【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part7 すれ違う会話

 

 

 英雄・キラの服を着せて、多少ご機嫌を取っておいて良かったのかも知れない。

 そういう手段はユウナ・ロマ・セイランを思い出させ、カガリは好きではなかったが、今このような少年を前にした時にこそ有効なのだろう。

 

 数分前カガリの個室に連れられたナオトは、昔のキラの私服をカガリに着せられて有頂天になっていた。白く大きな襟が目立つ、袖がふくらんだ黒の上着だ。

 カガリ自身、ソファに凭れながらそんなナオトを見ていると──

 2年前出会った頃のキラを思い出し、少しだけ気分が晴れた。

 

 あの時のキラは、純朴で何も知らない、真っ直ぐな少年だった。カガリはそんなキラに、ほのかな恋心に近いものすら抱いたことを思い出す。

 肉体を制御するかのような服ばかり着るようになってしまった今は、その頃の可愛らしさは失われてしまったが。

 

 目の前でくるくると自慢げに回ってみせるナオトの姿は、カガリにあの頃のキラの匂いを感じさせていた。

 だがその直後、彼女がナオトに言い渡した言葉は――

 彼にとっては、そんな嬉しさを全て吹っ飛ばすほどの衝撃だったらしい。

 

 

「分からないようなら、もう一度言う。

 ティーダを降りるんだ、ナオト・シライシ」

 

 

 年端もいかぬ少年が自分を見つめる、憧憬の瞳。それがみるみるうちに歪んでいく。

 あまりに痛々しいその変化に、カガリも動揺を隠せない――それほどまでにティーダに乗りたいというのか、この子供は。

 2年前のキラと同じ格好をした少年は、必死で首をぶんぶん振り続ける。

 

「嫌です! だって、僕に乗れって言ったのは代表でしょ!? 

 代表の為に、オーブの為に、アマミキョの為に、僕はティーダに乗ろうって、決めて──」

「申し訳ないが、それは違う。

 あの時君に送ったビデオレターは、私の本意ではなかった」

 

 オーブの、とある中学の制服に着替えたマユ・アスカは、カガリとナオトの話を聞いているのかいないのか。隅のテーブルでイチゴジュースの3杯目をストローで美味そうに飲み干していた。

 カガリはその様子を確認しつつ、ナオトに目を向ける。

 下手に勘のいい少年は、茫然と立ち尽くしたまま、その言葉の裏にあるものを読み取ってしまっていた。

 

「もしかして、セイランの……?」

「お恥ずかしい話だが、その通りだ。

 私はユウナ・ロマの口車に乗せられた……尤もその時は私も、君はティーダのパイロットにふさわしい元気な少年だと思った。視聴者の評判も良かったしな。

 だが、今は状況が違う。ティーダといえども、戦闘は避けられない」

「だから、今更ティーダを降りろって言うんですか? そんなの、勝手です!!」

「勝手は承知の上だ」

 

 今にも涙が溢れそうなナオトの大きな茶色の瞳を、カガリはソファに座ったまま見据える。

 

「アマミキョで継続してレポートを続けるのは構わない、しかし──

 ティーダは降りろ。子供が、あんなものを使ってはいけない!」

「代表だって、僕くらいの年でルージュに乗っていたじゃないですか!」

「だからこそ言っている。

 下手に兵器を扱い、心を壊され命を散らした子供や仲間を、何人も見た!」

 

 自分がかつて自由に砂漠で暴れ、宇宙で戦ったことが、こんなところで影響してくるとは

 ──カガリは今更のように後悔する。

 

 が、その時。

 ヒートアップしかけた会話を、マユが中断した。

 

「何言ったって、無駄だよ。

 国を捨てたお姫様がさ」

 

 マユはいつの間にか4杯目のジュースを飲み干し、椅子から飛び降りて笑顔のままカガリに歩み寄る。

 

「ちゃんとオーブに戻らない限り、何わめいても無駄だよ。

 ナオトもマユも降りない。お姫様には、降ろせない。

 だいたい、ティーダはマユとナオトでなきゃ、100%の全力出せないんだからね」

「アスカ──と言ったな」

 

 カガリは改めて、マユの姿を確かめる。

 数ヶ月前ミネルバで会った少年のことを、カガリは思い出していた。

 家族を殺された恨みを、真正面から自分にぶつけてきたあの、紅の瞳の少年──

 

 後で調べさせたところによると、彼はオーブ出身のシン・アスカという少年だった。

 そして彼の言う通り――

 オノゴロ戦の民間人犠牲者データベース内には、彼の家族の名があり。

 

 マユに中学の制服を着せてみて、正解だった。

 マユ・アスカの写真データと、ぴたりと一致する――

 その事実に、カガリの背筋に戦慄が走った。

 

「何故だ。

 フレイ・アルスターといい……

 何故、お前たちが生きている?」

 

 

 

 

 

 

「──だいたいの事情は、分かった」

 

 サイとキラは湯船に浸かったまま、お互いの事情のほぼ全てをさらけ出した。

 ラクスがザフトに襲われたこと。キラがラクスを守る為に、フリーダムを動かさざるを得なかったこと。

 ラクスが狙われた理由は、プラントでデュランダル議長が仕立て上げた、もう一人のラクスにあること──

 

「あれは影武者ってわけか。

 細切れの映像見せてもらったことがあるけど、どうも雰囲気が違うと思ってたよ。それに胸の大きさがちょっと……」

「それ、ラクスの前で言わないでね?」

「注意しとくよ。会えることがあるならな」

 

 サイは滑らかな岩の上に両腕と顎を乗せ、吐息をつく。

 ラクスがプラントで歌っていた謎はこれで判明した。だが――

 

 そうなると、オギヤカにいたというラクスの存在が、ますます分からなくなる。

 キラの話では、ラクスはディオキアまでずっとアークエンジェルにいたというじゃないか。

 一体、オギヤカにいたらしき『ラクス・クライン』とは……何者だ? 

 

 疑問はまだある。キラたちの行動そのものだ。

 

「俺も、キラとラクスさんにはずっと静かに暮らしてほしかった。

 お前を戦わせてしまった俺としては、今後ずっと戦わずにいてほしかった──

 それをぶち壊した奴らは、絶対に許せない。

 だが、それが代表を拉致したり、ダーダネルスで暴れる理由にはならないだろう?」

「そうだね。

 だけど、カガリの結婚は彼女自身望んでいなかったし、オーブの為にもならないと思ったんだ。

 ダーダネルスでの介入は、カガリの意思。それを助けるのは、僕の役目だと思ってる」

「だが結果として国内のアスハ派は求心力を失い、オーブは連合の言うなりに出兵するハメになった。代表がオーブで頑張っていれば、セイラン派の目論見も崩せる可能性だってあった。

 ――結局お前たちのやったことは、オーブの為にはなっちゃいない」

 

 だんだんとのぼせてくるのが分かったが、それでもサイは言葉を止められない。

 

「オーブの出兵に抵抗しての戦闘介入だって、無茶苦茶だ。

 何故、公式に声明を出させない? 代表やラクスさんほどのカリスマがあれば、連合にだって対抗できる。

 連合内部にだって、親プラントや親アスハはいくらでもいる。連合上層部やブルーコスモスに不満を持つ者たちだって大勢いる。

 何故その層を利用しない? 俺たちと一緒に来た連合の山神隊だって、アークエンジェルにいた俺をある程度理解し、見逃してくれていたんだ。

 だが、お前たちが無茶な戦闘を繰り返したおかげで、彼らの反アスハ、反アークエンジェル感情は一気に高まってしまっている。今更力を借りようったって、無駄だろう。

 何故そんな風に、自虐的に暴れようとする? 

 アークエンジェルとフリーダムだけで、物事がどうにでもなると思っているのか?」

 

 サイはキラに殆ど視線を向けないまま、いつしか静かな怒りと共に言葉を吐いていた。

 キラの方も、ろくにサイを見ようとしない。

 

「確かに、僕らのやっていることは間違っているのかも知れない……

 アスランからも、同じことを言われたよ。

 だけど、許せなかったんだ。カガリやラクスがあれだけ懸命にオーブやプラントのことを想って行動しているのに、それをたやすく踏み潰そうとする人たちがいるのが」

「その人間たちだって、オーブやプラント、それぞれの国の平和を想い努力しているんだがな。

 デュランダル議長だって、ラクスさんが憎くて偽者を立てたわけじゃない。

 セイランだって、アスハが憎くて無理矢理代表を娶ろうとしたわけじゃない。

 プラントの、オーブの為に必要だったから──」

「だったら、ラクスを殺されたりカガリがいいようにされるのを、黙って見ていろというの?」

「誰がそんなことを言った。

 今お前たちがやるより、もっといい方法があったと言っているだけだよ。

 ──尤も、過去形だが」

 

 湯気のせいか感情の昂ぶりの為か、サイの頭には血が昇っていた。

 キラはそんな彼の話をおとなしく聞いているように見えたが、そのあどけない横顔は、何処か思いつめているようにも見える。

 

「僕は、ラクスとカガリを守りたいだけだ。

 彼女たちを守る為だったら、僕は誰に恨まれたって構わない。たとえ、それが君やアスランでも……」

「どうしてそこまで近視眼的になる? 

 俺はもう、お前を恨んでなんかいないよ。ただ、お前が分からないだけだ。

 ラミアス艦長にしても……

 まるでキラや艦長は、2年前になくしたものを忘れようとして暴れているように、俺には思えるんだ」

 

 キラの後ろ髪から、一筋しずくが流れ落ちる。

 噴き出す湯が止まり、浴場に静寂が訪れた。蛇口から零れる水滴の音が、やけに大きく響いた。

 

「フレイのことを言いたいの?」

「フレイを守れなかったから、かわりにラクスさんを守るつもりなのかと……

 俺はそんな邪推をしたことがある」

「馬鹿にしないでよ。

 それで罪滅ぼしになるはずがないことぐらい、分かってる」

 

 キラはタオルを頭から外し、鼻まで湯船に沈めた。ぶくぶくと口元で泡を立てている。

 こんな子供っぽい癖があったのか──サイは少々呆れながらも、言葉を続けた。

 

「お前が意外に冷静だったんで、安心した。正直驚いてる。

 もっと正直に言うと、怒ってもいる。

 ……どうして、冷静でいられる?」

 

 サイは先ほどマリューにされた質問を、わざとキラにぶつけてみた。

 案の定、キラの口から出たのは、怒りの混じった言葉だった。

 

「冷静でなんか、いられるはずない。

 そもそも、()()フレイは何? サイは本当に、何も知らないの? 

 強化されて人格が変化したってこと以外に」

「俺が聞きたいくらいだよ。

 お前と接触して、フレイの記憶は完全に戻るんじゃないかと期待していたんだが」

「逆効果だったのかな……ごめん」

 

 キラが再び顔を背ける。

 それを見て、サイの心がまた苛立ってくる。

 その理由がよく掴めぬまま、吐き捨てるように言うことしか出来なかった。

 

「何で謝る」

「2年前から、君にはちゃんと謝らなきゃって思ってた。

 君とフレイと三人で一度、しっかり話をしなきゃって。君にもフレイにも僕は、酷いことをしてしまったから……

 でも、それは二度と出来なくなってしまった。僕はそう思ってた」

 

 キラは震える身を抑えるように、両手で顔を覆う。

 濡れた髪が揺れ、しずくがその若い肌の上で弾けた。

 

「だからフレイが僕の前に現れた時、僕はすごく嬉しかった。例え、攻撃されても。

 ……分かるよね」

 

 湯の中で、サイは拳を握る。

 ――分かるよね、だと? 当たり前のことを言うな。

 嬉しかったから俺は、何が起こっても耐えられたんじゃないか。

 

「サイ。君がフレイを連れてきてくれて、初めて僕は力を使える気がするんだ」

 

 キラは水面とキスでもするように唇を湯に近づけ、自嘲的に呟く。

 

「僕は……2年前から自分の力をどう使っていいのか、分からなかった。

 力があったって、どれほど殺したくなくたって、僕は何も出来なかったから。

 君やたくさんの人を傷つけた上に、フレイも、トールも、ムウさんもナタルさんも、ヘリオポリスの人たちも、モルゲンレーテの女の人たちも、ウズミさんもラクスのお父さんも守れなかった。

 アスランの友達まで殺した」

「自分を責めるなよ。

 お前が俺たちを守り切ったから、俺はここにいられるんじゃないか」

 

 いつの間にか、サイとキラの距離は1メートル以内に縮まっている。呻くようなキラの悔悟が、サイの耳をうった。

 ──だがそれは逆に、サイの怒りを徐々に増幅させていく。

 

「今だって、僕は力をどう使っていいのか、分からない。

 フレイのことを振り払いたい、それだけかも知れない。

 だから、やたら力を使っているのかも知れない。

 それでまた誰かを傷つけて……」

 

 サイの言葉にも構わず、延々と自分を責めたてるキラの呟き。

 

 

 だけど──キラ。

 お前ほどの人間が、無能だというなら。

 ()()()()()()()? 

 

 

 耐えかねて、サイは遂に湯を跳ね上げて立ち上がった。

 

「本当に何も出来なかった無能を前にして、そういうことを言うな!」

 

 のぼせあがってしまった為か、サイの怒りの感情はごく簡単に、怒声となってキラに叩きつけられた。

 キラは突然のサイの爆発に驚き、思わずその身体を凝視してしまう。

 するとその大きな瞳が、さらに見開かれた──

 

 一瞬、前をまともにさらけ出してしまったことをサイは後悔したが、キラが見ているものはそんなものではないとすぐに気づいた。

 

 サイの胸に、地割れのように走る裂傷。

 未だにえぐられた傷が残る、左の二の腕。

 漆黒の痣は色素沈着を起こし、生涯取れることのない呪縛のようにサイの腕にとりついている。

 そして首から背筋にかけて、赤い龍のようにうねる広範囲の火傷──

 

 それらの傷を、キラはじっと見つめていたのだ。

 

「……悪い、変なもん見せちまったな。

 心配しなくても、ほぼ完治してるよ。アマミキョには名医がいるんだ」

「そうじゃないよ」

 

 キラはきまり悪そうに、サイの身体から顔を背ける。

 本当に嫌なものを見た──その横顔が、はっきりと語っていた。

 

「サイは、強いね。

 ()()()()より、ずっと」

 

 押し殺すようなキラの声。

 その意味を全く掴むことが出来ぬまま、サイはざっと湯船から上がった。

 

「んなこと、ないさ。

 俺なんか、もうのぼせてる……先に上がるぞ」

 

 その時、キラの瞳に一瞬宿った暗い影を、サイは気づかなかった。

 気づいたとしても、意味は分からなかっただろう。意味を知ったとしても、理解することは出来なかっただろう。

 ほてった身体に一杯の水を浴びせ、サイは呟く。

 

「俺は、お前にはきちんと力を使ってほしい。お前にも、代表にも、ナオトにも、

 ……フレイにも。

 きちんとした力の使い方なんて俺も知らないが、少なくとも今のお前のやり方は違う。お前もラクスさんも、きっとそれは分かっているはずだ。

 俺は、お前がいたから生きのびられた。

 俺をここまで生かしてくれたその力を、無駄に使わないでほしい」

 

 

 

 

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