【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
キラの背を踏み続ける、フレイの靴。
その脚をどかせようと、サイはキラとフレイの間に飛び込もうとする――
だがその瞬間、カガリの悲鳴が響いた。
見ると、カイキの刃はサイの動きなどとっくに見越したかのように、カガリの首に食い込んでいる。
動けなくなってしまった彼に、フレイの視線が、ゆっくりに向けられた。
突き刺さってくるカイキの嘲笑。
「てめぇの命を投げ出すのは勝手だが……
代表にそうさせるわけにゃいかないよな、眼鏡野郎!」
ナオトが歯をぎりりと噛みしめ、サイの代わりとばかりにカイキに叫ぶ。
「あんたたちの言う交渉ってのは、人質をとることなんですか!?
代表を放せよ!!」
そんな少年の叫びさえ、まるで無視して。
未だに燻る炎の中で、静かにフレイは言った。
「サイ――貴方の必死さは分かるつもりよ。
キラと私に、何とかして話をしてほしい。本当の私に戻ってきてほしい──
そんな貴方のまっすぐな気持ちは、よく分かってるの。
ただ、今の私にそれは出来ない。貴方がどれだけ身体を張ってくれても、今のキラたちを許すことは出来ない。
そして、私は――
ごめんね」
その言葉に、サイは最早一歩も動けなくなる──
横では、今まで聞いたこともないフレイの口調に、ナオトは一瞬怒りを忘れてあんぐりと口を開いていた。
「……フレイさん?
本物の、フレイ・アルスター?」
それにも構わず、フレイはさらに鋭利な言葉でサイの心臓を貫く。
「それに、サイ――
私は、貴方も許せない」
「許せないって……何が?」
サイはそれだけを呟くのが精一杯だ。
そんな彼に浴びせられるフレイの声には、次第に怒りが混じり始める。
「自分さえ犠牲になって周りが丸く収まるなら、貴方は幾らでも命もプライドも投げ出す。
結果がどうなるかも省みずに、ただ自分の身も心も傷つけることばかりして。
貴方に何かあったら、ナオト・シライシがどうなるかぐらい分かっていたでしょう?
キラにどういう影響が出るか、分からない貴方じゃないでしょう?
――なのに貴方はどうして、自殺まがいの真似をするの?
そういう利他主義なところ、昔っから大っ嫌いだったのよ!」
キラを踏みながら、フレイはいつのまにかサイを怒鳴りつけていた。
頬を殴ってくるような彼女の言葉を浴びながら、サイは拳を握り締める。
──分かっていた。
自分がアフロディーテに潰されたら、キラはともかくナオトは絶対に、正常な精神状態でいられないことは。今不安げに自分を見上げているナオトを見れば、すぐに分かる。
――それでも。
それでも自分は、動かずにはいられなかった。フレイとキラの間へと。
あの時だけじゃない。アストレイで飛び出した時も、アマミキョ全体の誤解を招いた時も、ジュール隊を逃がした時も、フレイと度々衝突した時も、オーブで散々喧嘩の仲裁に入った時も──
サイは血を吐きそうなほどの怒りを抑えながら、どうにか呟いた。
「分かってる。
俺はいつだって、自分を削るように動いていた。アマミキョに乗ってからここまで、数え切れないほどの馬鹿をやって、多分10年は寿命が縮んだよ。
だけど俺は、そうせずにはいられない。そうやって生きずにはいられないんだ。
フレイ──俺は君を失った時、何も出来なかったから。
何も出来なかった自分が、悔しかったから」
フレイの瞳に憐憫が宿ったと感じたのは、錯覚だろうか。
一旦彼女は視線を外すと、低く吐き捨てる。
「……そんなの、自己満足にすぎない。
その勝手な自己陶酔のせいで、周りがどれだけ傷つくか分かってる?
周りにどれだけ、悪影響を与えるか分かってる?
貴方はキラと私に傷つけられたも同然なのに、キラにも私にも殆ど何もせずに──
それが回り回って、キラやアークエンジェルをここまで増長させたとも言えるのよ」
フレイはさらに憎々しげに、キラの頭を踏みつける。
「やめなさい!」悲鳴にも似たマリューの声が飛んだ。だがフレイはそのマリューすらも、敢然と睨みつける。
「救世主ヅラしたいだけの無能女は黙ってて!
2年前、キラに汚される私を無視し続けたくせに!!」
「違うわ。
キラ君を利用したのは貴方でしょう、フレイ・アルスター!」
「どっちでも同じことよ。キラのはけ口になる私を無視したことに変わりはない。
上官としては仕方ないわよねぇ、戦士には慰安婦が必要だもの」
それきり口を噤んでしまうマリュー。
生きのびる為には、仕方がなかった。それだけあの時の状況は異常すぎた――
だがマリューはひたすらに唇を噛むしかない。それを今フレイの前で口にしたところで何の慰めにも弁解にもならないことを、彼女は分かっているから。
キラを蹂躙し続けるフレイの靴。
その下で、キラはか細く呟き続けていた。
「フレイ……サイ……ごめん。
本当に、ごめん」
燻る火の音でなかなか聞き取れないその呟きは――間違いなく、謝罪の言葉。
その言葉を、キラは延々と、フレイとサイの目の前で吐き続けていたのだ。
その口からは血が溢れ、火傷で爛れた頬を涙が濡らす。
そんなキラの姿を見て──
サイの中で音もなく、何かが砕け散った。
フレイは狂笑する。無惨な姿を晒し続けるキラの髪を引きずり上げて。
「あっははははははははははははははは、はははははははははははははははははっははっ、ふふふ……
うふふ、あははははは!!
どうサイ、見てよこのキラを! 貴方本当は、こんなキラの姿を望んでいたんでしょう?
自分を散々傷つけたと同じように傷ついて、這いつくばって許しを乞う、腐ったコーディネイターの姿を!
貴方の望み、きちんと叶えてあげたわよ。それとも、この程度じゃ手ぬるいかしら? この男の腕を捻らせてあげようか?
そうだ、こっちへいらっしゃいよ。この哀れな、堕ちた英雄気取りに唾を吐かせてあげるから!」
炎の中で展開される地獄に、その場の全員が押し黙った。
フレイの心が織り成す、紅蓮の地獄を見て――
カイキでさえも、このフレイの変容にごくりと唾を飲んでいる。腕はしっかりカガリを捕まえているが。
だがそんな中、サイは不思議と冷静だった。
──フレイの指摘通り、俺はこの光景を望んでいた。
あの熱砂の荒野で彷徨っていた時、キラを殴り、蹴り、叩きのめし、無惨な死体にする夢を何度見たか分からない。
それは決して、サイには叶えられぬ夢だった。同時に、絶対に叶えてはいけない妄想でもあった。叶わなくて良かった悪夢だった。
それを今、事もあろうにフレイが現実のものにしてしまっている。キラの髪を掴んだまま、笑って俺を手招きしている──
フレイの心の焦熱に圧倒されかける自分を、サイは感じずにはいられなかった。
だが同時に――彼は見た。
自分のすぐそばで、激しく頭を振り続ける少年――ナオト・シライシを。
「違う、違う、違う! 嘘だよね、サイさん!?
こんなのが本物のフレイさんだっていうなら、前のフレイさんの方がよっぽどマシだよ!」
わめき続けるナオトを追い払うが如く、フレイは怒鳴る。
「何も知らない子供は黙って!」
だがナオトはなおも叫ぶ。
この子供が、黙れと言われて黙ったことなどない。
「そっちこそ黙れよ!
サイさんがどれだけ苦労して、あんたの記憶を取り戻そうとしてたと思ってるんだ!!」
――ああ、そうだ。俺は何を怯えている?
俺は確かにあの時、キラもフレイも憎み切った。
フレイが父親の復讐の為に俺を捨ててキラを利用し、キラはまんまとそれに乗せられた──
その事実に、薄々気づいてしまっていたせいかも知れない。
世の理不尽を憎んだ。コーディネイターを、女を、人間を、とことん憎んだ。
だが──思い出してみろ。
俺が二人への憎悪から、完全にとは言えないまでも解放されたのは何故だ。
二人がいつの間にか、本当に惹かれあっていたと気づいたからじゃないのか。
フレイが本当にキラを想い、コーディネイターへの憎しみや偏見から解き放たれるのならば。
キラがその想いにこたえ、俺には絶対に持ち得ない力でフレイを守れるのならば。
俺は喜んで、二人を支えようじゃないか──
人によっては情けないと言われるかも知れないその思いが、今でも俺の中では貫かれている。だからナオトの言う通り、俺はここまで来ることが出来た。
それにキラは、ちゃんと謝ってくれた。これほどまでに傷つけられた中で。
そもそもキラは2年前、俺に謝っている。もうこれ以上謝る必要なんか、どこにもないのに。
――それでも、今のキラの謝罪を聞いた時、俺は嬉しかった。
この言葉を聞く為だけに、俺はここまで来たんじゃないかと思えるほどに。
それほどまでに、今のキラの言葉は真剣だった。あまりにも痛切すぎる、懺悔だった。
「ナオト、ありがとう。
あんまり驚いて、もうちょっとで忘れる処だったよ。
──大事なこと」
ナオトに噛まれた傷を撫でながら、サイはゆっくり足を踏み出す。フレイとキラに向かって。
フレイは斧を悠然と振り、こちらを見据えて笑う。
あいつは、一番大事な記憶をきちんと取り戻せていない──
「ほら、キラ。貴方が傷つけた友達が復讐に来たわよ。
自業自得の、かわいそうな──キラ」
フレイはぐいとキラの頭を持ち上げ、サイに突きつける。マリューたちが必死でこちらを見つめる気配が伝わってくる。
だがサイは決して、そのキラを殴ろうとも蹴ろうともしなかった。
彼の目はただ、フレイに向けられていた。
そんな彼を見て──
今度はフレイが眉を顰め、思わず言い放つ。
「な、何よ……
私を殴る気?」
眼鏡の奥からフレイに注がれる視線は決して熱くはなく
――潰れかけた蟻でも見るような、軽蔑と憐憫の入り混じったもの。
完全に人を見下すような眼差しに、フレイは思わず一歩後退した。
そんな彼女に、サイは全く感情のこもらない声で呟く。
「殴る気にもならないよ。
本当にかわいそうなのは、キラじゃない――
君だからね、フレイ」