【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
多少揺れの小さくなったブリッジの中央で――
サイは崩折れようとする身体を、何とかコンソールで支えていた。
全身が熱い。
肩で息をしているのが、自分でも分かる。
「……5時方向へ進路をとれ。
被害状況を確認──生存者の救出を、最優先に」
「いるわけないじゃない」
吐き捨てるようなアムルの言葉。
本人は口の中で呟いたつもりだったのだろうが、サイには聞こえてしまっていた。
思わず彼女を睨みつけるサイだが、彼女は振り返りもせず、コンソールに向かったままだ。
拳の届く距離に彼女がいなくて幸いだった──サイは改めてブリッジクルーの様子を確認する。
全員、脱出に成功した安心感よりも、眼前の大災害に心を失っていた――
自分たちの引き起こした惨事に。
サイは息つぎに苦慮しながらも、指示を出す。
今止まっては駄目になる。俺を含めて、全員が。
「ティーダ、山神隊、アストレイ隊の安否確認を急げ。
避難民には、モニターから景色を見ないように言ってくれ。
オーブ軍との通信は続行を」
疲労と衝撃でうなだれかかりながらも、全員がサイの指示通りに動き業務を再開する。
間もなく、次々と報告が入ってきた。
マイティが「アストレイ隊、全機帰還を確認」と告げると、カズイも手を動かす。
「カタパルトとの通信、回復したよ。
うわ、トニー隊長のアストレイ、両腕と頭ぶっ飛んでる……
相当頑張ったんだなぁ、あの人も」
ヒスイもまた、吐しゃ物の入った袋をそばに置きながらも、震える声で報告を完了した。
「……地中のザフト機、全て信号消失。
風間機のシグナルも、ロストしたままです……
あ、時澤機、信号確認しました」
冷静さを懸命に装いつつ、報告を続けるクルーたち。
被害状況も刻々と入ってくる──
「ローエングリン直撃地点より半径6キロは、完全に陥没。
9キロ離れた地点でも、小規模な地盤隆起が観測されています」
「でも、15キロ地点の街は無事だよ……尤も、デストロイにやられちゃってるトコだけど」
「ヴロツワフの連合軍から通信が入りました。
ハーフムーンを震源とするマグニチュード8.4の地震が観測されたそうで、こちらの安否情報を求めています」
サイは胸を撫で下ろす。
少なくとも、通信が出来る程度には向こうは無事だということだ。
アマミキョ側が何もせずにいたら、マグニチュードは下手をすれば10を超え、半径300キロ以上が壊滅状態に陥った可能性すらあった。
風間やネネたちやハーフムーンの犠牲は、決して無駄ではなかった――せめて、そう思いたい。
と、不意に甲板のスティングから通信が入った。
《おい、色眼鏡。
どうやらお帰りあそばしたようだぜ、お姫様と王子様と
……女王様がよ》
その言葉どおり、黒雲を突き抜けてアマミキョに降下してくるティーダが見えた。
正確にはストライク・アフロディーテが、棒立ち状態のティーダを空中で吊り下げるような恰好で運んできたのだが。
「ナオト、マユ。ありがとう──
よく、頑張ってくれた」
無事に帰還した少年と少女に対して、サイはそれ以外にかける言葉を持たなかった。
ティーダからの返事も、ない。
無理もない。おそらくナオトの精神は、崩壊状態に近いだろう。
そして――
アフロディーテのフレイには、サイは遂に、何も言葉をかけられなかった。
かけたくなかった。
下手をすれば、怒鳴ってしまいそうで――今更のこのこと、何しに出てきたと。
そんなサイの感情を嘲笑うように、カタパルトからハマーの通信が入る。
《通信不通の間にフレイ嬢とミゲル殿がご帰還なすったもんだからね、こちとらIWSPの早着替えやらマニュアル発進やらでえらい騒ぎだったぜ。
感謝してもらいたいね、整備班の腕に》
――その時だった。
突如、ナオトの泣き叫ぶ声が空気を切り裂いたのは。
ティーダコクピットでは、ナオトが首を振りながら、レバーをガチャガチャ乱暴に動かし続けていた。
「お願いだ。お願いです、フレイさん!
メルーを助けに行かせてよ! あそこで、渦に落ちたまま、まだ、溺れているんだ。
助けてって言ってるんだ!
マユ、フレイさん、サイさん!
聞こえるだろ、メルーの声!
お願いだよ! 助けに行かせてよぉおおおおおおおおっ!!」
ナオトは自分の中の絶望を打ち消すように、ひたすら叫び続ける。
どれほど彼が操縦桿をいじっても、もうティーダは反応しない。既に操縦権は100%近くがマユに委ねられていた。
後席のマユは、そんな少年の背中を――黙って見ていることしか出来ない。
《ナオト、落ち着いてくれ……
状況をよく確認するんだ》
「サイさん、お願いです!
メルーはティーダの手から落ちたんだ、だからまだあの村にいるんだ!
アストレイはまだいるでしょ、メルーを助けてよ!
あの子だけは助けなきゃいけないんだ、あの子だけは! アマミキョはメルーを助ける義務があるでしょ!
あの子の声が聞こえないのかよ、サイさんにはっ!!」
サイの声にかぶりつく勢いで、ナオトはモニターに喰らいつく。
《ナオト、今は戻るんだ。
……少し、休んだ方がいい》
そんなサイの声に被せるように、フレイ・アルスターが通信に割り込む。
《ティーダの左手を見ろ。
手のひらだ》
フレイの声とアフロディーテの威圧には逆らいきれず――
ナオトはこわごわティーダの手を見る。さっきまでメルーがいたはずの場所だ。
そこには既に、メルーと祖母の姿はなく。
ただ、キャラメルソースを焦がしすぎたような黒コゲが、手のひらいっぱいにこびりついていた。
その黒コゲの隅っこに、何故か紅いマフラーのちぎれかけが付着し、たなびいている。
それが紅のマフラーだったと判別出来る部分はごく少なく、殆ど黒く変色していた。
マフラーだと分かったのは、ナオトの記憶に残る彼女のマフラーがひどく印象的だったからだ。
しかし不思議なことに、手のひらから僅かにはみ出した部分だけが、その主の存在を主張するように、紅かった。
いくら嵐が吹きすさぼうと、その紅が飛ばされることはなかった。
残酷な現実の象徴のように、マフラーは物語っていた。
そこにメルーが、確かにいたということを。
《ビームが彼女たちの身体の構成物の殆どを一瞬で蒸発させ。
消滅し切らなかった部分はそのまま、手のひらへ焼きついた──それが事実だ。
貴様も彼女らの死を感じたはずだ、己の心をよく見定めろ!》
「嘘だ!」
胃そのものを吐きだす勢いで否定するナオト。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ!
メルーは僕を分かってくれた。嘘つきだらけだった僕を、ちゃんと分かってくれたんだ。
そんなメルーが、死ぬはずない! あの子が……」
「無理だよ、ナオト」
不意に後ろから、声をかけるマユ。
笑ってもいず、怒ってもいない。ただ、冷淡に事実を告げるマユの声が響く。
それはナオトにとって、極めて決定的な一打だった。
「私にはもう、メルーの声もおばあちゃんの声も、聞こえない。
どこからも」
どんよりと曇り、豪雨の降りしきる北チュウザン・ヤハラ。
連合軍チュウザン駐屯部隊・司令室では、山神艦長が伊能大佐の報告に聞き入っていた。
「旧台北海域の人工島に、マスドライバーとな?
サイエンスフィクションの読みすぎではないかね、大佐」
だが、伊能は極めて真剣な表情を崩さない。
「広瀬少尉によれば、偵察で飛ばしていたスカイグラスパーからの情報とのことです。
奴は陰謀論を振りかざす傾向がありますが、この報告は信頼できます。
さらに……」
伊能は手にした書類を、せわしなくめくる。「そのマスドライバーが存在すると思われる海域から、数回にわたり高速宇宙艇が射出されたという複数の目撃情報があります」
「タロミ・チャチャが動き始めたか」
山神は静かに新聞を置き、両手に顎を乗せる。
雨で若干濡れそぼった新聞には、大見出しで文字が躍っていた。
──『南チュウザン盟主タロミ・チャチャ、宗教復活宣言の波紋』との文字が。
それを横目で睨みつつ、伊能は続けた。
「さらに、その船の行き先……
どこだと思います?」
伊能は山神の鼻先に遠慮なく自分の顔を突きつけ、囁く。
明らかに伊能は、盗聴器の存在を警戒していた。山神は彼を抑えつつ、呑気さを気取ってみせる。
「焦らすなよ」
伊能の熱い鼻息が山神の顔にかかったが、次に彼が吐いた台詞はその不快感など一気に吹飛ばすほど、衝撃的なものだった。
「……コロニー・ウーチバラです」
「まさか」山神は鼻で笑い飛ばそうとしたが、伊能を前にしては出来なかった。
「あすこは先のテロから辛うじて守られ、今もどうにか文具団が工場の稼動を再開させているはずだ」
「そこです」間髪居れず、伊能が新聞を叩く。
「もし、文具団とタロミが裏で繋がっているとすれば。
そしてもし、タロミと文具団が何らかの目的であのコロニーを利用しているとすれば。
――辻褄は合います」
「それこそまさかだ。
両者は対立の真っ最中ではないか?」
「どこかで、両者の損得が一致する点があるとすれば……?」
伊能のその言葉に、山神も黙る。
文具団の動きにどうにも解せぬ点があることについては、二人とも意見は一致していた。
そもそも、コロニー・ウーチバラが襲われた経緯にしても、都合の良い点が多すぎる。
ザフトと連合が同時に襲いかかったも同然の状況だったというのに、ウーチバラは崩壊もせず、危機を切り抜けた。数ヶ月経過した今、経済活動まで再開している。
そしてヤハラの工場での騒動に、今回の人工島の情報。
さらには、時澤たちから報告があった、文具団と南チュウザン共同出資の機動要塞の存在。
「損得の、一致か」
だが、山神は敢えて核心には触れまいとした。
「分からんな、両者の目的が合致する点が……
今だって、文具団と南チュウザンとの紛争でこの地は」
「ごまかさんで下さいよ」それでも伊能は目をぎらつかせたまま、ニヤリと口元を歪めてみせる。
「自分は、それが――
ティーダとアマミキョだと考えています」
伊能は一旦顔を上げると、新聞を手に取りながら室内を回り始めた。
酷くなる雨音。
「どうも自分の、警官だった頃の血が疼くんですかね……
今回の『神の復活』宣言と、ティーダの能力、それと連携するアマミキョ。
そして、チュウザンの戦士として復活を遂げた連合の令嬢、フレイ・アルスター。
どうも、無関係ではない気がするんです。
全てがまるで……」
「仕組まれた陰謀、とな?」
こういう伊能の話を聞くのは、山神も嫌いではない。
陰謀論云々で広瀬を馬鹿に出来るのか……と言ってやりたかったが、やめた。
「して、根拠は?」
伊能は口元を歪めたまま、多少悪戯っぽい眼つきで山神を見た。
「ご想像どおり、自分の勘です」
人間の勘ほど馬鹿にしてはならないものはないことを知りながらも、山神は笑ってしまった。
大見出しの新聞を挟みながら、二人の男の間に安堵の時間が流れる。
――だが、それもつかの間。
「艦長!
山神艦長っ!!」
古びた木製のドアが突然開き──
ずぶ濡れの広瀬少尉が飛び込んできて、会話は中断された。
いつもの皮肉っぽい表情からは考えられぬほど憔悴し、顔面蒼白となった広瀬。
尋常ならぬその様子を見て、伊能も山神も立ち上がった。
「どうした? 落ち着けよ」
伊能の前に倒れこむようになりながら、広瀬はそれでも体勢を立て直す。
全身から雨の雫をこぼし、犬のように頭を振りながら叫んだ。
「風間がっ、
……風間曹長が!」
言葉を発した瞬間、広瀬は遂に膝をついてしまう。
恐らく報告を聞いた時から、何もかもが吹き飛んで、気力だけを振り絞ってここまで突っ走ってきたに違いない。伊能が何とかそれを支えようとしたが、広瀬は絶叫にも近い言葉を放つのが精一杯だ。
「風間裕子曹長が……
ユーラシア地方ポズナニ方面における村落・通称ハーフムーンにて……戦死しました」
伊能の眼が、飛び出さんばかりに見開かれた。
山神自身、机を叩いて立ち上がる自分を抑えられなかった。
――いつでも名誉の戦死を覚悟せねばならない立場であることは、山神隊の誰もがとうに分かっている。
だが、艦長であり同時に隊長でもある山神自身、風間の死は俄かには受け入れがたい現実だった。
娘のように可愛がっていた部下が、戦死しただと?
老いた自分より先に、死んだだと? 真田と同様の若者が?
「畜生! こんな形で、俺より上にならなくったってっ……
先輩たちより上になんか行きたくないって、前から言ってたじゃねぇか!」
降りしきる雨音だけが、室内に響きわたった。
広瀬の号泣と共に。