【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
※かなりの人体損壊描写があります。苦手なかたはご注意ください。
その時、サイは目撃した。風間曹長の美しい肉体が、粉々に砕かれる瞬間を。
そして聞いた。声帯が引き裂かれながらも叫ぶ声を。
──サイ君、撃って。
早く、私を
私の命を、撃って!
恐らく同じ声を聞いているのだろう。コンソールに突っ伏すような姿勢でヒスイが呻いている。
カズイも、揺れる床に向かって吐きかけている。
風間の最期が、鮮烈なまでにサイたちの脳裏に流れ込んでくる。恐らく彼女の背中から最後の衝撃が来たのだろう──
彼女の命を頑丈に守っていたパイロットスーツが、腰のあたりから溶解して破れて散り散りになり、一瞬風間の生まれたままの姿が見えた。
ヘルメットが砕かれ、いつもきつく縛られていた長い栗色の髪がほどかれ、サイの眼前で大きく広がった。
「美しい。
これも……最初で最後か」
既に飛翔する以外にエネルギーの残されていないウィンダムを、森の中でうずくまらせ。
ひたすら時澤はコクピットで、風間の姿を凝視していた。
一時期、恋に似た感情すら持ったことさえある風間
――その美しい肉体が炎の中、風船のように弾けていく。
白い肌に、無数の赤い亀裂が入る──ガラス細工が砕け散る時のように、彼女の身体が壊れ始める。
次の瞬間から、かつてジェネシスの犠牲となった人間たちの如き醜い姿を、風間は時澤に晒しはじめた。
その光景を感じながら、思わず吐き気を催す時澤。
だが男として、山神隊の仲間として、軍人として、ここで風間を見届けないわけにはいかなかった。
サイを戸惑わせたことすらある大きな乳房が、脂肪や乳腺や大胸筋と共に砕かれ、バラバラに弾けていく。
優美な両脚は両脚共に腰からもげ、その腰までもドリルの刃で塵も残さず破壊されていく。
充血しきった眼球は片方ずつリズム良く眼窩から飛び出し
脳しょうと共にちぎられていく長い髪は炎に巻かれ
肺からは壊れた水道管のように血が噴き出す。
割れかけた胸を引きちぎるようにして一気に飛び出してきたものは、肋骨と胃袋と腸管。
だが、この状態でもなお、風間の魂は現世に留まっていた。サイに呼びかけていた。
──サイ君、撃って。
撃ちなさい!
おそらく次の数秒で、風間自身が詰め込んだスティレットによって、この声も聞こえなくなってしまうだろう。
必死で風間を消そうとあがき、マントル付近まで刺激を与えるべく特攻をかけたザフト兵たちもろとも、彼女は消えていなくなってしまうはずだ。
時間は、もうなかった。
サイを通じてわずかでも風間を見たのか、縋りついたままのユウナは彼の足元に突っ伏し、胃の内容物を床に散らしていた。
それでもサイから離れなかったのは、男としての、代表補佐としての意地か。
「サイ君、見ただろ……
撃て。撃つんだよ」
消えていく風間の命を感じながら、サイは再び胸を押さえた。
「――承知しています」
俺に力を。
どうか、無力極まる俺に力をくれ。
せめて、風間さんの願いを叶える力をくれ。
頼む。
フレイ、キラ、スティング、ネネ。
ラミアス艦長、ミリアリア、ナオト、マユ、アマミキョのみんな──
もはや完全に砕かれ、炎の中の灰燼と化しかけている風間の肉体。
だがサイは感じた。風間がそれでもなお、自分たちを抱きしめるが如く両腕を広げているのを──
さあ、撃って!
私はここよ。まだここにいる。
「ポイント、北エリア23、ローエングリン照準!」
風間の魂が、炎と共にサイの中へ流れ込んでくる。
風間だけではない──
ネネや子供たち、老人たち、ザフト兵にオーブ兵、ここで死にゆく全ての者の命が、彼の中へ流れ込んでくる。一息にパワーを集めていくかのように。
その中の一つを感じて、サイは思わず呻いた。
──あぁ、ナオト。
結局お前は、彼女を助けることが出来なかったのか。
「ローエングリンッ、……」
サイに集められた命が、彼の中で最期の輝きを放ち、消えていく。
ネネの血を頭から飛び散らせながら、サイは遂に咆哮した。
「――撃てぇッ!!」
アマミキョから放たれた閃光が、ハーフムーンの北の丘を直撃した。
その光は難なく地表を突き破り、光のドリルとなって地中へ潜り込み
数瞬でザフトの機体をニュートロンジャマーもろとも、蒸発・消滅させた。
風間の命と共に。
光は炎と土と雪、村の全てを巻き上げ。
人々の生活を奪い取り、巨大な泥の渦巻となって爆発を起こす。
地下深くまで到達した陽電子砲の力は、僅か10秒で一帯に地殻変動を呼び起こした。
地の神を目覚めさせ、小さな村の営みを叩き潰した。
大地を割って、真っ赤に燃える大地の炎が龍の如く舞い上がり、雄叫びを上げる。死の痛みに呻くように。
龍は大量の土砂と共に空へ舞い上がり、雪で白く染まっていた村を色のない、どす黒の世界へ叩き落としていく。
当然、砕かれた木、建物の残骸、土砂はアマミキョにも降りそそぐ。
またもやブリッジを襲う激震。
だがオペレーターたちは懸命に、発進シークエンスの最終確認を行なっていた。
「主動力、オンライン」「E54区画、及びR24区画接続が確認出来ませんが、発進に問題なし」
「カタパルトからの通信回復! 全チーム、スタンバイ完了」「主エンジン、異常なし」
傷つけられたアマミキョに、再び火が灯されていく。
「アマミキョ全システム、オンライン!」
アムルが歯を鳴らしながらも叫び、オサキがそれに答える。
「主動力、コンタクト!」
甲板では、降り行く土砂にムラサメが耐えている。
その中でもまだ、スティングは叫んでいた。
《行けェ、サイ!》
サイは未だユウナに縋られながらも、決してこのタイミングを逃さなかった。
「アマミキョ、浮上開始!
皆、舌噛むな! 歯ァ食いしばれ!」
アラートの嵐の中で、サイは指令を出し続ける。
視界の片隅で、避難の最終状況を確認しながら──
91%、収容完了。
残り9%のうち4%は、既に死亡した人間の数だ。診療所の子供たちもここにカウントされている。
そして残り5%は、未だに村に残されている人間。
「──許してください。
どうか、俺を」
サイの喉から、自然に漏れる呻き。
心から血が噴き出すような痛みを感じながら、叫ぶ。
「――飛べぇっ!」
操舵輪を必死で押し込むオサキ。
大きな胸で一気にアマミキョを飛ばそうとするように、彼女は操舵輪に力をこめていた。
雪の大地が、割れていく。全てを飲み込む地割れが、アマミキョの元へ到達しようとしていた──
「く、来る!」
カズイが悲鳴を上げる。
大地の亀裂の奥では紅の龍が、獲物を飲み込もうと舌なめずりをしている。
おそらく村に残った老人たちは全員、あそこに飲み込まれてしまっただろう。
サイと共にその光景を凝視しながら、ユウナはひたすら黙り続けていた。
もう彼は呻きも悲鳴も出していない。彼はそっとサイを見上げる──
光の力を借りずとも、分かった。
ユウナはサイを哀れみ、謝罪していた。
黙示録の発動から今までずっとユウナと物理的に接触していたおかげで、サイにはその心まで見えてしまった。
嫌われ者ではあったが同時に切れ者で通っていたはずの彼が、戦場に出たことによって大きく歪んでしまった、その心を──
ユウナの心象風景はほぼ予想通りだった為、それほどサイは驚きもしなかった。
あれだけ無茶をしてまで貫かれた、アークエンジェルとオーブ兵たちの正義。
しかしそのやり方は、明らかにユウナを酷く歪ませてしまっていた――
客観的に見れば、彼自身にも落ち度は多々あるといえども。
だが、サイは一抹の不安を覚える。
ユウナの心が分かったということは即ち、こちらの心も彼に見られたということだ。
この男の態度の変化は恐らく、俺の心を見たことによるものだろう。
彼は俺に何を見て、これほどまでに俺を哀れんでいる?
ここまで落ちぶれた彼すら哀れませるほどの何かが
――俺の中に、あるってのか?
ひどい苛立ちを覚えながらも、サイは浮上に伴う激しい揺れに耐えていた。
アマミキョには既に火が入っている──飛べ、飛んでくれ、頼む!
その祈りが通じたか。
炎龍に飲み込まれる寸前、遂にアマミキョは再浮上を果たした。
全てを押し潰す、泥の嵐の中へ。
「まさか、これほどの惨劇が……」
泥流に巻き込まれる寸前に何とか浮上した、ハイマニューバ2型の中で。
ヨダカは眼前で展開された事態に、ただ慄いていた。
《何という……
これも、議長の作戦通りだというのか?》
戦い抜いた隊長機で駆けつけてきたピート・ベンターも、それ以上の言葉をつげない。
ベンターは隊長機の証として黒く塗ったディンに乗っていたが、今やその黒も泥に塗れている。
漆黒の嵐の中でヨダカは、ティーダの光を見失いかけていた。地磁気の乱れか、レーダーも狂い続けている。
部隊の安否も殆ど分からないまま、ヨダカは自らの行為に戦慄するしかない。
激しい手の震えと脚の緊張は、ティーダの黙示録を浴びた影響によるものだけではなかった。
それでも意地で、ティーダの光を追い続けるヨダカ。
生物全てを一瞬で潰していく泥と岩と炎の嵐の中、光を放ち、天使のように浮かび続ける巨体──
泥の中で輝く宝石というものは、これほどに美しいものか。
ヨダカはそんな感傷に一瞬捕われながらも、機体をそちらへ向けようとする。
だがこの嵐の中では、ハイマニューバ2型の力をもってしてもティーダに攻撃をしかけることすら難しかった。
「ええい……
何をしたというのだ、あの偽善船は!」
陽電子砲がどのような意図によって発射されたのかも読めぬまま、ヨダカはうまく動かぬ両腕でコンソールを叩くくらいが精一杯。
だが――その時だった。
並行して飛んでいたベンター機が、突然バーニアを噴かしたのは。
ティーダ──
太陽に向かって、一直線に飛んでいく黒い蝙蝠、ディン。
ヨダカは思わず叫ぶ。
「ベンター隊長!
死に急ぐな、貴方の機体のフィルタではもたない!」
その声は虚しく土煙に消えるだけで、隊長機のディンは雄雄しくティーダへ向かっていく。
既にベンター機は右脚部と両腕をもがれ、右翼から煙を噴いている。
その上、ティーダの光を存分に浴びていた──機体もベンター自身も、ろくに動けないはずだった。
それでも彼は死を恐れず、光に立ち向かっていく。
《せめて……
重力の犠牲になった皆の怨念だけは、晴らさせてもらう!》
部下の命全てを背負って戦う軍人の姿が、そこにあった。
ティーダの力さえも貫き、焼け焦げながらも突き抜けていく命があった。
対するティーダは、空に浮かび光を放ち続けたまま、ぴくりとも動かない。まるで魂を抜かれた人形のように。
通常であればいい的になり、一瞬で破砕されてしまうだろう。
そんなティーダに、全身を貫く痛みに耐えて到達しようとするベンター。
残された最後の力──胸部コクピット脇に装備された6連装多目的ランチャーが、彼の執念と共にその砲門を開いた。
ティーダの光は徐々に弱まっていく。炎のように突撃していくディン。
──だが、ベンターの意志も命も、そこで呆気なく潰えた。
ティーダに到達しランチャーが火を噴く寸前
ベンター機は真上からビームで貫かれ
そのまま、泥渦巻く炎の海の中へ叩き落されたのである。
紅の風のように飛来した、血の機体
──ストライク・アフロディーテによって。