【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
村の診療所に到着したネネとスティング。それを出迎えたのは、サイと村の子供たちだった。
子供たちの遊び場でもある診療所近くの広場で、彼らはサイに雪遊びを教えてもらいご機嫌だったようだ。診療所の門の隣には不器用ながらも、雪だるまがひとつ出来ている。
サイはスティングを見つけるやいなや、眉をつり上げて迫ってきた。
「スティング! 君って奴はマユに何を……
元気になったと思って安心してたら!」
スティングはその剣幕に、慌てて両手で彼を遠ざける仕草をしてみせる。
「へぃへぃ、その説教はたっぷり聞かされたよ。
そこのずん胴看護師さんにね」
ネネが即座に反応する。「一言余計です!」
「言われたくなきゃ、いい加減スカートでも履けよ。ナースなんて色気もクソもありゃしねぇ」
「えーえー、履いてもいいですよ。但し貴方の目の前以外でね!」
「副隊長補佐、こりゃあんたの仕事だ。
医療ブロックの看護師と女医の制服を全て、膝上丈のスカートに……」
「サイさん、聞く必要ありませんよ!」
二人の応酬に、サイは苦笑する。
「正直俺も、スカートの方がいいとは思うけどね。ズボンはズボンで、別の可愛らしさがあるもんだ。
一見無骨なズボンでも、中身は美脚。想像を膨らますのも楽しいもんだよ」
「さ、サイさんまで……」
「なるほど、そういう考え方もアリか。やっぱり大人の言うことは違うね」
目を白黒させるネネに、調子に乗るスティング。
だがすぐにサイはコントを中断し、真顔になった。
「ネネさん。
作業の合間でいい。ちょっと、君に頼みたいことがある」
「え?」
ぱっと顔を赤らめるネネ。茶色の瞳が真っ直ぐにサイを見つめる。
「君もそうだけど、スズミ先生は死ぬほど忙しい。
君しか頼める人がいなくて」
「は、はい!」
顔をほころばせて、ネネは大きく縦に何度も首を振る。18歳のはずだが、まるで中学生の少女のようだった。
そんなサイとネネを、スティングは実に面白げに眺めていた。
「……分かりやすすぎ」
診療所の、薬品の匂いに満ちた医務室の中。
ストーブが焚かれ、かなり熱くなった部屋で、サイは上半身裸でベッドに腰掛けていた。その左腕を、ネネが懸命に診ている。
サイの手のひらや指を揉みながら、彼女は実に慎重に反応を確かめていた。
目と目がくっつきかねないほどその左手を睨みつけているネネに、彼はそっと声をかける。
「ごめん。誰にも話したくはなかったけど」
「大分、神経が傷んでますね。やっぱり先生に診てもらった方が……」
「秘密を守ってくれるのは、君とスズミ先生しかいない。
でも先生は今凄まじく多忙だろ、副隊長の治療もはかどっていないし。
君しかいないんだ」
ネネの頬が上気したのは、ストーブの熱さからだけではない。
眼鏡の奥のサイの瞳を間近にして、彼女の手まで熱くなる。
「そんな。
……私は一度、サイさんに酷いこと、言っちゃったのに」
ヤハラで子供を叩いた時のことか──サイはまた苦笑する。
疑われても仕方のないことをやっていたのだ、自分は。
「いや、君は凄いと俺は思ってるよ……
スティングへの対応見ていて、君はホントにいい看護師だと思った」
言われて、ネネは髪の毛が浮き上がるほど全身でのぼせあがったようだ。
「か、看護師として当然のことですよぅ!」
「スティングがああいう特殊な環境下の子供でなければ、君のいい彼氏になれそうなんだけどな」
この会話を、廊下でスティングはこっそり聞いていた。
思わぬところで自分の名を出され、一瞬ぎょっとなる。
二人っきりの医務室、年頃の男女、裸の男、頬を染める女、熱いストーブ。
面白い恋愛沙汰だと思って覗いていたのだが、スティングの思い通りにはコトは運びそうもない。シチュエーション的には最高だというのに……
そしてネネの声。
「サ、サイさんてば。
私はただ、看護師としてあの子に接してるだけですよぅ!
だいたい私、他に好きな人、いますから!」
やっぱりな──思わずため息をつくスティング。
そのため息に、何処かガッカリしたような気分が混じっていることに、彼は自分で驚いた。
サイにぷいっと背中を向けるネネ。
彼女の真摯な気持ちに気づいていたのは、彼も同様だった。
サイとて全くの鈍感ではない。ここで、「へぇ、誰?」などと聞くほど、野暮ではないつもりだ。
むしろ色恋沙汰には鋭敏な方だ──2年前に、鋭敏にさせられてしまったとも言える。
しかし、俺の勘が正しいとしたら、今すぐ俺は彼女に告げなければならない。
彼女の気持ちが肥大する前に。
「ネネさん。
これから言うことが俺の勘違いだったら、笑い飛ばしてくれ」
おもむろに口を開くサイ。
ネネの背が固まるのが分かる。
「どういう意味……ですか」
「俺は──
君の気持ちに、応えることは出来ない」
案の定、彼女の背がびくりと鞭でもうたれたように震える。
すぐに「はぁ?」とでも軽蔑の眼差しで返さなかったことからして、サイの勘は大当たりだったようだ。
「なっ、
……何、言ってるんですか。
意味、分かんない」
背を向けたまま、ネネは笑おうとしている。
精一杯呼吸を鎮めながら、それでも平静を装おうとしている。
声は明らかに上ずっていたが。
「分からないならそれでいいよ。
馬鹿な副隊長補欠として、笑いのネタにしてくれ」
「わ、分かりませんって。
何で私が、サイさんの言葉を笑わないといけないんですか?
無理です……無茶、言わないで……」
「ただの馬鹿男の勘違いだよ。
子供たちにはいい笑いのネタになるだろ?」
「勘違いなんかじゃありません!」
ネネは猛然と振り向く。
その大きな目からは、今にも涙が溢れ出さんばかりに光っていた。
涙の洪水で瞼の堤防を決壊させまいと、必死でその目を見張っている。
瞬き一つ許さぬというように、彼女は涙を落とすまいと頑張っていた。
「なんでそんなに……自分を低く見るんですか」
ああ──俺はこの娘を、酷く傷つけてしまった。サイはまたも悔悟する。
自分を貶めるということは、自分を真っ直ぐに好きでいてくれる娘の心さえも傷つけるということだと、彼は知った。
「すまない。
――自虐がすぎた」
「そうですよ」
ネネは再びサイの前に座り、その左手を取る。
この娘の優しい指の感触を、はっきりとは感じられなくなっている。その現実が、サイは悔しかった。
やがて彼の手に──遂に、ネネの涙が落ちた。
消毒用ナプキンで慌てて彼女はそれを拭くものの、あとからあとから涙は零れてくる。
それでも懸命に、サイの手を揉み続けるネネ。
沈黙が30秒ばかり続いた後、彼女はようやく口を開いた。
「……フレイさん、ですか」
フレイのことに決着をつけられないから、自分のもとへも、誰のもとへも行けないのか
──単純な問いかけだった。
「ああ」
サイも単純に答える。そう答えるしかないから。
「そうですよね。やっぱりそうですよね。
私ってば、なんて、馬鹿なんだろ」
ネネはティッシュで涙を拭き──そして思い切って顔をあげた。
泣きはらした大きな目が、サイには眩しい。彼女はそれでも懸命に、笑顔を見せていた。
「応援、しますから。
必ずフレイさんと一緒になれるように、私、応援しますから! だから……」
ネネはぎゅっと握り締めた。サイの左手を。
「だから、早く手を治しましょうね!」
「ありがとう。そうする」
サイはネネの健気さに応えるべく、精一杯強く笑って見せた。
次の瞬間にはもう、彼女はいつも通りの朗らかな口調に戻っていた。
「毎日来てくれなきゃ、ダメですよ。そうでなきゃ、効果ありませんから。
私、必ず時間空けて、待ってますから」
「忙しいのに、本当にごめん」
「いえ! サイさんの為なら私、火の中水の中です!」
サイは上着を取りながら、ネネに微笑む。
「俺は思うんだ。
君みたいな娘は、必ず幸せになれる。
そうなれないというなら、こんな世界、ぶっ潰れたって構わない」
「えへへ……その言葉だけで、十分すぎます。
でも、副隊長さんがそんなこと言っちゃ……ダメですよ」
ネネが顔を赤くしつつ涙を拭ったその時、サイの手元の通信機がまた鳴った。
アマミキョ予備ブリッジからのヒスイの通信だ。
《サイさん、来て下さい!
地下に妙な動きがあります》
数分後に予備ブリッジに戻ったサイは、ヒスイ、カズイ、アムルと一緒に顔をつき合わせて緑色に光るCGモニターを見つめていた。
アマミキョとハーフムーンの位置を中心に、周辺の地形が立体的にモニター内に浮かび上がっている。
その約50キロ北の地下に――
ニュートロンジャマー発生器の密集地帯と思われる、黄色の点の集合体があった。
そこから東へ約数十キロの地域にも、地下部分に同じような密集地帯がある。
ザフトの地下基地と思われる紅の三角は、ここより南西僅か5キロほどの山中にあった。まるで星雲のようなニュートロンジャマーの集合体を角として、ザフト基地が不気味な三角形を描いている──ハーフムーンを囲むように。
「ティーダからの情報を分析した結果です。
このザフトの配置は、一体何でしょう……」
ヒスイが不安げに口ごもり、サイたちを見回す。
「動きがないのが、かえって不気味だ」カズイが言うと、アムルが姉のようにたしなめた。「怖いこと、あまり言わないの」
「この3地点の地熱は?」
サイが尋ねると、ヒスイはすぐに答えを出した。
「サイさんと副隊長のご指摘どおり、やはり温度の上昇が見られます。
それと、20時間前の観測時より若干、この2つのジャマー集団の位置がズレています。
しかしティーダでも、それ以上の分析は……」
その時突然、ズカズカとブリッジに入り込んできた者がいた。
「大丈夫! 心配いらないさ、オーブのムラサメも出撃する。
それに、喜びたまえ! アマミキョに、連合軍から素晴らしいプレゼントがあるんだ」
サイが若干苛々を表情に出しながら振り向くと――
自信満々にブリッジのド真ん中を占拠しているユウナ・ロマ・セイランがそこにいた。
訝しげに自分を見つめるサイたちを気にする風でもなく、ユウナはパチンとモニターに向かって指を鳴らす。
と、まるで手品のようにアマミキョ外装の光景がそこに映し出された。
「……あれは!?」
それを見て──サイは目を疑った。
映し出されたのはアマミキョ後部の、破壊された体育倉庫のあたりだ。オーブ軍の整備士たちが何人も取りついて、改修作業を行なっている──
だが、元の清潔なスポーツジムに戻すのではなく、明らかに別のものを強引に取り付けようとしている。
「見たまえアーガイル君、バスカーク君!
君たちは見覚えがあるはずだ、アレに」
オーブと連合軍の手で、アマミキョの後部に強引に埋め込まれているものは、武装だった。
それも、サイとカズイがよく見覚えのある──陽電子破城砲。
「まさか……
ローエングリン!?」