【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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※前回に引き続き、相当の流血描写があります。
苦手なかたはご注意ください。




part5 アウルの幻影

 

 

 ネネの血が、サイの制服を一気に染めていく。

 彼の身体に、心に、彼女の大量の血液と体液と内容物が、その命と共に浸透していく。

 ベージュの長袖のワイシャツが、ぐんぐん紅に濡れる。

 まるで、砂漠にしみいる血のように。

 それでも驚いたことに、この状態でありながらネネは数秒の間、生きていた。

 

「サイさん、お腹、痛い……足が、痛いです……

 サイ、さ……助けて……

 助けて……スズ、ミ、せんせ……」

 

 下半身をとうに失っているにも関わらず、失われた部分の痛みはネネの脳に伝わっているらしい。

 信じられぬほど強い握力で、サイの頬と髪を掴むネネ。

 血がべっとりと彼の顔に付着し、眼鏡が外れかかる。

 

 サイを何度も助け、懸命にその手を治そうとしたネネの手が今、血に塗れて彼に助けを求めている。あまりにも絶望的な助けを。

 ネネの体温が血となって彼に染み入るが、寒さのせいでその血は一気に冷たくなり、凝固していく。サイの制服はもう背中のあたりまで血染めだった。

 血だけでなく、胃や腸の中身までが彼の両脇からごぼっ、と溢れ出す。

 この女性の何処にここまで血が隠されていたのかというほどに、その出血は凄まじかった。

 

 

「サイさん、お願い……

 おねがい、助けて、たすけて、た……すけて、た……」

 

 

 それが、アマミキョ看護師ネネの、最期の言葉となった。

 彼女の喉から間欠泉のように噴出した血が、サイの顔にまともに被さる。

 壊れた内臓から漏れる声は彼の耳元でかすれていき、必死でサイを求める手は彼の髪を数本ちぎるにとどまり、力が抜けていく。

 

 

 ──助けられなかった。

 

 

 炎の巻き上がる空を見上げながら、血みどろのサイの胸に渦巻いた思いは、ただ一つ。

 

 

 ──俺はやっぱり、何も出来なかった。

 

 

 フレイを失った時と全く同じ、凄まじき悔悟がサイをえぐる。

 スズミの絶叫が聞こえる――

 

 あの冷静な先生までが、泣いている。

 だが俺は、何も出来ない。泣くことも、叫ぶことも、助けることも。

 この娘はあれだけ、俺を助けてくれたのに。その娘の為に泣くことすら出来ないなんて!! 

 

 血まみれのネネの手と顔は色を完全に失い、輝きの消失した眼球は天空へ剥き出しになる。

 ほぼ全ての体液をサイの上で流しつくした彼女は、そのまま──

 彼の腕の中で、絶命した。

 

 雪まじりの風はサイに染み込んだ血を一息に冷まし、その体液はネネの身体と彼をくっつけようとせんばかりに粘着力を帯びていく。

 深紅のネクタイは真っ黒に変わり、二人の間の血溜まりの中に、蛇の屍骸のようにたゆたっていた。

 血を吸い込んだ制服が、重く冷たくサイにのしかかる──

 

 その時サイは、腰に装備した銃の重みに気づいた。

 自分の中で、何かが笑い出す。喪失感のあまり、笑い出す。

 

 なんだ、馬鹿だな俺は。出来ることなら、あるじゃないか。

 何故、こんな簡単なことに、俺、気づかなかったんだろう? 

 

 サイは急いで銃を腰から引き抜いた。

 それさえもべっとりと血が付着し、銃口から血の糸が垂れ下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 その時スズミ・トクシ女医は、地獄を見た。

 可愛い子供たちが一瞬で炎に呑まれ、可愛い部下が一瞬でその身を砕かれた。

 それだけでも、スズミを大きく取り乱させるには十分すぎる威力だったが──

 

 ネネを抱いたままうずくまっていたサイが、ゆらりと立ち上がる。

 頭から爪先まで、全身を血に染めたサイが──

 未だにディンとムラサメと閃光の飛び交う空を、振り仰いだのだ。何かを空に向けて。

 

 それが何なのか、スズミは一瞬では理解出来なかった。

 まさか、そんな馬鹿な。サイの行動にしてはあまりにも常軌を逸している。

 スズミの視覚はそれが拳銃だということを認めてはいたが、頭はそれを拒絶していた。

 

 ――乾いた音が、天を裂く。

 

 スズミの眼前で、幽霊のように炎の中に立ち尽くしたサイが、何もない虚空へ銃を撃ちはなっていた。三発、四発、五発──

 やがて撃ち尽くしたサイは一旦しゃがみ、血塊と化したネネの身体を探る。

 そして彼女の、破壊された腰に何とか残っていた拳銃を取り出した。

 

 同じように、ネネの銃もサイの手で、空へ火を噴くことになった。

 乾いた音はディンのスラスターの轟音にかき消され、当然弾丸は機体にかすりもしない。

 炎の粉が光の桜のように舞い散る中、銃を撃ち続ける血まみれの男──

 

 その時になってスズミは何とか、少しだけ冷静さを取り戻した。

 

「何をやってるのサイ君! 

 ザフトに気づかれたら……っ!?」

 

 叫ぶスズミに、サイは振り向く──

 俺に何か用ですか? という風情の、いつも通りの微笑み混じりの表情で。

 いつもと違うのは、その顔に血の塊が、魔神でも召喚しようとするエセ魔術師のペインティングの如く、べっとり貼りついている点だけだ。

 空で交錯するディンの光が、その血を白く照らし出す。

 

 

「スズミ先生、スティング。悪いけど、手伝ってください。

 俺、やっと分かったんです。戦争止める方法」

 

 

 その台詞だけで、スズミの中で大きく音をたてて、何かが崩れようとしていた。

 ネネの銃までも撃ち尽くしたサイは、その銃を投げ捨てる。満足げな笑みと共に。

 

「銃を撃てなくすればいいんですよ。

 弾がなくなってしまえば、銃なんかオモチャでしょ? こんな単純なこと、なんでみんな気づかないんだろ?」

 

 いけない──これはまずい、非常に。

 サイがどれだけアマミキョにとって重要な存在だったか、スズミはこの時改めて思い知った。

 彼の冷静さと利発さに、自分たちは一体どれほど依存していた? 

 アマミキョがどれだけ混乱しようと、何とか平穏に物事を進めるべく、必死だったサイに――

 

 そんなスズミの慟哭も知らず、サイは躊躇することなく炎の噴き上がる診療所へ、大股で歩いていく。

 

「確か、妙に前時代的なヤツ持ってたよなぁ、ここの先生……」

 

 ディンの翼が巨大な十字架のように突き立った診療所。中の子供たちの命は既に絶望的だった──

 にも関わらず、サイは燃える瓦礫の下へ潜り込む。

 そして見つけたものは、診療所に備え付けられていたサブマシンガンだった。

 かなりの旧式らしく、両腕に抱えるほどの大きさの──

 

 幼児ほどの重さがあるはずのその銃も、サイは呆気なく安全装置を外し、空へ向けてフルオートで乱射を始める。

 どうやら腰だめで撃つ設計になっているらしいそのサブマシンガンは、銃撃開始の瞬間から強烈に銃身を跳ね上げた。

 

 雷が木を砕いていくような銃撃音が轟く。

 サイの身体は激しく揺すぶられ、撃ちながら3回ほどスケート選手のごとく回転する。

 それでも彼は、乱射をやめなかった──

 

 

 あぁ。スズミは思わず呻いた。

 灰で汚れた涙が、次々に彼女の頬を伝う。

 

 

 サイ君、ごめんなさい――

 私たちは貴方に、あまりにも多くのことを求めすぎた。

 どんなに痛めつけられても、どんなに苦しんでも、理不尽な目に遭っても、貴方はいつも大人で、いつも立ち上がって、笑顔でいてくれたから。

 本当なら私たち大人が、貴方を守らなければならなかったのに。

 まだ貴方は、成人もしていない。未だ、少年と定義可能な年齢なのに! 

 

 

 

 

 

 

「サイ……さん? 

 どうして、ここに?」

 

 ティーダコクピット内のナオトは、そこではありえない光景を幻視していた。

 彼の眼前に突然拡がったものは、夜の冷気が吹きすさぶ砂漠。

 空には星が異様な勢いで輝き、砂の地平線がどこまでもどこまでも続いている。

 

 おかしいな。さっきまで僕はティーダにいて、メルーを探していたはずなのに──

 背後にいたはずのマユの姿も、見えない。

 

 その時、ナオトは砂漠にたった一人、ぽつりと立っている人影を見つけた。

 ナオトはそれがサイだとすぐに分かったが、どうも様子がおかしい。

 連合の青い少年兵の制服を着けており、その表情はナオトが知る彼の横顔より若干幼く見える。

 ナオトの声は全く聞こえていないようで、とぼとぼと砂漠を歩いているサイ。

 

 その前方の砂には今──真っ黒い血が染み込み、拡大を始めていた。

 太陽の光が砂漠を焼く時と全く同じに、黒い血の染みは一気に地平線の向こうから、波のようにサイへ向かってくる。

 血の染み込んだ砂はサイの前で音もなく溶け崩れ、地平線が消え、大地が消え、砂はもろくも血の塊となって、重力に逆らわず崩れていく──

 その下には何もない。ただ、全てを呑みこむ闇だ。

 

 それでもサイは、気づいているのかいないのか、構わずに前に進もうとする。

 その足元の砂が血に染まり、崩れていく。

 

 そんな光景を前に、ナオトは叫んでいた。声を限りに。

 

「駄目だ! 

 行っちゃ駄目だっ、サイさん!!」

 

 

 

 

 

 

「サイ!」

 

 アマミキョブリッジでは、カズイもまた、ナオトと同じ感覚を有していた。

 カズイだけではなく、オサキも、ヒスイも、アムルさえも。

 勿論ナオトほど鮮烈にではないが、全員が同じものを感じ取った。

 ユウナだけは何が起きたのかさっぱり分からず、オロオロと周りの空気を探っている。

 

「な、どうしたんだ君たち……? 

 残り3分で、起動シークエンス開始だぞ」

 

 オサキとヒスイが、不安そうに顔を見合わせる。

 

「ネネに何か……」「サワグチさん?」

 

 指揮官不在のまま動揺を続けるブリッジの中──

 カズイは一人、呟いた。

 

「あの砂漠……

 サイ。やっぱり、あそこで止まったままなのかよ」

 

 

 

 

 

 

 両腕に力いっぱいサブマシンガンを抱えるサイ。

 その痛ましい姿を、スティング・オークレーは何故かひどく冷静に観察していた。

 どうやら銃弾を撃ちつくしたらしく、サイはだるそうに弾倉の交換を始めている。

 どこかから水の音がひっきりなしに聞こえる。彼の声と共に。

 

「重いなぁ……

 スティングー、ぼうっとしてないでちょっと手伝ってくれよ! 

 ったく、いっつも俺ばっかり、後片付け役なんだからぁ……」

 

 スティングは思う──

 

 俺はこんな場面に、何度か出くわしたことがある。

 その時……俺は一体、どうやった? 

 今こそ、その経験を生かす時だというのは分かる。記憶はないが、自分の義務は分かっている。

 ネオもいない、薬も切らしている。俺が、対処せねばならない。

 

 ──だが、どうやって?

 

 俺は「その時」、一体何をしていた? どうやって切り抜けた? 

 どうやって宥めていた? 「アイツら」を。

 ネオが不在の時、アイツらを宥めたのはいつも俺だった。その時、俺は

 ――

 

「だ、誰だよ……アイツらって……畜生!」

 

 脳のいたるところに勝手に鍵をかけられたような壮絶な気持ち悪さと戦いつつも、反射的にスティングは走り出していた。

 サイから数メートルほどしか離れていない、水音のする方向へ。

 

 今ならまだ間に合う。狂気の入り口にふと、迷い込んでしまっただけだ。

 いつもそうやって俺は、アウルを──

 

 

 ――アウル? 

 

 

 記憶の断片のほんの一部を拾い出した時にはもう、スティングは水音の発生源を探り当てていた。

 丁度いい具合に瓦礫の下に、破れたゴムホースの断片が放り出されており、そこから勢いの良すぎるシャワーのように水が噴出している。

 ラッキーなことに、氷混じりの水だ。雪国万歳。

 ホースの断面をぎゅっと掴むと、スティングの手の中で吹き出す水が勢いを増す。

 

 

 そうだよ。俺だって何度、この洗礼を受けたか──

「そうだろ、アウル!」

 

 

 スティングの叫び。サイがちょっと煩げにこちらを向く。

 ――その姿が何故か、連合の少年兵の制服を着けた、水色の髪の少年と重なった。

 母さん、母さんと何度も叫びながら、頭を抱えて苦しみ続けていた「アイツ」に。

 

 

 あぁ、愛しの大根娘。俺は分かっちまった──俺が帰るべき場所が。

 あんたは俺を戦わせまいとしていたのに、戻るハメになっちまいそうだ。あんたの、血のせいで。

 

 

 その少年に向けて、スティングは容赦なく放水した。まるで、銃でもぶっ放すように。

 飛び散った水は想像以上の勢いで、サイへと叩きつけられる。

 頭を水圧で殴られたも同然の彼は、汚れた雪の上にまともに薙ぎ倒された。

 

 それでもなお水を止めようとしないスティングは、素晴らしい噴出を続けてくれるホースを持ったままサイに近寄り、水攻撃を続行した。彼に染み込んだネネの体液を、必死で削ぎ落とそうとする勢いで。

 力なく抵抗しようとするサイだが、氷水は激痛を伴って彼を叩き続ける。

 スティングはいつしか、血を吐く勢いで叫んでいた。

 

「畜生、落ちろ、落ちろ、落ちろ! 

 こんな血は嘘だ、あの娘が血を流すなんて嘘だ! 

 こんな血、全部剥がれてしまえ!!」

 

 スズミが何度も大声で二人を呼んでいたが、既に彼には聞こえていなかった。

 スティングの頬に流れる水。跳ねる冷水でも血でも汗でもない何かが、そこに混じった。

 

 ――しかしものの40秒としないうちに、水の勢いは弱まり始めた。

 銃弾のようだった氷水が、みるみるうちに如雨露から零れる残り水のように、勢いを消失していく。

 あとには、血と水でぐしゃぐしゃになって倒れているサイと、茫然と突っ立つスティングが残された。

 

 ちょっとした池になった中に転がったままの彼を、スティングは強引に引きずり起こして一発、ぶん殴った。

 眼鏡が割れて飛び、サイと共に水たまりに落ちる。

 

 ──これで、応急処置としては大丈夫なはずだ。

 

「サイ君!」

 

 ショートの金髪を振り乱し、スズミが駆け寄ってくる。

 無力な大人は黙ってろと言いたい気分を、スティングは何とか抑えた。

 

 

 

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