【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
サイとカズイが階段を上昇し、メインゲート付近まで来た時。
通路の向こう側でひと騒動が持ち上がっていた。人だかりの中から、ヒステリックな女性の声が響き渡っている。
「やめてよ、私は解放されたいの!
家族だからって毎日毎日無口な食事に参加させられて、あとは山のような皿洗い押し付けられて……
もうたくさん! 私は自立したいの!!」
叫んでいるのは、金色の豊かな髪を紅い髪留めでまとめあげている、20代半ばの女性。
「わ! アムルさんだ」
カズイが声をあげた。
「誰?」
「アムル・ホウナ。数学の先生だよ、結構優しくしてくれるんだ!」
カズイは率先して人だかりの中へ飛び込む。彼にしては珍しいことだ。
カズイに気づいたアムルは、吊りあがった眉を一瞬さらに吊りあがらせたが――
すぐに困ったような笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい、バスカークさん……
母とこの人が、こんな処まで私のこと探してきて」
「違うのよ、貴方のことが心配だったの」
おそらく母親であろう、50代ぐらいの銀髪の女性がアムルの服の裾をしっかり握る。
「ごめんねアムル。でも私は母様の為にも、貴方の花嫁姿を……」
「黙って! こんなところで騒ぎを起こさないで!!」
黙れと主張する彼女の声自体が、騒動の中心になっている。
しかし、こんなところで作業を中断されては──
若干不快に思ったサイだが、その時ふと気づいた。
彼女の母親は、何回か雑誌で見たことがある。
「あれ。
あの人、バイオリニストのミヨシ・ホウナじゃないか?」
サイの問いに、カズイは黙ってうなずいた。
アムルは人目を気にしつつ、控えめに叫ぶ。
「全部手紙に書いたでしょう。子離れしてよ、私に甘えないで。
母さんは昔からずっとそう。出来もしない夢を子供におしつけた結果、出来たのが私よ。
そのくせ、自分のバイオリンの夢の為に私に雑事全部押しつけて。
押しつけがましく、彼まで連れてきて……!」
彼女は母親の後ろにじっと立ち尽くす長身の男を、上目遣いで軽く睨む。
そんな彼女の横顔に、サイは何故か既視感を覚え、思わずその場で背を向けた──
カズイが一瞬迷い、仕方なく慌ててサイを追う。
アムルと母親、そして『彼』と呼ばれた男まで交え、口論はまだ続いている。
「アムル、何度繰り返せばいい? 俺は君がいなきゃダメなんだよ」
「アムル、戻ってきなさい。貴方には他に誰もいないじゃないの」
「やめてよ! 貴方たちは私を愛してるふりをして、私を殺そうとしてる。
皿洗いと風呂掃除と満員電車で、私を何度殺せば気が済むの?」
「何を言っているのか分からないわよ、アムル。
いいから家に帰ってきて、この人と仲良くしてちょうだい。それが貴方の幸せなのよ」
「人の幸せを勝手に決めないで!」
止まる気配のない口論。
それを背中で聞きながら、サイは吐き捨てるように呟く。
「何だよ、あの女……」
──自分と決別した時の「彼女」の顔に、アムルの横顔はひどく似ていた。
2年前の砂漠の夜。
彼女を呼び止めようとした時、虫けらでも見るように自分を見返した彼女の目を、サイは思い出さずにはいられない。
「カッコイイだろ? 彼女。
夢を追いかけて、家出してきたんだってさ」
追いついてきたカズイが、顔を紅潮させてサイに呼びかける。
「何処がだよ」
サイにはカズイの神経が理解できない。
「家族も婚約者も捨てて自分探しの旅もいいけど、残される人間のことも少しは考えろ」
「アムルさんも話してくれたんだけどさ。
いろいろ複雑な家庭の事情があるんだって、コーディネイター同士の母娘でも。
第一世代と第二世代の間で結構、家族関係壊れてるところもあるらしいよ。
子供の才能が思ったほど伸びないとか、孫がなかなか生まれないとか。
そんなこんなで彼女も、お母さんや婚約者と大喧嘩して飛び出してきて……
あ、ちょっと待てよサイ!」
既にサイとカズイは騒動の輪から離れ、メインブリッジに向かう通路に入っている。さすがに320名収容ともなると、人の行きかいと熱気が激しい。
と、向こう側から小型通信機を3つほど胸に下げた少女がグリップでこちら側に滑ってきて、サイに向かって怒鳴った。
「第3フェイズ完了予定時刻を14分もオーバーしてる!
規律がなっちゃいないねぇ、この船」
なっちゃいないのはお前の服だとサイは言いたくなり、思わず笑ってしまった。
名前はサキ・トモエ、17歳。通称オサキ。元は連合軍に所属していたが、すぐに除隊になったらしい。
いくら船内推定平均温度が摂氏27度を超えそうな勢いだとはいえ、裾を破って無造作に結んだTシャツにショートパンツという恰好で走り回られていては、除隊の理由も知れようというものだ。
「笑ってる場合かサイ、コード705の作業効率が落ちまくってる。
時間当たり25台じゃ話にならないよ、いくら慣れない作業でもメインなんだからしっかりやれって連絡して。コード124の作業とも連動してるんだから、あそこが止まったらブロック全体の作業が止まる。
カズイ! あんたも雑談禁止。今ブリッジ見てきたけど、隊長が爆発寸前だよ?」
「そりゃ大変だ……はい、完了っと」
サイはおもむろにタブレットを閉じる。
オサキはすれ違いざま、さらに大声で怒鳴っていく。
「これが軍隊じゃなくて良かったよ、アマミキョが軍艦だったら全員往復ビンタものだ。
あと、さっき喫煙所にたむろしていた連中誰だよ?」
「整備班の奴らじゃないのー?」
カズイが大声で返すが、既にオサキはグリップで一つ向こうの角を回った後だった。
「ヘソ見えてたし……全くもう」
ぶすくれながらカズイが呟く。
「でも確かに思うよ、緊張感に欠けてる。
軍隊でもないこんな処、もし襲われたらひとたまりもない」
「縁起でもないこと言うんじゃないよ」
サイはタブレットを小脇に抱え、グリップのスピードを上げる。
しかし、カズイは不吉な呟きをやめなかった。
「分からないさ。
元はこのコロニー、軍事目的で造られたんだろ?
いくらムジカ社長が購入したとはいえ、ここはL3だし。
前は結構な被害を受けたっていうし、ヘリオポリスのあった場所には近いし、何かヤな予感が」
「よせって。
社長がしっかり説明してくれただろう、だからこそ武装もしてる」
「作業用アストレイ3機で何をどう戦えっていうんだよ」
「カズイ……俺たちがやるべきことは他にある。
だからお前もここに来た、そうだろ?」
太陽と月と地球の重力の中和点・ラグランジュポイント。
この点は月軌道上にL1からL5まで存在し、その周辺にスペースコロニーが建造されている。地球から見て、月の反対側にあるL3に──
オーブとチュウザンが共同開発した円筒型コロニー・ウーチバラがあった。
同じL3にはオーブの資源衛星・ヘリオポリスがあったが、前大戦でザフト軍の襲撃を受け崩壊している。
ウーチバラは元々、東アジア共和国の軍事要塞として建造されたものだ。
しかし戦争激化と共に多くのコロニーが被害を受ける中、ここも例外ではなかった。
軍事要塞であるがために甚大な被害を受け、連合が放棄せざるを得なかったウーチバラだが、ヤキン・ドゥーエ戦終結と同時期にチュウザンの「文具団」社長、トレンチ・ムジカノーヴォがオーブのモルゲンレーテ社と提携、コロニーごと購入したのである。
そしてわずか2年の間に、ムジカノーヴォ──通称ムジカ社長──は見事、オーブの協力も得ながらウーチバラを工業用コロニーとして復活させたのだ。
世界を動かすのは思いでも力でもなく、金である
――そんな言葉が、大戦後国土の復興に苦慮するオーブで流行した。
「結果、人口2万人の工業都市。うち、コーディネイター推定3千。
見事な中立状態ではございませんかね、ジュール隊長?」
円筒型のコロニーの外壁を真下に見ながら。
ジュール隊副官ディアッカ・エルスマンは、緑のノーマルカラーで塗装されたザクウォーリアの降下を開始させる。
既に、後方支援用のガナーウィザードは装備済だ。巨大なコロニー外壁が眼前に迫る向こう側に、蒼く光る地球が見える。
但し、モニターで極限まで拡大し、位置情報の解析を重ねようやく地球と分かる程度に微かに、であるが。
《その中に、裏切り者どものゲリラ数十名さえいなけりゃな!
ボルテールに配属されて間もないというのに、何度目だこのゲリラ討伐は!》
顔を真っ赤にし、下手するとコンソールパネルをぶっ叩く勢いであろうイザーク・ジュール隊長の顔が、モニターなしの通信でも手に取るように分かる。
横からスカイブルーの隊長機・ザクファントムが接近し、ザクウォーリアの右肩部分に触れる重い手ごたえがあった。
「しかし、どうも作戦内容に無茶がありすぎやしませんかね、隊長?
場合によっちゃ、あの船の強制捜索っての」
軽くはあるものの皮肉っぽい敬語を使い、ディアッカはイザークの答えを待つ。
「やるべきは元ザフトの臆病者だろ?
しかも、船の出発の直前って……」
《それ以上喋るな。
ザフトの脱走兵の大馬鹿者だからこそ、俺たちが叩く必要がある! いいなっ》
「それ、本気で信じてる? 隊長」
──本気なわけがない。
ディアッカはその後の、妙な間の沈黙で確信した。
《……時間だ。
ボルテールとの通信は?》
「良好。
しかし隊長、民間人への被害は最小限に……」
《貴様! 作戦前の議論をまぜっかえすな、議長のお目こぼしを忘れたかッ》
それ以降、イザークは通信を一方的にぶち切ってしまった。
隊長としてあるまじき行為と思いつつ、ディアッカはそれを容認する。
戦争はとっくに終わったというのに、ゲリラどもは一体何を考えている?
その怒りは二人とも同じだ。
2機のモビルスーツは、少しずつ速度を上げていく。
オーブ国内は、例のムジカ社長と彼の所有する緊急救援船・アマミキョの話題で持ちきりだそうだ。
当然、その出航の日ともなればマスメディアも押しかける。現に、オーブのテレビ局がわざわざ現場までやってきたというではないか。
「いてくれるなよ……ミリィ」
ディアッカは、今では立派なジャーナリストになっているであろう愛しい少女の笑顔を思い浮かべながら、機体を接近させていった。