【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
医療ブロックは既に、200名を超える負傷者ですし詰め状態だった。
「ちょっと、担架ぐらいしっかり持って頂戴! ヘルプの意味まるでないじゃないの」
「2号室と5号室の患者のモニター、確認して!」「心室細動!」「除細動します、下がって!」
「やめて! 麻酔なしであの子の脚を切るっていうの!?」「冗談よしてよ、赤ん坊の頭に穴開けるって!? 嫌、嫌、絶対に嫌アァァァッ!!」「お母さん、お気持ちは分かりますがそうしなければお子さんは……」
「よぅし3号室が空いたぞ、死体どけろ!」
「何で!? 火傷ったって、あの娘はまだ喋っていられるじゃないの! あと一日であの娘が死ぬなんて、どうしてぇっ!?」「助けてくれぇ、包帯から目に蛆が! こっちは両手、動かせないんだぞっ」
医者と患者と患者の家族の怒号と悲鳴と絶叫が炸裂し、急造の通路には未だに手当てを受けられずにいる負傷者が折り重なって溢れ、血と尿が垂れ流しになっている。
そんな惨状なので、サイは患者をまたぐようにしながら歩くしかない。
さらに――
サイの制服とバッジを見た避難民たちが、わっと駆け寄ってきた。
全てを焼き尽くされ、命ひとつでここにたどり着いた人々が、彼一人に押し寄せる。
「あんた偉い人よね? この子を助けてよ!」
制服を破らんばかりに引っ張る母親。その腕には、既に泣き声も上げられなくなった赤ん坊がいる。さらに老人も若者も男も女も子供も金持ちも貧乏人も皆、サイの手に、服に、脚にすがりついて口々に助けを求める。
「お願い、お願いだからこの子にミルクを!」「おいみんな来い、責任者のお出ましだ」
「お父さんの火傷を治して!」「私の家は大丈夫なのかね?」「家内がいないんだ、山ではぐれた」
ブリッジの制服とバッジを着けていたおかげでかつて酷い目に遭ったサイだが、今回はまた、酷いことになりそうだ──
人々の汗と血と泥と糞尿の臭いと、それらを超える死臭がサイに一気に群がる。中には彼を父親と間違えているのか、「パパ、パパぁあ」と抱きつく幼児もいた。
しかしサイは、その子をゆっくりと抱き上げ、人々に向き直った。
ゆっくりと微笑み、一言一言、腹から声を押し出す。
これが、これこそが、アマミキョの使命だ──
「大丈夫です。
皆さん、よく頑張りましたね」
サイの声一つで、人々の喧騒は一瞬静まった。
自分でも驚くほど落ち着き払った声で、彼は続ける。
「ここまで来れば、大丈夫。自分たちが、必ず助けます。
村との話し合いで、学校と病院施設が使用可能になりました。今から居住地域ごとにグループに分かれて移動を開始しますので、皆さんは名簿に記帳をお願いします」
終始笑顔のまま、サイは人々に呼びかける。
その言葉に、騒乱はようやく収まる兆しを見せた。
サイの手を握りしめた老人が、涙ながらに呟く。その顔は半分焼けただれていた。
「山の向こうは酷いものだよ……女子供関係なく吹飛ばされ、焼かれ、殺された。
ワシだけ、おめおめ生き残って……」
その横から、7歳ぐらいの少年がサイに噛みつく勢いで叫ぶ。
「お兄さん、助けてぇ。妹が!」
充血しきった眼をいっぱいに見開き、必死で叫んでいる。
焼けた材木でも抱えているかのように見えたがよく見るとそれは、人間の少女だった。髪の毛全てと左目の辺りまでが焼き尽くされ、左腕が消失している。
それでもサイは老人の手を取ったまましゃがみ、少年の頭を撫ぜた。
「大丈夫だよ。
君も、本当によく頑張ったね」
そして駆けつけたスズミ女医に向き直る。「動かせる患者をリストアップして、すぐに診療所に移動させてください」
「了解。
よくみんな静かになったわね……ちょっと感心したわ」
サイを眺めながら、頼もしそうにスズミが笑う。
だがそんな彼女の背後から、中年の女性が髪を振り乱して喚き散らしてきた。襲いかかったと言っても過言ではない形相で。
「ねぇちょっと!
ウチのお父さんどうなるのっ? さっきアンタ、大丈夫だって言ったじゃない!」
「サーシャさん、落ち着いて下さい」
慌てふためいた看護師ネネが、女を羽交い絞めにする。女はなおも涙と鼻水を散らし、両腕を振り回した。引っかかれるスズミの手。
「どうして……
どうして、娘の結婚式の最中にこんなことにっ!!」
よく見るとその衣服は、ボロボロに引きちぎれた紫の絹のドレスだった。靴は失われ、ほぼ裸足のままだ。
その姿のまま、必死で夫を担いでここまで来たのだろう──
「娘だって、一緒に逃げていたはずなのに行方が……どうしてぇっ!?」
なおも号泣を続ける女。
しかしそんな彼女に、スズミは言い放った。
「治療の邪魔です……下がって」
女は目を剥いてスズミを睨む。
視線で人が殺せるならば、女医は0.1秒でこの女性に殺されていただろう。
「この人殺し!
さっきは助けるって言った癖に、大丈夫って言った癖に、見捨てるつもり? まだ息があるのよ」
「落ち着いて!」
サイはネネと一緒に女を押さえる。スズミに向けられた叫びはそのまま、アマミキョにも向けられた怨嗟だ──
小声でサイはネネと言葉を交わす。
「大変だな」「こんなの、茶飯事ですよ」
そんな中、スズミは冷徹を貫き、言い放つ──
「奥様。非常に残念ですが今の状況では、旦那様の治療を打ち切り、他の患者さんを優先せざるを得ません」
現実を突きつける女医に、さらに歯を剥いてくってかかろうとする女。
その時再び、サイの通信機が鳴った。風間からだ。
《サイ君!
今そっちに、連合の負傷兵が行ったわ》
畜生。女とスズミの騒動で、再び場の空気が混乱し始めている時に。
俺の聞き違いであってくれ──サイは慌てて通信機をいじる。
「何ですって?」
だが、風間の言葉はなおも続く。
《ジープで強引に乗り込んできたの。乗っていたのは4名だけど、1人を除いて全員死亡を確認。その1人が……》
その瞬間、わめく群衆の壁の向こう側に、サイは異様な風体の男を発見した。
色は薄緑だが、あの形状は連合のパイロットスーツだ。そして──
「風間曹長……その負傷兵というのは……
左わき腹と右肩を負傷していて、銃を所持している、15歳ぐらいの、緑の短髪の少年ですか?」
《そう、よく分かったわね……
って、コントやってる場合じゃないわよ! 今すぐ行くっ!》
一方的に通信は切られたが、その時のサイは既に通信に構っていられる状況ではなかった。
突然現れた、血まみれの少年兵。
その異様な姿に、ただでさえ張り詰めていた場内はさらなるパニックとなる。
彼は一発、天井に向けてハンドガンを撃ち放った──全員の金切り声が、そこらじゅうで暴発した。
女性たちの悲鳴がブロックを破壊せんばかりに轟き、子供が泣き喚く。
おかあさん、おかあさん、おかあさん、助けて、助けて、助けて!!!
「貴様ら……俺を治療しろ!
最優先だっ!!」
腹の傷を押さえながら、まだ若いその兵士は怒鳴る。
青白いが血で汚れた頬。切れ長の目は一杯に見開かれて充血し、濃い隈が出来ている。
「治療してくれりゃ、悪いようにはしない……!」
血にまみれた唇から漏れる呟き。まるで吸血鬼でも思わせるような面構えだったが、サイはその顔に見覚えがあった──
あれは、ヤハラで会った連合の少年兵だ。
随分と人相が違ってしまっているが、確かファントムペインの……
サイが思い出したとほぼ同時に、ネネも叫んだ。
「す……
スティングさん!?」
「なっ?」
その言葉に、少年兵は一瞬絶句する。「何故、俺の名を?」
だがネネは怯まずに言い返した。
「忘れるわけないでしょ! 貴方、ヤハラのスカートめくり魔!
んもう、どこでどうやったらそんな怪我をするんです!? ちょっと診せなさい!」
ネネの度胸に、サイもスズミも驚愕した──いきなりズカズカと、彼の前に近づいていったのだから。
そんな彼女にも、少年兵は容赦なく銃口を向けた。
「し……知らねえ!
俺はお前らなんぞ知らねぇ、何を訳分からんことを!!」
突然向けられた銃口に、さすがにネネも一瞬足を止める。
だが彼女が動揺したのは、銃にではない。彼の記憶がないことだ。
「え?
そんな……覚えてないの?」
「ネネ、下がれ!」
サイは素早くネネを庇うように、その間に立ちはだかった。
震える銃口が、今度は彼へと向けられる。
すぐに治療するから、だから銃を下ろせ──そう告げようと口を開きかけるサイ。
――だがその瞬間、予想もしなかった方から声が飛んできた。
「ステラはどうしたの、スティング?」
責め立てる少女の声。
比較的空いている廊下から声を響かせていたのは、マユ・アスカだった。
彼女は目尻も眉もつり上げて、このスティングという少年兵を睨みつけている。小さな身体を震わせ、全身でスティングを責めている。
──そんなマユを、サイもネネも、今まで見たことがなかった。
カイキ・マナベが慌てて駆けつけてきて、マユを抑えにかかる。だが彼女の叫びは止まらない。
「ステラとアウルをどうしたの、スティング?」
「何をほざいて……」
スティングの銃口はサイに向いたままだったが、そのぎらついた切れ長の瞳はマユ、そしてその背後のカイキを睨みつける。
マユの怒りが、ナオトへの執着とメルーへの嫉妬が形を変えた八つ当たりであることに気づく者は、その場には誰一人いなかった。カイキも、マユ自身でさえも。
そしてマユの中の悪魔が、顔を出す。
一言一言区切りながら、彼女は言葉を投げつける。
「全部、
スティングの顔色が、蒼白からどす黒に変わった。
サイが見てもはっきり分かるほどの変化。ひぃ、という叫びが人々の間を貫く。
唇から漏れ出す血混じりの泡。眼の殆どが白目となり、僅かに残った黒目の部分は双方が違う方向を向く。
それでもスティングは叫ぶ。
「知らねぇ……俺は何も知らねぇ!
アウルって誰だよ? ステラだと? あんな死にぞこないなんぞ!」
吐き捨てられた言葉に、マユの黒い瞳がはっきりと怒りに染まる。
「ステラは、助けてほしかったのに──
何で、スティングは何もしなかったの?
ステラもアウルも、スティングの夢だったから?
夢の中の存在でしかなかったから?」
夢。夢の中。夢だから。
その言葉を投げつけられるたびに、スティングの身体が海老の如く反り返る。
その言葉自体が、銃弾の如く彼を撃っている。
サイはふと思い出した──ミントンを出た時に交わした、フレイとの会話を。
――ナチュラルであるにもかかわらず、ザフト兵と同様の技量でモビルスーツを操る兵士。
――それを連合では、エクステンデッドと呼んでいる。
──あの子たちは特定の言葉を聞くと、崩壊状態になるようね。
「マユ、よせ!」
カイキとサイは同時に叫んだが、既に時遅し。
「う、うぁああああぁおおおおぁあああ!!!!!」
最早スティングの眼球は完全に別々の方向へ剥き出され、その狂った銃口は負傷者の群れへ向けられる。
あの、妹を抱いた少年へ。彼は妹を抱いたまま完全に怯えきり腰を抜かし、動けない。
「全員、伏せろ!」
俺が守るしかない。サイは迷わず、果敢にスティングにタックルを仕掛ける──
だが悲しいかな、
サイが銃に飛びつくより早く、スティングの蹴りが彼の腹に炸裂する
――次の瞬間、サイの身体は負傷者の群がる壁まで吹っ飛ばされていた。
まともに壁に叩きつけられ、血と尿の流れる床に倒れてしまうサイ。
同時に、銃が暴発した──怒号と悲鳴。
不幸中の幸いか、銃弾は誰にも当たらず手術室のガラスを割るにとどまったが、スティングの狂乱は止まらない。
サイに続いて止めに入ったネネの肩が、銃の台尻で殴り飛ばされた。
軽い悲鳴と共に彼女の身体までが、負傷者たちの中へ倒れこむ。
「ネネ!
貴方、何をするのっ!」
怒りに燃えたスズミが、医者たちが、クルーたちが一斉に数に任せてスティングを取り押さえにかかったが――
全員がものの見事に、一瞬で振り払われた。
「負傷しているのに……
これが、エクステンデッドの力か?」
血の出ている唇を手の甲で無造作に拭きながら、サイは呆然とするしかない。
ハマーの蹴りより、ずっと鋭く痛む蹴り。頬と制服の肩を他人の尿で濡らしながら、痛みで動けなかった。
だがそんなスティングにただ一人、対抗出来る者がいた──
マユを守るべく飛び出した、カイキ・マナベだ。銃口で彼女を狙って走り出したスティングに対して、カイキは腰からナイフを取り出して応戦する。
動じることなく叫び続けるマユ。
「スティングも夢だ! ナオトが嘘つきなら、スティングは嘘そのもの!
ステラやアウルと同じ、夢でしかないよ!!」