【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「どえらい騒ぎだったぜ、全く。
だから、きちんと躾けとけって言っただろうが!」
アマミキョ瞑想室前の通路で、サイはハマーに一方的に怒鳴られていた。
――あんな話を聞かされては、さすがのサイもうなだれるしかない。血まみれの制服のまま。
「……申し訳、ありませんでした」
そんな彼を上から睨みつけながらも、ハマーは無精ひげを撫でながら若干口調を和らげた。
「……ま、補欠どのにはどだい、無理な話だがな。
船が何とかあの村から脱出出来ただけでも、奇跡ってなもんだ。
とっとと服着替えろ、何日その恰好でいる気だ? もう警戒態勢は解かれてんだぞ」
ポケットに両手を突っ込みつつ、瞑想室の方向を眺めるハマー。
「あのシスコン兄貴が怪我したことに感謝すべきだな。
もし兄貴があの場にいようもんなら、銃殺されてたぞ……あのガキャア」
ハマーはそんな捨て台詞を残し、頭を下げるばかりのサイの胸を拳で軽めに突くと、振り返りもせずその場を去った。
――全くその通りだろう。返す言葉もない。
そう思いながら、サイは瞑想室に通じるクリーム色のエアロックを開く。
瞑想室とは名ばかりの、命令違反者収容施設──
かつてアマクサ組統制の象徴とされ、違反者でごった返していた牢獄。しかし今は、殆ど人の姿はない。
差し込む光は廊下からの一筋のみ。鉄格子で仕切られた、がらんとした部屋。
――その隅で、抹茶色のパイロットスーツのまま、ナオトが体育座りをしていた。
明かり一つつけず、真っ暗な黴臭い室内で、じっとうずくまっている。
そんな少年の上に、不意に射し込む廊下の照明。
その光を背に、サイの影が重なった。
だが彼を見ようともせず、ただ唇を噛みしめるナオト。
サイは静かに口を開く。
「ナオト。
お前が、マユを殺そうとしたというのは本当か?」
「だって!」
ギロリと大きな眼が自分を睨むのが、暗闇の中でもはっきり分かった。
逆光の中でサイの血まみれの制服を見、ナオトは一瞬はっと息を呑む。
そういえば自分とナオトが直接顔を合わせるのは、作戦開始以来だったな。驚くのも無理はない──
サイは懐かしさにも似た感傷で、ティーダ出動前を思い浮かべる。
あの時は確かに、みんな生きていた。ネネも、風間曹長も、メルーも。
最早あの時間は、決して戻らない。
だがそんなサイの心も知らず、ナオトは叫ぶばかりだった。
「だって……
マユは、メルーを死なせたんだ!」
鉄格子で分断され、縮まらない二人の距離。
サイは何を言ってもどうにもならないと分かりながらも、言葉を連ねた。
「コクピットで、マユの首を絞めようとしていたそうだな。
彼女はお前と同様、ティーダの貴重なパイロットで、アマミキョの運用にも欠かせない存在だ。
そして何より、大事な俺たちの仲間だ──
それは、分かるな?」
「マユは嫉妬してたんですよ、メルーに」
サイの血から眼を逸らし、ナオトは吐き捨てる。
――意味がまるで分からない。マユが、嫉妬? それが今回の件と、どうつながる?
「何を言ってるんだ? 彼女は……」
「マユは僕が欲しかったんだ。だから、僕がメルーの処にいるのを嫌がった。
サイさんは知らないでしょうけど、マユはメルーの作ったおにぎりを捨てたんですよ!」
ナオトの言わんとする処が、サイにも何とかおぼろげながら掴めた。
要するに責任転嫁したいわけか──無理もないが。
「だから、マユは任務を放棄したと言うつもりか? メルーを拒絶したと?
戦闘ログを見る限り、彼女は真っ当に任務を遂行していた」
「ログだけ見ればそうでしょうよ!
確かにマユは、直前まではメルーを助けようとしてましたよ。
でも、肝心な時に手を抜いたんですっ!!」
あまりのナオトの言いように、サイの言葉にも次第に冷たい怒気がこもる。
「ナオト。
マユは、そんな行為が出来る娘か?」
「出来るようになってしまったんですよ!
僕を独占したかったんだ、だからメルーを助けなかったっ!」
「……確かにマユは、最初は人を平気で傷つける女の子だった。
だが、君に出会ったことで、彼女は少しずつ変化してきたんだ。
それは、君にも分かるな?」
敢えてナオトに対する二人称を変化させ、静かに言い含めるようにナオトに語りかける。
それはサイなりの、怒りの表現でもあった。
「ビームが発射された時、ハッチの外へ出ていた君を、マユは必死で引き戻した。
あの状況で操縦桿から手を離すことがどれだけ危険かは、彼女は十分理解している」
「マユは僕と違って、戦闘のプロですからね」
ナオトはサイと、視線を合わせようともしない。
耳を塞ぎたいとでもいうように、身体を丸めるばかりだ。
だがここは、言って聞かせなければならない。それが自分の役目だ──
鉄格子を叩いて喚きだしたい衝動にかられながらも、サイは震える拳を押さえきった。
「にも関わらず、マユは君を助けることを優先した。少し前の彼女じゃ、考えられないよ。
結果として、メルーとおばあさんを失ってしまった。俺だって本当に悔しいさ。
だが、あの状況下ではマユは最善の選択をしたと、俺は思う」
「どうせサイさんも、僕が軽率だったって言いたいんでしょ!」
ナオトはそんな静かな言葉に耐え切れず、噛みつかんばかりの勢いで吠える。
それでもサイは、無表情を貫き通した。
「違うよ。
君も、マユを信じたいはずだ──それだけ、言いたかった」
ゆっくり顔を上げるナオト。
暗闇に慣れてきたサイの目に、少年の頬の涙の跡と、目の下の濃い隈、そして何度も殴られて腫れ上がった唇が見えた。
僅かに開いたパイロットスーツの胸元の間では、お守りが揺れていた。
ナオトの同僚だったフーア。彼の眼前であまりにも無惨に散った彼女の爪が入れられた、オーブ風の布製のお守りだ。
あれを作ったのは──
「軽率だったかどうかは、自分で考えろ。
そして、二度と同じ状況にならないようにするにはどうすればいいか、よく考えろ。
何より大切なのは、ゆっくり休むことだ。君は疲れすぎてる」
ナオトは何も答えず、全てを拒むように膝の間に頭を埋め込んだ。
それでもサイは言う。これだけは、言っておかねば。
「そのお守り、大事にしろよ。
ネネ・サワグチ看護師が亡くなった。葬儀は他の犠牲者や風間曹長と共に、チュウザンで行なう予定だ」
サイが去り、瞑想室内は再び闇に包まれる。
ナオトは改めて、お守りの重さを感じ取っていた。
フーアにアイム、そしてこのお守りを作ってくれたネネまでが、いなくなった──
紅の刺繍が入った、白い小さなお守り。
それを握りしめながら、ナオトは殴られた頬の痛みを思い出す。
同時に、焼かれたティーダの手も。
分かっている。僕にだって分かっている。
あの時マユが引き戻してくれなければ、僕も死んでいたということぐらい!
黙示録の光の中で一番近くにいて、お互いの心は分かっていたはずだ。
あの時、卵のように純真なマユの心は確かに、一心にメルーを助けようとしていた──
しかし、メルーの壮絶な死にざまが、ナオトの心を激しくかき乱す。
大事なものを守れず、かく乱され、疲弊しきったナオトの心は、またも真実を見ることから逃げていた。
その耳に蘇るものは、マユの声。
──私には、もうメルーの声もおばあちゃんの声も聞こえない。
どこからも。
どれほど耳を塞いでも、あの直後の彼女の言葉はナオトを逃がさなかった。
マユ、お願いだからそんな言い方はやめてくれ。
頼むから、もう……!
──多分、ティーダの腕が動いたから、黒ジンは撃ってきた。
──メルーたちがいると分かっていれば、さすがにザフトも撃ちはしなかったはずだよ。
やめて。
もう言うな、何も言うな!
──きっと、攻撃されると思ったんだよ。
だから、黒ジンは……
「うるさい、うるさい、うるさい!
メルーに冷たくした癖に、助ける気なんかなかった癖に、僕のせいにするな!」
耐え切れずにマユの首を絞めた時と同じ言葉を、ナオトは吐いていた。
――あれはちょうど、アマミキョのハンガーに帰還した直後のこと。
一番守りたかったはずのマユの首を──
僕は、この手で、絞めた。
後ろから響くマユの言葉を、僕は聞いていられなかった。
パイロットスーツごしに彼女の細い首を捕らえ、座席の上で馬乗りになって──
黒ハロが蝿のように跳ね回って、ハッチが開いて、僕はマユから引き剥がされて、マユはどうにか助かったけど。
「マユが……悪いんだ」
それ以上思い出すことを拒み、ナオトは両膝の間に頭を伏せる。
空調もろくに効かない瞑想室は、ただ凍るように寒かった。
「何で、来てくれなかったんだよ。
アークエンジェル……」
瞑想室から出てきたサイを出迎えたのは、心配そうに自分を見つめる子供たちの、12個の瞳だった。
ハーフムーンから生きのびたこの子供たちは、故郷の壊滅と友達の死という現実を理解した直後は、皆で必死に肩を抱き合いすすり泣いていた。
しかしどうやら、僅かばかりでも生気を取り戻したらしい。
エイミーと呼ばれた女の子が、サイの膝にすり寄ってくる。
「ナオトは、大丈夫?」
男の子たちも心配げに、顔を見合わせていた。
「怪我したって、ホントかよ?」「あいつドジだし、心配だよな」
血まみれのサイを見ても、もう子供たちは動揺もしなかった。
それ以上の惨劇を、彼らは純な目で見てきてしまったのだから。
自分たちを助けようとした大人が、その上半身を火線によって切り飛ばされる──などという光景を、目の前で見てしまった子さえいる。
サイは子供たちの目線にしゃがみ、ゆっくり笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。
ただ、ちょっと心に怪我をしてね」
彼らの中でも一番幼い、6歳ぐらいの女の子が、サイに包みを差し出した。
「バンソーコーで、治る?
これ、ナオトにあげて」
「ありがとう。
でも大丈夫、俺がバンソーコー貼ってきたから」
貼るどころかえぐっただけかも知れない分際で、何を言っている。そう思いながらも、サイは笑顔を崩さない。
だが、そんな女の子はさらに言った。
「じゃあ、お兄さんにあげる」
「え? 俺は別に……」
「血、いっぱい出てる」
これは違う。
俺じゃない、他人の血だ。
大事な人を守れず、大事な人を殺し、大事な人を傷つけることしか出来ない、無能な男の象徴だ。
そう叫びたかったが、サイは微笑みを貼り付けたまま、その絆創膏を受け取った。
子供の瞳を前にして、醜態を晒すような真似は出来ない。
「ありがとう。
早く戻って、おやすみ。あと二日で、オーブ行きの船に乗れるはずだ」
瞑想室を心配そうに見やりながらも、サイの優しい言葉で子供たちは素直に戻っていく。
小さな背中が揃って静かに、通路の向こうに消えた瞬間──
サイはどっと疲れを感じた。
ハーフムーンを脱出してから約40時間。ろくに眠りもせず、船内を走り回っていた。
避難民への状況説明、被害の確認、情報整理、ザフト残党の警戒、モビルスーツと船体の修復――やることは無限にあった。
ようやく10分ほど時間が取れた今やっと、ナオトと顔を合わせることが出来たのである。
ネネの血はすっかり固まり、ベージュの制服の上に派手にコーヒーでもぶちまけたような、褐色の染みと化している。
少しの間だけでも壁にもたれかかろうとした、その時――
不意に背後から、声がかけられた。
「見事だったな、サイ」
随分久しぶりに聞くような気がする、愛しいはずのその声。
だがその女の声は、今のサイにとっては怨みをぶつける対象にしかならないものだ。
にも関わらず、声は続く。
「村民の避難と、急造ローエングリンの発射、そして地殻変動の被害の抑制。
厳しい条件下で、よく戦った」
「相も変わらず……上から目線だな」
身体中が怒りで熱くなる。
近づいてくる足音。鉛入りの靴の音。
「おかげで、アマミキョは危険区域を脱した。
お前がここまでやるとは思わなかったぞ」
──吼えずには、居られなかった。
「……犠牲も大きかったっ!」
振り向くが早いか、サイは相手の襟ぐりを掴み、背中から壁へ叩きつけていた。
ひとつの抵抗もしないその相手──フレイ・アルスターを。
「君がいれば!」溜め込んだもの全てを吐き出すように、叫ぶ。
「君さえいれば、もっとスムーズに出来た!
ネネも、風間さんも! メルーたちだって、死なずにすんだかも知れないっ!」
抑えに抑えてきた感情の洪水は止まらない。
頭では支離滅裂な発言をしていると気づいていても、サイは自分を止められなかった。
フレイの首を絞めつけるように、彼女をひたすら壁へと押しつける。
不思議と、フレイからの反撃はなかった。
彼女はただ、じっとサイを見据えていた。
その言葉一つ一つを心に刻み付けるように、真摯に彼を見ていた。
灰の瞳には冷酷さも哀れみもなく、ただ純にサイを見ていた。
「俺は何も出来なかったんだ。
ネネと子供たちを、目の前で死なせた。
スティングを戦わせた、風間さんを殺した、アマミキョを戦う船にした、この手で村を滅ぼした!
メルーたちもいなくなって、マユもナオトも傷ついたのに、俺は何も出来なかった!
二年前と何一つ変わっちゃいないっ、俺は!」
フレイはサイに押さえつけられたまま、おもむろに口を開く。
「私がいたところで、結果はさほど変わらなかっただろう。
ザフトの今回の作戦は防ぎようがなかった。ハーフムーンの壊滅は避けられなかった。
同じように風間曹長は志願したであろうし、お前はローエングリンを撃ったはずだ」
「でも、ネネや子供たちや村人は助けられた!」
畜生、汗ばかりが出てきて言葉が継げない。
これじゃ、さっきのナオトと何も変わらないじゃないか。フレイの前で駄々をこねる子供じゃないか!
身体は熱くなりすぎて、胃から何かがこみあげてくる。
それでもフレイは口調を崩さず、静かに言った。
「無理だ。
今のお前に助けられないものは、私でも助けられない」