【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
フレイがカガリに差し伸べた手──
つまり、ミリアリア救出作戦の概要は以下のようなものだ。
現在、アマミキョは丁度旧インジェ岬北端・ディオキアザフト暫定基地周辺に停泊している。
アークエンジェルから直接フリーダムやルージュが出撃するのは危険すぎる為、アマミキョからアマクサ組が潜入工作を行ない、密かにミリアリアを救出する──
そして救出後のザフトの反撃に備え、ティーダ・アフロディーテ・カラミティ・山神隊はアークエンジェルから出動し、そのままアマミキョへ帰還。
その間にアークエンジェルは、まんまと逃げおおせるというわけだ。
当然、この作戦はアマミキョ及び山神隊へのリスクが大きい。
そこで、フレイは次のような条件をアークエンジェルに突きつけた。
まずは、作戦の要となるティーダ・アフロディーテ・カラミティ、そして山神隊の機体の補修。
次に、アマクサ組と山神隊による、アークエンジェル内部の捜査。
さらに絶対条件としてフレイが提示したのが、アマミキョ及び山神隊による、アークエンジェルの常時監視。
ついでに、今後のアマミキョの人命救助・人道支援活動には積極的にアークエンジェルが協力するよう努める──
「最後の条件だけは努力義務です、姫。
こちらとしても精一杯譲歩させて頂きました」
などと、フレイは堂々とカガリに言ってのけたのだ。
あまりのことに唖然とするオーブ代表に、彼女は畳みかけた。
「オーブの民草、貴重な同志を救出する為なら、造作もないことでしょう。
アークエンジェルの引渡しを迫らなかっただけ、ありがたいと思って頂きたい。連合軍が我々についてきた本来の目的は、貴方がたの逮捕なのですから。
それとも、監視されて困ることでもおありか?」
絶句するカガリは、肩を震わせることしか出来ない。
フレイはそんな彼女の耳元にそっと顔を近づけ、囁いた。かすかに触れ合う、紅髪と金髪。
「今後のダーダネルスでの戦闘介入にも支障が出る――か? 姫」
カガリが驚いて頭を上げると、目の前でフレイの濡れた唇が笑っていた。
「姫。貴女はご尊父の意思を継ぎ、オーブを再び戦火に落とすまいと努力して来られた。
世界広しといえども、ハーフコーディネイターが堂々と胸を張り、アイドルもどきにまでなれる国はオーブぐらいのものだ」
ちらりとナオトを横目でみやるフレイ。思わずそれに反駁する少年。
「僕はアイドルじゃありませんっ、レポーターです!」
だが当然のようにフレイはナオトを無視し、カガリを責め続ける。
「なのに何故今、その努力を放棄し、剣を持つ?」
「……っ!!」
口ごもるカガリの代わりに、キラが答えた。
「じゃあ、カガリはどうすれば良かったというの?
どれだけ努力したって、踏みにじられるばかりだったのに」
どういうわけかキラは、堂々とフレイに対峙している──
先ほどまでの慟哭が、まるで嘘のように。
あれだけ取り乱していたのが、まるでなかったかのように。
が、サイはその答えに思わず舌打ちしてしまった。
案の定、「この」フレイが一番嫌うタイプの答え方しやがって。
――予想通り、彼女は冷たくキラを拒絶した。
「質問に質問で回答するような無礼に答える義理はない。
その甘い選択の結果として、ミリアリア・ハウが危機に瀕しているではないか!
これは姫だけではなく、ここの全員に言えることだが」
フレイはブリッジクルー全員を眺めわたし、コンソールを指でコツコツ叩いた。
「相手に分かってもらえないというのならば、分かってもらうまで話し合う努力をしなければならない――
それを怠った結果が、先の殲滅戦争。
それを一番よく理解しているのが、このアークエンジェルで戦った人間たちだと思っていたがな」
そこでどうしても反論せずにいられなかったのか、息巻くカガリ。
「だがもう事態は、努力でどうにかなる段階じゃ……!」
「だから自分も剣を振りかざし、民を巻き込むというのか?
ミリアリア・ハウに降りかかった災いは、今後オーブの民全員に降りかねん災いだ、姫」
いつのまにか、フレイは敬語を使わずカガリと話していた。
未だ代表になりきれぬ少女は金髪を振り乱しながら、その言葉を必死でかき消そうとする。
「私に選択肢はなかった!
オーブに私が留まっても、どうにもならなかったんだ!」
その時、サイはつい心で吐き捨てた――
嘘をつけ、と。
まず、カガリやアスハ派には内外の協力者が多数存在し、それ故アークエンジェルもたっぷり補給をしつつ行動出来る。
カガリは官邸でセイラン派に囲まれ、キサカもアスランも離れてしまい孤立していたと言いたいのだろうが、それは彼女の思い込みに過ぎない。
その気になれば、スカンジナビアでもインドでも、もしくはセイラン家以外の派閥でもモルゲンレーテなどの大企業でも、幾らでも協力を求め、ザフトとの和平を講じる道はあった。
そもそもセイラン家とて、決して自らオーブの平和を乱したいわけではない。話せぬ相手ではなかったはずだ。
──尤も、二十歳にも満たぬ少女であるカガリにそれほどの交渉力を求めるのは、非常に酷なことではあったが。
暫くの間の後、フレイはカガリから目を離した。
これ以上話をしても無意味と言いたげに。
「二年前のパナマ戦において。
ザフト降下の際、降伏を申し出たナチュラルの兵士にザフトのモビルスーツが何をしたか、姫はご存知か?
『ナチュラルの捕虜など不要』──とばかりに、重突撃機銃で狙撃したそうだ。
生身の人間を」
カガリ、キラ、そしてサイまで含め、クルー全員に戦慄が走る。
マスドライバーを巡る攻防の陰で、陰惨な光景が繰り広げられていたとは聞いたが、まさか、そんな──
未だに自分が戦争の現実を把握していなかったことに、サイは歯噛みした。
一瞬、フレイの嘘だとさえ思いたかった。
だが今彼女がこんな嘘をついて、何の利があるだろう。つまりこの話は恐らく、間違いなく事実だ。
チュウザンで俺が見てきた惨劇は、戦場のほんの一部でしかなかったのか。
これを聞いてしまうと、話し合いや歩み寄りなどという言葉など、全く無意味に思える。
だがそれは、双方の無理解が無理解を生み、拒絶が拒絶を呼んだ結果だ。
つまり、和解への小さな努力の積み重ねを全て放棄し、互いが剣をとった結果。
「その兵士たちの中には、少年兵や民間の看護師もいたと聞く。
──私が何を言いたいか、お分かりか?」
ここまで言われれば、どんな馬鹿でも分かる。
今、ミリアリアがどのような仕打ちを受けているか、だ。
カガリは状況の重さに耐え切れず、遂に立ち上がった――
フレイと対峙する為ではなく、自室へ逃げ込む為に。
止めるキラやマリューを振り切って、獅子の娘はブリッジから逃げ出そうとしたのである。
だがブリッジのエアロックが開いた瞬間、カガリの足は止まってしまった。
「……うっ!」
「えっへへ~♪」
そこに立ち塞がっていたのは──
長い黒髪を先端で軽く結わえた幼い少女、マユ。
瞬時にサイは気づいた。
浴場の事故の直前、マユが自分を浴場から誘い出したのも、フレイの策略だったことを。
邪魔な自分をキラから引き離しておいて、フレイはキラを自らの手で、思う存分叩きのめした──
同じように、マユを使って代表を叩き潰す気か。
蒼白になって息を弾ませるカガリを、マユは笑って見上げる。
フレイが鬼なら、マユは鬼の子と言っていいだろう。可愛らしい大きな黒い眼球がくるりと動き、その小さな唇は心を抉る言葉を吐く。
「また、逃げ出すの?
私のパパやママを殺した時と同じように、オーブを見捨てて。
貴方への憎しみを燃やしてプラントへ上がった、お兄ちゃんの気持ち――
また、踏みにじるの?」
その時のマユの一言が、何よりの決定打だった。
カガリ・ユラ・アスハは、提示された条件殆どを丸呑みせざるを得なくなった。
直後に、潜航していた山神隊とラスティがアークエンジェルのカタパルトに堂々と迎えられ、やや淋しかったカタパルトは瞬時に大混雑となった。
作戦の為、ナオト、マユ、ラスティ、カイキはずっとそれぞれの機体にこもりきりだ。
尤もナオトは取材をしたいとせがんでいたが、さすがにカガリもマリューもそこまで許すわけにはいかなかった――その時にはもう、山神隊による捜査が始められていたから。
非常に強引な手法ではあったが、サイはフレイのやり方に何処か納得していた。
――アークエンジェルにはちょうどいい薬だ、と。
アークエンジェルにティーダとナオト、マユを任せられれば……という当初の考えも、今のサイの頭からはなくなっていた。
この船にいては、ナオトたちは恐らく今まで以上の危険に晒されることになる。
そもそも、キラでさえティーダのパイロット登録を解除出来ず、フレイがティーダの譲渡を拒否している限り、ティーダがアークエンジェルのものになる心配はないが。
ブリッジでノイマンと二人きりになっていたサイは、ふと彼の背中を眺める。
寡黙で、実直を絵に描いたようなこの操舵士は、何故再びこの船に乗ったのだろう?
ノイマンの現在の階級が分からなかったが、サイは敢えて昔の肩書で尋ねる。
「ノイマン少尉。
自分はフレイの件も疑問ですが、それ以上に分からないのが代表やアークエンジェルの行動です。
キラや代表、艦長とも話はしましたが、まだ納得出来ません。
貴方は腕もあり、頭も良いかたです。自分は何度も貴方の腕に救われました。
貴方がいなければ、アークエンジェルも恐らく、ここまでは来られなかったはずです」
ちょうど調整を終えたノイマンは、ゆっくりとコーヒーを啜った。
「逆に言うなら、自分がいなければこの船は動かず、オーブが混乱に巻き込まれることもなかった。
何故この船に乗ろうとしたのか? ──ということかい」
「無礼を承知で、お尋ねしています」
するとノイマンは、ぽつぽつと語り始める。
「あの人が、命を賭して守った船だからだよ。
バジルール大佐がね」
サイはその言葉の意味がよく掴めない。
彼女はドミニオンで、アークエンジェルに対してローエングリンを向けたのではなかったか?
「少尉。フラガ少佐はドミニオンの攻撃によって
──その、つまり……」
はっきり言えないサイの疑問を受け、ノイマンは答える。
「あの時アークエンジェルを狙い、フラガ少佐を撃ったのはバジルール大佐だと、そう言いたいんだろう? 状況だけ見れば確かにそうだ。
だが、君は感じなかったか? あの時のバジルール大佐の声を。
君たちはおそらく状況に対応するのに必死だったろう。だが、自分は聴いたんだ
──ラミアス艦長に『撃て』と命ずる、彼女の声をね。
そしておそらく艦長も同じ声を聴いた、だから君たちに命じた」
淡々と語る操舵士。
普段寡黙を守るタイプなだけに、余計にその重みは増した。
「――『撃て』と」
あの時のサイには勿論、何も聴こえてはいなかった。
ノイマンの指摘通り、自分は命令に従うだけで手一杯だった。
「当時のドミニオンで何が起こっていたのかは、勿論誰にも分からない。
だが、アークエンジェルを撃つことは絶対に大佐の本意ではない。自分を撃たせたとしても守り抜く──
その意思が、自分には感じられたんだよ。
だから自分は、今も乗っている。あの人が守った船を、こんな処で沈めるわけにはいかない」
人の意思が、宙域を駆け抜けたというのか。
サイは俄かには信じられず、ノイマンをまじまじと見てしまっていた。
が、彼の目は全くの正常だ。サイを見ながら、悪戯っぽく笑ってすらいる。
「すまないね、オカルトめいた話ばかりして。
こんな話は誰にもしてない――艦長についても、自分の推測にすぎない。
だがフレイ嬢を連れてきた君なら、分かるかと思ってね。
一応言っておくが、チャンドラもマードック整備士も、理由はまた違う。オーブで一生偽名を使って隠匿生活なんて、働き盛りにはそうそう我慢出来るものじゃないからな」
サイは、ノイマンの言葉を殆ど理解出来ないことが、申し訳なかった。
魂が宇宙を駆け、再び蘇る──
フレイがそうだと示唆しているのだろうか、この操舵士は。
──気をつけろ、幽霊船だ。
ディアッカの残した血文字が、サイの脳裏を掠める。
同時に思い出されるのが、フラガを思わせるネオ・ロアノークの仮面。
ニコルやラスティを目撃した時の、アスランの動揺。
マユを見た時の、あのザフトパイロットの思わぬ行動
──そして、フレイ・アルスター。
この事実が、いよいよ冷たい波濤となってサイの胸に押し寄せる。
その悪寒を振り払うように、サイは別の話題をふった。
これも決して、明るい話題ではなかったが――
「トノムラ軍曹は、やはり連合に戻られたんですか。
ご家族が心配だということでしたが」
ノイマンの口もとから、柔らかさが消えた。いつもの硬い表情に戻り、呟く。
「自分もよくは知らない。だが、知らない方がいいこともある。
……夜明けまでは?」
「あと1時間です」
サイはカタパルトの様子も確認しつつ答える。ティーダやアフロディーテ、カラミティの補修も、どうやら間に合いそうだ。
サイが心配だったのがIWSPとカラミティの各砲門の損傷、そして何より、達磨同然の状態となったティーダだったが、これも驚いたことに何とかなってしまいそうだ。
どれもワンオフで、簡単に替えがきくものではないはずなのに──
しかもティーダには、コクピットブロック周辺にラミネート装甲まで施されようとしている。アークエンジェルで使用している装甲を若干拝借し、そのままティーダにくっつけてしまえという、やや乱暴にも思えるフレイの提案だった。
ノイマンは言う。
「ターミナルの海底基地が付近にあって、助かったよ。
ティーダも心配ない。戦闘システムの開発データはモルゲンレーテのものだし」
海底基地といえばサイが思い出すのが、オギヤカだ。
同じような力を、アスハ家も持っていたとは──
「予想以上に凄まじかったんですね、アスハ家の威光は」
だが、ノイマンは感情を交えずそれを否定するだけだった。
「アスハ家じゃない。
ラクス・クラインの力だよ」