【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 怒号混じりの再会

 

 

「どえらい騒ぎだったぜ、全く。

 だから、きちんと躾けとけって言っただろうが!」

 

 アマミキョ瞑想室前の通路で、サイはハマーに一方的に怒鳴られていた。

 ――あんな話を聞かされては、さすがのサイもうなだれるしかない。血まみれの制服のまま。

 

「……申し訳、ありませんでした」

 

 そんな彼を上から睨みつけながらも、ハマーは無精ひげを撫でながら若干口調を和らげた。

 

「……ま、補欠どのにはどだい、無理な話だがな。

 船が何とかあの村から脱出出来ただけでも、奇跡ってなもんだ。

 とっとと服着替えろ、何日その恰好でいる気だ? もう警戒態勢は解かれてんだぞ」

 

 ポケットに両手を突っ込みつつ、瞑想室の方向を眺めるハマー。

 

「あのシスコン兄貴が怪我したことに感謝すべきだな。

 もし兄貴があの場にいようもんなら、銃殺されてたぞ……あのガキャア」

 

 ハマーはそんな捨て台詞を残し、頭を下げるばかりのサイの胸を拳で軽めに突くと、振り返りもせずその場を去った。

 ――全くその通りだろう。返す言葉もない。

 そう思いながら、サイは瞑想室に通じるクリーム色のエアロックを開く。

 

 

 瞑想室とは名ばかりの、命令違反者収容施設──

 かつてアマクサ組統制の象徴とされ、違反者でごった返していた牢獄。しかし今は、殆ど人の姿はない。

 差し込む光は廊下からの一筋のみ。鉄格子で仕切られた、がらんとした部屋。

 

 

 ――その隅で、抹茶色のパイロットスーツのまま、ナオトが体育座りをしていた。

 明かり一つつけず、真っ暗な黴臭い室内で、じっとうずくまっている。

 

 そんな少年の上に、不意に射し込む廊下の照明。

 その光を背に、サイの影が重なった。

 だが彼を見ようともせず、ただ唇を噛みしめるナオト。

 サイは静かに口を開く。

 

「ナオト。

 お前が、マユを殺そうとしたというのは本当か?」

「だって!」

 

 ギロリと大きな眼が自分を睨むのが、暗闇の中でもはっきり分かった。

 逆光の中でサイの血まみれの制服を見、ナオトは一瞬はっと息を呑む。

 そういえば自分とナオトが直接顔を合わせるのは、作戦開始以来だったな。驚くのも無理はない──

 

 サイは懐かしさにも似た感傷で、ティーダ出動前を思い浮かべる。

 あの時は確かに、みんな生きていた。ネネも、風間曹長も、メルーも。

 最早あの時間は、決して戻らない。

 

 だがそんなサイの心も知らず、ナオトは叫ぶばかりだった。

 

 

「だって……

 マユは、メルーを死なせたんだ!」

 

 

 鉄格子で分断され、縮まらない二人の距離。

 サイは何を言ってもどうにもならないと分かりながらも、言葉を連ねた。

 

「コクピットで、マユの首を絞めようとしていたそうだな。

 彼女はお前と同様、ティーダの貴重なパイロットで、アマミキョの運用にも欠かせない存在だ。

 そして何より、大事な俺たちの仲間だ──

 それは、分かるな?」

「マユは嫉妬してたんですよ、メルーに」

 

 サイの血から眼を逸らし、ナオトは吐き捨てる。

 ――意味がまるで分からない。マユが、嫉妬? それが今回の件と、どうつながる? 

 

「何を言ってるんだ? 彼女は……」

「マユは僕が欲しかったんだ。だから、僕がメルーの処にいるのを嫌がった。

 サイさんは知らないでしょうけど、マユはメルーの作ったおにぎりを捨てたんですよ!」

 

 ナオトの言わんとする処が、サイにも何とかおぼろげながら掴めた。

 要するに責任転嫁したいわけか──無理もないが。

 

「だから、マユは任務を放棄したと言うつもりか? メルーを拒絶したと? 

 戦闘ログを見る限り、彼女は真っ当に任務を遂行していた」

「ログだけ見ればそうでしょうよ! 

 確かにマユは、直前まではメルーを助けようとしてましたよ。

 でも、肝心な時に手を抜いたんですっ!!」

 

 あまりのナオトの言いように、サイの言葉にも次第に冷たい怒気がこもる。

 

「ナオト。

 マユは、そんな行為が出来る娘か?」

「出来るようになってしまったんですよ! 

 僕を独占したかったんだ、だからメルーを助けなかったっ!」

「……確かにマユは、最初は人を平気で傷つける女の子だった。

 だが、君に出会ったことで、彼女は少しずつ変化してきたんだ。

 それは、君にも分かるな?」

 

 敢えてナオトに対する二人称を変化させ、静かに言い含めるようにナオトに語りかける。

 それはサイなりの、怒りの表現でもあった。

 

「ビームが発射された時、ハッチの外へ出ていた君を、マユは必死で引き戻した。

 あの状況で操縦桿から手を離すことがどれだけ危険かは、彼女は十分理解している」

「マユは僕と違って、戦闘のプロですからね」

 

 ナオトはサイと、視線を合わせようともしない。

 耳を塞ぎたいとでもいうように、身体を丸めるばかりだ。

 だがここは、言って聞かせなければならない。それが自分の役目だ──

 鉄格子を叩いて喚きだしたい衝動にかられながらも、サイは震える拳を押さえきった。

 

「にも関わらず、マユは君を助けることを優先した。少し前の彼女じゃ、考えられないよ。

 結果として、メルーとおばあさんを失ってしまった。俺だって本当に悔しいさ。

 だが、あの状況下ではマユは最善の選択をしたと、俺は思う」

「どうせサイさんも、僕が軽率だったって言いたいんでしょ!」

 

 ナオトはそんな静かな言葉に耐え切れず、噛みつかんばかりの勢いで吠える。

 それでもサイは、無表情を貫き通した。

 

 

「違うよ。

 君も、マユを信じたいはずだ──それだけ、言いたかった」

 

 

 ゆっくり顔を上げるナオト。

 暗闇に慣れてきたサイの目に、少年の頬の涙の跡と、目の下の濃い隈、そして何度も殴られて腫れ上がった唇が見えた。

 僅かに開いたパイロットスーツの胸元の間では、お守りが揺れていた。

 ナオトの同僚だったフーア。彼の眼前であまりにも無惨に散った彼女の爪が入れられた、オーブ風の布製のお守りだ。

 あれを作ったのは──

 

「軽率だったかどうかは、自分で考えろ。

 そして、二度と同じ状況にならないようにするにはどうすればいいか、よく考えろ。

 何より大切なのは、ゆっくり休むことだ。君は疲れすぎてる」

 

 ナオトは何も答えず、全てを拒むように膝の間に頭を埋め込んだ。

 それでもサイは言う。これだけは、言っておかねば。

 

「そのお守り、大事にしろよ。

 ネネ・サワグチ看護師が亡くなった。葬儀は他の犠牲者や風間曹長と共に、チュウザンで行なう予定だ」

 

 

 

 

 

 

 サイが去り、瞑想室内は再び闇に包まれる。

 ナオトは改めて、お守りの重さを感じ取っていた。

 

 フーアにアイム、そしてこのお守りを作ってくれたネネまでが、いなくなった──

 

 紅の刺繍が入った、白い小さなお守り。

 それを握りしめながら、ナオトは殴られた頬の痛みを思い出す。

 同時に、焼かれたティーダの手も。

 

 分かっている。僕にだって分かっている。

 あの時マユが引き戻してくれなければ、僕も死んでいたということぐらい! 

 

 黙示録の光の中で一番近くにいて、お互いの心は分かっていたはずだ。

 あの時、卵のように純真なマユの心は確かに、一心にメルーを助けようとしていた──

 

 しかし、メルーの壮絶な死にざまが、ナオトの心を激しくかき乱す。

 大事なものを守れず、かく乱され、疲弊しきったナオトの心は、またも真実を見ることから逃げていた。

 その耳に蘇るものは、マユの声。

 

 

 ──私には、もうメルーの声もおばあちゃんの声も聞こえない。

 どこからも。

 

 

 どれほど耳を塞いでも、あの直後の彼女の言葉はナオトを逃がさなかった。

 マユ、お願いだからそんな言い方はやめてくれ。

 頼むから、もう……! 

 

 

 ──多分、ティーダの腕が動いたから、黒ジンは撃ってきた。

 ──メルーたちがいると分かっていれば、さすがにザフトも撃ちはしなかったはずだよ。

 

 

 やめて。

 もう言うな、何も言うな! 

 

 

 ──きっと、攻撃されると思ったんだよ。

 だから、黒ジンは……

 

 

「うるさい、うるさい、うるさい! 

 メルーに冷たくした癖に、助ける気なんかなかった癖に、僕のせいにするな!」

 

 耐え切れずにマユの首を絞めた時と同じ言葉を、ナオトは吐いていた。

 ――あれはちょうど、アマミキョのハンガーに帰還した直後のこと。

 

 

 一番守りたかったはずのマユの首を──

 僕は、この手で、絞めた。

 

 

 後ろから響くマユの言葉を、僕は聞いていられなかった。

 パイロットスーツごしに彼女の細い首を捕らえ、座席の上で馬乗りになって──

 黒ハロが蝿のように跳ね回って、ハッチが開いて、僕はマユから引き剥がされて、マユはどうにか助かったけど。

 

「マユが……悪いんだ」

 

 それ以上思い出すことを拒み、ナオトは両膝の間に頭を伏せる。

 空調もろくに効かない瞑想室は、ただ凍るように寒かった。

 

「何で、来てくれなかったんだよ。

 アークエンジェル……」

 

 

 

 

 

 

 瞑想室から出てきたサイを出迎えたのは、心配そうに自分を見つめる子供たちの、12個の瞳だった。

 ハーフムーンから生きのびたこの子供たちは、故郷の壊滅と友達の死という現実を理解した直後は、皆で必死に肩を抱き合いすすり泣いていた。

 しかしどうやら、僅かばかりでも生気を取り戻したらしい。

 

 エイミーと呼ばれた女の子が、サイの膝にすり寄ってくる。

 

「ナオトは、大丈夫?」

 

 男の子たちも心配げに、顔を見合わせていた。

 

「怪我したって、ホントかよ?」「あいつドジだし、心配だよな」

 

 血まみれのサイを見ても、もう子供たちは動揺もしなかった。

 それ以上の惨劇を、彼らは純な目で見てきてしまったのだから。

 自分たちを助けようとした大人が、その上半身を火線によって切り飛ばされる──などという光景を、目の前で見てしまった子さえいる。

 

 サイは子供たちの目線にしゃがみ、ゆっくり笑顔を見せた。

 

「大丈夫だよ。

 ただ、ちょっと心に怪我をしてね」

 

 彼らの中でも一番幼い、6歳ぐらいの女の子が、サイに包みを差し出した。

 

「バンソーコーで、治る? 

 これ、ナオトにあげて」

「ありがとう。

 でも大丈夫、俺がバンソーコー貼ってきたから」

 

 貼るどころかえぐっただけかも知れない分際で、何を言っている。そう思いながらも、サイは笑顔を崩さない。

 だが、そんな女の子はさらに言った。

 

「じゃあ、お兄さんにあげる」

「え? 俺は別に……」

「血、いっぱい出てる」

 

 これは違う。

 俺じゃない、他人の血だ。

 大事な人を守れず、大事な人を殺し、大事な人を傷つけることしか出来ない、無能な男の象徴だ。

 

 そう叫びたかったが、サイは微笑みを貼り付けたまま、その絆創膏を受け取った。

 子供の瞳を前にして、醜態を晒すような真似は出来ない。

 

「ありがとう。

 早く戻って、おやすみ。あと二日で、オーブ行きの船に乗れるはずだ」

 

 瞑想室を心配そうに見やりながらも、サイの優しい言葉で子供たちは素直に戻っていく。

 小さな背中が揃って静かに、通路の向こうに消えた瞬間──

 

 

 サイはどっと疲れを感じた。

 ハーフムーンを脱出してから約40時間。ろくに眠りもせず、船内を走り回っていた。

 避難民への状況説明、被害の確認、情報整理、ザフト残党の警戒、モビルスーツと船体の修復――やることは無限にあった。

 ようやく10分ほど時間が取れた今やっと、ナオトと顔を合わせることが出来たのである。

 

 ネネの血はすっかり固まり、ベージュの制服の上に派手にコーヒーでもぶちまけたような、褐色の染みと化している。

 少しの間だけでも壁にもたれかかろうとした、その時――

 

 不意に背後から、声がかけられた。

 

 

「見事だったな、サイ」

 

 

 随分久しぶりに聞くような気がする、愛しいはずのその声。

 だがその女の声は、今のサイにとっては怨みをぶつける対象にしかならないものだ。

 にも関わらず、声は続く。

 

「村民の避難と、急造ローエングリンの発射、そして地殻変動の被害の抑制。

 厳しい条件下で、よく戦った」

「相も変わらず……上から目線だな」

 

 身体中が怒りで熱くなる。

 近づいてくる足音。鉛入りの靴の音。

 

「おかげで、アマミキョは危険区域を脱した。

 お前がここまでやるとは思わなかったぞ」

 

 ──吼えずには、居られなかった。

 

「……犠牲も大きかったっ!」

 

 振り向くが早いか、サイは相手の襟ぐりを掴み、背中から壁へ叩きつけていた。

 ひとつの抵抗もしないその相手──フレイ・アルスターを。

 

「君がいれば!」溜め込んだもの全てを吐き出すように、叫ぶ。

「君さえいれば、もっとスムーズに出来た! 

 ネネも、風間さんも! メルーたちだって、死なずにすんだかも知れないっ!」

 

 抑えに抑えてきた感情の洪水は止まらない。

 頭では支離滅裂な発言をしていると気づいていても、サイは自分を止められなかった。

 フレイの首を絞めつけるように、彼女をひたすら壁へと押しつける。

 

 不思議と、フレイからの反撃はなかった。

 彼女はただ、じっとサイを見据えていた。

 その言葉一つ一つを心に刻み付けるように、真摯に彼を見ていた。

 灰の瞳には冷酷さも哀れみもなく、ただ純にサイを見ていた。

 

「俺は何も出来なかったんだ。

 ネネと子供たちを、目の前で死なせた。

 スティングを戦わせた、風間さんを殺した、アマミキョを戦う船にした、この手で村を滅ぼした! 

 メルーたちもいなくなって、マユもナオトも傷ついたのに、俺は何も出来なかった! 

 二年前と何一つ変わっちゃいないっ、俺は!」

 

 フレイはサイに押さえつけられたまま、おもむろに口を開く。

 

「私がいたところで、結果はさほど変わらなかっただろう。

 ザフトの今回の作戦は防ぎようがなかった。ハーフムーンの壊滅は避けられなかった。

 同じように風間曹長は志願したであろうし、お前はローエングリンを撃ったはずだ」

「でも、ネネや子供たちや村人は助けられた!」

 

 畜生、汗ばかりが出てきて言葉が継げない。

 これじゃ、さっきのナオトと何も変わらないじゃないか。フレイの前で駄々をこねる子供じゃないか! 

 身体は熱くなりすぎて、胃から何かがこみあげてくる。

 

 それでもフレイは口調を崩さず、静かに言った。

 

「無理だ。

 今のお前に助けられないものは、私でも助けられない」

 

 

 

 

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