【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
「ハーフムーン──
ニュートロンジャマーの影響を著しく受け、また同時に発生した地殻変動の為に山間に閉ざされ、外部との通信手段が殆ど壊滅した地域。
ザフトも連合も、容易には踏み込めない暗黒地帯──か」
長袖の制服に着替えてジャケットを着用したサイは外へ出て、50センチ以上は積もった雪を慎重にかきわけ、双眼鏡で周囲を確認する。
既に雪も灰もやんで雲間から光も射しはじめているものの、全身を凍らせる寒さはたまらない。
アマミキョは、チュウザンとは真逆の天候下へ放り出されたことになる。
《でも今回の災害で、ごく一部とはいえ山は崩れた。
この地域の状況も変わってしまうでしょうね》
風間曹長の乗ったウィンダムがゆっくり背後から近づいて、コクピットが開かれる。中には風間と一緒に、3人の赤ん坊が詰め込まれていた。
どの子も毛布で大事そうにくるまれていたが、弱々しく泣き喚き、毛布も酷い血で汚れている。恐らく母親の血だろう。
赤ん坊を両肩と両腕に抱えてワイヤー伝いに降りてきた風間を、サイは出迎える。赤ん坊の一人を受け取りながら。
「山向こうからの避難民の状況は?」
「ひどいものよ」
手も顔も血と灰で真っ黒にした風間は、それでも冷静に答えた。
「時澤軍曹の報告によれば、ポズナニ付近だけで一般市民の死者は既に10万を超え、現地はガスで汚染されて、生身で入ることすら出来ない──
アマミキョの存在を知ってここを目指している避難民だけで、2000は下らないでしょう」
泣きじゃくる赤ん坊をあやしながら、サイは唇を噛んだ。
「この村でしばらく収容するしかないですね……
幸い、病院と学校が一つずつあるようですし、自分が村と交渉します。アマミキョの空きブロックも、15時から3つ確保出来ましたし」
右腕に抱えた赤ん坊に眼鏡を落とされそうになりつつも、サイは左手で通信機をいじる。
「アマミキョ内の負傷者は現在23名。現時刻までに収容された避難民のうち、負傷者は212名。うち重傷は……
医療ブロックに何人ヘルプを回せるか。頭痛いですよ」
そうやっている間にサイの短髪は赤ん坊に引っ張られ、ぐしゃぐしゃに遊ばれていた。
少しボサボサになった髪がよほど気持ちよかったのか、子供は遠慮なしにサイに触れてくる。おかげで子供は泣きやんでくれたが、見かねた風間は半分強引に彼から赤ん坊をもぎとった。
「無理、しないの。
壊れちゃうわよ」
風間は赤ん坊を受け取ると同時に、サイを励ましてもいた。すぐ耳元で囁かれ、サイはふっと彼女に色香を感じる。
薬品と血と汗の入り混じった、戦場の女の匂い──目の前で揺れる、風間の灰まみれの唇。
汚れたパイロットスーツの中で揺れる、大きな胸。久しく感じていなかった「母性」を、サイは風間の中に幻視した。
「お……
俺、ちょっと、村を見てきます」
自分は一体何を考えているんだ。
頬が赤くなっていくのを自覚しつつ、サイは立ち上がる。「ナオトの奴、一人で調査に行ったまんまだし……」
そこでまた通信機が反応した。ラスティの声が響く。
《サイ、アストレイ隊によるルートCの避難路、確保完了!
落石の危険はまだあるが、何とか守れる状態にはなったぞ》
「ありがとう、でも無茶だけはしないで。ルートDは?」
《そこは副隊長に聞いてくれ、こっちだけで手いっぱいでさ》
そして次に、ブリッジのリンドーへ繋ぐ。勿論治療中ではあったものの――
あれだけの傷を負いつつも、リンドーは今なおブリッジで状況を分析し、彼に指示を伝えていた。いつも通りのボヤキで。
《言ったはずだ、あすこにはまだザフトの残党がはびこっとる。
山は崩れた──危険はこれからだぞ。ルートDにアマクサ組をつけたか?》
「ミゲル・アイマンのグフが行っています」
忙しく通信機をいじるサイの左肩を押さえつつ、風間はそっと伝える。
「施設の使用が村に認められないようなら、すぐに伝えなさい。
山神隊が接収する」
「ありがとう」サイは風間に感謝しつつも、やんわりとその言葉を拒絶した。「しかし、これ以上無駄な争いは起こしたくない。
自分ひとりで十分です」
「また!」
豊満な胸に赤ん坊二人を抱きかかえつつ、彼女はサイを睨む。
その声には、いつもの厳しさだけがあった。「勘違いしないで。これは命令よ」
「承知しています。
ですが、山神隊が動くのは自分が失敗してからでお願いします」
「ふぅん……偉くなったものね」
風間は皮肉をこめた言葉と共に、赤ん坊の一人をサイに押し付けた。
それでもサイはきっぱりと言う。
「不本意ながらも、偉くなりましたので。
失礼します」
受け取った赤ん坊にまたもや髪を引っ張られながら、サイは村への雪道を歩いていった。
PHASE-21 ハーフムーン・トライアングル
雪が積もり、数箇所に雪だるまがこしらえてある村長宅・中庭。
庭のすみには小さな青銅の女神像が造られており、雪が丁寧に払われている。ナオトは暖炉のある居間からその像を眺め、子供たちに囲まれながら温かいコーンスープを啜っていた。
「なーナオト、この旧オーブ文字読めるか?」
威勢のいい坊主頭の男の子が、生意気そうにノートをナオトに突きつける。
ナオトはそれを見て、唇をとんがらせた。
「あ、馬鹿にするなよー! あれから散々言われたんだから、『ミゾウ』!」
「そうだよなー、さすがに『ミソアリ』はねーよ」
「あれこそ、ナオト・シライシ、伝説の始まりってか?」
坊主の子の後ろから、子分らしき二人組がにやにやとナオトを見つめる。
過去のバラエティ番組の醜態を散々子供たちにつつかれ、ナオトはさっきから恥ずかしいやら懐かしいやらで爆発寸前だった。
当時は演技でも何でもなく本当に読み方が分からず、適当に答えたらたまたま大爆笑を誘っただけの話だったのだが、まさかそれがこんな辺境の地で伝説になっていたとは。
「ていうか、何で君たちがオーブ文字知ってるんだよ……しかも古い、旧日本文字までさ」
「オーブの教科書、いつもおじいちゃんたちがくれるの。ナオトのビデオと一緒にね!」
手首を隠す程度に大きめのセーターを着込んだメルーが、嬉しそうに小さな両手を振り回す。
「教科書は難しいけど、ナオトのおかげもあって私たちも覚えちゃったんだ、オーブ文字。
ってことでナオト、ミゾウって文字書いてみて!」
「え?! ちょ、書く方は勘弁してよメルー」
「あたし書けるよ! 2番目の文字は「増」じゃないんだよね」
メルーに抱きつきながら、おさげ髪の女の子が悪戯っぽく笑った。
「あ、そうだったの?」ナオトは思わず言ってしまう──今の今まで知らなかったのだ。
その途端にまたしても、男の子たちに爆笑されるナオト。かつてスタジオで笑われた時と全く同じに──
あの番組は、楽しかったな。
笑われてばかりだったけど、わざと間違える必要はあまりなかったし。だって、本気の本気で答えても笑われたのだから……って、どれだけ馬鹿だったんだ僕は。
「エイミーは「薔薇」も「鬱」も「醤油」も書けるんだよ。すごいでしょー」
メルーがおさげ髪の子の頭を撫でる。と、今度はナオトに擦り寄るようにして、ちょっと太めの女の子がノートを差し出した。
「じゃあナオト、台形の面積の求め方教えて?」
「やだなぁ、それだって散々勉強したんだよ。(上底+下底)×高さ!」
「ちがーう、2で割るのが抜けてるよっ」ふっくらした頬がさらに膨れる。「それでよくティーダに乗れるね!」
ナオトはさすがにこの言葉にかちんときた。「じゃあ君、π×rの二乗が何を表してるか答えてみなよ?」
へん、そんな問題? と小馬鹿にした表情で女の子は即座にやり返す。「当然、円の面積! じゃあナオト、円周率πを小数点2桁まで言える?」
「へ? 円周率って3じゃなかったっけ?」
子供たちからどっと歓声と笑いが巻き起こり、メルーがまたもやナオトに全力で抱きついた。
「うわー、やっぱりナオトだ、本物のナオトだ!
本物の伝説のオバカだよぉ!」
メルーの腹からの笑い声を、身体に感じる。
子供の弾力と体温を感じる。散々馬鹿にされながらも、少年の心の奥底で、一つの想いが湧き上がってきた。
──ずっと、こうしていられたらいいのに。
だがその時、背後の木の扉の方から何やら恐ろしげな気配を感じ、ナオトは思わず肩を震わせる。子供たちも一瞬、静かになった。
「ナオト……
楽しそうにしてるから黙って聞いてたら、何だお前は!!」
「あ……」
こわごわ顔だけをそちらに向けると、そこには――
両の拳をわなわな震わせて仁王立ちになっているサイがいた。
「ち、違うんですよサイさん!
あれも、オバカハーフとしての演技の一つなんで……
怒らないで下さい、ホントですって!」
村長宅の会議室へ通じる渡り廊下を、振り向きもせずさっさと歩くサイ。ナオトが慌てて追いすがる。
サイは指で眉間を揉みながら、ぶつくさ言い続けていた。
「俺は、お前をティーダに乗せていいのか、今まで以上に悩んでる。
モビルスーツの操縦技術の進化ってのは大したもんだよな、2年前なんか……」
「べ、別に『未曾有』が読めなくったって、ティーダの操縦に問題ないでしょ?
オーブ文字なんて、システムで使ってないし」
「じゃあナオト君」
サイは立ち止まり、満面の笑顔でナオトを振り返った。「円周率の小数点下2桁、答えをどうぞ」
ナオトはうろたえて、無駄に大きな目をぱちぱちさせることしか出来ない。
「え、えーっと……3.7、ぐらい……でしたっけ」
サイの笑顔をまともに見られず、ナオトはあさっての方向へ目玉を動かすしかない。
サイはさらににっこりと微笑む。が、その拳がギリリと固められるのがナオトにもはっきり見えた。「俺にまで演技する必要はないんだよ、アホト?」
「ち、違ったのか……じゃあもっと少ない、3.4ぐらい? いやそもそも3がちが……
っていうか、アホ? 今アホって言いましたサイさん!?」
「アホをアホと言って何が悪いこのバカ!」
サイの大音声がナオトの脳天に鳴り響く。そのあまりの怒声に肩をすくめながらも、ナオトは言い返そうとし
──思い出した。
自分が、サイたちを殺す寸前だったことを。
サイたちの顔を見たくないあまりに、通信をマユに代わってもらったことを。マユとの言い争いを。
彼があまりにもいつもと同じように接してきたから、ナオトも思わず普通に会話していたのだが、本当なら自分はサイに土下座して謝らなければならないはずだ。
黙りこくりそっぽを向いてしまったナオトを前に、サイはふと表情を和らげ、腰を落としてその顔を覗き込む。
「……冗談だよ、ナオト。
ただ、モビルスーツの操縦には最低限、基本的な数学の知識を」
「違うんです」
ナオトはサイの視線から逃げながら、呟く。
「違う。
僕は、サイさんたちを殺してしまうところだった……
アマミキョも落ちて、マユともケンカして、僕、どうしたらいいのか分からなくて。
ごめんなさい!」
ナオトの謝罪を聞きながら、サイはゆっくりその頭に手を乗せる。
「ティーダで何があったのかはマユから聞いた。ティーダでお前が何を見たのかも、聞いたよ。
本当に、つらい思いをさせ続けてしまってる。謝るのは俺の方だ」
「そんなこと、言わないで下さい」
「だが、報告だけはしてくれ。
今はアマミキョだって、船の修復と避難民の救出でえらいことになってる──
村の調査に出かけてくれたのはありがたいが、俺に一言言ってほしい」
「ごめんなさい」
ナオトは涙目になりながら、謝罪することしか出来ない。
サイさんは、いつも優しい──
その時突然、二人の後ろから声がかけられた。
「ワシらの村に用とは何ぞ、若いの。
この子を預かってくれというだけではなかろう」
メルーの祖父──この村の長が、飄々と立っていた。
先ほどまでサイの腕にいた赤ん坊を抱えて、白髭を引っ張られながら。