【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「ナオト、もう少し低く飛べ!
何としても、バビに喰らいつくんだ!!」
ティーダの手に乗り空を滑りながら、サイはナオトに指示を出す。
目標のバビに接近しつつ、ノーマルスーツの腰部からワイヤーを引っ張り出し、サイは自身とティーダの掌部を繋ぎとめていた。
サイの考えはごく単純だった。
ティーダがその機動性を利用してバビに近づき、組み付いたところで彼自身がバビに渡り、ミリアリアをその掌中から救出する。
勿論その間に、ティーダは相手の気を逸らしておく──
サイがこの作戦を提案した時は、当然ナオトと激しい口論になった。だが、人間をモビルスーツの戦闘に利用するような手段をザフトがとるなら、こちらも生身でチョロチョロ動ける人間で対抗してやるのが一番だ――それがサイの主張だった。
ナオトもそれで渋々承諾し、彼をティーダの手に乗せたのである。
用意しておいた整備用の大型レンチと爆薬を確認し、サイはバビを見上げる。
ミリアリアの囚われているバビを。
「馬鹿者が……」
アフロディーテの中でサイとティーダを確認し、不機嫌を露わに呟くフレイ。
ミゲルの声も響く。
《あのボケ!
また生身で、どうする気だ!?》
だがフレイは、そのまま指示を出し続けた。
「ミゲル、山神隊もラスティも健在だ。
戦線はこちらに移動しつつある。10秒でカラミティも追いつく、貴様は退避しろ」
《しかし、ティーダが!》
「これ以上私の怒りを買いたいか、退けっ!」
瞬間、アフロディーテはIWSPを翻し、バビの退路を塞ぎにかかる。ミリアリアの捕まったバビを睨むフレイ。
バビはディンとゾノの支援も受け、カラミティの砲撃すら軽くかわして逃げようとする。だが、1.9m対艦刀を両腕に携えたアフロディーテは、すれ違いざまに2機のディンを腹から叩き斬った。
まるで臓物をぶちまけるかの如く破壊され、炎を噴き上げて海へ落ちていくディン。
さらにアフロディーテは海中のゾノにも狙いを定め、肩越しにレールガンを撃った。
ほどなく海の底から、爆音と共に盛大な水柱が上がる。
「……あれが、フレイ?
本当にフレイなの?」
鋼鉄の指から逃れようと、ミリアリアは必死で自分の胴体ほどもある鉄の塊を押し上げようとする。だが女一人の力ではそれも叶わず、外の状況を確認する程度が精一杯だ。
そこへ、さらに走る衝撃。
思わず悲鳴を上げてしまったが、同時に波を逆立ててすぐ下へ滑り込んでくるエメラルドの機体が見えた。
それはかつて、自分たちが戦ったこともある機体──
「何故、カラミティが?
もう生産はストップしたはずなのに……」
今の衝撃はその、カラミティの砲火によるものだ。
砲撃はバビの腕関節をかすめ、少しばかりミリアリアへの圧迫は緩んでいる。
どうやら指先への信号伝達ラインが破損したらしく、彼女は力を振りしぼり、何とか自力で鉄の指をこじあけることに成功した。
「大した腕前ね。私を傷つけずにバビの腕を損傷させるなんて……」
ミリアリアはようやく、再び外へ上半身を出すことが出来た。まだ身体全部の脱出は無理だが──
外を改めて確認した瞬間、眩暈が襲う。
海面まで50mはあるかという高さを、彼女はバビで滑空していたのだ。
高所恐怖症ならば間違いなく気絶するだろう状況の中、ミリアリアはティーダの姿を見る。
同時にあの少年の声が、耳に飛び込んできた。
《ミリィさん!
覚えてますか、ナオト・シライシです!!》
ティーダの外部スピーカから、ナオトの怒声が戦場に響きわたる。
「ザフトの皆さん。貴方がたの卑劣な行為は、全てこのカメラに収めました。
守るべき一般市民を人質にして、オーブの英雄を引きずり出そうという貴方がたの行為は、平和を願う全ての人々の思いを踏みにじるものです!
僕は一記者として、ミリアリアさんの同志として、オーブ本国と全世界に対して、貴方がたの非道を公開します!」
ナオトが叫んでいる隙にマユが巧みにティーダを飛翔させ、腕から煙の上がっているバビに一気に接近する。
サイの乗っている左腕からロケットアンカーが発射され、バビの腕を絡めとった。
ティーダの掌中で身を屈めてどうにかアンカー発射の衝撃に耐えたサイは、作戦通りに行動を開始する。
――ノーマルスーツの靴のマグネットを作動させ、ロケットアンカーのワイヤーを伝っての、バビへの綱渡りを。
ワイヤーの直径は約20センチ、バビの腕までの距離は5m程度。
平均台を渡るよりも簡単に思えるが、海面までの高さが半端ではない。その上ティーダもバビも空中で引っ張り合いをしている状況ゆえ、ワイヤーは嵐の中のつり橋の如く揺れていた。
バビが暴れるたびに、ワイヤーも激しく揺れ、少しずつちぎれていく──かけられる時間は、20秒もないだろう。
それでもサイは身長の半分ほどもあるレンチを携え、やや眼下にあるバビの腕に向かって滑るようにワイヤーの上を駆ける。
マグネットがしっかり作動しており、メットと分厚い布地に守られている分、よほど安心感があった――制服のままでモビルスーツの間に割り込んだ時よりは。
《先に手を出してきた卑怯者は、アークエンジェルではないか!
条約違反のモビルスーツまで使って、一体貴様らは何を考えている!?》
バビのパイロットの怒声が、そんなサイの上を通り過ぎた。
さらに他のモビルスーツ群からも、ナオトの言葉への反撃が始まる。
《ラクス・クライン気取りかよ、ふざけるな!》
《ミリアリア・ハウは一般市民ではない! あの女はテロリストと内通していた!》
当然の反論だ。頭の何処かでザフトを肯定しつつも、サイは走る。
「アークエンジェルは、テロリストじゃありません!」
ナオトの喚き。
その時、ティーダを引き離そうとしてバビは激しく腕を揺らし――
当然サイも、大波に飲まれた木の葉の如く揺さぶられた。
だがそのバビを、背後からアフロディーテが組み伏せた。
がっちりとアフロディーテに腕を取られたバビは、完全に動きを封じ込められる。
響きわたるものは、フレイの声──
《テロリストの定義はともかく、彼らは
手出しは──無用ッ!》
声と共に、アフロディーテは力まかせにバビの翼の一部を潰した。
サイが密かに恐れていたのがバビのモビルアーマー形態への変化だったが、これでその可変機構も潰れたことになる。
その間に、揺れに耐え切ったサイはどうにか、バビの腕に到達した。
メットを通じて、ミリアリアの叫びまでがはっきり聞こえてくる──
「サイ!」
「ミリィ、今行く!」
バビの装甲を蹴り飛ばし、サイはミリアリアの元へ走る。
身体は海面に対してほぼ45度傾いていたが、自身の勢いと足下のマグネットが、サイをいとも軽々とバビの腕の上で走らせていた。
あと3m、2mと――懐かしい少女の顔が迫ってくる。
そしてサイはそのまま走りながら怒りにまかせレンチを振りかざし、思い切りバビの指に食い込ませた。
飛び散る火花。
今ではミリアリアにもはっきりと、バイザーの向こうの汗だくのサイの顔が見えた。彼女も必死で手を伸ばす。
あと少しで、鉄の指が開く。
あと少しで、サイとミリアリアの指が触れ合う──
だが、意外にもバビの指は頑丈だった。
畜生、ハマーさんならもう少しうまくレンチを使えそうなものなのに。
サイが自分の不器用さに苛つき、腰から爆薬を取り出しかけたその刹那──
視界の隅でストロボのように、激しい光が閃いた。
喜びに溢れかけていた目の前のミリアリアの顔が、一瞬にして恐怖で歪む。
《サイさん、危ない! 逃げて!》
ノイズ混じりのナオトの声が、サイのメットを叩くのと
左半身を焼けた鉄塊で殴られたような衝撃が襲ったのは、ほぼ同時だった。
その瞬間――
追いつめられたバビが遂に、胸部に内蔵されたアルドール複相ビーム砲を発射した。
衝撃をまともに胸部へ喰らったティーダは盛大に爆光と煙を噴き上げ、海へと落下していく。当然、ワイヤーで繋がれたままのサイの身体も。
そしてミリアリアは見た。そこそこの距離でビームを浴びた人間がどうなるか──
サイは直撃こそ逃れたものの、そのノーマルスーツの左肩は熱せられた空気によって完全に溶け、白かったスーツは左半分が黒く変色していた。
ボロ布のようになったその身体は空中に投げ出され、ティーダと共に落ちていく。
巻き上がる水柱──
その間、ミリアリアはひたすら、叫ぶことしか出来なかった。
サイとナオトの名を何度も叫んだつもりだったが、その絶叫はまともな言葉にならず、ただ荒れた海を裂いていった。
「貴様……
よくも、ティーダを!」
ティーダ、そしてサイが海へ落ちた光景を目の当たりにしたフレイは、怒りを露にしてバビに肉迫する。
だが、バビとゾノとディンによる波状攻撃はいよいよ激しさを増していた。
さらに、グフイグナイテッド数機も追撃をかけてくる――
カラミティやスカイグラスパーの支援によりザフト機を次々に血祭りに挙げつつも、アフロディーテには少しずつ限界時間が迫っていた。
「さすが、フリーダム包囲網というだけはある……!」
フレイが呟き戦う間にも、ミリアリアを捕らえたバビは再び逃走を企てる。
それを追うか、それともティーダを救うか──
フレイの動きに若干の迷いが生じた、その瞬間。
警告音がフレイのコクピットに響きわたると同時に、背中からの衝撃が彼女を襲った。
グフのスレイヤーウィップが、背後からアフロディーテの左脚部に絡みついたのだ。
対艦刀でその鞭を寸断しようとしたフレイだが、その前に激しい電流が鞭を伝わりアフロディーテを襲う。
その衝撃は、フェイズシフトで防護されているはずのコクピットまで伝わってきた。
下半身から頭蓋の頂を突き抜ける圧迫に、フレイは呻く──叫ぶことだけは、絶対にしなかったが。
「腹をえぐられる痛みに比べれば……こんなもの!」
海に叩き落される形になったサイとティーダ。
胸部にまともに光を喰らいながらも、ティーダは決してサイを離そうとせず、可能な限り柔らかく、その掌で彼をビームの熱から守っていた。
しかしそれでも、ノーマルスーツを着ていなければ――
かつ、あのビームの範囲がサイの場所からだいぶ離れていなければ、即死だったろう。
水中で気絶寸前になりながら、サイは自分の左腕をどうにか確認する。
スーツの左腕部分は肩から溶解して剥がれ、肘が露出していた。バイザーも何処かで割れたのか、水が顎あたりまで満ちている。
これではあと数秒で、呼吸が不可能になる──
ミリアリアを、助け出す為の。
同時にナオトを戦わせない為の、作戦だったはずだ。
生身の人間をモビルスーツから救うには、同じ人間が最も適している。同時に自分がティーダの手に在れば、ナオトも暴れられない。
だがその結果、ミリアリアの手を掴めず、ティーダは撃たれた。
俺は結局、誰も助けられなかった。
結局、何も出来なかった──
ガリガリと氷を打ち砕くようなノイズに乗って、ティーダコクピットの音声が伝わってくる。状況を伝えるハロの声。
《トランスフェイズシステム、ソンショウド40%、ナオモテイカチュウ》
《うぅ……すごい、奇跡だよ。
この距離でアルドールなんか撃たれたら、普通は即死なのに》
──マユの声だ。
良かった、無事だったのか。
続けて、ナオトの声も響く。
《キラさんのおかげだ……
こんなに早く、フェイズシフトの電力がコクピットブロックに集まるなんて》
咳き込んで呻いてはいるが、こちらも無事なようだ。
何事かをぶつくさ言っているようだが、ノイズと激しいアラーム音で聞き取れない。どうせ俺への文句だろう──
だが、サイがそう思った時。
《違うよナオト。サイの作ったシステムを、キラが強くしたの。
二人のどちらがいなくても、ティーダはオシャカだったよ。
ついでに、フレイがアークエンジェルから借りたラミネート装甲もね》
沈黙が場を支配する。
実際は、フレイがアークエンジェルからもぎとったも同然のラミネート装甲が、ビーム兵器の威力を削ぐその効力を最大限発揮しての結果だったのだろうが──
サイを守っているティーダの掌が、若干優しげに握り締められたのは気のせいか。
軋む装甲が、サイの左腕に触れる。
溶けたスーツの一部が、白い塊になって流れていく。
――以前のマユなら、こんなことは言わなかった。
以前の彼女なら無視するか、俺を嘲るかのどちらかだったのに。
そんなマユの言葉に、さすがのナオトも黙ってしまったようだ。
サイは自分を守るティーダの装甲に、ほぼ素手になってしまった自分の掌を合わせた。
まだ熱い。まだ、ティーダは生きている。俺も。
《大丈夫ですか……サイさん?》
傷ついた胸から吐き出されるような、ナオトの呟きが聞こえた。
苦しさでサイは答えることも出来なかったが、そのかわりに軽く、装甲を指で叩く。
俺はまだ、大丈夫。
だから、ナオト。マユ。ティーダ。
行け──!
その瞬間、無数に噴き出る塩辛い泡の向こうで、ティーダのカメラアイが光った。
血を吐くような、ナオトの叫びと共に。
《あんまり僕たちを、なめんじゃないよぉ!!》