【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 まさかの任命

 

 

 サイがようやく意識を取り戻したその時、すぐ目の前では豊満な乳房が頬に触れんばかりの勢いで揺れていた。

 着崩した制服の間からわずかに見えるそれは、真っ裸より淫靡な風情があった──

 わずかに紅に染まった闇の中、サイはゆっくり頭を振ろうとして、また意識を失いかかる。

 

 一体どうした、この状況は? アマミキョは? フレイは、ナオトたちは、みんなは──

 少しして、聴覚も戻ってくる。

 

「サイ。

 サイ、起きてくれよ、頼むよ! 

 もう、お前しか頼りにできないんだよ!」

 

 自分を揺らしているこの声は、もしやサキ・トモエことオサキのものだろうか? まさか、勝気な彼女がこんな涙声を響かせているなんて。

 サイの周りは紅の非常灯がわずかに明滅しているだけで、あとは殆ど闇だ。やはりオサキが大きな胸を揺らしつつ、自分を起こそうとしている

 ──瞬間、サイは我に帰った。

 

「オサキ! 

 どうした、状況は……っ」

 

 慌てて起き上がろうとして、サイは意図せずオサキの胸に顔を埋める格好になってしまった。

 

「サイっ! 気づいたんだな、良かった

 ……良かった!!」

 

 オサキが感極まって彼を抱きしめる。おかげで今度は、彼女の胸による窒息死の危険に晒される羽目になった。

 彼女の鼓動の速さと熱さを頬に感じながらも、サイは慌ててその肌から自分を引き離す。こんなことをしている場合ではない。

 

「お、落ち着いてオサキ……

 状況を伝えてくれ」

 

 自分の行為に気づいて真っ赤になり、オサキも手を離す。

 だがすぐにうなだれて、周りの闇を見回した。

 

「アマミキョは不時着した。ブリッジは見ての通り、当分使用不能だよ。

 それに、副隊長が……」

 

 暗さに慣れてきた目を凝らすと──

 慣れ親しんだアマミキョブリッジは、散乱した瓦礫で溢れかえっていた。

 コンソールパネルはほぼ8割が埃と灰を被り、至るところで火花が散っている。ブリッジ自体が捻り潰されかけたのか、正面のメインモニターは強化ガラスが大きく歪み、結晶の如き亀裂に全体が覆われていた。いつもブリッジで窓がわりにしていたモニターは明らかに、もう使い物になりそうになかった。

 だがそれよりもサイが気になったのは、先ほどから響いているスズミ女医の声だった。

 

「脈が落ちてる、生食を追加! 

 代表補佐、もう少しきつく縛って! それじゃ止血にならない!」

 

 サイはポケットから懐中電灯を取り出し、瓦礫の上を這いずるようにしてその声のする方向へ進む。

 

 ――見ると、リンドー副隊長がコンソールパネルの間に倒れていた。

 どうやら瓦礫の下敷きになったらしく、腹と右太ももから大量出血しているのが、懐中電灯の白い光で確認出来た。

 すぐに駆けつけたらしいスズミ女医と看護師たちが応急手当をして一命をとりとめたものの、リンドーの容態は思わしくないようだ。

 皺だらけの顔面を蒼白にしたまま、それでも彼の意識ははっきりしているようで、サイを見て笑ってすらいる。

 

「こんなトコでヘタうつとはなぁ……

 サイ、今日の講義は中止な」

「それどころじゃ!」

 

 サイは急いで副隊長の状態を診た。素人目でも、既に右膝から先が使い物にならないほど潰れているのが分かる。どかした瓦礫から伸びているケーブルが何本も、副隊長のすぐそばでバチバチ火花を放っていた。

 その右足を、震え続ける手で何とも頼りなく押さえているのは、ユウナ・ロマ・セイランだった。

 

「彼は……僕を瓦礫からかばって、こうなったんだ。

 うぅ、助けてくれサイ君……ち、血は苦手なんだよ」

 

 先ほどまでの威勢はどこへやら、ユウナの顔色は明らかにリンドーより蒼白だった。

 

「すんませんな、代表補佐どの」

 対してリンドーは余裕なもので、笑いながらユウナを気遣う。「自分は貴方を突き飛ばしただけですよ。大変失礼いたしました」

 

 サイはオサキに副隊長の止血を任せつつ、囁く。

 

「カズイたちは?」

「みんな船内の確認に行ってるよ。

 ティーダやアマクサ組が助けてくれたから、船体への致命傷は逃れたっぽいけど……」

「……何てこった」

 

 サイは再び瓦礫の上を這い回って、生きているモニターを探す。

 左肩を何処かにぶつけたらしく、うまく腕が動かない──また傷が悪化したようだ。

 

「フレイ、ナオト、マユ、山神隊、誰でもいい……

 応答してくれ!」

 

 無我夢中で通信を送るサイだが、どの相手も沈黙したままだ。

 しかし6台目のモニターで試した処、ようやくブツ切れの通信が返ってきた。

 

《無事だったか……サイ》

 

 フレイの、いつも通りの冷たい声。だが今のサイにとっては実にありがたい応答で、思わず安堵のため息が出た。

 さらにフレイは冷静に続ける。

 

《我々は、ハーフムーンの村落より約3キロ北の山麓に不時着した。

 現在は、例の戦略兵器もどきの脅威は過ぎ去っている。だが、騒ぎを聞きつけた村人たちが集まってきている──

 ブリッジの稼動状況は?》

「85%の壊滅状態だ。当分は予備の第二ブリッジを使うことになるだろうね」

「第二ブリッジ? 

 あそこ、眺めはいいけど攻撃には無防備なの、嫌なんだよなぁ」

 

 オサキがリンドーの包帯を押さえながら会話に割り込んだが、サイは小声でたしなめた。「縁起でもない発言は自重してくれよ」

 

 軽く膨れてみせるオサキを横目に、サイはさらに途切れ途切れの通信に耳をすます。

 

「ナオトとマユは?」

 

 と、待ってましたと言わんばかりに元気なマユの声が、思い切り通信に割り込んできた。

 

《ティーダは無事だよっ、サイ!》

 

 その声に、サイはほっと胸を撫で下ろす。

 ナオトの状態が状態だっただけに、サイはティーダがいつも以上に気がかりでならなかったのだ。

 

「良かった……

 ナオトに代わってくれ」

《それがね、出たくないって》

「は? 

 今度は何だ」

 

 サイはつい、苛立ちを声に出してしまう。

 だがマユは明るく、質問で返してきた。

 

《僕がステラを呼んじゃったって言ってる。

 僕のせいだって。だからサイたちに顔向け出来ないんだって。

 ねぇサイ、どういう意味?》

 

 俺が聞きたいよ。

 サイは喉元まで出かかった怒声を抑え、優しく言った。

 

「二人とも無事なら、それでいいさ。

 ティーダが動かせるなら、村に被害がないかどうか、二人で確認してきてくれるか」

《オッケー!》

 

 元気な返事と共に、マユの通信が切れる。

 その時だった。突然サイの背後から、強引にユウナ・ロマ・セイランが通信に割り込んだのは。

 

「アルスター嬢、アマクサ組の諸君、アマミキョクルー、全員に話がある。

 全船放送には繋がるか?」

 

 サイの返事を聞くより先にユウナは通信権を奪い取り、大声で言い放った。

 

「諸君! 

 耳ある者は全員、よく聞いてくれ!」

 

 いきなり何をするつもりだ。

 サイは嫌な予感を覚えつつも、別の壊れかけの通信用モニターで船内の通信状況を確認した。

 幸い、被弾した倉庫などのごく一部を除き、船内の通信は正常だ。勿論、強烈なジャマーによる影響は多少あるが。

 ユウナはそんなサイを尻目に、堂々と声を張り上げる。

 

「救助船アマミキョは不幸にも戦闘に巻き込まれ、ブリッジにおいてリンドー・エンジョウ副隊長が負傷した。

 よって現時刻より、この私、ユウナ・ロマ・セイランが臨時にこの船の指揮を執る!」

「って、え!? 

 おいちょっと待て、このモミアゲ野郎!」

 

 すかさずオサキが叫び、船内の各所からざわめきが起こるのがサイにも聞こえた。

 が、ユウナは構わず続ける。

 演説でもするように、右の拳を大きく振り上げ──

 

「並びに、只今よりサイ・アーガイル通信士を、副隊長補佐に任命する!」

 

 

 

 

 

 

 食堂で落下した大量の食器を片付け、散乱したトマトスープの後始末をしていたカズイとアムルも、このユウナの宣言を耳にして仰天した。

 

「えぇ? 

 まさか……サイが? 副隊長に? 

 い、意味分からないんだけど?」

「違うわカズイ君、補佐よ」

 

 アムルはカズイの間違いを冷静に正してはいるが、床に流れたスープを拭く手は微かに震えている。スカートに血のようにスープが染み込んでいるのにも気づかないでいる。

 それでも彼女は、口調だけは極めて平静を装っていた。

 

「あらあら……

 大変よサイ君、これから。名ばかりの役職で、こき使われるハメになるわ」

 

 ユウナの声が流れ続けるスピーカーから、目を背けるアムル。きちんと束ねられた金髪の隙間からのぞく首筋。

 カズイはその白いうなじを見つめながらも、サイに対して暗い感情が湧き上がるのを自覚せずにいられなかった。

 どうして、サイが。どうしてサイばかりが。

 友人の突然の昇格を素直に喜べない自分を、カズイは――汚い、と感じた。

 

 

 

 

 

 

 だがユウナの宣言に最も驚いたのは、他でもないサイ本人だった。

 半壊したモニターと格闘中だったサイはこの言葉を聞いた瞬間、危うく自分の額でモニターを完全破壊するところだった。

 

「な、何を言ってるんです貴方は! 

 こんな時にジョークはやめて下さい」

「僕はいたって真剣だが? こんな時だからだよ」

 

 ユウナは全く笑ってはいなかった。胸を大仰に張って船内に告げる。

 

「知っての通り、アーガイル君は2年前アークエンジェルに乗り、あの凄惨なる激戦の中を駆け抜け、戦場を生き残った英雄の一人だ。

 今、アークエンジェルは不幸にもオーブを裏切る結果となったが、彼はアークエンジェルとは袂を分かち、自らの判断で真の平和に向けて奮闘を続けている。

 彼こそ、この船を導くに相応しい人物だ! 

 そうは思わないかね、アルスター嬢!?」

 

 自らの力をフレイに誇示するように、ユウナは外部のアフロディーテに向かって喚く。

 当然、あいつは拒絶するだろう。突拍子もないユウナの提案も、彼女の一言で却下されるに違いない。

 全く、タチの悪いジョークが好きな人だ──

 

 だが、そう思い込んでいたサイの耳に飛び込んできたフレイの言葉は、そんな諦念を180度引っくり返すものだった。

 

 

《私なら構いませんよ、代表補佐殿。

 アマクサ組には私から言い伝えておきます》

 

 

 サイだけでなく、ユウナまでもがフレイの返答に呆気にとられる。

 このサイの昇格は、彼女に対してユウナが自らの力を示す企図もあったようだが、その目論見は軽く崩されたようだ。

 

《しかし、見事なまでに意見が一致したのは驚きです――セイラン殿。

 貴方がやって頂かねば、私が任じていた処でしたが》

 

 嘘をつけ。

 サイは心中でフレイを汚く罵りつつも、助け舟を求めるようにオサキやスズミを見る──

 だが彼女たちも異論はないらしく、オサキなどはにんまり笑って親指を突きたててすらいる。サイは思わず反論せずにはいられなかった。

 

「ちょっと待てよ! 副隊長の意志は……」

 

 サイは未だに呻き続けるリンドーを振り返る。

 が、出血に苦しみつつもこの老人はぼやいていた。いつもの調子で。

 

「何してる? とっととトニー隊長と合流して船内総点検と負傷者の救出だろうが……

 文句言う前に動け、副隊長補佐!」

 

 

 

 

 

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