【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part2 私が本当に惹かれたのは

 

 

 笑いながら怒鳴るフレイの歯が、キラの前で剥きだしになる。

 その鋭い犬歯すら、今のキラには美しく見えた。

 

 サイは僕に嘘をついた。フレイの記憶は──

 僕に関する記憶は、ほぼ完全に戻っているじゃないか。

 こうして、僕に対する憎しみを、フレイは鮮烈なまでに叩きつけている。ほら、また僕の首を締め上げて……

 

 何も出来ないキラはフレイに首を掴まれ宙に持ち上げられ、そのまま勢いよく浴場の黒い床に叩きつけられる。憎悪と共に。

 激痛がキラの額を割り、その血が床に流れる湯を赤く染める。

 だがそんな痛みよりも、キラにとっては今フレイから突きつけられた真実の方が、はるかに重く、苦しかった。

 薄々気づいていたことだ。あの砂漠で、サイの為に流した涙を見た時に。

 

「……分かってたよ。

 フレイの気持ちが、僕にないことは。だから僕は、謝りたかった。

 君を利用して、サイを傷つけて、僕は──」

 

 キラは床に伏したまま、それだけを喉から絞り出す。

 だがそんな彼の精一杯の懺悔さえ、フレイは一笑にふした。

 

「へぇ、そうなの……

 そりゃ意外」

 

 ざっと湯から上がったフレイ。

 ブーツを履いたままだったその足が、キラの腰を踏みつけた。

 

「何も分かってないかと思ってたわ。

 だって貴方、サイにこんなこと、してたんですものね!」

 

 フレイはキラの背中から馬乗りになると、そのままキラの両手首を後ろへ捻り上げた。

 背中を足で押し倒したまま、キラの腕を折れよとばかりに引きずり上げる。

 すっかり濡れそぼったカッターシャツの両袖が、フレイの力でビリリと破れた。

 

「どうかしら? 絶対に叶わない相手に腕を捻られる気分は? 

 信じていた相手から傷つけられた気分は?」

「ごめん……だから、謝りたいんだ。

 話をさせてよ。話をしようよ、フレイ!」

 

 フレイの足の下で、キラは抵抗する。

 嘘だと思いたかった。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ──キラの精神は今や泣き叫ぼうとしていたが、どこかでこの状況を冷静に見つめてもいた。

 

 嘘なんかじゃない――今フレイが話した気持ちこそが、彼女の真実だ。

 キラは直感で、その絶望的な現実を感じ取っていた。

 そんなこと、ずっと前から気づいていたじゃないか。

 

 

 フレイは、まだ、サイのことを――

 

 

 だが、そんなキラの言葉も、フレイはくすくす笑って容赦なく踏みつける。

 かつて彼がサイに行なった行為と、全く同じに。

 

「やめなさいよ。

 キラが何をしたって、私にかなうはず、ないんだから」

 

 

 

 

 

 

 ナオトとマユを中に挟み、お互いが抱き合う形になってしまったカガリとサイ。

 彼の頼みに、カガリはその一途さで真っ正直に答えてしまい、必死で子供らを抱きしめようとした

 ――結果的に彼女は、サイの両肩をしっかり掴む体勢になってしまっている。

 カガリの鼻腔を子供たちの汗の匂いが刺激し、彼女の手からはサイの、細く見えるがしっかり成長した、若い筋肉の鼓動が伝わってきた。

 

「…………」

 

 二人の体温を感じ取ったのか、ナオトとマユの呻きは少しずつ静かになってきている。

 同時に、ハンガーでの異変も沈静化してきたようだ。ティーダの駆動音はまだ響いているが、マードックの報告によるとどうやら、首を回す程度に留まっているらしい。

 思わずカガリは呟いてしまう。

 

「…………なぁ。

 何だ、コレ?」

「何なのか、俺にもはっきりとは分かりません。

 ただ、ティーダとこの二人が密接に繋がっていることは、確かですが」

「いや……

 その、そうじゃなくてだな」

 

 アスランから貰った指輪は、今もカガリの手に輝いている。その手で自分は今、他の男に触れている──

 その現実に気づいた時、カガリはふとサイを眺めていた。

 感情のこもらぬ瞳で。

 

 ──この男は確か、外交官の息子だったか。

 破談になったとはいえ、連合の名門アルスター家の一人娘と婚約していたからには、アーガイル家というのも相当な血統なのだろう。セイランと対等に渡り合えるほどの力はないにしても、味方に引き入れれば今のアスハ派の強力な味方になるかも知れない。

 それにサイ自身、伝説の英雄・キラの友人でアークエンジェルの元クルーだ。彼らの将来に配慮して、マスコミにはあまりプライベートな情報は流さぬようにし、その平穏な生活を守る努力は続けている。

 だが本来ならサイは今頃、東アジアに旅立ってしまったキサカの代わりに、自分の片腕となっていても良い人物かも知れず──

 

 そこまで考えが及んだ時、カガリは激しく首を振った。自らの浅ましさに。

 自分のせいで傷ついた二人の子供を抱きしめるふりをして、一体何を考えている。これではユウナ・ロマと一緒、いやそれ以下ではないか。

 アスランに去られ、国にも見捨てられ、目の前に偶然現れた男に縋るまでに堕ちたか

 ――カガリ・ユラ・アスハは。

 

 

 ──そんなカガリの後ろ暗さも知らず、サイはぽつりと呟いた。

 

「俺が、ナオトを乗せてしまったんです。

 ティーダに乗っていたナオトを励ます為とはいえ、俺はナオトをティーダに縛りつけるきっかけを作ってしまった。

 2年前のキラと同じに」

 

 真摯なサイの言葉を、カガリはじっと聞いていることしか出来なかった。

 血の流れ続けるサイの腕を、見ていることしか出来なかった。その腕には他にも、無数のかすり傷が見える。

 彼のアマミキョでの苦労を偲び、カガリは思わず慟哭した。

 

「悪いのは私だ。全て私の責任だ──

 セイランに利用された、私の!」

 

 カガリの懺悔を、サイは否定しなかった。ただ、黙って子供らを抱きしめるだけだ。

 そんな彼の態度に、彼女は改めて自分の甘さと情けなさに気づく。

 

 ──今、私はサイに否定してほしかったんだ。

 たった今の、自分の懺悔を。

 

 違います。大丈夫です。代表は関係ありません。

 人の好いサイなら、こう否定してくれると思っていた──

 心の何処かでそんな期待をサイにかけていた自分に、カガリはひどい不潔さを感じた。

 

 そんな彼女の心中を知ってか知らずか、サイは静かに言葉をかける。

 

「本当にそう感じていらっしゃるなら――オーブに戻って下さい。

 アスハ代表」

 

 

 

 

 

 

「キラ、見なさいよ。

 私は貴方と同じ力を手に入れた」

 

 キラの腕を抜かんばかりに引きずり上げ、足でその頭を洗面器につけるフレイ。

 洗面器にはまだ、石鹸の泡が残っていた。キラの喉に広がる、血混じりの泡の味。

 

「2年前の私は無力で、貴方に人を殺させることしか出来なかった。

 ごめんね? たっぷり利用させてもらっちゃって」

 

 全くごめんと思っていないであろう朗らかな口調で、フレイは言い放つ。

 

「でも今は、力がある。

 だからもう貴方みたいな下衆には頼らない、その必要もない! 

 あの時のサイと私に、土下座して謝れ!!」

 

 叫ぶが早いか、フレイは爪先の尖ったブーツで、思い切りキラの腹を蹴り上げた。

 気絶するかという衝撃と共に、キラの身体は石鹸の滑りも加勢し、数メートル向こうの岩壁まで飛ばされてしまう。

 湯の流れ続ける黒い床に、彼の血がきれいな筋を描いた。

 

 一体何だ、このフレイの異様な力は。

 彼女自身の言葉通り、フレイは力を手に入れたのか

 ──身体をいじってまで。

 

 血と霧で煙るキラの視界に、再びフレイの姿がぬぅと現れる。

 その舌が、血に染まった唇を這う──彼を喰い殺そうとするように。

 

「……違う」

 

 キラはやっとのことで、黒い血の塊と共にその一言を吐き出した。

 濡れたシャツは血で汚れ、両肩は破れてはだけている。このようなぶざまな姿をフレイに晒していること自体、キラは恥ずかしかった。

 

「違う。

 違う、違う………」

「何が違うのかな? 

 私を好きに汚したことも忘れて、女の人生滅茶苦茶にしておいて」

 

 再び、キラの首を両手で捕らえるフレイ。

 顔だけは柔和で、砂漠で自分を励ましてくれたフレイを思い出させる。しかしあの時もまた、今のようにキラの命を彼女は弄んでいた──

 たった今、彼女が自ら告白したところによれば。

 

「違う。フレイは、分かってくれた! 

 ──フレイは、僕の痛みを分かってくれたんだ。

 最初は確かに君の言う通りだったかも知れない、それでもフレイは僕と話そうとしていたんだ……

 なのに、僕は拒んでしまった。あの時の君を……!」

「それはどこの妄想から生まれた私なの? 

 貴方は私を放っておいて、ラクス・クラインに逃げた癖に!」

 

 違う……君を放っておいたなんて、そんなことあるわけがない。

 それにラクスは、僕にとって──

 

「……ラクスは、僕を支えてくれた。

 何もかもを犠牲にして、僕を助けてくれた。

 一番つらい時に、ずっとそばにいてくれた。

 ラクスはずっとずっと、僕のそばにいたんだ。

 彼女は僕の……大事な人なんだよ」

 

 キラの首にかかる力が、一層強くなる。

 

「そりゃそうね。

 私よりラクス『様』のほうがずっと、アンタを理解してくれそうだものね!」

「でも、君だって大事だ、フレイ! 

 僕にとっては君もラクスもカガリも、みんな大切な人だ! 

 君は叫んでいたじゃないか、あのメンデルの宙域で。僕に、助けてって………

 サイにも、アークエンジェルのみんなにも、叫んでいた。

 君は帰りたがっていたんだよ。覚えてない?」

 

 フレイの力が一瞬弱まったように感じたのは、気のせいだろうか──

 その隙を利用してキラはフレイの両腕を掴み、首に食いついてくる彼女の手を引き剥がそうとする。

 二人の力が拮抗し、弾ける水。

 

 ――だが、そんな彼の抵抗も、一瞬。

 フレイは一旦キラから右手を離すと、すぐさま背中から何かを取り出した──

 キラの目にはそれが何か、すぐに分かった。腰に隠し持っていた、金属バットにも似た棒きれ。

 

「気持ち悪いこと、言うな! 

 ただのコーディネイターより、よっぽど醜い化物の癖に!!」

 

 叫びと一緒に、フレイはキラの頭を棒で殴りつける。

 一発殴られた直後、キラは見た――

 その棒きれの先がまるで傘のように水を飛ばして開き、先端からかなり幅広の両刃が咲くのを。

 それは瞬く間に手斧の形となり、柄の部分も魔法のように伸びた。

 その柄でフレイは強引にキラをもう一発、殴り飛ばす。反射的に刃をよけようとしたキラは柄に突き飛ばされ、再び湯船に落とされてしまった。

 

 

 ──どうして君が、()()を知っている? 

 

 

 物理的衝撃よりも、フレイの言葉のほうが数段痛烈な毒を伴い、キラの心臓に痛みとなって刺さってくる。

 湯から頭を上げると、彼女の声が今度は上から降ってきた。

 

「サイが本当に羨ましかったんでしょう。

 サイは弱くて、無力な存在──

 だけど、だからこそ成長し、強くなった時に喜びを感じる」

 

 キラの頭上すぐのところに、松の木を模ったオブジェがある。

 ほぼ真横に伸びたその幹に、フレイは腰かけている。斧の刃先を舐めながら、笑っている。

 わずかに開いた肢の間から、濡れた太ももと下着までがちらと見えた。

 フレイの肩から流れ出る血が滴り、ちょうど下にいるキラの顔を汚す。

 血の味は──何故か、しない。

 

「サイは傷ついても傷ついても立ち上がって、もっと強くなれる。

 人を惹きつけて、ぐんぐん成長していく。

 貴方には出来ないことでしょう? 人として進化しきってしまった存在の貴方にはね、キラ・ヤマト!」

 

 この言葉に、今度こそキラの動きは止まった。

 ひた隠しに隠してきた、自分の最もおぞましい部分。

 

 ──それを、衝かれた。最も痛ましい過去に。

 

 キラの全身から、力が抜けていく。

 大腸を引きずり出された方が遥かにマシだろうという心の痛みが、キラを襲う。

 

「やっぱり君は、ずっとサイが好きだったんだね……

 だから僕より先に、サイの処へ行ったんだ」

 

 突きつけられた事実から逃げるように、キラは血と共に精一杯の言葉を絞る。

 だが、フレイはそれすらも許さない。

 一瞬ぽかんとキラを見つめていたが、すぐにけたけた笑い出す。

 

「クク……おっかしい。

 何、勘違いしてるの? サイに()()()、もう興味ないわ」

 

 無防備になったキラに、フレイは直上から一気に飛びかかった。

 凄まじい蹴りが、飛沫と共に肩を打つ。

 

「サイは、貴方よりはよほどマシな男だったけど。

 あの人にはかなわない!」

 

 さらにキラはまたもや岩に叩きつけられ、よく使いこなされた棒の激しい殴打が、雨となって降りそそぐ。

 二回、三回、四回。頬は打たれ、口から血の塊が飛んだ。

 

「私が本当に惹かれたのは、ラウ・ル・クルーゼよ!」

 

 2年間、フレイの死と共に抱え込んでいた自らの闇。それが今、逃れようのない現実となってキラに襲いかかる。

 どれほど忘れたくとも忘れられなかった、忌まわしき男の影──それが、フレイの身体と重なる。

 笑うフレイに、あの白い仮面が重なる。

 キラはその幻影を否定しようと、吼えた。

 

「違う! 彼は、君を殺して……!!」

「私は生きてるわよ、キラ?」

 

 フレイはそっと呟くと、キラの前髪を掴んで自らの顎のあたりまで引きずり上げた。

 手にした斧の刃先が、キラの耳のすぐそばで光る。

 

「あの人はナチュラルでありながら、ザフトの戦士として立派に生きた。

 あの人こそが、私の出会うべき人だったのよ……!」

 

 斧とキラの頭を持ったまま、フレイは陶酔したように宙を見上げる。

 彼女の拳の中で音をたててちぎれていく、キラの前髪。

 

「彼にはパパのおもかげがあったの。だから私はザフトにいながら、狂わずにいられた。

 色々と教えてくれたわ、キラ……貴方のことを」

 

 

 

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