【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
――何故、こんなことになってしまったんだろう。
夜明けどころか外の景色など一切見られぬ、簡易便所のような小部屋の中で。
ミリアリア・ハウはただ、痛みをこらえ身体を横たえていた。
天井にはお情け程度の通風口があるが、そこから流れる空気はたっぷりと湿気とカビの匂いを含んでいる。魚の腐ったような悪臭の正体は、血だろうか?
ここはディオキア暫定基地内の留置場だ。他にもザフトに対して反逆したとされる者たちが多数捕らえられ、毎分のように凄惨なる絶叫がどこかしらから聞こえてくる。女性の悲鳴の方が多かった。
彼女たちが何をされているか、ミリアリアには既に分かっている。
戦場をくぐりぬけ疲弊した兵士たちが、捕らえた女性たちに何をするかなど
──どの地域でも、どの時代でも、同じだ。
剣ではなく、ペンと写真を使って、戦いのない世界を作っていけたら。
いや、世界なんて大それたことは言わない。
大事な存在を無慈悲に理不尽に奪われる人間を、一人でもなくしていきたい。
──そう誓って、旅立ったはずだった。
しかし待っていたものは、ただ何も出来ない、残酷な現実。
チュウザンに行っても、サイと会うことも出来なかった。
フレイの真実を見極めることも出来ずに、自分は強制的にオーブへ戻された。
あいつは──ディアッカは、プラントに戻って再びザフトの一員としてプラントを守っているのに。
彼に比べて、自分はなんと無力だろう。ラクス・クラインの偽者のライブを、鉄柵ごしに撮影する程度が関の山とは。しかも、偽者と分かっていても証明することさえ出来ない。
それどころか今、自分はザフトに拘束され、あろうことかアークエンジェルをおびき出すエサとして使われている。
無力な上、力ある者の足を引っ張る──そんな自分が情けない。
痣の出来た鎖骨のあたりを、涙が落ちていく。
アークエンジェルはきっと、自分の救出に動いてしまうだろう。
自分がどれほどのニュースになっているかは、ミリアリア自身ザフト兵から聞かされている。
オーブの理念を守り通そうと立ち上がったアークエンジェルが、志を同じくする仲間を見捨てたとあっては、世論を味方につけるのは非常に難しくなる。そこまで予測して、ザフトは私を捕らえた──
それにも気づかずにうろうろしていた自分は、何と愚かだったろう。アスラン・ザラとの接触に成功したというだけで、舞い上がっていたなんて。
鋼鉄の床の冷たさが、彼女の身体を震わせる。殴られた脚と胸はまだ痛み、内出血を起こしていた。
ここからでは、今が朝か夜かも分からない。カメラは勿論、時計も奪われている。
捕らえられてからおよそ24時間。ろくに眠れず、食事も取れていない。
左足の小指の痛みは、未だに全身を駆け巡る。靴を脱がされ、無防備になった裸足を軍靴で踏まれた時の痛みだ。
「……力が、欲しい」
絶望の中、ミリアリアはぽつりと呟いた。呻きと共に。
深海奥に隠された、クライン派の基地・ターミナル──そこから半ば強引に搬入された機材を使い、アークエンジェルは急ピッチでモビルスーツの補修を進めていた。
マリュー、マードックが忙しくたち働き、キラはティーダのOSをチェックしている。
その英雄の姿をナオトは嬉しそうに眺めていたが、その後ろではフレイたちアマクサ組がそれぞれの機体にとりついていた。
そして、山神隊のスカイグラスパーとディープフォビドゥンも、豊富なバッテリーを詰め込んでいる真っ最中だ。
作業用タラップで移動しつつ武装の詳細を指示しながら、時澤は不満げに風間を振り向く。
「いいのかな、監視なんて生ぬるい措置で。
彼らはお尋ね者だよ」
風間は注意深くディープフォビドゥンのセンサーをチェックしながら、素っ気なく答えた。
「こちら側に正規の連合軍はたった二人。こんな処でハイ、貴方がたを逮捕します! なんて言い出してみなさい、蜂の巣にされてもおかしくないわ」
「アルスター嬢が動かない以上、自分らは何も出来ないってことか……」
当のフレイはアフロディーテに乗り込み、ラスティと脚部関節の装着作業を見張っていた。
アフロディーテは首が破損し、両脚部が飛ばされてはいたものの、元々が量産機ダガーLだったこともありパーツそのものはすぐに確保出来たようだ。
新たなパーツを装着し元のシステムと100%連動出来るかはまた別問題だったが、そのへんはフレイがうまくやるだろう。そう山神隊に確信させるほどの力強さが、今のフレイにはあった。
「それに、彼女の出した条件で今後、この船の動きをトレースしやすくなったのは確かよ。
連合上層部がその情報を正しく使えるかは別問題だけど、現時点でやれるだけのことはやったはず」
「確かに、アマクサ組の捜査は徹底していたよ。ゴミ箱や洗面所はともかく、トイレの配管まで手を入れるとはね……何を漁っていたのやら」
「甘いわね、軍曹は。
漁ってるんじゃない……取り付けてるのよ」
言うと風間はポケットから、オペレーター用のインカムを取り出した。
「これは仕込み式ね。ここに仕掛けるなんて大胆すぎる気もするけど」
「まさか……それ、盗聴器!?」
仰天する時澤に、風間はウィンクしてみせる。「ティーダの通信機能を使えば、Nジャマーで隔絶された遠距離でも、この船を捕捉できる」
「だから、アマクサ組はあれほど余裕でいたわけか。
すぐ拘束に向かわなかったと聞いた時は、自分らは打ち首かと思ったけど」
「ただ……
それでも、アークエンジェルはやるでしょうね。ダーダネルスでの介入を」
ザフト兵のくぐもった声と、重い扉に手をかける音が響く。
どうやら自分は、別の場所に移送されるらしい。マスコミ対策の映像を撮られるようだ──
情報のネタを得るはずの自分が、ネタにされてしまうとは。ミリアリアは唇をかみ締めたが、どうすることも出来ない。
「――んだよ、まだ何もしてねぇだと? お前ららしくもねぇな」
「しかし、これは上官の命令です。
人質に傷をつければ、どのような報復がなされるか及びもつかぬと」
傷なら十分についていると叫びたかったが、ミリアリアはひたすら息を潜め、男たちの会話に耳をすませる。
「バカヤロ、人質にしたってだけで十分報復理由にはなるさ。その為にグフまで呼び寄せたんだろ?
ともかく1時間後に移送だ。お前らがヤらないなら、俺が食べちゃうよ~?」
通常の食事を意味する言葉でないことは、ミリアリアはすぐに分かった。
ロックの開閉音と共に、乱暴にドアが開く。
そこに傲然と立ちはだかっていたのは、黒いサングラスをかけた、緑服の金髪の男。かなり軍服を着崩し、両手をポケットに突っ込んでいる。
大胸筋が見えるほど大きく開いた緑服に、ミリアリアは一瞬恐怖を忘れて目を見開いてしまった。
男はニッと笑う──剥かれた鋭い犬歯が、輝いた。
「なーんだ。
ナチュラルにしちゃ、結構可愛い顔してんじゃん?」
男は無造作にミリアリアの襟ぐりを掴む。彼女の身体は軽々と引っ張り上げられ、息が詰まった。恐ろしい力だった。
怒鳴り声──
「俺の獲物だ。
お前らその気ねぇなら、向こう行ってろ!」
背後の軍人たちの眼が、光っている。
「見張りは二名以上でとの規則であります」
「ドアホ、したいならしたいと素直に言いやがれ。
命令とスカートってのは、破る為にあるんだよ!」
ミリアリアにはもうはっきりと分かった、自分が何をされるかを。
昼夜問わず聞かされたあの悲鳴を、今度は自分が上げる番になることを。
男は舌なめずりをしつつ、彼女の襟をさらに引っ張る。汗にまみれたシャツが若干破れた。
「おっと残念……Bの65ってとこか?」
あくまで軽妙な口調。この調子で、他の娘たちやナチュラルを傷つけ続けたのか、ザフトは!
ミリアリアの心は怒りと恐怖で燃え上がったが、女の力ではどうにもならない。男はいきなり彼女を床へ押し倒し、胸をわし掴む。手錠のかかった両手首を押さえられ、その拍子にシャツが胸元から一気に裂けた。
彼女に馬乗りになったグラサンの背後から、軍人二人の影がぬぅと近づく。止めようとするのではなく、参加しようとして――
剥き出しになった白い肩、緩んだブラジャーの紐。
ザフト兵の前では押さえに押さえていた涙が、恐怖と共に零れ落ちる。叫ぼうとしても、口を肘で強引に塞がれた。
日常茶飯事だ、自分の身に降りかかることも十分予測していた、でも──
「そこの便所なら、もっと面白い刑が出来ます」
全く面白くもなさげな、ザフト兵の囁きが流れる。下卑た笑いを漏らすでもない、感情のこもらない瞳。整列を命じる時と同じような口調。
「ナチュラルのテロ女にはちょうどいい。
自分たちは、シャンプーと呼称しております」
恐怖と屈辱と怒りが、彼女の心へ一気に洪水の如く溢れ出す。
力があれば。力さえあれば、こんな奴らは潰せるのに。
力が、力が、力が欲しい! 助けて、助けて、助けて
──トール!!
ザフト兵の汗ばんだ手が、ミリアリアの臍あたりに伸びた。
上半身を押さえつける、金髪のグラサン。両脚は男二人の軍靴に踏みにじられ、彼女の心も身体も、ザフト兵三人に押し潰されようとしていた。
――だが、剛毛の生えた手がいよいよミリアリアのベルトにかかった、その刹那。
部屋中に走った閃光と共に、目の前の金髪が踊るように立ち上がった。
投げ捨てられるサングラス。
「……ぐあっ……!?」
ザフト兵の悲鳴と呻きをここで聞くとは思わなかった。何発か、肉に鉄槌が食い込むような音が鈍く響く。
何が起こったのか。涙で視界がぼんやりかすみ、ミリアリアは一瞬では把握出来なかった。
「んな扱い方じゃ、お姫様に嫌われるぜ!」
金髪男が右腕をさすりながら悠然と、ザフト兵二人に流星の如き蹴りを食らわしていたのである。
一瞬にして床と接吻させられた男が、それでも必死で金髪の足首を掴む。
「ミゲル・アイマン……
貴方ともあろう者が、ザフトを裏切るか!」
だがその言葉を受け、金髪はその眼を細める。
わずかに橙を帯びている瞳が、鋭く光った。
「俺は黄昏の魔弾、ザフトの尊厳を守る男。
裏切ったのはお前らだろうが!」
そのままミリアリアの身体は彼の左腕で軽々と持ち上げられる。
まるで子供を肩車でもするように彼女を抱えると、ミゲル・アイマンを名乗るその男は軍人二人を蹴り飛ばし気絶させ、颯爽と部屋を飛び出していった。
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次回予告
かつて、無力な少女は力を得る為己を売り、
無力な少年はただ、打ちひしがれた。
その事実を知る、彼女の選択は。
そして、かつての少年たちの選択は、今──
次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation
「飛べ、ミリィ」
青の波濤、切り裂け! グフ!
※ミリィが囚われる本エピソードは種運命26~27話の間あたりを想定しております。
何だかんだで種運命編中盤まで来ました。