【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
《爆発音感知から15分経過──
現時刻において、目標に変化なし》
ディープフォビドゥン内部でアークエンジェルを監視していた山神隊・風間は、深海の闇にその機体を隠して冷静に状況を観察していた。
彼女の機体にワイヤーで繋がれたままのスカイグラスパーでは、ラスティが水漏れ中のコクピットの補修を続けている。
「そろそろラストフェイズ開始か。
ニコルたち、うまくやってるかな」
闇に沈んだコクピットの中で、ラスティはふと呟いた。
《ラスティ君、何か?》
耳ざとい風間の声が、コクピットに響く。
ラスティは苦笑しつつ、大仰に肩を竦めてみせた。
「いやぁ、水漏れと男臭さが酷いっすよ」
何しろ今スカイグラスパーのコクピットには、キラによって撃墜された他のスカイグラスパーの乗員が4名ほど、ギチギチに詰まっているのだ。
「ホント風間さん、替わってもらえません?」
《こっちでもモニターしてるけど、まだそちらの酸素は7時間分残存しているはずよ。
我慢しなさい》
「へいへい、連合のお姉さまはお利口なこって。
コーディネイターだからって何でも耐えられるわけじゃないんすけどね」
《皮肉を言ってる場合?》
そうだった、とラスティは自分の頭を軽く小突いた。
ナチュラルとコーディネイターの差を乗り越えた処に存在するのが、自分たちアマクサ組だったはずだ。
いや、ナチュラルとコーディネイターの枠に留まらず、全ての人間に厳然と存在する「枠」を乗り越える計画の為に組織されたのが、アマクサ組だ──
なのに、そのアマクサ組の自分がつい、偏見を漏らしてしまうとは。
サイは久しぶりに、アークエンジェルのブリッジにやってきた。
だが状況は、懐かしさを覚える暇もなく容赦なく進行していく。
ブリッジのモニターはひっきりなしに、囚われたミリアリアの報道を映し出している。
オーブ出身の記者ミリアリア・ハウ、ザフト領内で拘束さる──
操舵士ノイマンが冷静に告げる。
「黒海沿岸地方全域に、この報道が流れているようです。
彼女は現在、ディオキア基地に拘束されている模様」
チャンネルを切り替えると、拘束直後のミリアリアの姿までが鮮明な映像として捉えられていた。明らかに、右頬が腫れている。
サイはすぐに、映像の真意を悟った。
一介のかけ出しの記者が軍に拘束されるなど、今のご時世日常茶飯事であり、これほどの大々的な報道にはなり得ないはずだ。
マリューもサイと全く同じ考えに至ったらしく、呟く。
「次に来るのは、アークエンジェルに助けを求めるよう脅されている彼女の画
……ってとこか」
カガリも事の重大さに、ただ消沈したまま俯いていた。
「旧インジェ岬北端、ザフト暫定基地──拘束場所まで明確にされているとはな。
これ以上分かりやすい罠はない」
だが、そんな一同の中でただ一人、状況の意味を掴めていない者がいた。
「どういうことです?
ミリアリアさんを助けに行かないんですか、アークエンジェルは?」
無理矢理サイにくっついてきた、ナオト・シライシである。
彼は憧れのアークエンジェルのブリッジに入れたことに感激しつつも、ミリアリアの置かれた状況に単純に怒りを露にしていた。
何しろナオトにとってミリアリアは、自分をサイのもとへ、アマミキョのもとへ、真実のもとへ連れ戻してくれた恩人なのだ。
そんな少年の心を理解しながらも、サイは彼の状況の読めなさに思わずこめかみを押さえる。
「あ。馬鹿にしてます? サイさん」
「ナオト、これはザフトの罠だ。
アークエンジェルをおびき出す為に、ミリアリアを捕らえて報道という形でアークエンジェルに伝えている。
いわばこの映像はアークエンジェルへの、ザフトからの脅迫状なんだよ」
しかしそこで引き下がるナオトではない。「だったら、受ければいいじゃないですか!
サイさんはミリアリアさんを助けたくないんですか、ずっと友達だったんでしょ?」
助けたくないわけないだろう──
サイが怒鳴りそうになったその時、ブリッジに落ち着いた声が響いた。
「ナオト君の言う通りだ。
ミリィを助けなきゃ」
いつの間にか医務室から出て、オーブの軍服を着込んだキラだった。
カガリが思わず叫ぶ。
「バカ、寝てろ!
怪我してるんだぞ」
サイもまた、絆創膏を頬中に貼った状態のキラに言わずにはいられない。
「キラ、気持ちは俺だって分かる。
だが、今のこの船にそれは無理だ。フリーダムだって万全とは言えないだろう」
「それに……」
マリューも冷静に分析する。「今度は向こうも、恐らく防衛線を敷いている。
フリーダムやアークエンジェルの対策もしてあるでしょうし」
チャンドラが唇を噛み、皮肉っぽく呟いた。「いつも奇襲だったのが、今度は先手を取られたわけですね」
「で、でも……
そんなの、関係ないでしょ!?」一同の不甲斐なさに、感情を隠せないナオト。
「アークエンジェルはオーブの誇る、無敵の英雄なんですよ!?」
しかしカガリは、誰とも視線を合わせぬまま呟くだけだ。
「ナオト。悪いが、君が思っているほど私たちは万能ではない。
ラクスがいれば、話はまた別なのだが……」
「それに、
「だからって、みすみすミリアリアさんを見殺しにしようって言うんですか!?」
両の拳を固めてナオトは吠える。
万一今ミリアリアを放置すれば、彼は間違いなくアンチ・アークエンジェルの先鋒となろうという勢いだ。マリューやクルーたちの、ねぎらいとも哀れみとも取れる視線がサイに注がれた。
だが、キラは傷だらけの顔でナオトに微笑む。
「僕たちに、仲間を見殺しにするなんて選択肢はないよ。
安心して」
その微笑は、ナオトの顔を紅潮させた。
憧れのキラに、優しく力強く諭された──それだけで、少年の憤激はようやく静まった。
「だが、現実問題としてどうする?
今入ってきた情報だ──」
サイは慣れた手つきで、かつて散々いじったコンソールを片手で操ると、通信を解析した。
「48時間以内に、彼女は簡易裁判にかけられる。
容疑は、テロリストへの情報漏えいだ」
「私たちが、テロリストだと!」
弾かれたようにカガリは立ち上がった。
仮にも一国の代表が、テロリスト呼ばわり。この情けない事態に、カガリは怒りに震えずにはいられない。
サイが皮肉をこらえつつ情報のさらなる解析を試みかけたその時、不意に声が響いた。
「当然だな、カガリ姫。
オーブの理念を守るというお題目があるにせよ、客観的に見れば──
貴方がたのやっていることは、テロだ」
いつの間にかブリッジ出入口に立っていたのは、かのフレイ・アルスターだった。
後ろにカイキを堂々従えた彼女に、つい先ほどの狂乱は微塵も感じられない。
ブリッジ中を一瞥するとフレイはそのまま、ずいとモニター前に歩み寄る。
大映しになっているミリアリアの映像に、フレイの姿が僅かに重なった。
「見事なまでの八方塞がりだな。
迂闊に救助には行けぬし、だからといって彼女を無視すれば、アークエンジェルの行動原理に大きく傷がつく。
今ナオト・シライシが激怒したように、世論は反アークエンジェルへ大きく傾く。協力者は激減する──
このような見え見えの罠に対してすら何も出来ぬとは、アークエンジェルの威光も地に落ちたものだ」
悠然と状況を見据え、一瞬で周囲を掌握する「強化」フレイ。
サイが密かに「姫フレイ」とも呼ぶそのフレイは、その威厳のみでクルー全員を黙らせていた。
本当にこれは、強化されただけで身につく類のものだろうか。身体全体から漂う、気品ともいうべき雰囲気は──
サイは疑問に思いながらも、ただ彼女の行動を見ていることしか出来なかった。
そして、フレイはカガリに向かい、その細い手を差し伸べる。
「しかし、手がないことはない。
姫のご意向ひとつですが」
約3時間後、夜明け前の深海。
サイは相変わらずブリッジで、とめどなく溢れ続ける情報を整理していた。
久々に座る、アークエンジェルのオペレータ席。そのコンソールはアマミキョより数段使い心地は良かったが、同時に思い出されてくるのが2年前の恐怖だ。
あの時自分たちは、何度ブリッジを狙われ、死にかけたことだろう。カズイは間に合わないと分かっていながら、逃げ出しかけたことすらあった。
当時に比べ、何という高みの見物をしているのだ、この船は。
今度はオーブと連合、そしてザフト、互いに総力を結集させた戦いに介入しようとしている──
こんな忌々しい船の存在があるのなら、先手をうってしまおうというザフトの目論見はサイにも分かる。連合がサイとフレイを使ってアークエンジェルとの交渉役にしたように、ザフトはちょうどディオキアにいたミリアリアを利用したのだ。
操舵席には依然として、アーノルド・ノイマンが控えている。
自動操縦に切り替わっていたが、ずっとここを守っているのは彼の性分だろうか。
今ブリッジにはサイとノイマンの二人だけで、マリューたちはブリーフィング中。
キラやナオト、マユはカタパルトデッキでティーダの右腕修復中だった。ティーダの右腕部武装・トリケロスは運良く戦闘中にアークエンジェルに拾われ、今その接合作業を行なっている。
そんな時だった――
ノイマンが、突然沈黙を破ったのは。
「似てるな。
バジルール大佐に」
──勿論、あのフレイ・アルスターの件だ。
ノイマンは操舵輪の調子を見つつ、静かに語った。
「貫禄、威厳、気品、どれをとってもフレイ嬢のものではない。
例の条件をあっさり代表に呑ませた処など、自分は大佐が
「降りてきた?」
サイはコーヒーを注ぎ、ノイマンに渡す。そこで初めてノイマンはサイを振り返った。
何事にも動じない落ち着いた風情は、2年前と全く変わっていない。
「君たちの世代はもう、そういう言い方をしないかな。
亡くなったはずの人間の魂が、別の人間に宿って再び現世へ蘇る──それが、『降りる』ということだ。
尤もよく考えれば、大佐はあのような駆け引きは好かないかただったがね」
駆け引きと聞いて、サイは3時間前を思い出してしまう。
強引、傲慢を象徴するかのようなフレイのやり方を──