、ナオト」
感情を荒げるナオトの肩を、ぽんと軽く叩くカガリ。
それだけでまた、少年は真っ赤になってしまった。
カガリはそんな彼を立たせ、振り向く。まるでサイの感情を気遣うように、笑顔まで見せて。
「サイ、ちょっとナオトを借りるぞ。
それと――」
カガリの視線が、机に腰掛けたままの少女へ向けられた。
それにいち早く気づいたマユは、机から飛び降りる。
「マユ・アスカでーす。
はっじめまして、お姫様!」
あまりに無邪気に「お姫様」と呼ばれ、カガリの顔が一瞬曇った。
だがそれよりも彼女を動揺させたのは、その名前だ。
「マユ……アスカ、だと?」
カガリの動揺には全く気づかず、ナオトは髪の毛まで紅くする勢いで頬を紅潮させている。
代表たる彼女に直接触れられるだけでも、彼にとっては夢のような出来事だった。
並んで立ってみると、ナオトの方が若干背が低い。
オーブの軍服に包まれた小ぶりな胸、微かに香る金髪。
そして、カガリの象徴とも言える黄金の瞳──
彼女の全ては、ナオトがずっと敬愛してやまないものだ。それは彼に限らず、多くのオーブ国民が同様の感情をカガリに抱いていたのだが。
そんなナオトの態度を、マユはきょとんとしたまま見つめている。
そのお尻のあたりから、黒ハロが飛び出した。
「ナオト、ウワキ。ナオト、ウワキ」
「ち、違うよ。違うからね、マユ?」
慌てる少年の頭を、カガリの手がくしゃっと撫でた。
「ここまで本当にご苦労だったな、ナオト・シライシ、マユ・アスカ。
向こうに茶を用意させてある……いつまでもパイロットスーツのままでも、窮屈だろう」
その一言と共に、カガリはナオトとマユを連れて部屋を出て行った。
「えー、マユはイチゴジュースがいいー!」「分かった分かった」「マユ! あまり代表に無茶言うなよ」
子供たちの喚声が遠ざかると同時に――
再び医務室に重い沈黙が漂った。
サイはネクタイを締めつつ、口を開く。
「心配なのはキラです。
俺だって、フレイのことを考えると今でも、頭が変になりそうになる。
キラは多分、もっと混乱してしまう――
あいつは大丈夫ですか」
「貴方、相変わらず優しいのね。それに強い」
マリューは少し淋しげに微笑んだ。
美貌は相変わらずだが、どこか年齢よりも老けているように見えたのは、気のせいだろうか。
「私が同じ状況だったら、きっと壊れてしまう」
その言葉で、サイは気づいた。
彼女は、フレイと同じように2年前に消えた、フラガ少佐を想っている──
サイは起こした身体を一旦、思い切りベッドに自ら放り投げた。未だに左腕の傷が痛む。
おそらくマリューやカガリは自分の治療をする時、傷を見たのだろう。アマミキョでサイに何があったか、おぼろげながら推測したのに違いない。
死んだはずの恋人と行動し、いつしか心も身体も傷つけていった自分を、彼女らはどう思っただろう。
マリューの目がどこか哀れみをたたえていたのは、その為か。
「ラミアス艦長。自分は、強くはありません。
ひょっとしたら、俺はもう壊れているのかも知れない……そう思ったこともあるくらいです。
壊れたまま、フレイと一緒に酷い夢を見ているだけかも知れないって──」
その時、戸口のあたりから不意に何かが羽ばたく音がした。
サイが頭を回すと、黄と明るい緑に彩られた鳥がサイに向かって飛び込んでくるのが見えた。
「トリィ!」
なんとも単純な鳴き声を上げながら、鳥はサイの上をぐるり旋回すると、そのまま彼の頭の上に止まった。
どこか懐かしげに、サイの髪をくちばしでつついてみたりしている。
その鳥を、サイはそっと両手で抱えて頭から下ろした。
――それはキラの大事にしていた、機械じかけの小さな鳥。
この鳥にも見覚えがある。サイ自身、『彼』のメンテナンスをしていた時期があったのだ。
キラもフレイもトールもいなくなってしまった、あの2年前の地獄の中で。
丁寧に細工された硬い羽に触れながら、サイは思い出す。
──俺はこの鳥に、涙を見せたことがある。
「トリィ、覚えてたんだね。
サイに世話になったこと」
懐かしい声に振り向くと──
2年前と変わらぬ笑顔のキラが、そこに立っていた。
「マリューさん、僕はサイを借りるよ。
アークエンジェルも新しくなったし、色々案内したいところがあるんだ」
サイがキラに連れてこられたのは、実に豪勢な大浴場だった。
旧日本の温泉を思わせる、岩や竹のオブジェをふんだんに使った風呂場だ。
ご丁寧にも「天使湯」などという看板まで掲げられている。一体誰のセンスなのかサイは想像もしたくなかったが、キラがわざわざ説明してくれた。
「ラクスとバルトフェルドさんの発案なんだ。
戦艦であっても、いや戦艦だからこそ、安らげる場所が必要なんだって。
戦闘中は水を抜いて、きちんと収容できるようになってるから心配ないよ」
「リラックススペースを拡張したとは聞いていたけど、まさかこんなことになってるとはな。
俺たちが水に困って、ユニウスセブンを彷徨っていた時からは考えられないよ」
そう皮肉りながらも、サイはゆっくり湯船に浸かる。キラとは3メートルほど距離を置いて。
チュウザンの過酷な環境からは、想像すらつかぬ岩風呂。
暖かな薬湯が常に溢れ、磨かれた黒い床には湯気が流れる。湿度の調整も完璧だ。
本当にこれが、かつて死線の真っ只中にいた船だろうか──
そして今も、死線の只中に自ら飛び込もうとしている船だろうか。
発案者のもくろみは恐らく、長期にわたる潜伏生活を想定しての、乗員のストレス対策といったところなのだろうが。
「良かった……サイが無事で」頭にタオルを乗せたキラが、笑顔のまま話しかけてくる。
「庇ってくれて、ありがとう。
サイがいてくれなかったら、僕はどうなってたか……」
先ほどのマリューといい、この風呂といい、キラの笑顔といい。
何故この船は、俺の怒りを誘発させるようなことばかりする──
サイは湯と同じに溢れだそうとする言葉を抑えながら、敢えて黙っていた。
「会えて、嬉しかった。
本当だよ」
サイの態度に気圧されたのか、キラの口調が若干どもりがちになる。
自分が相当苛立っていることに自分で驚きながらも、サイは怒りを抑えて静かに言った。
「俺のことはいいよ。他に言うことがあるだろ」
「あ……そうだ。
ラクスは今、いないんだ。バルトフェルドさんも。今、宇宙に上がってて」
馬鹿。何故、そこでラクス・クラインの話が出てくる?
今、俺たちが話をするべきは──
「ディオキア基地で、ラクス・クライン搭乗予定のシャトルが奪われたと聞いた。
奪ったのはお前だ、キラ。
ラクスさんはお前と一緒にいたはずなのに、いつの間にかプラントで歌っていて、その彼女の乗るシャトルをお前が奪った。そして別の誰かが宇宙へ行った──
こいつは一体どういうことなんだか、俺にはさっぱり分からない。代表を拉致した件も、ダーダネルスでのこともだ。
キラ。俺に出来ることがあるなら、俺はお前を手助けしたい。
だが今のままじゃ、アークエンジェルやお前を理解しようったって、無理だ」
その言葉で、キラの表情に張りついていた笑顔が消えた。
傷ひとつない首筋が、湯気の中に浮かぶ。
「ごめん。最初から、分かるように説明するよ。
そのかわり、約束して」
キラははっきり顔を上げ、サイを見据える。
「『あの』フレイのことも、きちんと話して。
アマミキョで、何があったのかも」
「分かってる。
最初から俺はそのつもりで、お前に会いに来たんだから」