【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「しまった!」
マユが急いで操縦桿を引き絞る。
ディンが3機と、ヨダカ・ヤナセの乗るハイマニューバ2型が、遂にティーダに追いついてしまったのだ。
「畜生、こんな時に!」
白い空を怨恨たっぷりに睨みつけるナオト。
だが、その空から飛来した巨大蝙蝠──ディンは、容赦なく銃撃を浴びせてくる。
鈍重なヨダカ機から、執拗に声が響く。
《白きブリッツ!
いかにしても分かり合えぬというなら、力づくで奪うまでよっ!》
「メルー、早く!」
彼女たちの意志も無視して、ナオトはティーダを強引に動かし、その掌部でメルーと祖母を奪い取った。
ちょうどティーダの左手に掴まれる形になった老婆と少女は、振り落とされまいと必死にティーダにしがみつくのが精一杯だ。
ナオトの視界の隅で、紅のマフラーが力なくはためく。メルーの意志を示すように。
その時、ナオトの脳裏に何かが走った。
人の魂の声が──
「これは……
風間さん!?」
「接触したか……風間曹長!」
同じ感覚を、ウィンダムで戦い続ける時澤軍曹も味わっていた。
既にエネルギーが尽きかけていた処を、同じく翼を失い力尽きようとしていたディンに襲われた時澤機だったが──
風間の声を聞いた瞬間、時澤の身体に力がみなぎった。
彼女の最期を隊に報告する為にも、彼は決してここで果てるわけにはいかなかった。
ウィンダムの素早さと相手の図体の大きさを利用してディンの懐へ飛び込むと、投げ技の要領でディンの胸倉を強引に掴み、地表へ叩き伏せる。
戦いながら時澤は、ザフトの弱体化を肌で感じ取っていた。
「特攻まで使うとは……
よほどザフトも、追いつめられたと見える!」
プラントからの支援を失いながらも、懸命に地上を取り戻そうと戦い続けていたザフトの兵士たち。だが、この極寒の地での生活は想像以上に険しく、体力はもとより思考すらも奪っていったのか。
こうもやすやすと、ナチュラルである自分に敗北していくとは──
だが、そんなザフト兵に情けをかけるほどの余裕も、時澤にはなかった。
既にディンは無力化されていたが、ウィンダムは容赦なくコクピット付近に銃撃を叩き込んでいった。
アマミキョにも、風間の接触は伝えられていた。
アムルの、比較的冷静な声が響く。
「ディープフォビドゥン、アンノウンと接触!
交戦状態に入っています」
遂にその時が来た──覚悟を決めるサイ。
眼を閉じて精神を落ち着けようとしても、風間機の状況が、何故かサイの脳裏に入り込んでくる。
決して陽の光の射すことのない地中を驀進しながら、同じく命を散らそうとしている相手と対峙しようとしているディープフォビドゥン。
サイは心中、風間に謝り続ける──
アンノウンが無人兵器かも知れないという心配は無用だった、風間曹長。
レーダーではまだ正確な奴らの位置は分からないが、貴方が死ななければならない理由の一つは、なくなったんだ。
にも関わらず、風間の冷静な呟きが、ガラスを引き裂くようなノイズの向こうに僅かに聞き取れた。
《あいつらも、私と同じね》
ブリッジの中でただひとり風間を感じられず、殆ど蚊帳の外にいるも同然なユウナは、サイに縋りながら怯えている。
「な、何が起きているんだ? サイ君……?」
「ここにいるつもりでしたら、俺につかまっていて下さい」
目の前で未だに繰り広げられるムラサメとディンの攻防を見据えたまま、ユウナに言い放つサイ。
「そうすれば、貴方にも見えるはずです。
彼女の戦いが」
サイたちの目の前で、ディンの腹に強引にパンチを叩き込むムラサメ。
鮮血の如き火花が、互いの機体から噴出する。
スティングは今や、完全なる戦士へと変貌してしまっていた。
風間の戦いを感じながらも、ディンの追撃をかわして飛翔するティーダ。
メルーと老婆を掌中に抱えたまま、ナオトとマユは決死の黙示録起動にかかる。
「メルーたちを、早くコクピットへ!」
縦横無尽に飛んでくる光弾の中、ひらひら揺れるマフラーを見ながらナオトが怒鳴る。
だが、マユは首を振るばかりだ。
「駄目、余裕ない」
サイの狂気じみた声がまた轟く。
《ナオト、早く黙示録を!
やはり今のままじゃ、風間曹長の位置が確定しない!》
「分かってます、そんなこと!
だけど、メルーがっ……」
風間がその命を散らせる前に黙示録を起動出来ねば、この作戦は無意味なのだ。
マユが先に入力を終えた直後、ナオトも奇跡的に一度も失敗せず、入力を完了させる──
黒ハロが叫んだ。
「システム、ブックオブレヴェレイション、オンライン!」
ハロの目の点滅と共に、ティーダがその装甲を輝かせ始める。
《止まらんか!
その光を振りかざし続ければ、君たちはいずれ命すら……》
ハイマニューバ2型から、ヨダカ・ヤナセの声ががなりたててくる。
彼が恐れてやまない、その場に存在する機体全てを無力化させる「黙示録」の光──
だがその時、ナオトは動いた。
あの光を、メルーたちに浴びせるわけにはいかない。そう思ったあまりの行動。
「やっぱり駄目だ。
発動前にメルーたちを収容しなきゃ!」
「えっ?
ナオト、ちょっ……!?」
マユの声も無視して、少年は何と、躊躇うことなくハッチをこじ開けた。
そのままコンソールの操作を続け、メルーたちを乗せたティーダの掌を、コクピットへ引き寄せようとする。
そして危険も顧みず、力なく揺れる紅のマフラーと栗色のツインテールに手を伸ばすナオト。
「早く来い! メルー!!」
あの子は、自分を理解してくれた。
父さんも母さんもサイさんもフレイさんも、誰一人分かってくれなかった僕を、あの子は分かってくれたんだ。
僕に平穏をくれた。
僕を受け入れてくれた。
メルーは、メルーだけは、絶対に失うわけにはいかない!
だがその刹那、マユの悲鳴が空を裂く。
「ナオト危ない!
戻って!!」
同時にナオトの身体が後ろからマユに抱きつかれ、無理矢理コクピットに引き戻される
──そして、少年は目撃した。その大きな瞳で。
ハイマニューバ2型のビームカービンが火を噴き
ティーダの左手を撃ち抜く瞬間を。
「……え?」
光の奔流を目の前にしながら、ナオトはそんな間抜けな声しか出ない。
コクピットまで白い炎が到達する寸前に、ハッチはマユの操作で閉じられた。
あと少しでナオトの首が寸断されたかもというほどに、素早すぎる操作で。
何が起こったのか。
すぐには理解できず、また、理解することを恐れ。
撃たれたままの左腕を、モニターで眺めることしか出来ないナオト。
メルーの姿はそこにはもう見えず、ティーダの手のひらでは──
跳ね回る無情の光が、大輪の菊のように咲き誇っているばかりだった。
ヨダカ・ヤナセは、ティーダの左手に装備された巨大爪をもぎ取ろうとしたにすぎなかった。
ヨダカの位置からはティーダの左手の中にあるものまでは見えず、今のティーダの挙動は巨大爪・ピアサーロックで攻撃をかける動作にも見えた
──だが。
「今──
今、俺は、何を撃った?」
ヨダカの胸に拡大していく、吐き気にも似た感触。
目の前で溢れ出す黙示録の光と共に、その悪寒はヨダカの全身を貫く。
畜生、大の軍人が光程度で、これほどまでに怯えを感じるとは!
《隊長……
光が、光がぁあっ!》
《腕が動かない!》
《鐘の音が、頭に響いてっ……助けて、助けてくれぇ!》
部下の悲痛な叫びが、コクピットを揺るがす。
噴出する光と共に、ザフト部隊は電池の切れたおもちゃの兵隊のように、力を失っていった。
同時刻。
風間曹長は崩壊寸前のディープフォビドゥンの中で、冷静に残りのアンノウンをディスプレイで追っていた。
「まだ余裕はある。
やっぱり、ありったけのスティレットを持ち込んどいて良かったわ」
が、その口調とは裏腹に、既に機体の横腹にはアンノウン──
ジオグーンの両腕が、ドリルと共に突き刺さっている。
地中を強引に掘削する為、両腕にドリルを装着したジオグーン(グーン地中機動試験評価タイプ、その量産型)。
恐らくこいつが、あのニュートロンジャマーを引きつけている何かを搭載しているに違いないが、風間にはそれが何で、何処にどう装着されているのかまでは分からなかった。
その禍々しい二つのドリルは風間機の青と白の装甲をたやすく破壊し、その牙はじわじわと彼女の処まで押し込まれようとしていた。
機体の断末魔の如く、コクピットに雷光が走り続ける。
アラートは今や、鳴りやまぬ目覚まし時計のように風間の脳を叩き、機体の損傷状況を示すモニターでは愛機のラインが0.1秒ごとに腹部のあたりから破壊され、絶望的損傷を意味する真っ赤な斜線表示に変わっていく。
「黙示録、やっと発動したのね……
サイ君。後は、貴方だけよ」
地中への潜航の為に装甲アレイにドリルを取り付け、ほぼ全てのパワーを掘削に回していた風間機には、既に激しい戦闘を行なう余力は残されてはいなかった。
――こん畜生。
せめて奴らのどてっ腹に、一撃でも叩き込んでやりたいのに。
満身創痍のコクピットに、さらに衝撃が走る。
風間の眼前のモニターの一つに大きな亀裂が入り、モニターの半分がただの暗幕と化した。
もう1機のジオグーンが、今ドリルの刺さっている反対側から、風間機の腰部を貫いたのだ。
コクピットの電気系統の約8割がこの一撃で落ち、風間自身も頭と肩を激しく打っていた。
メットにまで大きなひびが入っているのが、風間の目にもはっきりと見える。
急に噴き出した汗が眼に入って痛い──と思ったら、それは頭部からの出血だった。
左肩と肋骨に痛みが走る。それが骨折の痛みであることに気づいた風間は、ふと自分を嘲笑った。
死を回避する為に、人間は痛みを感じるように出来ている。
そのはずなのに、死が決定づけられた今でも、こんな痛みを感じるなんて。
まぁ、子宮をえぐられた瞬間とその後の激痛に比べれば、どうってことないけど。
合計四本ものドリルで挟み撃ちにされた形となったディープフォビドゥン。
機体が真っ二つになってもおかしくない状況の中、それでも風間は操縦桿を離そうとはしなかった。
「サイ君、早く……!」
やがてドリルは、コクピットまで到達していく。
雷撃の如き光と共にコクピットの全ての電気が落ち、次の瞬間風間の眼前に、全てを押し潰す10トンの牙が現れた。
一人の女の存在など軽く飲み込んでしまう、大量の土砂と共に。