【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
それから10秒もしないうちに、ティーダコクピットにサイの怒声が轟いた。
《ナオト!
予定行動範囲を2キロも逸脱してるぞ!》
「サイさん!?
大丈夫だったんですね」
ナオトは先ほどの幻が幻にすぎなかったことを確かめ、若干胸を撫で下ろす。
だが、サイの声はナオトにも分かる程度の狂気を孕んでいた──どうして?
《風間機を見失えば、アマミキョもハーフムーンも終わる!
何度言えば分かるんだ、お前は!!》
サイに何があったのか、殆ど読み取れないナオト。
怒声のおかげで彼は安心するより先に、著しく気分を害してしまった。
「メルーが見つからないんですよっ! 畑に戻ったみたいなんですけど」
《そっちにはアストレイを回す》
サイの答えはナオトにとって、メルーと一緒に自分を突き放されたも同然だった。
「な、何で!?
僕はメルーを……」
だが、サイは頑として聞かない。
《ティーダは風間機を追うんだ!
作戦が失敗すれば、メルーもお前も死ぬんだぞ》
「そんな……勝手ですよ!」
《勝手はどっち……》
その瞬間、衝撃がティーダを襲った。
通信が乱れ、アラートが鳴り響く。
マユの声──
「ナオト!
あの、黒ジンだっ」
その叫びに、ナオトは思わずモニターを凝視する。
マユの言うところの黒ジン──つまり。
「まさか、ハイマニューバ2型!?」
忘れもしない。
コロニーウーチバラでの惨劇に居合わせた黒と紫の、ふざけたトサカ付モビルスーツ。ジンの派生機種。
フーアとアイムの命を、奪った奴ら──
黒の機体につりあわないほどの白さを誇る翼を広げ、今そいつは真っ直ぐにティーダに突入してきた。斬機刀で斬りつけられる寸前だったティーダは、必死でトリケロスで応戦する。
空中に散る火花。敵パイロットの声が響く──
《お久しぶりだなぁ、白きブリッツ!》
「その声……
あんたは、ヨダカ・ヤナセ!」
ウーチバラで戦いながら口論した時の相手を、ナオトもヨダカもお互い忘れてはいなかった。
ナオトにとって、ヨダカはフーアとアイムを殺した仇であり──
またヨダカにとっても、ティーダの存在自体、許しがたきものであった。
何度も仲間を傷つけられ、恥をかかされ。
そしてティーダの存在の為に、多くの部下が命を落とした──
《その大声……
実況坊主、やはり貴様か!》
跳ね返されるも、再び刀を上段に構え斬りかかるヨダカ機。
ヨダカにとってティーダは憎しみの対象ではあったが、そのパイロットは今、彼にとって少し違う存在だった。
《降りるんだ、坊主!
もう一人の嬢ちゃんも一緒に!》
「どーやら、私のことまで気づいちゃってるね。降りたら保護でもしてくれるのかな?」
マユが他人事のように口にするが、当然ナオトは――
「フーアさんたちを殺して、コロニーを壊して、アマミキョを狙い続けて。
今また、ハーフムーンを……」
少年にとって最早ヨダカ・ヤナセという存在は、絶えず自分の居場所を壊し続ける忌まわしき者の象徴以外の何ものでもない。
そんな彼の心情も知らず、ヨダカの声が響く。
《今投降すればアマミキョも貴様も、悪いようにはしない!
安全は保証する!》
「信じられるかぁっ!」
ナオトの叫びと共に、ティーダの左腕からピアサーロック「グレイプニール」が射出される。
昨日まで救出作業に大活躍だったティーダの鉤爪が、今はただ目の前の敵を殺害する為に、牙を剥いた。
憤怒に身を任せたナオトの大きな目が血走り、ハイマニューバ2型の白きトサカを睨みつける。
「僕だけじゃなくて、メルーたちの居場所まで!
あんたみたいな大人がいるから、父さんが壊れて母さんもいなくなったんだ!
お前らザフトのせいでっ!!」
《到底ジャーナリストとは思えんな、その言葉!
もう少し利発な小僧と思っていたが》
ヨダカの言葉を、全く聞きやしないナオト。
一瞬でハイマニューバ2型の刀に噛み付く鉤爪。そこにもある改造が施されていた──
「喰らいな、ザフト野郎!」
三又の鉤爪の中心部から、青い電撃が放射される。叫びと共に。
その衝撃はまともにヨダカのコクピットとその身体までを貫き、炸裂した。
肉を爆砕されるに等しい痛みと共に、ヨダカの呻きが響く。
《ぐゥっ!》
激しい雑音の後、流れる呟き。
《己の感傷のみで、人を殺めんとする子供に成り果てたか……
まともな大人はいなかったのか、アマミキョには?》
この言葉が、さらにナオトの感情に油を注ぐ。
「あんたがたが、言うことかぁっ!」
ティーダは力まかせに、鈍重なハイマニューバ2型を蹴り上げる。
強烈な電撃を喰らった黒ジンは、そのまま地表へと自然落下する──
「貴方がたの卑劣下劣は、全てこのティーダのカメラに収まってます。
僕は全世界にこれを公表……」
「ナオト、まだ来るよ!」マユの叫び。
ヨダカ機を救出するべく、ディンの援護が空の向こうから続々と押し寄せてきた。
ナオトは自らの大失態に気づく──
ヨダカに集中しすぎるあまり、ディンの存在をすっかり失念していた。
いつの間にか、囲まれてるじゃないか!
「マ、マユ! 早く教えてくれよっ」
「アラートは鳴ってたよ。ナオトが一生懸命すぎたんだ」
さらに、ディンからヨダカ機への通信までもティーダは拾う。
《ヨダカ隊長、ローエングリンです! 奴ら、あの陽電子砲を持っていやがる!》
《何だと!?》
アマミキョの意図が、遂に気づかれた。ナオトの背に戦慄が走る──
空中でディンに助けられながら、体勢を立て直すヨダカの黒ジン。スラスターが最大出力で噴き上げ、一気にティーダに組みついた。
《貴様と同様、アマミキョもやはり戦う船と成り果てたか!
さすがは足つきの模造品だなぁっ》
「あんたに言えた義理かよ!
そっちが襲いかかるから、僕たちだって戦わなくちゃならないんだ」
《だったら降りるんだ、ナオト・シライシ!
俺が君の居場所を壊したというなら、俺が作ってやる!》
ナオトの両手に、怒りの汗が滲む。
僕の弱みを利用して、僕を絡めとる気だ。
実際のところ、ヨダカ・ヤナセはティーダパイロットを保護した後にプラントに連れ帰り、素性を隠して生活させることまで考えていた。
家族のいない軍人であるヨダカにとって、子供一人を養うぐらいは造作のないことでもあった。少なくとも経済的には。
それは、ティーダの調査中にオーブでのナオトの境遇を知るに至り、多少同情の念を抱いたからでもあったが──
そんなことは当然、ナオトの知ったところではない。知ったとしても、彼は激しく拒絶したに違いないが。
「気持ち悪いこと言うな!
誰がザフト野郎なんかにっ!!」
だがナオトの怒声も虚しく、続々とディンが集まってくる。
迫ってくる紫の翼たち──
《アークエンジェルといい、お前達といい……
何を考えている、オーブの奴らは!》
終わりだ。
ナオトが思わず目を閉じかけたその時、閃光の如く飛び込んできた機体があった。
《何をしている、ティーダ!》
「時澤さん!?」
大きな青いいかり肩と、そこに刻まれた「天海」の文字が、目の前でまばゆく輝く。
地中の風間との約束を果たすべく、時澤軍曹のウィンダムはここまで駆けつけてきたのだ。
突如スティレット投擲噴進対装甲貫入弾を叩き込んできたウィンダムに対応できず、ティーダを撃つ寸前だったディンが、瞬く間に爆砕される。
さらにウィンダムのシールド裏からたてつづけに2発のミサイルが発射され、正確に反対側のディンの横腹を貫いた。
空に舞い散る爆炎と共に轟く、時澤の叫び。
《風間曹長の想い、無駄にするな!》
その通信はやはりティーダを通じて、相手にも伝わったらしい。
ヨダカの声がティーダコクピットに届く。
《自分たちとて、部下の命がかかっている!
我らが重力と大地を取り戻す為の戦いなんだ、これは!》
ハイマニューバ2型に対してスティレットで斬りかかる時澤のウィンダム、それを刀で薙ぎ払いつつ一旦後退するヨダカ機。
ナオトがさらに叫ぶ。
「この地がどんなことになるか、あんた達は分かっているのか!」
《罪は覚悟の上よ!》
少年の訴えすらも、冷たく切り捨てるヨダカ。
「勝手な!」さらに食いつこうとするティーダ――
だがそれを、ウィンダムが止めた。
ティーダの代わりに黒ジンに相対するウィンダム。時澤の声が怒りに燃える。
《はぁ? 覚悟?
軽すぎるな、その言葉! 自分たちの行為に慄くことになるぞ》
《我らの大地を壊した者どもの言うことか! ブルーコスモスめがっ!!》
《一緒にされちゃ困る!》
「時澤さん!」
なおも戦おうとするティーダを、時澤機は強引に脚で蹴飛ばすように突き放した。
《君たちは風間曹長のところへ行け!
早くっ!!》
同時にヨダカ機、ディンの部隊もウィンダムに構わず離脱を図る。
アマミキョの方向へと、一目散に向かう敵──
《させるか!》それを時澤のウィンダムが追っていく。
到底怒りの収まらないナオトに、そっとマユが呟いた。
「ナオト……
行こう。風間さんを援護しなきゃ」
衝動を抑えきれない彼だったが、マユに言われては仕方がない。
スラスターを噴射し、素早くティーダは戦闘から離脱していく。
「メルーを探す。
あの畑なら、風間さんも近くにいるはずだ」
その風間機──ディープフォビドゥンは、戦闘がなされている数十メートル下の地中を驀進していた。
地盤が柔らかくなっているせいか、地中とはいえ意外とスムーズに機体は進行していく。
本来水中戦用の機体だったが、どんなに不格好だろうと無理矢理にでも前面にドリルをつけてもらい、装甲を強化していて良かった。
目の前のモニターには、巻き上げられる土以外は何も映らない。敵機接近のアラートも未だ鳴らない。
「まともに太陽を見ないまま、死ぬなんてね。
さすがに、淋しいかな」
今のところほぼ自動操縦で進んでいる為、風間曹長はやや手持ち無沙汰だった。
肩を揉みほぐす余裕すらある。
死がすぐそばまで迫っている実感は、薄い。
自分の『死』に対するハードルが、他者に比べて著しく低いのは彼女自身、自覚していた。
だけど、仕方ない――あの日全てを失ってから、自分は死んだも同然だったのだから。
山神隊で過ごせた時間は、死を待つだけの時間。死に場所を探す為の時間。
いわば、人生のロスタイム――そのように風間は捉えていたのである。
そこにサイや時澤を巻き込んでしまったのは、彼女自身心苦しくはあったが。
でもそれで、彼らが生きのびられればいい。そこに少しでも、自分の生きた意味が生まれるなら。
機体の調子が良ければ良いほど、自分の死が早くなるというのは皮肉なものだと、風間は思いながら一度首を回す。
「いや……
太陽なら、あるか。すぐそばに」
一人呟きながら、風間は上を見上げた。
狭いコクピットの天井以外には何も見えないが、風間は確かにそこに「太陽」
──ティーダの存在を、感知していた。
あの太陽が、自分を一人にさせない。
手元のコンソールには、ティーダからの情報が刻々と流されている。若干予定行動から外れてはいるが、風間機の通信に支障が出るほどではない。
絶えず地を掘り進む激しい震動にはもう慣れた。
死を待つ時間が、これほどまでに長く退屈なものだとは──
だが、風間が自分を励まそうとわざと欠伸でもしようとしてみたその時、アラートが響いた。
「来た!?」
手元のディスプレイに、敵機を示す紅の信号が灯る。その数、6機。
アマミキョで感知したアンノウンだ。そのうち2機が目標地点から微妙に逸れ、風間機へと進路を変更しつつある。
「潰す気ね」
風間は自分でも驚いたことに、笑った。
たったひとりの死にかけ女相手に、よくもまぁザフトもやってくれるもんだ。こちらにとっては実に好都合だが。