【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part8 サイの傷とキラの絶望

 

 

 サイが着替えを終えて廊下に出ると、マユがにこにこ笑いながら待っていた。

 

「マユ? 

 ……おい、ナオトは?」

「代表とケンカ中。だからサイを連れに来たの、早く行ってあげて」

「何だって?」

 

 代表にまで何かやらかしたのか、あの馬鹿は。

 ティーダを巡っての口論だろうと、何となく予想はついた。キラが上がってからまた話をしたかったが、今はナオトの方が優先だ。

 足早に通路を急ぐサイを、マユが満面の笑みのまま追う。

 それにしても、マユがナオトを気遣い俺を呼ぶとは──どういう風の吹き回しだ。

 多少不審なものを感じながらも、サイは先を急ぐ。

 そして、カガリの個室にたどり着く大分前から、少年の怒声は通路にまで轟いていた。

 

「嫌だ! 

 僕は、キラさんや代表みたいになりたいんです。キラさんみたいに強くなって、ティーダで戦争を終わらせるんだ。

 僕にはその力があるんです。代表は僕の戦いぶりを見ていないから、そんなことを言うんだ!!」

 

 ナオトの大声には慣れたつもりだったが、サイにとって衝撃だったのはその言葉だった。

 あいつが、そんなことを考えてティーダに乗っていたなんて──

 

 キラやカガリの戦い方は、ナオトに予想外の影響を及ぼしていたのだ。

 それを知ってか知らずか、カガリも声を張り上げている。

 

「馬鹿者! このまま中途半端に腕を上げて調子に乗った時が、一番危ないんだ。

 私は自分自身がそうだったから、分かる!」

「サイさんと同じようなこと、言わないで下さいよ!」

 

 自分の名を挙げられ、思わずサイは部屋に飛び込む。

 その時には、ナオトは既にカガリに掴みかからんばかりの勢いでまくしたてていた。

 彼女もそれにつられて熱くなり、ソファから立ち上がっている。

 

「何故そんな強情を言える、自分に力があるなどと!」

「でも!!」

「落ち着け、ナオト。代表の前だぞ」

 

 最早こんなことには慣れてしまったサイは、ゆっくりナオトを後ろから羽交い絞めにするようにして押さえる。

 だがその時、サイは気づいた──彼の異常に。

 目の前のカガリを食い殺そうとでもするように歯を剥きだし、口元から涎まで垂らしている。

 その大きな目からは涙が迸り、瞳孔が若干拡大していた。

 何よりサイが驚いたのは、少年の背中ごしに伝わってくる、動悸の早さだった。

 

「ナオト? 

 おい、どうした?」

 

 どうやら、カガリもその異様さに気づいたようだ。

 愛らしかったはずの少年が今、目を血走らせて息を弾ませ、獣のように暴れている。

 元々の目が大きいだけに、それをいっぱいに見開き白目を剥いた顔はさらに痛々しい。

 

「離して、サイさんの馬鹿、離せよ! 

 僕は、どうしたってティーダに乗らなきゃいけないんだ!」

「ナオト……? 

 一体、何が?」

 

 カガリはナオトの錯乱の理由がまるで分からず、茫然としたままソファに崩れ落ちる。床にへたりこまなかったのは、カガリの意地か。

 そんな彼女へと叩きつけられる、少年の憤怒。

 

 

「父さんが言ったんだ! 

 僕は世界を革命する子供だって……僕は進化の担い手だって! 

 だから僕はティーダに乗って、キラさんを超えるんだ!!」

 

 

 あぁ、やっぱりか──

 サイ自身抱いていた悪い予感は当たってしまった。

 ナオトが父親につけられた傷は到底、サイやフレイの荒療治だけで治せるものではなかった。

 勿論、父親に言われたからナオトはティーダに乗らなければならない、などという理由は決してない。

 だがあの工場で父親に刻印されたナオトの傷は、いつの間にかそんな刹那的な思考にまで、この子供を追いつめていたのである。

 

 自分は父親の望む通りにティーダに乗り、SEED持ちとして戦わなければならないと──

 自分の傷を癒すには、ティーダに乗り続ければならないと。

 

 暴れるナオトの声はやがて言葉の形を成さなくなり、ただの絶叫へと変わっていく。

 サイはそんな彼を後ろから、ただひたすら必死に抱き込む。

 

 そんな彼の剥きだしの腕に、少年は容赦なく噛みついた。

 

「!!」

「サイ!?」

 

 痛みで、思わず顔を歪ませるサイ。カガリの悲鳴。

 右腕に食いこんでくるナオトの犬歯──湯に浸かったばかりのサイの肌に流れる、真っ赤な血。

 

 

「ぐ……うっ!!」

 

 

 それでもサイは、ナオトを離さなかった。

 

 ヤハラの河原でのように、俺の血を見て少しでもナオトの理性が戻るなら、俺はいくらでも血を流してやる。

 それが、こんな子供をティーダに乗せてしまった、俺の贖罪だ――

 キラと同じに、モビルスーツに乗せてしまった、俺の。

 

 それでもさすがに痛みに耐えかね、サイは思わずマユに助けを求めようと廊下を振り返った。

 だがそこでも、ある異変が発生していた。

 

 マユが頭を押さえながら、ぺたんと両脚を広げて床にうずくまっていたのである。

 おい、勘弁してくれよ、頼む──

 

「お兄ちゃん、サイ、ナオト……助けて。

 頭、……すごく、痛い!」

 

 

 

 

 そんな騒動も知らず――

 キラは依然と、湯船に浸かり続けていた。

 

 囚われのフレイの存在、そしてサイの言葉と傷は、彼の心を激しく乱していた。

 サイやカガリたちの前ではなるべく平静を装うようにしていたが、一人になるとどうしても、フレイのことを考えてしまう。

 

 ラクスが自分と一緒にいる限り、自分はもう揺るがないと思っていた。

 彼女とカガリの存在があれば、自分は大丈夫だ。もう、何があっても。

 その想いは、ブレイク・ザ・ワールドの炎を目撃しても、マルキオ邸を追われアークエンジェルで逃げのびることになっても、アスラン・ザラと再会し衝突した時も、いささかも変わらなかったのだが──

 

 しかし今キラは、フレイと再び出会ってしまった。しかも、彼女を連れてきたのはサイだ。

 ――過去の象徴とも言える二人が、いっぺんに襲いかかってくるなんて。

 

 2年前に封印したはずの自分の罪と傷が、痛みを伴って蘇る。

 アフロディーテと接触した時自分を襲った激震は、今も心臓を揺るがす。

 

 サイが明かしたフレイの話さえ、キラは正直、にわかに信じることは出来なかった。

 まず彼女の生存理由からして、おかしい。

 自分の目の前で跡形もなく、炎の中焼失したはずの彼女が、()()()()()()()生還している? 

 

 サイはその瞬間を直接見たわけではないから、比較的すんなりとフレイの生還を受け入れられているのかも知れない。

 しかし自分はあの時、はっきりと見たのだ──

 彼女が、炎熱の中でその美しい肌と紅の髪を吹き飛ばされる光景を。

 彼女の連合の制服が、散り散りになる瞬間を。

 フレイ・アルスターを構成していた要素が全て、光と熱となって宇宙の片隅へ消えていく刹那を。

 

 しかも、彼女は強化されてモビルスーツパイロットとなり、アマミキョを率いているという。

 そして、かつてのナタル・バジルールを思わせる人格に変貌している? 

 

「とにかく、話さなきゃ……

 彼女と」

 

 キラはようやく湯船から上がった。

 全てが信じられぬことばかりだが、現実に彼女は今、アークエンジェルにいる。

 あれだけ帰りたがっていたアークエンジェルへ、2年ぶりに帰ってきたのだ。

 

 それにしても、何故サイと一緒だったのか──

 何故自分の処ではなく、サイだったのか。

 僕に関する記憶だけが、それほどまでにきれいさっぱり消えていたのか。

 僕は2年間、どれだけ忘れたくとも忘れられなかったのに。

 

 ロッカーでキラは、きれいに畳まれた白いカッターシャツを身につける。

 フレイと話す時の為に、きちんと洗濯しておいたものだ。ハイスクールの夏服のようでキラはあまり好きではない服だったが、カガリとマリューが気を利かせて用意してくれたのだ。

 そのシャツに腕を通しながら、キラは自分の腕と胸を見る。

 傷どころか、汚い毛ひとつ生えていない。滑らかで引き締まった肌の上で水滴が踊っている。

 

 その脳裏に、先ほど目撃したサイの傷跡が蘇った。

 傷そのものの酷さもキラにはショックだったが、それ以上に自分を揺さぶるものを、キラは傷の奥に見てしまった。それは――

 

 深い傷を乗り越え、再生し、さらに上を目指して強く強く成長しようとする生命力。

 人間なら本来誰もが持っている、進化の力。

 サイ自身気づいていない、魂の力だ。

 

 

 ──サイはきっと、これから、もっと強くなる。

 

 

 キラは絶望と共に、確信する。

 サイは成長し、進化する。2年前とは段違いに強くなっている。

 そこに至るまでに、一体どれほどの苦難があっただろう──

 サイの傷は言葉よりも雄弁に、彼の遭遇した地獄を語っていた。実際、何度も彼は命の危険に晒されたという。それも、仲間の手で。

 しかしサイはそれを乗り越え、フレイをここまで連れてきた。

 仲間の酷い仕打ちすら受け入れ、その苦悩を理解しようと努めた。

 

 サイの力は、パイロットとしての能力とか肉体的物理的なものではない。

 人を支える力。人が本来持っている、進化の証だ。

 

 キラは洗いたてのシャツの胸元を握る。

 友人が大きく成長するなんて、本来とても嬉しいことだろう。だが何故──

 

 

 僕は何故、サイに、憎しみすら抱いている? 

 

 

 その時不意に、キラの心を見透かすような声が浴場から響いた。

 女の声が。

 

 

「教えてあげようか?」

 

 

 反射的にキラは振り返る。

 白い湯気の中に蠢く女の影を、キラは目撃した。

 間違えようもない紅の制服、濡れた紅の髪、輝く白い肌──

 キラが求め続けた女が、そこにいる。

 

 

「貴方はずっと、サイに嫉妬してたでしょう……

 ねぇ、キラ?」

 

 

 気づいた時にはキラは、再び浴場のガラス戸を開き、服を着たまま湯気の中へ飛び込んでいた。

 白く暖かい霧の中で微笑むその女──フレイ・アルスターを追って。

 

 

 

 ~~~~~~

 

 次回予告

 

 キラの真実をえぐる、フレイの刃。

 その刃の向こうに潜むものは、今なおキラを蝕む死霊か。

 過去に犯した罪は、今を生きる者たちをも傷つけ、抗うことすら許さない。

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation

「クルーゼの影」

 

 その過去は、拭えない。アークエンジェル! 

 

 

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