【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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PHASE-18 クルーゼの影
part1


 

 アークエンジェルのハンガーでは、コジロー・マードックが深々とため息をついていた。

 その目の前には、両脚を失ったアフロディーテに、両腕を失ったティーダ、そして砲門全てを破壊されたカラミティが、半ば強引にフリーダムと一緒に回収されている。

 それぞれの機体には、モルゲンレーテから集めてきた選りすぐりの技術者たちがとりついていたが、それでもマードックは頭を掻きむしりフケを散らさずにはいられなかった。

 

「まさかこいつら、全部補修しろってんじゃねぇでしょうね? 

 いくらサイ坊の頼みでも、アークエンジェルが修理代で沈んじまいますよ」

 

 言いながら、マードックはティーダのハッチを見上げる。

 そのコクピットには、マリューが乗り込んでいた。開いたままのハッチから、彼女の声が響く。

 

「モルゲンレーテから、出来る限りのパーツは持ち込んだはずよ。

 ティーダの装甲は元々こちらの開発なのだし、あの紅のストライクの脚部も、ルージュの予備パーツを使えば……」

「そりゃあ、俺らの力になってくれるなら、これ以上嬉しいこたねぇんですが。

 ティーダもそうですが、あのIWSPをまともに使えるヤツなんざ、地上にそうはいませんからね。

 しかし、あのフレイ嬢が……なぁ」

 

 既に3時間ほどもティーダのOSとの睨みあいを続けているマリューは、独り言のように言う。

 

「サイ君は命がけで、キラ君とこの船、そしてフレイ・アルスター、全員を守ろうとした。

 ここまで命を張って、あの娘を連れてきた。

 私はその心意気を買いたいの。それに……

 って、ああ、もう!」

 

 何百回目かのエラー音が、ティーダのコクピットにこだまする。

 マリューがどれだけ知恵を振り絞りキーを叩けど、ティーダのシステムは未だに起動すらしなかった。しかめっ面でペンを苛々と噛みながら、マリューは作業を続ける。

 

「ザフトが、バビの攻撃だけで退いていくとも考えられない。静か過ぎるのよ。

 もう一度大波が来る前に、せめてティーダだけでもこちらで動かせるようにしたいの」

 

 マードックはやれやれと言いたげに、肩を竦めてみせる。

 

「無理ですよ。

 モルゲンレーテで開発出来たのはティーダのトランスフェイズ装甲と光波発振システムのみで、OSの80%以上は文具団主導。俺たちには手ぇ出せませんや、特にOSは。

 何せキラが速攻で、解除は無理と言いやがったんですから。あのキラがですよ?」

「まさに、ブラックボックスか……」

 

 マリューは咥えていたボールペンを、折れよとばかりに噛んだ。

 

「パイロットが馴染んでいない初期状態なら、まだ解除出来る可能性はあったのに」

 

 ──成長するOS。

 脳裏をふとよぎったその言葉に、思わずマリューは戦慄した。

 そう、ティーダは成長している。それも、少年少女の感じやすい心を餌にして、癌細胞のようにその力を増殖させている。

 自分には無反応のまま、そ知らぬ顔で認証エラーの青い画面を出し続けるモニターを、マリューは改めて睨みつける。

 だが、その時――

 

 マリューの視線に反応するかのように、エラー画面がふっと消えた。

 黒の背景に切り替わった画面に、一斉に赤い文字列が流れ出す。

 

 

System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log in  System log

 

 

 全く同じ文字列が幾つも幾つも整然と並び、それは奔流となって画面を下から上へ、逆さの滝の如く走り出した。

 マリューが異変に気づいたのと、ティーダのカメラアイがマードックの眼前で光ったのは、ほぼ同時。

 

「ラミアス艦長! 降りて下さい!!」

 

 震動するコクピット。

 ティーダは、()()動いていたのだ。

 

「馬鹿な……システム起動!?」

 

 マリューは必死でコントロールレバーを引き起こす。だが勿論、ティーダからの手ごたえはない。

 彼女の操作など意に介せず、ティーダは腕のない上半身を起こし、ハンガーの中で頭部をぐるぐると回す。何かを探すように、カメラアイを激しく瞬かせて。

 

「冗談でしょ! まさか……遠隔操作?」

 

 

 

 

PHASE-18 クルーゼの影

 

 

 

 

「ナオト……サイ、お兄ちゃん……

 痛い、痛いよ!」

 

 頭を押さえながら、マユはあまりの苦しさで廊下に倒れ伏す。

 そして彼女は、サイとカガリの眼前で盛大に、先ほど飲んだばかりのイチゴジュースを吐き出した。

 サイの目には、イチゴジュースの赤が血にしか見えなかった。実際、血も混じっているだろう。

 マユの悲鳴をBGMにしながら、ナオトはまだサイの腕に噛みついている。

 

 ──この子供たちをこうしてしまったのは、俺だ。

 俺が、戦わせてしまったから。

 

 サイは腕から血を流しながら、ナオトを引きずるようにして床を這うように動き、ナオトと一緒にマユの頭を抱き寄せる。

 吐瀉物が、マユの口や黒髪、そしてサイの服を汚していった。

 だがマユは、サイの腕の中でさらに謎めいた反応を見せる――

 いつもの朗らかな調子からは考えられぬ低い声色で、こんなことを口にしたのだ。

 

「畜生……畜生、痛い、痛い、痛い、この身体は痛い! 

 早く()()()を助けろよ、カイキ兄ぃ!」

 

 その虚ろな瞳は、ひたすら廊下の向こう側を凝視している。それは何故か、カタパルトの方向。

 ちょうどその瞬間だった――カガリの部屋のモニターから、マードックの叫びが轟いたのは。

 

《代表! 

 大変だ、ティーダが動いた!》

 

 怒声の向こうから響く、重みを伴った音。

 確かにあれは、ティーダの駆動音だ。思わずサイは顔を上げる。

 

 間違いない。ナオトとマユの痛みが、ティーダを動かした。

 正確には、ナオトの叫びにマユが鋭敏に反応し、ティーダが動いた──

 二人の感情は確実に連動を始め、そしてマユとティーダは、このように遠隔でティーダを起動出来るまでに一体化している。

 このままいくと――恐らく、ナオトとティーダも。

 

 恐ろしい予感に心臓を縮めながら、サイは必死で子供らを抱きしめる。顔だけは笑みでいっぱいにしながら。

 

「大丈夫だ、ナオト。マユも、落ち着いてくれ。

 大丈夫……いい子だ、いい子だから、二人とも。な?」

 

 その光景を前に、カガリはずっと立ちすくんでいることしか出来なかった。

 そんな彼女に、サイは目配せする。

 

「代表──お願いします。

 こいつらを、抱きしめて下さい」

 

 

 

 

 

 

「キラ。私、知ってるのよ。

 貴方はずっと、サイに嫉妬してた。

 サイから私を取り上げたくて、たまらなかったんでしょう?」

 

 キラの眼前には今、連合の赤い制服のまま湯の中に立ち尽くしているフレイ・アルスターがいた。

 全身が濡れそぼり、服は肌にすっかり張りついている。それが、彼女の肢体をより鮮明にキラの目に映し出していた。

 白い頬には血が流れている。左の袖は肩から裂け、フレイはその腕を押さえていた。押さえる指の間からも血が流れている。

 

 ──あれは、僕がつけてしまった傷だ。

 

 キラは何の躊躇もなく、フレイのいる湯の中へ飛び込んでいく。腰から湯につかることになったが、構わなかった。

 濡れた髪の間からキラを見上げる、灰色の瞳。微笑む唇。

 彼女がどうやって拘束を逃れたのか、そんなくだらぬ事情を考える余裕はキラにはなかった。

 

 ――2年もの間、求めて求めてやまなかった幻が、目の前にある。

 2年前、炎の中へ砕け散った憧れの人──キラは最早無我夢中で、その両腕を掴む。

 体温がある。生きている。

 フレイは、生きていたんだ! 

 

「フレイ、会いたかった──本当だよ。

 話はサイから聞いた。こんな怪我させて、本当にごめん。

 僕は──!!」

 

 キラは声をつまらせる。

 フレイの体温が、これほどまでに愛しいものだったなんて――

 笑いながらゆっくりと動く、唇。

 

「うん。私、覚えてる。

 貴方のこと。貴方の視線……」

 

 白い顎が、キラの目の前で揺れた。

 ──心をえぐる言葉と共に。

 

「ヘリオポリスにいた時の貴方のこと、よく覚えてる。

 サイに嫉妬しながら、私を見ていた貴方のこと。

 ずっと私が欲しかったんでしょう、キラ?」

 

 え? 

 どういうこと、フレイ? 

 僕が、嫉妬――サイに……どうしてそれを、君が? 

 

「でも、サイのように皆と一緒に振舞うことなんて出来なかったから、貴方は私を遠くから見ているしかなかった。

 トールに仲間に入れてもらわなければ、私を見ていることすら出来なかった──

 かわいそうな、キラ?」

 

 キラは、その言葉の意味が一瞬では理解出来ない。フレイとの物理的距離はほぼゼロに近い。

 だがその胸中は、一向に見えない。

 これが、サイの言っていたもう一つの人格なのか? 

 

 ――いや、違う。口調は全く、キラの知っているフレイと同一のものだ。

 

 濡れた服の奥でかすかに透けて見える胸が、心音と共に揺れ動いている。

 紅の髪から流れ落ちる、血の混じった水滴。

 何故今フレイは、ヘリオポリスのことを言うんだ? 

 

 キラの脳裏で、激しく鳴り響く警告。

 だがその腕は警告を無視し、フレイを抱きしめようと動く。

 

 そうだ――あの頃の僕は、ただの内気な学生だった。トールがいなければ仲間とも打ち解けられなかった。多分、君と出会うことすらなかった。

 だけど──フレイ! 

 

「でもね。

 正直、迷惑だった。貴方の全てが!」

 

 フレイの瞳が大きく見開かれ、キラをまっすぐに見つめる。

 かつて自分を抱きしめてくれた時そのままの、優しい灰色。

 

 だがその両手はキラの手を振りほどき、温かい霧を裂き──

 白い蛇のように、一気にキラの首を掴んだ。

 

 思わぬフレイの行動に、キラは首に走る痛みよりも、驚きに呻く。

 フレイの細い指はキラの頚動脈を圧迫し──

 骨を折るほどの強い締め上げには至らぬものの、その十本の指は徐々に、キラの脳の血流に苦痛を与えていく。

 

 どうしてだ。何故、彼女は僕を攻撃する? 

 いやそれよりも、どうして、彼女は僕を迷惑だと? 

 

 ──分かっている。僕はコーディネイターで、彼女はナチュラルだから。でも。

 

「何でだよ、フレイ! 

 どうして、今になって……」

 

 苦しみの中でキラは叫ぶ。

 だがその時、フレイの唇の端が裂けるように歪んだ。

 

「今だから、よ。

 当然でしょ? 貴方みたいな()()()に好かれて、嬉しい女なんていないわ!」

 

 そのままキラの首を、湯船の中へ突っ込むフレイ。盛大な水音と共に、キラは熱い湯の中へ上半身を押し込まれてしまう。

 思わず足をばたつかせて反撃しようとしたが、フレイの脚が湯の中で絡み、キラを一息に水底まで押しつける。

 フレイの右膝が、溢れ出る湯の中でキラの背を圧迫する。

 水中であっても、フレイの声はキラの耳にはっきり聞こえた──

 そしてキラは、自分の聴力の良さまでも呪うことになる。

 

 

「貴方、分かってたと思ってたんだけどなぁ? 

 もしかして、私が本気でアンタなんかを好いてると思ってたの? 

 あは、おかしい……あっはははは、はははははははははははははははははははははははははははははははっはははははははははは!!」

 

 

 どうして僕の耳は、こうもよく嫌な言葉を聞いてしまうのだろう。

 いや、耳だけじゃない。目も、鼻も、皮膚も、自分の身体の全ての感覚は常に、残酷な現実をキラの心に焼きつける。

 呪い殺してしまいたくなるほど鋭敏な感覚の理由を、キラ自身は既に承知してはいるが。

 

 フレイはキラの首を一旦解放し、天井を見上げて高らかに笑い続けていた。

 湯の地獄から解き放たれたキラは、ようやく水面に顔を出す。激しい息を精一杯抑えようとしたが、その顎が強引に掴まれ、上へと向かされる。

 目の前で揺れ続ける、紅の女神の幻。その冷たい笑顔は、嫌でもキラの目に焼き付けられた。

 そんなキラに、フレイはさらなる言葉を突き刺していく。

 

「私がアンタに近づいた理由は、コーディネイターをアンタに殺させる以外の何ものでもない。

 同胞も友達も殺して殺して殺しまくって、戦って戦って死ね! 

 それが、パパを守れなかったアンタに一番ふさわしい死に方なのよ。

 この人殺しの、化け物!」

 

 

 

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