【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
グフ・イグナイテッドのハッチを、義手からの閃光でたやすく破壊したミゲル。
彼はミリアリアを抱えたまま、悠々とコクピットに乗り込んだ。
スパークを続ける左手もそのままに、ミゲルは強引に起動シークエンスを開始する。
「ち……
右腕が吹っ飛ばされてる上に、左脚部関節も30%以上損傷かよ。しかもフライトユニットまで使えねぇときた。
ツキはそうそう、あるもんじゃねぇな」
それもそのはず――このグフはダーダネルス戦でほぼ使い物にならなくなったも同然のシロモノだ。
愚痴りつつもミゲルは機体を突進させ、閉鎖された進入口をためらうことなくビームガンで撃ち抜いた。
逃げ遅れ、巻き添えになった整備兵たちがゴミのように吹飛ばされていく中、グフはやや傾斜したカタパルトデッキを滑り、一気に港へ出る。
他にも兵士を二、三人は轢いただろう――あまりの容赦なさに、ミリアリアは茫然とするしかない。
そんな彼女の目に、朝陽に照らされた静かな蒼い海が迫った。
「悪かった。
さっきは、あんな真似しちまって」
グフを走らせながら、ミゲルはぽつりと弁解する。
「ああでもしないと、ザフト兵の油断は誘えないからな」
「助け方としては、最悪ですね」
多少余裕を取り戻したミリアリアは、荒れた砂浜を走る機体の振動に耐えながら、軽口を叩く。
振り向きもせず答えるミゲル。
「あそこまでザフトが弱体化しているとは思わなかったがな……
いくら戦争がなかったからって、ダレ過ぎだ。軍規も何もありゃしねぇ」
彼の金髪と緑服を眺めながら、ミリアリアは素直に礼を言った。
「でも、嬉しかった……ありがとうございます。
あいつがまた、助けてくれたような気がした」
「あいつ?」
「ザフトに、ボーイフレンドがいたんです。ふっちゃいましたけど」
その時、ミゲルは驚くべき言葉をたやすく口にした。
「エルスマンかい?
勿体ねーなぁ。アイツ一応、評議員の息子だぜ?」
「え?」
何故、見ず知らずの貴方が、それを知っている?
またも息をのんだ彼女に、ミゲルはウィンクしてみせる。視線は前方に向けたまま。
「俺ァ、アイツの元同僚だ。
二年前の」
ミリアリアは青ざめ、二の句が継げない。
それが意味するところは──
「ちっとは頭が回るようだな。
俺は、アンタの平穏な生活をぶち壊し、アンタの元彼を殺した奴の仲間だよ」
グフの重い駆動音が、コクピットを満たす。
ミゲルはさらに笑った。
「ちなみに俺はあの頃、ナチュラルって奴が大っ嫌いでね」
「だったら、何故……」
その瞬間、コクピットにひときわ強い衝撃が走った。
ミリアリアは舌を噛みそうになりつつも、モニターを確認する。響きわたるアラーム。
「追っ手だ! つかまってろっ」
背後の青空から、3機のバビが単眼を光らせて追撃してくる。紫のとんがり帽子だ。
ユニウスセブン墜落の影響で荒れたままになっている浜をひた走るグフ、容赦なく空から攻撃を加えるバビ。
蒼い海が爆炎で染まり、大量の砂塵が水柱と共に巻き上がる。
「片腕にゃもう、慣れてるんだよ!」
ミゲルの叫びと共に、グフはただ一本残った左腕を器用にかつ素早く動かし、背後の攻撃に対してシールドを翻して機体を守った。
舌打ちするミゲル。
「駄目だ、スラスターも動かねぇ。
これじゃ海に逃げられねぇか……」
しかし、未だ彼には余裕があった。
紅に輝く電撃鞭──スレイヤーウィップを振りかざしたグフは、空中から迫った一機のバビに叩きつける。
血染めの蛇の如くバビのエンジン部に喰らいついた鞭は、高周波による超振動により一息にバビの動きを停止させ──
そのままバビは浜辺に墜落し、光となって爆散していく。
ミゲルは機体をぐるり旋回させ、さらに2機のバビを続けざまに鞭で落とした。
紅の波動と共に電撃の鞭は青空をうねり、敵に絡みついてその動きを奪う。
そのさまはまるで、空中で舞い踊る、紅蓮の刃だった。
だが、炎上する砂浜の中からさらに、砂を掠めるほどの低空飛行のディンが滑り込んでくる。
空からも陸からも、雲霞の如く敵が現れる──ミリアリア一人を狙って。
「ナチュラル嫌いの俺が何故、あんたを助けるのか? 何故、フレイに従うのか?
コーディネイターを毛嫌いしていたフレイ・アルスターに……だろ?」
俊敏かつ安定した機動を繰り返しながら、ミゲルはふっとミリアリアに微笑む。
その笑いと共に、電撃鞭がディンの腹に叩き込まれた。
「俺たちは、全ての人間を超越するからさ。
キラ・ヤマトもラクス・クラインもアスラン・ザラも、その為の種だ」
この男は一体何を言っているのか。彼女には全く意味が分からない。
「答えになってない……」
「いずれ分かる時が来る。
その為にじっくり見ておくんだな、俺たちの生き様を!」
ミゲルの言葉と共にディンが2機、またもやミリアリアの眼前で紅の蛇の餌食となり、炎の柱と化した。
一旦浮上したアークエンジェルのカタパルトから、スカイグラスパーにカラミティが次々に射出されていく。
アフロディーテ、そしてサイを同乗させたティーダも、今まさに発進直前だった。
《ティーダはアフロディーテ発進後、10秒で出動。
名残を惜しんでいる暇はない、もたつけばミリアリアの命はないと思え》
フレイの言葉がティーダコクピットに反響し、ナオトはいつもの通り反抗的な態度を見せる。
「分かってますよ!
全く……殆ど取材も出来やしなかったじゃないか」
「怒るなよ。俺たちは曲がりなりにも、この船の監視者になったんだ」
サイが諌めたが、ナオトはなお不満げに頬を膨らませる。
「だから、何で監視なんか? キラさんたちは、オーブを守りたいだけで……」
《ストライク・アフロディーテ、出るぞ!》
轟くフレイの声が、ナオトの反論を押さえつける。
ティーダの前を、火花を散らし颯爽と出撃していく血のストライク──アフロディーテ。
そしてティーダが発進シークエンスに入る。海に向かって開かれたカタパルトハッチに向かい、ナオトは堂々叫んだ。
「ガンダム・ティーダ、ナオト・シライシ、マユ・アスカ、出ます!」
その時サイはふと、モニターに映るキラとマリューを見つめた。
ティーダのエンジン音とナオトの大声に潰されると承知していながら――
その唇から自然と漏れたものは、別離の言葉。
「──さようなら」
浜辺で一気に包囲されるグフ。
相変わらず必死の応戦を続けるミゲルだが、片足損傷の上に右腕部欠損状態では、さすがに限界が近づいていた。
空中から次々に襲来する敵の物量に、グフは次第に圧されていく。ミリアリアが乗っている為、攻撃そのものは比較的穏やかなのが救いか。
軽口を繰り返しつつも、少しずつ焦りの色を隠せなくなっているミゲル。
そんな彼に、ミリアリアは驚くべき提案を出した。
「降りましょう、ミゲルさん」
「何だって!?」
「敵の狙いは私です。私が無防備になれば、攻撃は止まるでしょう?
私を死なせたら、困るのはザフトよ」
「サイみたいなこと言ってんじゃねぇ!
モビルスーツ戦に人間が巻き込まれたらどうなるか、身をもって知ってるだろうが。ナオトから聞いたぞ」
「だけどこのままじゃ、死ぬわよ!」
瞬間、ディンの爆撃がさらにグフを襲う。
モニターが砂煙とノイズで煙る。左脚部関節破損のアラームが鳴り響いた。
──観念したように、呟くミゲル。
「ったく……
それしかなさそうだ」
彼はハッチを再び開くと、砂と炎でもうもうと煙る空気の中へ、ミリアリアを背負いつつ頭を出した。
焼けた砂浜に飛び降りると、ミリアリアの予想通り、砲撃は止まった──
恐れることなく、ディンの群れを一瞥するミリアリアとミゲル。敵との物理的距離は十二分にあり、走って逃げおおせることすら可能なように見えた。
案の定、ザフト兵たちは彼女を殺してしまうことを恐れている。
モビルスーツでミゲルを殺すことなど造作もないだろうが、それでは彼が背負っているミリアリアまで確実に吹っ飛ぶ。
ミゲルはふと思う。フレイもよく言っていたっけ――モビルスーツは対人戦では意外に分が悪くなることもあると。
「俺はあんたを盾にすることになったわけだ。悪いな」
「別に。
そもそもこれ、私の提案ですよ?」
空から追撃してくるバビを振り返りもせず、ミゲルは彼女をおぶったまま砂浜を走り抜け、港湾内の工事中の建造物に入り込む。
どうやら新たな基地を増設する予定らしいその場所は、鉄骨がむき出しになって放置されている、いかにも脆そうな骨組みのみで構成されたビルだった。
ユニウスセブン落下で傷ついた砂浜に無理矢理建造しようとしている為か、ミゲルたちが作業用通路で足を踏みしめるだけで、ビル全体がかすかに揺れた。
その通路も、つり橋の如く空中に突き出し、鉄骨と鉄骨を支えるだけの代物。さらに天井が低い為、ミリアリアはミゲルの身体から降りざるを得なかった。
「ここに、フレイたちが来るの?」
「そう。まさかこんな豆腐ビルとは思わなかったがな」
ミゲルもさすがに不安げに、建造物を見回す。
爆撃が一度でも来れば、こんなビルは一瞬で崩壊してしまうだろう。現に今も、砲撃音だけで足場はビリビリ震えている。
「もうちょっとだ。
フレイが来るまで、もちこたえてくれよ」
ミゲルは出来るだけゆっくりと、ミリアリアを肩から降ろす。
だがその途端、彼女の足に痛みが走った。
尋問された時の爪先の激痛が蘇り、ミリアリアはその場で座り込んでしまう。剥きだしのままの両足首は、血で滲んでいた。
「痛っ……
まずいわね、これは」
足に力が入らない。
彼女が改めて、自らの無力を感じ取った瞬間──
「ヤバイ――逃げろ!」
ミゲルの叫び。それをかき消す轟音。
彼女を庇おうと、咄嗟に前に出たミゲルの緑服。
その向こうに見えたものは──
通路や鉄骨をものともせず打ち砕き、崩壊させ、突進してくる三角帽子・バビだった。
赤みを帯びたその単眼がギラリと輝き、走る閃光。
ミリアリアは両腕で、降りそそぐ瓦礫から自らを守るだけで精一杯だった。
足場はブランコのように揺れ、やがて彼女の体重すら支え切れず、あっけなく崩れていく。
彼女が僅かに確認できたのは、崩壊し鉄骨の山となりゆく建造物の底へ底へと落ちていく、ミゲルの身体だけ。
声にならない叫びを発しながら――
ミリアリアは自分もまた、彼と同じ運命を辿りつつあることに気づいていた。