【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 銃口の向かう先

 

 

 俺は──

 俺は今、何をしていた? 

 

 

 あまりの寒さにガチガチ歯を鳴らしながらも、サイは何とか起き上がった。

 閃光の飛び交う空、何故か手にしているサブマシンガン、何故かずぶ濡れの自分。

 自らの状態を少しずつ認識していくにつれ、どうにか己を取り戻し始めていく。

 

 俺は一体、何をしようとしていた。

 銃を撃ち尽くせば戦争が止まるだと? 銃を無力化すれば戦いは終わるだと? 

 

 自分の行動は、明らかに破綻していた。サイはその事実に戦慄する。

 全身が一気に凍りついていくような感覚。実際、濡れた髪の先が冷気で僅かに凍り始めていた。銃を握り締めたままの自分の手は寒さで真っ白になり、そこに黒薔薇のように血が付着している。

 ネネの血で染まった制服だけが、どこかまだ暖かかった。

 

「気ィついたか?」

 

 スティングの声。

 同時に空の戦闘音も、サイの耳に戻ってくる。

 目の前では、ネネたちが必死で守ろうとした診療所が今や、紅蓮の炎と共にベキバキと崩れ始めていた。思わず咳き込んでしまうほどの煙の臭い。

 

 俺の無力の象徴だ、あれは。

 

 診療所の屋根に突き刺さったままのディンの翼を見上げながら、サイは無念を噛みしめる。血と氷水で皮膚に張りついている制服が、酷く重い。

 スティングの水は、確かにサイを正気に戻していた。だが、とてもネネの血を全て削ぎ落とすまでには至っていない。

 

 全身を血で染めたまま、ゆっくり立ち上がる。

 スティングを振り返ると、その両腕には、青い軍服の上着にくるまれた大きな塊が抱えられていた。

 つい数分前まで、ネネ・サワグチの上半身だった物体は今、スティングに抱えられながらその腕の中でなお、血を流し続けている。

 その血はサイだけでなく、今やスティングの制服も染めていた。

 

「サイ君!」

 

 駆け寄ってきたスズミに、背中から抱きかかえられるサイ。

 あのスズミ女医が、今や涙を隠そうともせず彼を抱きしめた。

 その体温と柔らかな肉を感じた時、自分の身体が凄まじく冷え切っていることにサイは気づいた。

 

「サイ君……

 ごめん。ごめんね!」

 

 自分の先ほどの状態がどれほど酷かったか、サイは自覚する。

 馬鹿だな、俺は──こんな大人まで泣かせてしまうとは。

 俺がしっかりしなければ、ネネだけでなくみんなを殺してしまうというのに。

 サイは時計を確認する。

 

「1分オーバーだ。

 もう、浮上シークエンスが始まってる」

「駄目よサイ君、今の自分の状態分かってるの? 

 唇が泥色よ!」

 

 スズミはサイを助け起こして眼鏡を手渡しながらも、ブリッジへ戻ろうとする彼を押しとどめようとする。

 だが、彼は聞かなかった。

 

「アマミキョと村人をここから脱出させるのは、俺の役目です。

 ネネと、子供たちの為にも」

 

 顔まで血だらけのサイだったが、声色はしっかりしている。

 眼鏡をかけ直し、足元の泥水に映る自分の顔を確認する──目はどうにか、正常な光を取り戻している。かなり危うい処だったが。

 

「俺も戦う」

 

 ネネ(だったもの)を抱いたまま、スティングも呟いた。

 

「これ以上、奴らの好きにはさせねぇ。

 それが……俺の、存在意義だ」

 

 

 

 

 

 

 約5分後。

 避難民で溢れかえるアマミキョ医療ブロックの通路に、サイはスズミに伴われて帰ってきた。

 彼がその姿を現した瞬間、全員が波をうったようにしん、と静まる。

 血みどろの身体のまま、血みどろの連合服に包まれた肉塊を抱えるサイに、その場の老若男女が息を飲んだ。

 子供の泣き声だけをBGMに、全員が静かになる。

 ここまで面白いくらいに空気が固まる瞬間というのも、そうそうお目にかかれるものではない。

 

「ひぇ」

 

 どこかで絹を裂くような悲鳴が上がり、人々はわっと飛びのいた。

 顔色が真っ青な上にずぶ濡れだったせいもあり、サイの姿は血の池から這いずりだした屍食鬼にすら見えた。

 だが彼は全く気にせず、その場でネネの遺体をスズミに手渡した。

 

「お願いします──

 オーブで、埋葬出来るように」

 

 連合の青い制服に包まれた肉の下からは、未だにぼとぼとと内臓と砕けた骨が零れ落ちる。

 サイの右腕にはいつの間にやら、ちぎれた腸管が2本ほどぶらさがっていた。

 

 

 

 

 

 

 アマミキョブリッジで、ユウナ・ロマ・セイランはイライラと戦況を見つめていた。

 モニター隅でひっきりなしに動き続けるデジタル時刻表示を凝視しながら、カズイとヒスイも焦りを隠せない。

 そんなカズイたちに、アムルがそっと呼びかける。

 

「――大丈夫。

 サイ君が戻らないなら、私がやる」

「そんな」

 

 カズイは驚いて、アムルの揺れる金髪を見つめた。

 確かに、サイは事前にアムルたちに一応のローエングリンの発射準備の説明は行なっていた。

 だが、それだけで可能なのだろうか──いくら彼女がコーディネイターとはいえ。

 それでも、アムルは落ち着いたものだ。

 

「私だって、こんなところで死ぬわけにはいかないしね」

 

 カズイはそのアムルの態度を、実に肝のすわった女性と評価した。

 この状況でウィンクまでしてみせるアムルはカズイにとって、サイやフレイやオーブ軍よりも頼りがいのある、美しい女性に思えた。

 その言葉の裏に、村人たちやオーブ軍に対する軽蔑――

 そして風間を撃つことに対する躊躇のなさがかすかに潜んでいることなど、カズイには気づけない。

 しかしその時、ちょうどサイが戻ってきた。響く声。

 

「申し訳ありません! 只今戻りました」

 

 ユウナはその声を聞くとほぼ同時に、怒りを露にして振り返る。

 

「約束を5分も遅れて! 

 よく着替える余裕があったもんだね、そんなに趣味の悪いベスト……

 って、え?」

 

 サイの姿を最初、視界の隅でしか捉えなかったカズイは、一瞬ユニークな勘違いをした。

 長袖の制服の上に、サイが真紅のベストを着込んでいると思ってしまったのだ。

 恐らくユウナも同様の勘違いをしたのだろう、そしてよくよくその紅を見て──

 

「ひ、ヒギャアアァアッツ!!?」

 

 代表補佐には全く似つかわしくない、世にも情けない悲鳴をあげていた。

 カズイはそれを笑えない。とても笑うことなど出来ない。

 カズイ自身も、同じような悲鳴をあげていたから。隣のヒスイも。

 アムルまでが口を押さえていた。そりゃあそうだ──

 平和の国の人間は、一瞬ではあれを血だとは認識できない。

 

 血染めの制服もそのままに、サイはブリッジに戻ってきたのだ。片手に銃まで持って。

 さすがに医療ブロックでのような混乱にはならなかったものの、全員がこの世ならざるものを見る目でサイを凝視している。

 何とか最初に声をかけられたのは、操舵手オサキだった。

 

「な……何があった? 

 何があったんだよ、サイ!」

 

 オサキは動揺しながらもサイにずかずかと近寄り、その肩を掴む。元軍人だけのことはあり、彼女は大量の血を見ても比較的冷静でいられたようだ。

 だがサイは、そんな彼女よりさらに冷静に言い放つ。

 

「持ち場に戻れ……オサキ。

 あとで詳しく話す。ティーダはどうなってる?」

「答えろ!」

 

 ここで引き下がるオサキではなかった。「ネネに何かあったんだろ。

 アタシらが何も感じなかったと思ってるのかよ、その血は誰んだ!」

 

 サイの両肩を揺さぶるオサキ。未だサイの腕に絡んでいた腸管が落下する。

 ヒスイがしくしく泣き出し、カズイはサイから漂う血の臭いに、思わず口を覆ってしまった。

 アムルが叫ぶ。

 

「落ち着いて! 

 今はそんなこと、議論してる時じゃないでしょう!?」

 

 この言葉に、オサキはさらにいきり立った。「そんなことだと!? 

 ネネに何かあったかも知れないってのに、そんなことだと!」

「もう嫌ぁ!」

 

 ヒスイがたまらず声を上げ、ディスプレイに突っ伏す。

 カズイはどうすることも出来ない──こんな状況を作り出してしまった血濡れの友人を、ただ見つめるしかない。

 

 しかしその瞬間、サイの声が再び轟いた。

 今度はブリッジだけでなく、船内に響きわたるかというほどの勢いで。

 

「落ち着け、馬鹿野郎!!」

 

 オサキが思わず後ずさる。サイの手に握られたままだった銃がゆっくりと上がり、真っ直ぐ人の頭に向けられていたのだ。

 騒然としていたブリッジが、一息に固まる。

 

 但しその銃口は、目の前のオサキをターゲットにしているわけではない。

 銃口が向けられているのは、ブリッジの他の誰でもない――

 サイ自身の頭部だった。

 

 オサキの目に涙が浮かぶ。

 幼児がいやいやをするように首を振りながら、彼女は呟いた。

 

「お前、馬鹿だよ……

 ホント、馬鹿だよ!」

 

 カズイはオサキの言葉に、ほぼ同意だった。

 ホントに馬鹿だ、サイは。ことに、フレイを失ってからのサイは──

 自分の命を全く顧みない。それどころか、状況を好転させる為ならこうやって、自分の命まで人質に取る。

 

 しかもサイは、銃の使い方まで計算していた。

 もしクルーに銃口を向ければパニック必至なのは当然として、場を抑える為に空砲を撃ってもここは密室、跳弾が何処へ飛ぶか分からない。

 その点自分に向ければ、万一暴発しても死ぬのは一人だ。

 最小の被害で場を静止させる方法としては、うってつけとも言えた。

 

 だがカズイにとってそれは、卑劣な行為にすら見えた。

 自分がどれだけ大切に思われ、どれだけ重要視されているか知っているからこそ、サイはこんな行動に出られる。

 それは捉えようによっては、他者の想いを無惨に踏みにじり、利用する行為にも思える。

 カズイはそんな友人が羨ましくもあったが、それは決してその豪胆さを羨んでいるわけではない。

 人の想いを利用出来る立場に立てたサイが羨ましく、憎らしくもあったのだ。しかも少し前までは、アマミキョ中の嫌われ者だったはずなのに。

 

 俺が同じことをしたって、迷惑がられて殴られるのがオチだ。

 それどころか、もし引き金をひいた処でアマミキョには何の影響も与えないだろう──

 だが、サイは違う。

 

「聞こえなかった? 持ち場に戻れ」

 

 サイは銃口をさらに強く、自らの頭に押しつける。

 

「頼むから、ティーダと風間機の状況を伝えてくれ。

 それが、ネネ・サワグチと子供たちの為だ」

 

 その言葉で、ようやく全員が静まった。

 全員が、おぼろげながらも状況を理解した。

 あちこちからすすり泣きが漏れながらも、それぞれが持ち場に戻っていく。

 そこへ、作業用ジャケットを取ってこさせたユウナがサイに声をかける。

 

「アーガイル君……気持ちは分かるがね、いくら何でもその恰好はマズイよ。

 皆が動揺しているのが分からないのかい」

 

 その言葉で、ようやくサイは銃を下ろす。

 ジャケットをかけようとするユウナの手をそっと引きとめ、彼は呟いた。

 

「いいんです。俺はネネや子供たちと共にいると決めました。

 ここから、脱出するまで」

 

 

 

 

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