【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
グフのスレイヤーウィップの衝撃に耐えていたアフロディーテだったが、限界時間は一気に迫っていた。
エネルギーゲージが滝のように落下していく。そして勿論、敵はグフ一機に留まらなかった。
正面から堂々と、バビ2機がモビルアーマー形態となって猛進してくる。
アフロディーテはすぐさまIWSPの肩部から単装砲を撃ったものの、同時にバビの攻撃はその翼さえ掠めた──
《フレイ、何を迷ってる!
そんなヘボ鞭如き、とっとと振り切れ!!》
カイキの叫びが轟き、海上を滑り込んできたカラミティのシュラークが、アフロディーテを縛る紅の触手を断ち切った。
バランスを失い、落下しかかるアフロディーテ。IWSPは一部損傷し、フレイは先ほどまでのように自在に機体を飛ばすことは出来ない。
そんな彼女にも、容赦なくバビは襲いかかる。
フレイは圧力に耐えながら、モニターで迫り来る海面を凝視していた。
バイザーの中の彼女の額は、珍しく汗まみれだった──折れよとばかりに握り締められる操縦桿。旋回しつつ迫るバビ。
カイキとラスティの怒声が交錯する。
《何やってる、フレイ! 撃てっ》
《まだパワーは残っているはずだろ!?》
「駄目だ。
ここで撃ちあいをするわけには──!」
カイキたちの叫びも虚しく、フレイの身体は一気に海へ叩きつけられようとする。同時にバビの餌食になろうとする。
その時──
《君にしちゃ珍しいね。
戦闘中に迷うとは!》
落下する女神のすぐ横から、閃光が現れた。溢れる波飛沫と共に。
海を割る朝陽の如く復活し、アフロディーテの危機を救ったのは勿論――
ガンダム・ティーダ。
落下するアフロディーテを、その右腕の逞しい武装・トリケロスが支えた。
そんなティーダの左掌には──
サイがしっかりと両脚を踏ん張り、立ち上がっていた。
若干火傷を負った左腕を押さえつつ、壊れたメットを脱ぎ捨て、喉に詰まった海水をぺっと吐き捨てる。
頭から水を跳ね飛ばしながらも、サイはアフロディーテを見上げながら笑っていた。
「良かった、フレイ。
君が無事で!」
それに対するフレイの返事は皆無だった。アフロディーテのカメラアイは既に、その場から再び逃走を図るバビをロックしている。
勿論、ミリアリアを捕らえたバビだ。返事の代わりに、フレイは叫んでいた。
《私がバビの腕を撃つ。
こちらのパワーも限界だ、下から回り込んで一気にさらえ!》
「了解!」
チャンスはただ一度きり。フレイの言葉ははっきりそれを意味していた。
サイの返事と同時に、アフロディーテは逃げ行くバビを捕捉し、ビームライフルで腕関節を狙撃する。ティーダはサイの耐えられる限界までの高速機動で海上すれすれを滑空し、バビに近づく。
当然その間にも攻撃は雨あられと降ってきたが、追従してきたカラミティがその全てを火球に変えた。
そして、遂にフレイの狙撃がバビの腕を貫いた──
ミリアリアの身体を捕らえている腕を。
ミリアリアの目は、その光景をしっかと捉えていた。ぐんぐん近づいてくるティーダとアフロディーテを。
風と炎に頭を持っていかれそうになりながら、彼女はティーダを見据える。
その手中で、サイが叫んでいた──
「飛べ、ミリィ!
早く!!」
サイのレンチとフレイの狙撃によって何とかこじ開けられた鉄の指を、ミリアリアは身体から引き剥がす。
彼女の身体はようやく、完全に自由になった。
そう――飛ぶの、私は。
より強く、より
サイがもうすぐ近づいてくる。剥きだしの左腕に、溶けたスーツが蝋燭のように張りついている彼の火傷まで、彼女には見えていた。
推定高度、約50m。ティーダまでの距離、およそバビ2機分あるかないか。
下からバビを追い上げる形になっているティーダ――その距離は少しずつ縮まっている。
そして再び、アフロディーテの狙撃。
ミリアリアの身体を、今までとはまるで違う大きな衝撃が包む。
遂に、彼女を捕らえたバビの腕が関節部を撃たれ、本体から完全に離れたのだ。
つまり、今や彼女を乗せている腕は、空中に飛ばされる鋼の粗大ゴミと化したことになる。
当然そのままバビの腕は、海上への自由落下を始めた。
突如身体に伝わってくる、重力による加速。魂が身体から叩きだされるような速度に襲われるミリアリア。
だが、サイの声が、再び彼女を貫いた──
「飛べ!」
ティーダの手で、広げられている両腕が見える。
──ありがとう、サイ。貴方のおかげで、私は決心出来た。
1年前、迷ってばかりだった貴方を見た時はすごく心配だったけど、そんな貴方が今、私を励ましてくれる。私を助けてくれる。
貴方だけじゃない。ナオトも、キラも、アークエンジェルのみんなも、そして
──フレイも。
やっと分かった。私は、そんなみんなが好きなんだ。
そんなみんなが好きだから、写真を撮りたかった──
でも、
ディアッカ――悔しいけど、あんたが言ってた通りになっちゃったみたいね。
サイ、ごめんね。だから、私は──
ティーダの掌の上で──
宙に飛んだミリアリアの手を、サイはがっちり右腕で掴んだ。
上空から重力に任せて落下してくるミリアリアをキャッチするなど、後から冷静に考えてみれば夢物語にも似た話だったが、それでもその時のサイは懸命だった。
自分のやろうとしている行動がどれほど奇跡で、どれほど危険かということも殆ど考えないまま、ミリアリアの手だけを掴むことに集中していた。
結果的にサイは彼女を捕まえることに成功したが、これは相対速度を念入りに調節しながら、絶妙な距離をとり近づいたティーダの功績でもあった。
さらに言うなら、そのような細やかな操縦技術を持ったマユ・アスカのおかげでもある。
サイはティーダに感謝しつつ、落ち行くミリアリアの手首だけを力いっぱい握り締める。
潮混じりの突風が彼らに襲いかかり、彼女の全体重がサイの右半身を引っ張る。
引きちぎられる寸前となる筋肉。潮で手が滑らないことを祈りながら、サイは懸命に念じ続けた。
落ちるな、落ちないでくれ、どうか──
俺はもう、無力な自分を感じるのは嫌だ!
その祈りが届いたか。
サイ自身も左肩から煙を噴き、ティーダの掌から落下寸前になっていたが、そのままサイは彼女の身体を、一息に自分のもとに引き寄せた。
右腕からミリアリアの重さが消え、代わりに自分の胸にその重みが被さってくる。
彼女の髪の匂いが、サイの鼻孔をほんの少しくすぐる――
それは、煙と潮と鉄の臭いとは全く異質な、まだ少女の香りを残す彼女の匂いだった。ノーマルスーツを着ていなければ、きっと体温も感じられただろう。
彼女の身体の感触を思うように確かめられないのが、若干無念だった。
溶けかかったノーマルスーツがへばりついている左腕はまだ熱く、感覚が戻りきっていない。火傷に潮が染み込んだ為に、噴火でもしたかというほどその傷は燃えさかっている。
それでもその手は無意識のうちに、ミリアリアの感触を求めていた。
それを知ってか知らずか、助けたばかりの彼女はまるでサイの肋骨を押し潰すように、彼に身を寄せてくる。
──2年前と同じに。
今は亡き友人の姿を思い浮かべながら、サイは一瞬でも彼女に妙な想像をした自分を恥じた。
何を愚かなことばかり考えている、俺は。
2年前からまるで変わっちゃいない。傷つき、がたがた震え続ける彼女の中に女を見るなどと──
俺しか頼れる者のない状況に追い込まれた彼女に対して、俺は何という卑劣なことを考えている。
トールに知られれば、俺は殺されるに違いないな。
《サイさん、早く!
追っ手はまだいます!!》
ナオトの言葉で、サイは我に帰った。
上空から猛然と迫るディン、バビはこちらの思惑などお構いなしに、再度ミリアリアを奪還すべく攻撃してくる。閃く火線。
即座にティーダの手が動いてハッチが開き、サイとミリアリアはコクピットに放り込まれた。先ほどのビームの影響がサイは心配だったが、どうやらナオトもマユも大した外傷はないようだ。
ただ、ティーダの胸部は、まるで太陽の黒点を拡大したように焼け焦げ、熱を放っている。
アークエンジェルから借りたラミネート装甲は、明らかにただの一発で、効力を失っていた。
それでもサイたちを収容した瞬間、マユが元気よく叫ぶ。
「ナオト、ハロ、行くよ!
ブックオブレヴェレイション、オンライン!」
「了解! フェイズ5まで入力終了──
遠慮抜きでやってやる!」
ナオトも声を弾ませる。飛び込んできたサイたちを見て安心し、さらにミリアリアの姿を見て、一気に元気を取り戻したようだ。
そして、二人の子供の声が見事にシンクロする。
「「ティーダ、いっけぇー!!」」
ティーダが発動させた「黙示録」。
その光はまたもや、ザフトの部隊を完全に足止めした。
波濤に乗ったティーダの光は燃えさかり、天空を満たしていく。太陽から生まれた不死鳥のように。
バビやディンに浴びせられる光は、燃えて光を散らす銀の羽にも見えた。ティーダから生まれた翼の光は、パイロットたちの感情を伴って青空を覆い尽くす。
ナオトとマユによって、ティーダの光は確実に力を増していた。
ティーダの「黙示録」発動に、ザフトは完全に混乱に陥った。
パイロットの神経が焼かれ、四肢は麻痺し、自在に空を駆け巡っていたモビルスーツたちはただの鉄の塊と化して海へ落ちていく。
バビ・ディン部隊の指揮官は、部下の悲鳴の交錯する中、自らも感覚を失っていく両腕をおさえながら呻く。
「これが、ヨダカ・ヤナセの言っていた禁忌の力!?」
敵どころか自分の部隊すら視認出来ず、やがて通信すら切れ切れになっていく。
ニュートロンジャマーの影響だけではなく、自らの耳がおかしくなっているという事実に気づくまでに、時間はかからなかった。
同時に脳に入り込んできたものは――鐘の音。
戦いの終わりを告げる、鐘の音。
その光景を、ミリアリアはティーダの中でまざまざと見せつけられていた。
「これが、文具団の新型……
本当にこんなものが、アマミキョにあったなんて」
ナオトが得意げに、彼女を振り向く。
「どうです、ミリィさん。
僕の言ったこと、ホントだったでしょ」
機体も傷つけずに、ザフトの動きが完全に止まるとは──
常識では考えられぬ事態。
ミリアリアはその裏に潜む、ある恐ろしい事実に思い当たり、思わず後席のマユの肩を掴む。
「パイロットは?
パイロットはどうなってるの?!」
彼女の動揺をまるで見透かしたように、通信からミゲル・アイマンの絶叫が響いた。
ナオトもサイも驚いてモニターを覗き込む。と、海上でぷかぷか浮きながら動けずにいるグフが見えた。
常時ならば、格好の標的になっていたに違いない。
「ミゲルさんっ? どうして……」
ナオトは狼狽したが、マユはそれでも脳天気にメットをこつんと叩いた。
「あちゃー、しまったなぁ。
グフのことまで、考えなかったよ」
それは、「宿題忘れちゃったよ!」などと明るく子供が言い放つのと、全く同じ口調だった。