【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
少女の匂いが、少年の鼻孔をくすぐる。黒ハロがぴょんぴょん飛び跳ねた。
「マユ、アツイヨ、アツイヨ」
ナオトの言葉も聞かず、マユはそのまま上半身のインナーまで無造作に脱ぎ出した。
真っ赤になって叫ぶナオト。
「やめろったら!
風邪ひくだろっ」
街を焼く炎を背景にして、幼い少女の上半身が剥き出しになる。
マニアな写真家なら喜びそうな画かも知れないが、あいにくナオトはそんな突拍子もない感性は持ち合わせていなかった。ただただマユの行動にうろたえるしかない。
街の炎とコクピットの光の照り返しで橙に煌く、彼女の素肌。
未だ火傷の跡が残る少女の卵肌が、揺れる。
慌ててマユを押さえようとしたナオト。だが少女は、その細さからは想像すら出来ぬ凄まじき腕力で少年をシートに押しつけ、続いて彼のメットまで強引に取り上げていく。
首が落ちるかと思うほどの乱暴な挙動と共に、メットは外された。
「こうすれば、ナオトはずっと、ティーダにいてくれるんでしょ……?」
「何言ってるんだよ!?
ホントどうしたんだマユ、やめ……っ?」
ナオトの叫びを封じるかのように、マユはいきなりナオトの唇に自分の唇を重ねた──
重ねたというよりも、衝突させたといった方が正しかったが。
ロマンなど欠片もない不器用さで、歯と歯ががちんと音を立てる。
同時に少女の両手は、少年のノーマルスーツの襟元までを開きにかかる。
彼の意志に反して、脚の間は一気に熱くなった。
マユの両手を押さえようとしながらも、身体は正直だ。
目の前で揺れる黒髪、鼻、頬、閉じられた目、そして小ぶりな胸――
その先で揺れる、ほんのり薄紅に染まった突起。
だが。
――その胸を見た瞬間、ナオトは思い出してしまった。
チュウザンで、父親と再会した時の悪夢を。
──父さんは嬉しいよ。
これはお前にしか出来ないことだ、ナオト。
途端、吐き気がナオトを襲う。絶望と共に。
マユはまだ彼の唇に吸いつき続け、その胸元を引きちぎろうとするように手に力をこめていた。
あの時も僕は、同じようにされて──
ナオトは全筋力を振り絞って彼女を引き剥がす。悪夢を振り払おうとするように。
無我夢中でマユと取っ組み合い、何とかナオトは呼吸を取り戻した。
「ぶはっ!
お、落ち着いてよマユ!」
なんてことだろう――僕はマユも抱けない身体になってしまったのか。
マユの身体を見てさえ。
大好きな娘の身体を見てさえ、あの悪夢を思い出してしまうとは。
「マユ、お願いだ。
服を……服を、着て」
ナオトは息を弾ませながらも、マユの腰あたりに垂れ下がったままのパイロットスーツの上半身を、彼女に被せた。
スーツの両腕の部分で、胸を覆ってやる。「何考えてるんだ……
君は、ホントに変な娘だなぁ」
だがマユの黒い瞳は、どこまでも真っ直ぐにナオトを見つめている。
歯と歯がぶつかり合うほどのぎこちない接吻をしたばかりの唇から、言葉が溢れる。
「マユは……
ナオトとずっと、ティーダに乗りたい」
静かではあったが、はっきりと意思の乗った言葉。
ナオトは思わずはっとして、マユを見つめ返した。
──訳も分からず出会った、この少女に惹かれて。
この少女を守ろうとして、自分はティーダに乗った。
少女のわがままと暴虐に振り回されながら、それでも自分なりに懸命に、マユを守ろうとしてきた。
──その想いが今やっと、僅かながら報われた気がする。
どんなに酷い目に遭っても、どれほどマユが分からなくても、僕はマユが好きなんだ。
どこまでも純真で、剥いたばかりの卵のような心しか持たぬ彼女が。
「……そっか。
その言葉を聞けただけで、僕は嬉しいよ。とても」
胸を見ないようにして、ナオトはマユの小さな手を握りしめた。
モビルスーツの操縦桿を握っているとは思えぬ、白い小さな手を。
「嬉しい……の?
よく、分かんない」
マユの言葉は分からないことだらけだけど、今何となくその謎が解けた──
ナオトはそう感じた。
マユは、見た目以上に子供なんだ。それも、生まれたばかりの赤ん坊に近い。
だから、普通の人間が持ちうるはずの悲しみや寂しさ、怒り、人を好きになった時の苦しさ、人から好かれなかった時の辛さ、そして人に受け入れられた時の嬉しさを、知らなかったんだ。
多分、戦って人を殺して、死んだ人を嘲笑うことしか知らなかった。
だから、初めて人間らしい感情を知った時、ひどく戸惑う。
そして僕を殴ったり、ティーダで暴れたり、メルーを叩いたり、身体が異常を起こしたりする。
今のキスもきっと、おそらくその戸惑いから来る、衝動的行為の一つだ――
ナオトはそんな風に冷静に分析できる自分が少々おかしくもあったが、確かに嬉しかった。
単純にマユからキスをされたことが嬉しく、自分がマユの感情形成にかなり大きく関わっていたということも嬉しかった。
僕は、ひょっとしたらマユにとって、カイキ兄さんより大きな存在になれるのかも知れない──
その喜びはナオトの中で、一瞬で庇護欲に変わる。
あまりにも一方通行な、庇護欲に。
「マユ! 僕、とってもいいこと思いついた。
ここで一緒に暮らそうよ!」
ナオトは感情のままに、マユの両肩を掴んだ。
ぽかんとする彼女を真っ直ぐ見つめながら、まくしたてる。
「メルーたちと一緒に、みんなで仲良く暮らすんだ」
「ナオト、何言ってるの? マユは別にここじゃなくても……」
この子はまだ幼児だ。赤ん坊だ。
だから僕が、善悪をきちんと教えてやらなきゃ。
「いや、ここじゃなきゃいけない。
ティーダに乗ってたら、マユはまた痛い思いをするよ。
ハーフムーンにいれば大丈夫さ、ハーフコーディネイターが生きられる場所なんだから。
だからきっとマユだって、もうモビルスーツなんかに乗らずに暮らせるよ!」
マユは答えない。ナオトの言っている単語を一つ一つ吟味するように、視線を逸らしてうつむいてしまう。
ナオトはちらりとモニターに広がる街の炎を見ながら、なおもマユの説得にかかる。
「もう二度と、あんな光景は見たくないよ。感じたくもないよ。
君だってそうだろ?」
「うん。
気持ち悪いのは……嫌」
ナオトはそのマユの言葉を、自分を理解してくれたものと受け取った。
そうだよ。やっぱりカイキ兄さんやフレイ・アルスターじゃ駄目なんだ。
あの人たちは、マユに「戦いは楽しい」とか教え込んだに違いないのだから。
こんな小さな女の子が戦争を楽しむなんて、出来るわけがないじゃないか!
「よし。
分かったら、ちゃんとスーツを着て、戻ろう」
ナオトは笑顔になり、マユの右手を強引にスーツの袖に通させる。
「ところで……君にこんなことしろって教えたの、誰?
まさかカイキさんじゃないよね」
そのナオトの疑問に、今度はマユはあっさり答えた。笑顔と共に。
「ううん。スティングだよ!」
翌朝。
アマミキョ医療ブロックから外へ出る救急用進入口のあたりをほっつき歩いているスティングを、ネネがとっつかまえていた。
「ちょっと貴方っ!」
収容されて3日、大分傷の具合のよくなったスティング。
どこから拾ってきたのか、連合少年兵の軍服を両肩に無造作に引っ掛けた彼は、十分歩けるほどに回復していた。もう少しすれば作業に参加出来そうなほどに。
ハァ? という顔で振り向いたスティングに、ネネは怒鳴る。
「良くなったからって勝手に出歩かないで! しかも貴方マユちゃんに、一体何教えたんですか!?
サイさんとカイキさんがもう、超カンカンなんですけどっ!!」
「チッチッ」
数日前の狂乱ぶりが嘘のように、軽く指を振って不敵に笑うスティング。
周囲の恋愛沙汰をからかってふざける、そこらの男子学生にしか見えない。
「こりゃ、大人の役目ってヤツだ。ちっとばかりあのお嬢ちゃんが悩んでいたようだから、オークレー直伝の恋愛指南を……
って、いデデデデ!」
言ったそばから、いきなりネネに耳を思い切りつねられるスティング。
「つーかてめぇ、それでも看護師かよ!? 俺ぁ怪我人……」
「うるさぁい! 子供が子供に恋愛指南してどーすんの!」
「何だと、恋愛なんざ縁のねぇ大根足が!」
「まーた人のことを大根呼ばわり?
悪いけど、貴方よりは恋愛はしてますから!」
ややカールした栗色の前髪からのぞく大きな目が、スティングを軽く睨みつける。
耳をつねる彼女の手から逃げつつ――
その言葉に、スティングは気づいた。
「俺……
あんたのこと大根って、前にも言ってたのか」
ネネの怒りの表情がふっと和らぐ。
子供を宥めるような笑顔が、そこにあった。
「そうよ。
どうやら、そうそう完璧な記憶消去ってわけじゃないみたいね」
進入口に停めてあったスクーターに乗りながら、彼女はスティングを手招きした。
「乗って。
ヘンなこと子供に教える余裕あるなら、作業ちょっと手伝ってもらいます」
スティングは素直にスクーターの後席に座り、ネネと同じにメットを被る。
灰色の寒空の下、二人を乗せたスクーターは、雪かきのされたあぜ道を走り出した。
作業隊によってかきわけられた泥まみれの雪は、道路脇にバームクーヘンのようになって積み重ねられている。
その向こうに展開されるのは、避難民のカーキ色のテントと、ひたすらに治療を待つ怪我人の列、列、列。
「何だか、妙に暑くなってきやがったな……
雪も泥になってやがる」
ネネの背中で、スティングは呟いた。
寒風の中、彼は人々の無気力な表情を眺めつつ、嘲笑する。
「ステラ──あの死に損ないが、ここまでやるとはな」
「そんな言い方……貴方、ステラさんのことあんなに可愛がってたじゃない。
いつもいつも心配してついて回ってたわ、アウル君と一緒に」
背中で一つにまとめられたネネの真っ直ぐな髪が、スティングの頬を撫ぜた。
「何度言や分かるんだ? 知らねぇよ」
「……そう。
それと、もう一つ。
貴方の話を聞く限りでは、この人たちを怪我させたのは貴方のせいでもある。
それを何とも思わないの?」
アホか、とばかりにスティングは嘲笑った。
「俺らにとっちゃ、こんな光景は当たり前なんだ。何処へ行ったって、俺らの背後には死人の群れと血の跡しか残らない。
それが俺たちの勲章であり、存在意義だ。むしろ誇りに思うね」
「そりゃあ、カッコイイことね。
その後片付けをするのは私たちなんだけど」
まるで子供の強がりを切り捨てるように、ネネは吐き捨てる。
スティングは寒風の中、薄笑いを浮かべ続けた。
「あ。
ひょっとしてあんた、俺を戦いから引き離そうとかしてる?」
運転中のネネに後ろから顔を近づけ、わざと舌を出すスティング。
「無駄無駄!
俺には戦いしかねぇんだよ。世界にはあんたらの知らない現実が山ほどあるわけさ」
前方を向いたまま、ネネは唇を尖らせる。
「はいはい。
私には、貴方はただのエロマセガキにしか見えないけど」
完全に子供扱いされている。
それを悟って、スティングもやや気分を害した。
「んだと、胸わしづかまれてぇか!?」
やれやれ、とばかりにネネはため息をついてみせた。こんな患者はどこにでもいる。
「運転中に放り出されたければどーぞ、セクハラ坊主さん」
ネネの言葉に思い切り膨れっ面になるスティング。「冗談! こんな幼児体型触って楽しいかよっ」「なんですってぇ!」
――スティング自身は気づいてもおらず、気づいたとしても認めようとしなかっただろうが。
この時確かに彼は、アマミキョに僅かな癒しを感じ取っていた。
そう、ネオやステラ、アウルとふざけあっていた──失われたあの日々と似た癒しを。