【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「笑わせないでよ」
キラを抱き起こそうとするサイを見下げつつ、フレイはなおも笑う。
「かわいそう? この私が?
キラを超えた私を、貴方は哀れむっていうの、サイ?」
細い指で鎖骨を指し示して自らを誇示し、サイに対してあくまで優位を保とうとするフレイ。
だが、サイも意地で彼女を無視した。
「医務室行こう、キラ。
立てるか?」
キラの血が、サイの頬に触れる。
あの2年前でも、これほどまでにキラが傷ついたことはなかったかも知れない。ましてや、自分たちの前で血を見せることなど。
ごくごく自然に、サイはキラを支えて立ち上がる――
フレイが殴れとけしかけた相手を、彼は迷うことなく支えた。
キラの体温が、流れる血や水と共にサイの身体に伝わる。血の臭いが鼻腔をつく。
そうだ。コーディネイターだろうと何だろうと、キラはただの人間なんだ──
そんな当たり前のことを、改めて感じた。
そしてナオトを振り返ったサイは、唐突に言ってのける。
「ナオト、帰るぞ。
アマミキョへ」
「へ?」
いきなりの提案に、さすがのナオトも唖然とする。
「でも……だって、マユは!」
「マユも一緒だ。山神隊と一緒に帰ろう、ナオト。
ここにいたら、お前たちのような子供はおかしくなるだけだ」
「待ちなさいよ!」
今度こそ、怒りをはっきりと露にしたフレイがサイに噛みついた。
「アマクサ組がいなくなったら、アマミキョがどうなると思ってるの!」
それでもサイはキラを抱えたまま、堂々と宣言した。
「君はここで、好きなだけキラを嬲っていればいいさ。
でも、俺はやらない。絶対にやらない」
睨みあうサイとフレイ。
両者の視線は宙で拮抗し合い、おさまってきた炎を再び爆発させんばかりの勢いでその感情はぶつかる。
フレイの顔から、さきほどの皮肉な笑みはきれいさっぱり消し飛んでいた──
そのあまりに強い視線に、サイは一旦眼を逸らす。
叶わないと分かっている相手に正面からぶつかり続けるのは馬鹿のやることと、いい加減サイも心得ていた。その代わり、さらに冷酷な言葉を相手にぶつけてやる──
血だらけのフレイの姿を横目に見て、サイは言った。
「フレイ……君も医務室行ったほうがいいな。
その傷が、本物ならね」
フレイの額の火傷。彼女の肩から流れ続ける大量の血。
おそらくフレイのこの傷を見た為に、キラはまともに彼女と話し合うことが出来なくなってしまったのだろう。
フリーダムとアフロディーテが激突した際もそうだった。フレイの傷を見たせいで、キラは錯乱し全く攻撃が出来なくなったじゃないか。
それを見越して、フレイは怪我を偽装した──
サイの心臓が怒りで煮えたぎる。何故そこまでしてキラを攻撃する? この女は。
さらに彼はマリューやカガリを見据え、感情をぶつけた。
「貴方たちもアークエンジェルやフリーダムを使って、好きなだけ戦争ごっこをしていればいいでしょう。
俺は、絶対にやりませんけど」
この船のせいで、この船の行為のせいで、ナオトもマユも、フレイまでがおかしくなった。
しかもカガリもキラもマリューも誰一人として、自分たちの方向性に関する具体的なビジョンを持っていない。
今までの意見を総合すると、ただ、オーブを乱す戦いを止めたい──それだけだ。
ラクスがいたのなら、また違っていたのかも知れないが──黙りこくるばかりのマリューを見て、サイの口調はさらに激しくなる。
「全く……
情けないったらありゃしないよ!」
その乱暴な言葉に、思わずカガリが反応した。
「待て、サイ! 今のは聞き捨て……ぐっ!?」
だがそんな彼女の反論も、カイキに首元を押さえつけられ簡単に封じられてしまう。
これほどたやすく、一国の代表が無様に屈するとは。サイは荒ぶる感情を抑え、そんなカガリを冷たく眺める。
「違います、姫。
こういうフレイと
アスハ代表を姫、などとしつこく二度も呼称した自分は、カガリの目にはユウナ・ロマ以上に汚らわしい存在に映っているに違いない──
サイはそう自覚しながらも、キラを抱えてナオトの手を取った。
スプリンクラーと炎の弾ける音を聞きながら、サイは女たちに背を向けて立ち去ろうとする。
──本当は、叫び出したかった。
怒り狂って喚きまくって、フレイの斧を奪ってアークエンジェル中を滅茶苦茶に荒らし回りたかった。
俺たちが、アマミキョが、オーブ軍が、山神隊が、戦場から死体を掘り起こして埋葬し、潰れかけのビルから子供を救助し、焼き尽くされた街に学校を作ろうとしている時に――
この船は一体、何をしてくれているんだ!!
サイが何とか感情を爆発させずにいられたのは、キラの精一杯の懺悔と、ナオトやマユの存在があったからだ。
今ここで自分が暴れたら、ナオトらのような子供はどうなる?
暴発する心をどうにか制御し、サイはフレイから立ち去ろうとする──
だが状況は決して、サイを解放しようとはしなかった。
「こっち見なさいよ!」
罵声と共に、サイの腰が背後から蹴り飛ばされる。
鋼鉄のブーツでも履いてるのか──尻が潰れるかという衝撃と共に、サイの身体はキラやナオトと一緒に吹っ飛んでしまった。
炎で熱せられた床に、まともに顎をぶつけるサイ。
ナオトとカガリの悲鳴が交錯し、視界がぐるりと回った。倒れ伏すとほぼ同時に襟ぐりを破れんばかりに掴まれ、サイの顔は強引に引き上げられる
――右手でサイを捕まえ、左手で大きく斧を振りかぶるフレイが、そこにいた。
視界の隅ではキラが這いずり、手を伸ばして彼女を止めようともがいている。
それにも構わず、フレイの叫びが艦内に轟いた。
「ふざけないでよ。
私に、何もしてくれなかった癖に!」
その時、サイは目撃した──フレイの涙を。
自分に向かって斧を叩きつけようとしているフレイ。その怒りに燃える瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちていたのだ。
サイに馬乗りになったフレイ──その頬に、彼女の涙が次々と零れ落ちる。
溢れ出る感情は斧の切っ先よりも容赦なく、サイの心を叩きのめす。
「私とキラが何をしていたか気づいていた癖に、何もしなかった。
私もキラもどんどん壊れていったのに、何もしなかった。
パパを亡くした私の目の前で、家族を見せびらかした!
キラもトールもいなくなって私が一番つらかった時に、いきなり突き放した。
抱きしめてもくれなかった!」
ああ──フレイの記憶は、ここまで戻ってきたのか。
それとも、思い出さなくてもいいところだけ戻ってしまったと言うべきか。
──感動すべきか慟哭すべきか、サイには分からない。
ずっと、本当のフレイに戻って欲しいと願っていた。
しかしそれが最悪の形で今、キラとサイの前に現実として吐き出されている。斧を宙で静止させたまま、狂った少女はサイを罵倒し続ける。
今フレイが指摘したサイの行為は、殆どが良かれと判断してやったことだった。
だが、俺の判断はいつもどこかで、状況を狂わせていたのかも知れない。アマミキョで自ら窮地に陥った時もそうだったように。
2年前、フレイとキラにとって良かれと願ってサイが取った行動の殆どは、ここまで彼女を傷つけ、狂わせていた。
その事実はサイを強く打ちのめし、たった今とった行動すら深く後悔させる。
あの時と同じように、俺は今また、フレイを傷つけてしまった──
俺がフレイを突き放した直後、彼女が何をしたか、俺は忘れたのか?
危うくディアッカを撃つところだったじゃないか、フレイは。
そんなサイに、彼女はさらに言葉をぶつけた。
「私が死んだ時だって、泣きじゃくってもくれなかった癖に!
今更サイなんかに私を取り戻す権利、あるわけないのよ!」
「やめなさい、フレイさん!
サイ君は何もしなかったんじゃない……出来なかっただけよ」
善意から出たであろうマリューの叫びが、さらにサイを打ちのめす。
そう、俺はあの時──君が死んだと聞いた時、何も出来なかった。泣くことすらも。
そんなことまでお見通しだったのか、フレイは。
俺が無理矢理にでも、キラから君を取り戻していれば。
ストライクとは言わないまでも、アストレイやスカイグラスパーに乗っていれば。
君を突き放さず、連合から無理にでも奪って、アークエンジェルから逃げていれば。
──何度繰り返したか知れない「もしも」が、サイの脳裏を駆けめぐる。
「そうよサイ、貴方は何も出来なかった。自分が一番分かっているんでしょう、この無能!
サイだけじゃないわ。ここにいる誰も、私には何もしてくれなかった──
私には誰も、誰も、誰も!!」
炎の中で紅の髪を振り乱し、フレイは斧を持ったまま叫び続ける。
そんな彼女に向かって、サイは呟くことしか出来なかった。
「やめろよ。
その言葉は――多分、俺以上にキラが傷つく」
横でずっと痛みに耐え、顔を伏せているキラをサイは眺める。
自分は無力であるが為にフレイを助けられなかったが、キラは違う。
力があるにも関わらず、フレイを救えなかった──その慟哭は、今でもキラの心を蝕み続けているに違いない。
「いつまでキラを庇い続ける気なの、アンタは? 今更そんな偽善!」
「じゃあ君は、俺に何をして欲しかったんだ?
君の目の前で家族との再会を喜ぶような大馬鹿な俺に、一体何をして欲しかった? もしかして、君を取り戻す為に戦ってほしかったってのかよ!?
俺が無理矢理、フリーダムの戦闘にでも割って入ったりしたらどうなるかぐらい、分からない君じゃないだろう!」
フレイの斧の切っ先を正面に見ながら、サイはさらに声を落とした。
「尤も、あの時そうしていればと
──何度も思ってるけどね。今も」
サイを掴んでいるフレイの手から、僅かに力が抜ける。
その灰色の瞳の中で、不死鳥のような光が蠢いたと感じたのは、サイの錯覚か。
「俺は、死ねば良かったんだ。
あの時、君と一緒に」
その言葉を聞いた瞬間──
フレイの顔色が、さっと変わった。
一瞬にしてその狂気が消失し、涙は頬を汚すただの分泌物でしかなくなる。
偽の傷から血塊が少しばかり剥がれ、サイの顔にぱらぱらと落ちた。
サイは直感した──
「フレイ」の感情が消え、「彼女」が戻ったと。
本でも投げ出すように斧を呆気なく放り出し、片手でサイを引きずり起こしたと思うと。
「フレイ」は、彼の頬を軽く、平手で叩いた。
実に軽快な音が、炎の燻る音と響きあう。
――それは、あまりにも思いがけない、フレイの行動。
サイが顔を上げた時既に、壊れた少女の姿はなかった。
ただ、ここに来る前と同じような、「アマミキョの女王」フレイが、傲然たる態度で腕を組みサイを見下していて
──その唇から漏れたものは、静かな罵倒。
「愚か者が。
誰が貴様に、死を望んだ」
このフレイの変容に──
まるで彼女の額に第三の目でも開いたかの如く、周囲が騒ぎ出す。
カイキが不敵に微笑み、カガリは声を失い、マリューはその威厳に思わずたじろぐ。
そういえば皆は知らなかった、「この」フレイを。
今更のようにサイは思い出し、キラを振り返る──
キラは息を潜め、何も言わずに「この」フレイを見つめていた。
声を上げて驚くかと思ったが、キラは冷静だった──
その大きな両の眼球に、しっかりとこのフレイを焼き付けようとしている。
だが、誰も入り込めないと思われたこの状況にいきなり突入を敢行したのは、意外な人物だった。
「お取り込み中申し訳ありませんが、緊急連絡です艦長!」
おずおずとながらも無理矢理に精一杯声を張り上げたのは、ブリッジにいたはずのダリダ・ローラハ・チャンドラ二世。
煮えきった状況をどうにか出来るのは、殆ど何の関係もない第三者なのかも知れない──
だが、サイがそう思ったのもつかの間で、チャンドラはさらに厳しい現実を全員に突きつけた。
「ディオキア近海で、ミリアリア・ハウ嬢がザフト軍に拘束されました。
報道で映像が流れています!」