【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
黙れ、と言おうとしたのだろうが、スティングの喉からは最早野獣の咆哮しか漏れない。
カイキもまた、マユを守ろうと熱くなりすぎていた。スティングの腕をナイフで一閃する──
さすがに切断まではいかなかったものの、その右腕からおびただしい血が噴出した。
手から落ちる銃。
その隙に、サイは床を這いずったままスティングの銃を拾い上げた。
そんな彼のほぼ頭上で、カイキの拳が少年兵の顎に炸裂する。
「!!」
続いて蹴り、蹴り、さらに殴打。
周囲の状況を考えず、カイキも暴れまわる。
負傷者の悲鳴も叫びも号泣も相手の痛みも、カイキにとって何の意味もない。マユに銃口を向けたという事実の前では。
「こ……この、野郎……!!」
だがスティングも負けじと、そばにあった点滴台を振り回して対抗する。
暴れまわる二人のエクステンデッドのおかげで、患者の意識を拾っていた命のモニターが何台も倒され、子供の寝ていたベッドがひっくり返され、薬瓶が何十本も薙ぎ倒され、医療器具や注射器の山が床に散乱する。
「やめてぇ、お願い!」「痛いよ、痛いよママ! 針が刺さったよぉ!!」
「山神隊はまだなの!?」「やめなさい、ブロック自体が壊れる!」
喚く女、泣き叫ぶ子供たち、怯え続ける老人。
さらに薬液と体液と血で汚れていく医療ブロック。
「俺は夢なんかじゃねぇ!
俺を否定するな、否定するな、否定するな!!」
スティングは、医師用の重い回転椅子を軽々と振り上げる。その拍子に、医療ブロックの電灯の一つが、椅子の脚部に衝突して壊れた。
破片がスティングの上に、患者たちの上に降りそそぐ──
さらに彼は、血と点滴の薬液が混じり合う床に足を取られ、椅子を持ったまま転倒してしまった。
勿論その隙を逃すカイキではない。うつぶせのまま動けないスティングにそのまま馬乗りになる。
振り上げられるナイフ。
「可哀相だが……ここで!」
カイキに押さえつけられたスティングの手は、それでも必死で空を掴もうとあがいていた。
その血だらけの指の先にあったものは、腰を抜かしながらも事態を見守る看護師・ネネの姿。
助けて、助けて、助けて──
ここの患者たちと全く同じ叫びを、この少年兵はあげている。
倒れたままのサイにも、それは十分理解出来た。スティングは、ひたすらに助けを求めていただけだ──
その求め方が、いささか暴力的であったにせよ。
同じことを、真正面のネネも感じ取ったらしい。
「待って!」
カイキの手が、ネネの一声で止まる。
ぐちゃぐちゃになった床の上で、ネネはゆっくりとスティングに近づき、その伸ばされた手を握りしめた。
──微笑みと共に。
「大丈夫です。
貴方は、ちゃんとここにいる。
夢なんかじゃない」
同時に彼女を止めに入る、カイキとサイ。
「よせ、危険だ」「ネネさん!」
しかしそれでもネネは、冷えきった少年兵の指を、自らの左胸に持っていった。
やや小ぶりな胸に、震える手が触れる。
「聞こえますか? 心音。
体温、感じますか?」
ネネの両手が、スティングの血だらけの指を、丸ごと包み込む。
思いもよらぬ彼女の行動に、スティングは幼子に戻ったかのようにこくりと頷く。
そんな反応に、ネネは満面の笑顔になった。
「なら、大丈夫!
貴方はちゃんと生きて、ここにいるもの」
人の肌の柔らかさに、スティングの感情はようやくおさまりを見せた。
彼だけでなく、患者たちもすっかり静かになっている。
そんな中ぽつりと漏らされた、スティングの呟き。
「痛えよ……
俺を、助けろ……この野郎……」
サイははっと我に帰り、スズミに指示を出した。
「スズミ先生、早く!」「分かってる!」
女医は素早く飛び出してスティングを捕まえると、彼の腕に鎮静剤を打った。
瞬く間にその目から、獰猛な光が失われていく。
サイはつくづく、自分の無力さを嘲笑せずにはいられなかった──
自分では、とてもネネのような真似は出来ない。やれたとしても、殴られるのがオチだろう。
引きずられるように担架に乗せられるスティングを見ながら、サイはひたすら腹部の痛みをこらえていた。
「これを使え。
あの男の治療には役に立つ」
そう言いつつ、フレイはサイに小さな薬瓶を渡した。
サイの後ろにくっついてきたネネが、礼を言う。
「ありがとうございます。
あの子、本当なら重傷なのにあんなに暴れて、出血も酷くて心配だったんです。
普通のお薬がなかなか効かないし」
素直に感謝を口にするネネ。
だが、サイの心は晴れない。フレイに問いたださずにはいられない。
「やはり同じということか……カイキやマユに使っている薬と。
駄目もとで、君の処へ来てみて良かったよ」
そして君も使っている──と言いたいのを、サイはこらえた。ネネの前だ。
そんなサイの心を知ってか知らずか、フレイは耳元の髪をかきあげる。
「あの男のモビルスーツは撃墜され、仲間も道中で襲われ全員死亡。おそらく奴はMIA扱いになっている。
うまく立ち回れば、こちらの新たな戦力になるやも知れんぞ。いや、なってもらわねば困る」
何の冗談だ。一瞬サイはフレイを凝視したが、彼女は真顔だった。
ネネが思わず口を出す。
「そんな。彼はまだ意識が混濁している状態で……」
「甘いことを言っていられる状況ではない」
フレイはネネをぴしゃりと跳ねつけた。「山中にはまだザフトの残党がいる!」
「デストロイの攻撃で、山に残っていたザフトのゲリラは壊滅したんじゃないのか。
今のところ、ティーダも何も捉えていない」
サイは反論せずにいられない。こんな時に戦闘になられてたまるものか。
だが、フレイはそんな彼の見解を頭から否定した。
「ザフトがあの程度で壊滅するなら、とっくにプラントは消滅しているぞ。
ザフトの残党どもは3年近くもの間この地に根を張り、ここに集中的に撃ちこまれたニュートロンジャマーを守っている。ユニウス条約により、地上からザフト正規軍が撤退した後もだ──連合との争いも絶えぬ。
ハーフムーンが守られていたのは、山の奇跡だった。低標高の山とはいえ、いくつもの山が連なり、それに谷や川、森が複雑に入り組んでいたからな」
リンドーや村長から何度となく聞かされた言葉を、サイはまたも噛みしめることになる。
奇跡「だった」──それは既に、虚しい過去形でしかない。
山が一気に崩れて道が開けてしまった以上、どうあっても連合とザフトの激突は避けられない。
――そうなれば、ハーフムーンは、アマミキョはどうなる?
さらに強く響きわたる、フレイの声。
「お前の任務は、避難民を一人でも多くアマミキョへ収容し、オーブもしくはオーブ寄りの中立国家へ送り届けることだ。そこから先は行政府がどうにでもしてくれよう。
その為にも、アマクサ組及び山神隊、オーブ軍と連携して一刻も早くアマミキョの修復だ」
「分かってる。君が協力的で、心強いよ」
だがその時フレイは、信じがたい言葉を吐いた。
「サイ。今回は、私をあてにするな。
私は明日、ミゲルと共にこの地を離れる」
「はぁ!?」
サイとネネの驚愕の叫びが、見事に同期する。
彼は思わずフレイの肩に掴みかかった──流れる紅の髪が頬にかかる。
「なんでまた、こんな時に!?
アマミキョを守るのが、君の最優先事項じゃなかったのか!」
この非常事態に、何故アマクサ組一番隊隊長の君がいなくなる?
混乱するサイに、フレイは無表情で答えるだけだ。
「これはアマミキョの為だ。長期的観点から言えばな」
何という鉄面皮──思わずサイは激昂する。
「今アマミキョが潰されるかも知れないってのに、何が長期的だ!
統制だったら何とか我慢もするが、今そこに危険が迫っているってのに、何故君が勝手な行動を!
みんなを見殺しにする気かよ!?」
フレイの両肩を掴んで無理矢理振り向かせ、サイは怒鳴っていた。
ネネが慌てて止めたので何とかフレイを殴らずにすんだものの、憤怒はおさまらない。
しかしそんな彼の剣幕に、彼女はほんの少しだけ表情を沈ませていた──
今までどんなに怒鳴っても、眉一つ動かさずサイを拒絶するだけだったフレイが、どこかばつの悪そうな顔をしている。
伏せがちになる長い睫毛。
「アマミキョを守ることは私の任務だ──
それは変わらぬ。信じろ」
「……命令形で言うことじゃないだろ」
フレイの答えに、サイは納得出来ないながらもそれ以上責め立てるのはやめた。
だがこれだけは、聞いておかねば。
「理由は。
タロミ・チャチャからの指令か?」
その言葉に、フレイは再び態度を鉄のように凝固させてしまう。
「臨時の副隊長補佐にそこまで伝える義務はない。
私の代わりとしても、スティング・オークレーの治療は少しでも早める必要がある。
いつまでもアフロディーテに頼っていては、今を切り抜けても早晩、アマミキョは沈むぞ」
言われて、サイは気づく。
フレイたちはあくまで、契約期限のある傭兵の身分だ。いつまでもアマミキョにアマクサ組がいられるとは限らない──
万一ムジカ社長が気まぐれを起こし、いきなりアマクサ組を解雇などということをしでかせば、その時点でアフロディーテにもカラミティにも、そしてティーダにも頼れなくなる。
その仮定を思い浮かべて、サイは心の底から寒気がした。
そもそも俺は何故、フレイが戦うこと前提に話をしている? フレイを戦わせ、その彼女を頼りにしているということ自体がおかしいじゃないか。
俺はまた、キラと同じように、フレイを……
「大丈夫だ、サイ」
サイの顔色に気づいたのか、フレイはやや声を和らげた。
「アフロディーテは置いていく。万一の時はスカイグラスパーにIWSPをつける準備もさせてある」
「君しか乗りこなせない機体を置いていかれても困るんだけどなぁ……」
「そう言うな。ユウナ・ロマを連れてきたオーブ軍を頼るといい、ムラサメが3機ある。
むしろ、今までよりも楽になるはずだぞ」
「対処してみるよ」
サイは腕組みしてフレイを見据える。
──と、フレイはいきなり耳元に唇を近づけ、彼の肩ごと自分の方へ引き寄せた。
フレイの豊満な胸が、サイのネクタイと擦れ合う。
馬鹿、ネネが見てる──
サイは慌てて振り向いたが、看護師は何も知らぬ存ぜぬの素振りで、窓の外の雪景色を眺めていた。
そんな彼の耳元に囁かれた言葉は、行為に反して色気のないものだった。
「リンドー副隊長からの伝言は聞いたか」
「……あ、あぁ、地熱に気をつけろ、ってやつか。
今ヒスイさんに分析してもらってるけど、確かに地熱の上昇が見られる。
地殻変動が重なったりしたらホント、運が悪いよ」
「ザフトの動きが妙に遅いのも気になる。分析を急がせろ──雪崩には警戒を怠るな」