【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 フリーダムが、討たれた

 

 

 それは、もしかしたらかなり上級の褒め言葉だったのかも知れない。

 だが今のサイにとっては、感情を逆撫でする言葉でしかなかった。

 

「……どこ、行ってたんだよ。

 俺たち放っておいて、どこに行ってたんだよ! それでも……」

 

 傭兵か、と叫びそうになって、サイは自分の浅はかさに気づいた。

 ──フレイを掴んだ手から、力が抜けていく。

 

 何と身勝手な男だろう、俺は。

 キラやナオトやスティングにしたのと全く同様に、俺はよりにもよってフレイを、戦うように仕向けている。

 戦えと責めている。

 命がけで戦わなかったことを責めている。

 自ら内包し続けている矛盾に改めて気づかされ、サイは愕然とした。

 

「冷静になれ」

 

 そんなサイの心情をよそに、フレイの言葉は流れる。

 

「状況から考えて、私はカイキと共にアマミキョの守りに徹することになっただろうし、あのディンの猛攻はアフロディーテでも防ぎきれない。

 その点で、ムラサメの出現は全く幸運だった」

「そうだよ。その通りだよ……」

 

 フレイを壁に押しつけたまま、サイは呟く。

 血混じりの汗が、二人の間の床に落ちた。

 

「スティングは俺たちを助けてくれた。

 そのかわり、彼は再び戦うことになってしまった……キラを、俺が戦わせたのと同じに! 

 でも俺は彼に、何も返しちゃいない。

 何も返せない」

 

 サイの身体は嗚咽と共に、フレイの前で崩折れかかっていた。

 

 

「自分は何も出来ない癖に、人を戦わせたがって、出来なければ責める。

 ──最低だ、俺は」

 

 

 その言葉が引き金となったかのように、サイの全身から力が抜けた。

 呪詛のように絶望感が血管を駆け巡り、寒気が体内から湧き上がる。

 全身が痙攣でも起こしたように震えだし、関節やら皮膚の内側の肉やらが猛然と悲鳴を上げ始め、額からどっと汗が噴出した。

 

「アマミキョを守ることが、私の使命だ。

 お前を副隊長補佐に任じたことで、その使命はまっとう出来たと思っている。

 サイ──よく頑張ったな」

 

 そんなことを言わないでくれ、フレイ。

 こんな最低な男を慰めるようなことを、言わないでくれ。

 いつもの君なら、ここで俺を張り倒すぐらいのことはしているんじゃないのか。

 

 身体が、コントロール出来ない。

 サイは遂にふらつきに耐えられず、両膝をついた。

 フレイもそこでようやく、異変に気づく。

 

「サイ? 

 ……どうした?」

 

 いけない。

 こんな時に、こんな処で倒れては──

 そんなサイの意志にも関わらず、フレイを絞めようとしていた手はいつしか、彼女にすがりつく恰好になっていた。

 薬で抑えていた頭痛がぶり返し、鉛の塊が目の奥を叩くかの如き痛みが襲ってくる。

 吐き出す息は炎のように熱いのに、ひたすらに寒い。

 

「サイ……おいっ!」

 

 そのまま床に崩れ落ちかけた彼を、慌ててフレイが両腕で抱き止めた。

「この」フレイが慌てる声なんて、初めて聞いた気がする──

 

 その白い手が、サイの額に触れる。

 薄れて揺れ続ける視界でも、彼女の顔色がさっと変わるのが分かった。

 

 ――全く、ナチュラルの身体というのは、なんと貧弱なのだろう。

 何度噛みしめたか知れないその無念を抱きながら、サイはフレイに身を委ねるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「あれぇ?」

 

 作業艇ハラジョウ内部で、ニコルは声をあげた。

 彼にしては素っ頓狂な声を。

 

「どうした?」気づいたミゲルが寄ってきて、背後からニコルの操作するモニタを覗き込む。

「……おやおや。

 こいつはちっと予定外だぜ、姐さんよぅ」

 

 二人が眺めるモニタには、倒れたサイを抱きしめるフレイが映っている。そして彼女は――

 ミゲルたちの立場的には、少しばかり複雑な思いに囚われる行動に出ていた。

 

「ちょっくら、常軌を逸してねぇか。

 また殴るハメになるかな」

 

 ミゲルの口元は僅かに歪んでいたが、決して笑ってはいない。

 

「いえ……

 フレイはちゃんと、今回の任務は果たしています。

 アマミキョを放り出してまで拾いに行ったんですよ、『彼女』を。

 先輩は見てたんでしょ、わざわざ潜水してまで……」

「だからこの程度は許されるってのか? 

 人生の先輩としてはな、こいつはちょっと放っておけねぇ事態に見えるんだよ。

 やはり、御方様に連絡した方がいい。今のままじゃチグサ計画遂行にも支障が出る」

 

 口調は軽いが、ミゲルの言っている内容は手厳しい。

 だがニコルは淡々と反駁する。

 

「そんなこと、考えてもいない癖に……先輩は」

「ほう。いっぱしの口きくねぇ」

「僕らと彼女が決定的に違う点──それは、人格です。

 僕らは唯一、今ある人格しか持ちません。その点で僕らは、他の人間と何ら変わらない。

 でも、フレイは……姫は」

「んなこた先刻承知だ」ミゲルは強引にニコルの言葉を切った。「だから彼女は苦しんでる。

 だがニコル――それが、御方様が彼女に与えた罰だ」

「何の罰だっていうんです」

「俺流に訳せば、生まれてきたことの……になるな」

 

 ニコルは少々力をこめて、モニターから車椅子を遠ざける。

 フレイとミゲルから逃げるように。

 

「僕らが何もしなくとも、いずれ船内の行動ログは全て御方様がご覧になる。

 姫のものは、特に念入りにね」

 

 だがミゲルは、逃げるニコルの車椅子の背を強引に掴んだ。

 

「俺はフレイの為だけに言ってるんじゃない。

 このまま放置すれば、サイが消される危険だってあるんだぞ」

「彼に肩入れする理由がありますか? 僕らに」

 

 珍しく怒りを露にした表情を見せるニコル。

 だがミゲルは、そんな少年を睨みつつも笑ってみせた。

 

「何言ってやがる。

 そりゃ、俺がお前にしたい質問なんだがなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 アマミキョのハンガーでは、ティーダの装甲が念入りに洗浄されていた。

 その横では、大破したカラミティが焼け焦げた機体上部を修復中だった。アマミキョを守ってきたシュラークは無残にちぎられ、修復の目途もたっていない。

 

 キャットウォークの上から、マユはその二機をぼんやりと眺めていた。

 だが、やがてその視線はティーダの左掌に注がれていく。

 

 メルーたちが命を散らせ、その体液がこびりついたあの掌に。

 

 マユは自分の首を、そっと撫ぜてみる。

 ナオトに絞められた時の痣が、まだ残っている首元を。

 そんな彼女に、ラスティが声をかけた。

 

「おまちどー。

 約束のブツだ、お嬢様」

 

 手のひらほどの油紙に丁寧にくるまれたそれを、マユは大事そうに受け取った。

 洗浄作業で油塗れになった整備服をびらびらと乾かすふりをしつつ、ラスティは笑う。

 

「しかしマユ。こんなもの渡したって、ナオトが回復するとは思えんぜ。

 お前にゃまだ分からんだろうけど、人間の心の襞ってヤツはホントに……」

「いいの。

 私が、そうしたかったから」

 

 マユは包みを抱きしめる。愛おしいぬいぐるみを抱きしめるように。

 

「これは、メルーがいた証だから。ナオトを大切に思う子がいた証だから。

 ありがとう、ラスティ」

 

 そう言って、マユは走り去る。

 その小さな後ろ姿とミニスカートを眺めながら――

 ラスティは、不機嫌そうに吐き捨てた。血でも吐き捨てるように。

 

「いい子に……育っちまったな。こん畜生」

 

 

 

 

 

 

 清潔なクリーム色の天井の一室で、サイは目を覚ました。

 頭痛と熱はまだひかないが、身体中を支配していた寒気は幾分か治まっている。

 頭を回すと、左腕に刺さっている注射針と、その先の点滴が見えた。そして──

 

「気がついた?」

 

 心配そうにサイを見つめ、額に手を当ててくるフレイが、そこにいた。

 口調と表情から、すぐにサイは分かった──

 元のフレイだ。

 アークエンジェルの騒ぎ以来、ろくに話も出来なかった、元のフレイ・アルスターだ! 

 

「フレイ、君は!」

 

 慌てて起き上がろうとするサイを、フレイは両腕で組み伏せた。

 

「あぁ、もう! まだ動いちゃ駄目」

「ここは? 医療ブロックじゃないな」

 

 フレイの指示におとなしく従いつつも、サイは素早くあたりを見回した。

 医療ブロック特有の、あの喧騒や臭気が殆どない。

 

「アマクサ組用にとってある医務室よ」サイの左腕をそっと撫ぜるフレイ。

「今サイが倒れたなんて知られたら、船中大騒ぎでしょう? 

 だから、死体に偽装して、こっそり運んできちゃった」

 

 シーツか何かを無理矢理頭から被せられて運ばれたような記憶は、そのせいか。

 しかしウインクしながら言うことではない。

 

「だから、このことはスズミ先生とアマクサ組以外、誰も知らないわ」

 

 血まみれの制服は既に脱がされ、薄いブルーの病院着に替えられている。

 眼鏡はいつの間にか外され、枕元のサイドテーブルに、薬や水と一緒に置かれていた。

 乾いた清潔な布地に触りながら、またフレイに裸にされたのか……などと、どうでもいいことに思考が回る。

 

「俺の制服は?」

「捨てた」

 

 フレイは部屋の奥の洗面所に洗い物を運びながら、背中を向けてぶっきらぼうに答えを投げつける。

 

「洗って落ちる汚れじゃないわ。

 それとも、ずっと着てるつもりだった?」

 

 ネネの血が、魂が染み込んだとも言える服だった。

 鎮魂の意味でも、せめてチュウザンに帰るまではとっておきたかったが――

 それはサイの感傷にすぎない。

 

「自分の体液が全部染み込んだ服、ずっと着られてるなんて……

 本人にしてみれば、ちょっと気持ち悪いでしょ。それこそ、ネネに失礼よ」

 

 いつまでも拘っていては前に進めない。

 フレイのそっけない言葉は、そんな意味をこめているようにも感じられた。

 

「……久しぶりだな。

 こうやって、落ち着いて話をするのは」

 

 戻ってきたフレイはサイの額のタオルを替えながら、ゆっくり頬に手を当てる。

 冷たい指の感触が気持ちいい。

 

「そうね。

 アークエンジェルでは、サイにとても酷いことを言ってしまった。

 その前の、雨の晩も……

 ごめんなさい」

「あれも、君なのか。

 あの時、キラを脅していた君も」

 

 キラを傷つけ斧を振りかざし、炎の中で狂乱したフレイを、サイは絶対に忘れることなど出来なかった。

 ――だがあのフレイこそが、彼女の真実に近い気もするのが皮肉だ。

 フレイは目を瞑りながら、ベッドの横の椅子に腰掛ける。そしてあっさり答えた。

 

「そうよ、あれも私。

 多重人格ではない、フレイ・アルスター本人。

 キラもサイも傷つけ続けて、実は自分を一番深く傷つけていた私。

 あれも、フレイ・アルスターの真実」

「今の君と、同一人物とは思えない……

 同一人物だったら、嬉しいけどね」

「そうなの?」

「君があの時叫んでくれて、俺はかえってほっとしてた。やっと君の本音が聞けたと思った。

 二年前、君は何も話さずに消えてしまったから。

 だから……嬉しかった」

 

 喉までが痛んできている。サイは軽く咳をしながら、そばの水を飲んだ。

 コップを取るその手に、フレイはそっと自分の手を添える。

 

「私はね……サイ。

 人はひとつの人格のみで形成されるものじゃ、ないと思うのよ。

 暴れる私、冷徹な私、優しい私、朗らかな私、弱い私。その時々で、人は様々な人格を使い分ける。

 時には、一個の人間としては実に一貫しない、矛盾した行動を取ることもありうる。

 その矛盾が積み重なって、人は創られるんだと思うの」

「君は、その矛盾の集大成だな」

 

 部屋の空気は暖かく、湿度も調整されている。こんなゆったりした環境で身体を休めたのは何ヶ月ぶりだろう。

 しかもそばには、あれほど欲してやまなかったフレイがいる。

 元のフレイが、微笑んでいる。

 

「そんなこと言うけど、サイだってそうでしょ? 

 ニコルが言ってたわ、ローエングリンを撃った時の貴方は別人だったって」

「思い出させるなよ」

 

 駄目だ、俺は彼女に甘えてはいけない。

 何も出来なかった俺に、フレイに縋る資格などないんだ──

 

 フレイから視線と身体を逸らすサイ。動くだけでもまだ辛い。

 

「それより……君の記憶は。全て戻ったのか」

「全部かどうかなんて、分からないわよ」

「キラのことは?」

 

 数秒の沈黙。

 そして、フレイの神妙な声が響く。

 

「サイ。そのことだけど……

 もう、やめない?」

「どういう意味だよ」

「あのね。ついさっき入った情報なんだけど……

 フリーダムが、討たれた」

 

 思わぬ一言に、サイは跳ね起きる。

 途端、激烈な痛みが脳天を直撃した。慌てて両肩を押さえにかかるフレイ。

 

「馬鹿! 動いちゃ駄目って言ったでしょ!」

「何で!」

 

 サイはフレイの手に抗い、叫ぶ。

 頭痛に耐えきれず左手で額を押さえながら、右手はフレイに組みついていた。

 

「何で、何でキラが……アークエンジェルは!? 

 ミリアリアと代表は! 通信網は回復したのかっ」

「落ち着いて」

 

 フレイは首を振るばかり。

 

「アークエンジェルの信号は何とか受信出来るけど、詳しい情報は何も入ってない。

 ただ、出撃が確認されたフリーダムからの信号が、完全にロストしているの……

 お願いだから、落ち着いて」

 

 懇願するようなフレイの目。

 それを前に、サイはようやく手を離して身を横たえた。

 

「……あんなことを続けていれば、当然か。

 畜生」

 

 そうは言いながらも、力が一気に抜けていく。

 今までサイを支えていた全ての柱が、崩壊していく感覚。

 フレイに、キラの記憶を取り戻させる。キラを好きでいた記憶を──

 ただそれだけの為に、俺はここまで来た。フレイとキラが本当に和解し、融和出来るならば──

 その為なら、俺は命だって投げ捨てる。

 それが、キラを理解出来ず、フレイを切り捨ててしまった俺の贖罪だ。

 ――なのに。

 

 そのキラが、消えた? 

 自業自得とはいえ、これほどまでにあっさりと? 

 

 

 

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