【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
夜明け前の寒風吹きすさぶ中――
ハーフムーンの村では避難民が雪原のあちこちにテントを張り、焚き火で暖をとっていた。
「雪が……やんだ?」
避難民たちを手伝っていたナオトは、ふと空を仰いだ。
灰は未だ晴れないが、雲間から覗く空からは輝く星が見える。
ずっと眠っていたメルーが起きだして、目をこすりながらナオトに寄ってきた。
紅いマフラーと耳当てが、何故か丸い子犬を思わせる。
「駄目だよメルー。子供はちゃんと寝てなきゃ」
「う~ん……
なんだか、いつもよりあったかくて目がさめちゃった」
白い雪の上に咲いた、テントの中の灯火。それはこうこうと村の、まだ明けぬ夜空を照らし出す。
村では今も、忙しく走り回るトニーやカズイら、シュリ隊の姿があった。サイもおそらくブリッジで指示を出し続けているのだろう──
「それにしても……
まさかサイさんがいきなり、臨時とはいえ副隊長格にまでなるなんてなぁ」
環境の激変に、ナオトは未だに実感がわかない。
山からは、まだまだ続々と避難民の群れが降りてくる。山肌をぬうように蠢く橙と白の灯火の列が、ゆっくりと麓へ流れていく。
と、メルーがナオトの膝を引っ張った。
「みんな、仲良くなれるといいなぁ」
いつの間に調達してきたのか、その両手にはおむすびが3個、丁寧に油紙でくるまれている。
「メルーの畑でとれた麦を使ったんだよ。
みんな食べてくれるかな?」
そんな二人の背を、少し離れた小屋の陰からマユがじっと見つめていた。
視線に気づいたナオトはふと振り返り、続いてメルーも彼女に気づく。
ナオトは一瞬、いつになくぶすくれているマユに躊躇していたが――
メルーは気にもせずマユに駆け寄る。踏み固められた雪道に、少女の長靴が小さな跡をつけた。
そっと両手でおむすびを差し出すメルー。
「おつかれさま、おねえちゃん。
どうもありがとう!」
だが、マユはその小さな手を──
虫でも叩くように、払った。
「いらない!」
呆気なく雪の上に落ちるおむすび。
仰天したナオトが思わず駆け寄る――メルーに。
「何するんだ、マユ!」
唖然としているメルーを庇うように、マユの前に立つナオト。
だが彼女は、そんなナオトを睨みつけた。
「山で雪崩が起きてるの。ティーダが必要なの。
ティーダのカメラを使わないと助けられない人たちがいるって、サイが呼んでる」
「何、怒ってんだよ……」
マユの気迫にややたじろいだナオトの声は、少しばかりいつものキレを失っていた。
「怒る?
マユは怒ってなんかいない。怒っているのはナオトだよ」
「当たり前だよ。メルーに乱暴しただろ!」
マユはその意味が掴めないようで、メルーとナオトと、そして雪の上で崩れかけたおむすびを順々に見ていた。
明らかに彼女自身にも、メルーを叩いたという行為が理解出来ていないようだ。
自分は何故、いつものように笑い飛ばせないでいるのか──
そんな自らの感情、その不可思議な部分を探っているようにも見える。
やがてその小さな唇からは、実に直接的な言葉が漏れた。
「ティーダに戻ってって、言ってるの。
いつまでもここにいないでよ。ナオト、人が死ぬのは嫌なんでしょ?」
「……分かったよ」
そう言われてナオトは渋々、メルーから手を離す。
「ごめんな、メルー。行かなきゃ」
「うん。頑張ってねナオト、おねえちゃん!」
メルーは落ちたおむすびをそっと拾いながら、ナオトに笑顔を向けた。マユにも。
マユはそんなメルーからぷいと視線を逸らし、そのままアマミキョの方へと戻っていく。
いつまでも、ここにいないで──
そんなマユの言葉とは裏腹に、ナオトはこの村に居たがっている自分に気づいていた。
雪崩に呑まれた避難民の救出へ向かい、雪山を這うように登るティーダ。
その姿を、地下のモニターごしに凝視している者がいた──
「モビルスーツが雪山登頂か。
自分が滑落せぬよう、せいぜい気をつけるんだな」
ヨダカ・ヤナセ。かつてウーチバラでティーダと戦って以来、ティーダとアマミキョを執拗なまでに追い続けている、たくましい黒髭と輝く黒い肌を持つサングラスの男だ。
「こんな処で再びあいまみえるとは、俺と君は並々ならぬ運命で結ばれているらしい──
忌まわしき白のブリッツに、チビ助レポーター君」
ここはハーフムーンから5キロほどしか離れていない、ザフト地下基地本部。
フレイの言葉通り、山を崩すほどのデストロイの猛攻にも、この基地は耐え抜いていたのだ。
山の至る所に設置された監視カメラからの映像は、リアルタイムではないもののかなり鮮明ではあった。
「今回の巨大モビルアーマーの進撃により、我が基地は4割が壊滅状態に陥っています」
ピート・ベンターが、ヨダカの背後から静かに声をかける。
ハーフムーン攻略及びニュートロンジャマー防衛部隊として、2年前からこの極寒の地に残留し連合と戦ってきた、ザフトの指揮官だ。
「しかし、不幸中の幸いといった処でしょうな──
山が崩壊し、我らにこの地を奪還するチャンスが巡ってきたのは」
ろくに非常用照明も灯らぬ薄寒い地下で、土と雪の匂いの中、二人の男が相対する。
髭が伸びきり、黒ずんだベンターの顔。35歳のはずだが、10年以上も老けて見える。
顎は飢えで痩せ細り、その目は度重なる戦いで磨耗し、飛び出さんばかりに爛々と輝いている。ハーフムーン奪還及びジャマー防衛の為、20ヶ月以上もの間研ぎ澄まされてきた思考が、その瞳の奥に見えた。
「ベンター隊長――
長きにわたりこの豪雪の中にこもられたご苦労、今こそ報われる時です。正規軍から外れ、ろくな支援も受けられぬままこの氷の中、よくぞ戦われた。
貴官と、貴官と共に戦う兵士たちの為に、何よりユーラシアで苦しむ同志たちの為に、議長はこの作戦を立案されたのです」
ヨダカはFAITHの証を襟に煌かせて熱弁をふるう。
だがベンターの表情は、言葉とは裏腹に、どこか冴えないものだった。
「この好機に乗じるかの如きデュランダル議長の作戦、恐悦至極に存じます。
ヨダカ隊長。実行部隊として貴官が共に戦っていただけることはこのベンター、大いに感謝しております。
ですが、この作戦は……」
「反対者が多く出ていることは聞き及んでおります」
ヨダカはサングラスの奥の瞳をぎらりとベンターに向け、言葉を続ける。
「しかしこのユーラシアの地を喰らう連合は、大地のことなど何も考えず、あのような戦略兵器を持ち出す愚か者だ。
そんな連合の虫どもに比べれば、我らの罪はまだ軽い──暴力を制するのは、結局は力でしかない」
「確かに、議長のお考えは理解できるつもりです。
連合を一掃することが出来れば、ユーラシアにも再び平穏が訪れる。地上より遠ざけられた我らコーディネイターが、ようやく土を踏みしめ、子供らを草原の上で遊ばせることが出来る。
それが我らの夢でした。その夢だけが、この氷の牢獄での希望でした。
しかし、その草原自体が……っ」
煮えきらぬベンターの態度に、ヨダカは拳をぎゅっと固める。
「プラントでは現在、次のような仮説が幅を利かせております。
地球の自然重力の上ならば、再び女たちが子を孕むことが出来る可能性もあると。
コーディネイターに子供が生まれないのは、我らの遺伝子のせいではなく、重力の為だと──
真偽はともかく、そんな仮説が囁かれる時点で、地上を追われた我らにとってこの大地は魂の底から渇望してやまないものということは、お分かりでしょう。
その為にも今回の作戦、ハーフムーン・トライアングルは必勝を期す!」
しかしベンターも、皺が刻まれた顎を持ち上げて叫ぶ。
「罪を被る覚悟は、2年前にとうに出来ている。だが兵士たちは納得しない!
地殻変動と貴官は簡単に言うが、それがどれほど恐ろしいものか、貴官はまだ分かっておらぬのだ。
ニュートロンジャマーをこの地に集中的に投下して以降、我らザフトがどれほど、怒れる大地に苦しめられたか!」
ヨダカの口髭が震える。地上にいる者たちの口癖だ、プラントは地球の恐ろしさを分かっていないと──
しかし、この好機を逃せばザフトがユーラシアを手中にするチャンスは逃げていき、ヨダカがティーダとアマミキョを捕らえる機会もまたまた失われる。
微かな焦りが、彼の声色に怒りとなって現れた。
「連合の暴虐によって失われた1542名の同志を思い出せ、ベンター隊長!
この作戦は、宇宙で彷徨い続ける我らの母と、子供たちの為だ!」
さらなる地下から、兵士たちの声が微かに漏れ伝わってくる──
ザフトの為に。ザフトの為に。ザフトの為に。
基地のあちこちで、躊躇する兵士を鼓舞する仲間の声だ。
「子供たち……か」
ベンターはヨダカから顔を背け、モニターで動き続けるティーダを眺める。
「ときに、ヨダカ隊長。あの村の処遇は」
「ナチュラル共と交わった結果、生まれ落ちた禁忌の子供ら──話は聞き及んでいる。
可哀相だが、彼らを受け入れるほどの余裕はプラントにはない」
「捨て置け、というのですか!」
ベンターの顔が歪む。
そんな彼の肩を、ヨダカは傷だらけの黒い手でがっしりと支えた。
「たとえ生きていたとて……ハーフの子供らはどうあっても、世界に受け入れられぬ。
ならばここでコーディネイターの礎となるが、子供らにとっても幸福だ」
そんなザフトの動きも知らず、ナオトとマユはティーダで、日暮れまで雪山と格闘していた。
雪崩発生地点に急行し、呑みこまれた人々を一刻も早く救出する──それが、二人に課せられた任務だ。
ティーダの指先に仕込まれた高感度カメラがこの時とばかりに活躍し、ティーダは1日で既に50人以上もの避難民を救出していた。
滑落防止の為に左腕の三又巨大爪・グレイプニールを山の斜面に喰いこませ、グレイプニールのワイヤーが伸びている範囲内でティーダは必死に動き、右腕だけで被害者たちを探索し、救出する。作業中の為、右腕トリケロス内に仕込まれているランサーダートとレーザーは取り外されていた。
そしてまた一人、頂上付近に取り残されていた少女を助け出したティーダ。
ついてきたM1アストレイに、殆ど全身凍傷状態の少女を手渡すと、ティーダは次の捜索を始める──
日が完全に暮れてしまう前に、一人でも多く助けなければ。
グレイプニールを斜面から引っこ抜き、頂上付近へ向かって再び射出。
雪が蹴散らされ、中の土と樹木にしっかり爪先が食い込んだことを確認すると、ナオトはティーダを一気に頂上へと動かした。
と、その瞬間
――カメラに映ったものは、山向こうの景色だった。
いや──それは既に、景色などという言葉で言い表せる代物ではなく。
最も的確な表現をすれば、「地獄」であったろう。
雪のような降灰はまだ続いており、頂上より少し下には低い灰色の霧がたちこめている。
しかしよく見るとそれは霧ではなく、地上が燃やし尽くされている黒い煙だった。
灰の霧の向こうに見えるものは、紅蓮の炎。
大蛇の舌のように蠢くその炎以外に動くものは何もなく、ただ破壊しつくされたビル、教会、学校、公園、道路、森、サッカー場、商店街が見える。
どれもこれも確実にこの前まで人の営みがあった場所なのに、今では炎以外に動くものなど何もない。
惨憺たる街の残骸だけが、そこにあった。
ナオトはその現実の前に、声もなく棒立ちになるしかない。
「あ……あぁ……」
実況などとんでもない。圧倒的な事実の前に、伝える言葉は意味を持たない。
ナオトはひたすら、ティーダのカメラを駆使して暗黒の光景を撮影し続ける──
そのカメラは遠距離でありながらも、崩壊した都市の内部を必死で捉えていた。
寒さの中、震え続ける猫を。腐敗の始まった死体を覆い尽くす、無数の黒い虫を。
血と油の飛び散ったままの、砕けた道路を。
世界が壊れる光景。それが、ナオトの思いついた最も的確な表現だった──
が、後席でつまらなげにしているマユは、この地獄を前にしても平気な顔だった。
むしろ、別のことでがっかりしている口調で言う。
「これじゃ夜より暗いよ。きれいな夕焼けが見えると思ったのに」
「見えるわけないだろ。人が死んでるんだぞ」
ナオトは怒りをこめて吐き捨てたが――
その時マユは突然ヘルメットを脱ぎ、いきなりパイロットスーツの胸部を開いた。
長い、ふわふわした黒髪がナオトのすぐそばで揺れる。
「ちょ……っ、何してるんだマユ!
こんなところで!!」