【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
※かなりの流血描写があります。苦手なかたはご注意ください。
サイがジープで診療所に到着した時にはもう、その直上にまでディンが飛来していた。
空中でムラサメが応戦しているが、診療所の中庭の林が既に爆撃を受けたらしく、激しく炎上していた。
まだ辛うじて診療所の建物は残っているが、ムラサメが頼りにならない以上、いつやられてもおかしくはない。
ジープが止まるや否や、サイとスズミは飛び降りて駆け出した。
寒風と爆音の中、ストレッチャーで建物から患者を運び出してくるネネとスティング。
「サイさん、スズミ先生! 来てくれたんですか」
ネネは泣きそうな顔だが、それでもサイの姿を見た途端、嬉しそうに叫ぶ。
サイもスズミも急いで駆け寄り、彼女たちに手を貸してストレッチャーの運搬を手伝い始めた。
「早く、君たちも戻れ!
作戦はとっくに始まってる!」
サイの怒声にも、ネネはその心情を汲み取ったようで素直にうなずく。
彼がここまで、危険を冒して来てくれた──それだけで、彼女の胸は感激でいっぱいだったのだ。
そんなネネを見て、ぶすっと膨れるスティング。
「とにかく逃げるに限るぜ。こんなトコからはよ!」
近づいてくる砲撃音と地鳴り。
凍てつく大気の中、サイの脇の下がじっとりと冷や汗で濡れる。長袖とはいえ、ブリッジの制服のままだ。ジャケットを持ってくるべきだった。
止めてあったトラックの荷台に、彼らは四人がかりでストレッチャーから慎重に負傷者を運び込む。
中は患者で溢れていた──何とか立てる者は満員電車のごとくに詰め込まれ立たされ、その足元に重傷患者が寝かされている。
大人たちの間で泣き叫ぶ子供。トイレがどんな状況か、雑菌がどれだけはびこっているのか、サイは想像したくもなかった。
案の定、運転手が叫ぶ。
「これ以上は無理だ、先に行きますぜ」
「えっ!?
そんな……まだ、中に子供が!」
ネネが懇願したが、運転手は無情にもトラックを出発させた。
「このまま待ってたら、みんな死んじまう。
俺だって、お客さんらを死なせたくないんでね!」
捨て台詞を残し、雪を吹き飛ばしながら一気に遠ざかるトラック。
幸いにも、ディンは爆走していくトラックには気づかなかった──スズミがネネの肩を軽く叩く。
「残った患者は、ジープに乗せましょう。
スティング君、後席空けるの手伝っ――」
その瞬間だった。
突然向きを変えて戻ってきたディンが、いきなり診療所へ向けて──正確には、かなりの低空を飛行していたムラサメに向けて──発砲してきたのは。
ディンの紅の一つ目がギロリと診療所を睨み、重突撃銃が光を放つ。
着弾。地鳴り。
稲妻が至近距離で炸裂した時のように、光と音がほぼ同時にサイを、ネネたちを打った。
「伏せろっ!」「いやぁあ!」
交錯する、サイの怒号とネネの悲鳴。
ディンの空襲が、地上を直撃した瞬間だった。こんな無力な場所によくも!
サイは怒りと共に、雪まじりの土を噛みながらゆっくり頭を上げる。
ディンとムラサメは未だ、彼らの真上で交戦していた。
戦いの火の粉がバラバラと、雪のように降ってくる。そして──
診療所の裏手から、激しい火の手が上がっていた。
サイの眼鏡ごしの視力でも、診療所の窓の向こうで燃えさかる炎がはっきり見える。
アマミキョの皆が子供たちにと贈った千羽鶴が、燃えていた。
「ティア! ニッキー!!」
引き裂くような絶叫と共に、サイより早く駆け出したのはネネだった。
子供たちの名を叫びながら、彼女は狂ったように真っ直ぐ走っていく
――燃える診療所へ。
「馬鹿野郎! 無理だっ!!」
「戻りなさい、ネネ!」
スティングとスズミも叫ぶ。
サイも咄嗟に、ネネを追って走り出す。
診療所の炎は早くも、その内部を破壊しつつあった――
入り口から子供が飛び出してくれるようサイは祈ったが、誰の姿も見えない。泣き声が中からかすかに聞こえているが、それだけだ。
その上空では、ムラサメがようやくディンに一矢報いていた。
舞い上がったディン、空に拡がる6枚の漆黒の翼。そのうちの一枚の付け根を、ムラサメの垂直尾翼内に隠されていたビーム砲が貫いたのだ。
本体から引きちぎられた翼は、破損箇所から電光と炎を噴き上げ、地表へと落下していく。
──診療所の、真上に。
耳が潰れるかの如き爆音と共に、ネネを追っていたサイの身体は吹き飛ばされた。
同時にティーダコクピットでは、ナオトが自らの身体の異変を感じ取った。
嫌なことは積みに積み重なっていたが、その瞬間少年を襲ったものは、それを超える不快な痛み。
「な……っ?
何だ、この感じ?」
心臓かと思ったが、どうも違う。もっと下の、胃のあたりだ。勿論食あたりなどではない。
胃の下あたりに、何か酷く重い鉄塊が食い込んだ感触。
「う……
なんか、お腹……変……?」
後席のマユも同じ痛みを感じたらしく、軽く呻いている。
ティーダは目の前のアマミキョに、子供たちを移動させるところだったが──
その子供たちも何かを感じたようで、不安げに掌からティーダを見上げていた。
気を失っていたのは幸いにも、ほんの一瞬だったらしい。
サイは背中の痛みに耐えつつ、頭を起こす。
最初に目に映ったものは――
既に真っ赤な業火に包まれた、小さな木造の診療所。
崩れ行くその屋根にはディンの翼が、炎を撒き散らしながら傲然と突き刺さっている。
門のあたりには、何故かニンジンが転がっていた。
サイは気づく──あれは、雪だるまだ。
ネネやスティング、そして子供たちと一緒に作った雪だるま。その残骸だ。
診療所の中で動けなかった子供たちの命は、既に絶望的だった。
炎の中で無惨に溶け崩れた雪だるまは、その象徴だ。
愕然と膝をつきかけるサイ。
助けられなかった。
俺は、子供たちを救えなかった──
そのやや前方に、サイはネネを見つけた。
うつぶせに倒れたまま、動かないナース服が見える。どうやら土砂と雪の下に埋もれたらしい。
「ネネ!」
瞬間、サイは腰の痛みも忘れ、転がるように駆け出した。
耳は一時的に聴覚を失い、激しい耳鳴りだけが脳を叩く。
地上のはずなのに、炎に巻かれているはずなのに、水の中にいるような感覚。むせかえるような、焼ける木々と土の匂い。
その中を、ひたすらネネに向かって走るサイ。
うつぶせになっている彼女の身体は、腰から下が大量の雪と砂に埋もれていた。
転がるようにネネのもとにたどりついたサイは、急いで彼女を土砂から引っ張り上げようとする。
――良かった。
両腕も肩も、何処も怪我はしていない。顔は雪のように白くなっているが──
サイは心の底からほっとして、彼女の白衣を力いっぱい抱きしめ、引きずり上げた。
──その身体は、異常に軽かった。
想定していたネネの体重の、ほぼ半分ほどに。
「……えっ?」
あまりに軽すぎる。
自分でも間抜けだと思った声と共に、サイはネネを抱いたまま後ろにひっくり返ってしまった。
おかしい。くだらんオーブ映画ではこんな時は決まって、土砂から身体が抜けずに生き埋めなどという展開なのに。いや、そんな不謹慎なことを考えている場合では──
サイはもう一度、改めてネネの姿を確認して
――その理由を知った。
彼女の下半身が、臍の下あたりの部分から、きれいに消失していたのである。
ネネを助けるべく、サイとほぼ同時に駆け出していたスティング。
だが彼はサイより早く、看護師の身に何が起こったかを知っていた。
サイのいる数メートル手前で、スティングは立ち止まっていた。立ち止まってしまった。
散々馬鹿にしていたネネの、ナース用の白いスパッツ。その──
『中身』が詰まったままの、右脚部を見つけて。
スパッツの太ももに当たる部分は黒く焼け焦げ、ちぎられた太ももの断面が露出している。右の腰の一部までが「こちら」に吹き飛ばされており、ネネの腰を包んでいたであろう下着の切れ端までが、スティングには見えた。
「あんた……
こんな風に見せてくれなんて、言った覚え、ねぇぞ……」
スティングの両膝が落ち、その手がそっとネネの太もも──ちぎられた肉塊に触れる。
背後で、スズミ女医の呻きが聞こえる。それはやがて、絹を裂く叫びに変わる。
ジープの上から全てを目撃し、あの冷静なスズミまでが絶叫していた。
大人が、壊れかかっていた。
そうだ、サイは──スティングは前方を見据える。
もし、あいつが壊れたら。
サイとスティングの二方向へ、見事に切り飛ばされたネネの身体。
その上半身を抱いたまま、サイは動いていなかった。
ただひたすらに、その身体を抱きしめていた。
泣かず、叫びもせず、暴れもせず、ただ彼はネネを抱きしめて、炎に巻かれる寒空を眺めていた。
その制服が、彼女の身から流れる血と体液で、真っ赤に染まっていく。
あまりに強く抱きしめている為か、ネネの身体からは血のみならず、砕けた肋骨や内臓の破片までが零れだし、サイの両腕にのしかかっていた。