【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part7 長い接吻

 

 

「いや……」

 

 サイは乾いた唇で喘ぐ。

 無理矢理に身を起こしながら、支離滅裂に叫んだ。

 

「生きてるはずだ。キラは生きてる! 

 二年前だってそうだった。ストライクが討たれた時だって、キラは生きてた。

 生きて、俺たちを助けてくれたんだ!」

「サイ! 

 落ち着いて。キラが生きていようといまいと、今は身体を治すのが先よ!」

 

 フレイは両腕で強引に、サイをベッドの上に組み伏せる。

 今にも相手に喰らいつこうとする猫のように。

 

「キラもおかしいし、私もおかしいことは分かってる。

 ナオトもマユも、酷いことになってしまった。

 でもね、サイ……

 一番おかしいのは、貴方よ」

「……? 

 俺の、何処が?」

 

 フレイの力に抗えず、激しい息の中でサイはそれだけを呟く。

 

「貴方と会ってから、ずっと不思議だったことがあるの。

 サイ。貴方……

 ()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 アマミキョブリッジでは、カズイがアムルと共に状況の確認を続けていた。

 船は既に山脈を抜けつつあった──オーブ軍の戦艦に引っ張られるような形で。

 

 苛烈な戦いを切り抜けたブリッジは、静かだった。

 オサキもヒスイも、黙ったまま作業を続けている。

 ネネの死を知らされた時は、二人で肩を抱き合い号泣していたものだが――

 今は決意を固めた表情で、それぞれがコンソールパネルに向かっていた。泣きはらした目もそのままに。

 

 だが、カズイは戦いの衝撃からまだ立ち直れていなかった。

 アムルをチラチラ見ながら、ふと呟く。

 

「リンドー副隊長……どうしたんでしょうね」

「まだ治療中だそうよ」

 

 カズイを見もせず答えるアムル。

 リンドーに対しても、彼女の言葉は辛辣だ。

 

「脚の切断は確実だそうだから、ブリッジには戻れないかもね」

 

 カズイは手を止める。

 胸の中に感じる、かすかな軋み。

 

「そうなると……ずっとサイが、副隊長ってことか」

「そうとも限らないわ。だいたいこの人選はセイランが勝手に決めたことなんだし、チュウザンに着けばいくらでも代わりが来るわよ」

 

 そこでアムルは初めてカズイを振り返り、微笑んでみせる。

 

「サイ君のこと、心配なのね」

「そ……

 そんなんじゃ、ないです」

 

 カズイは思わずぷいとそっぽを向く。

 サイへの嫉妬心を、見透かされた気がした──

 

 サイはローエングリンの発射までやってのけて、見事にアマミキョを危機から脱出させた。

 それに比べて俺は、吐いて震えていることしか出来なかった。

 一体何の為に、俺はあいつにもう一度、ついていったんだろう? 

 こんな気持ちになる為に、サイについていったんじゃない。俺は、もう逃げないと決めたのに。

 

 と、そこへオサキが会話に割り込んできた。

 

「そういや、サイ見ないけど、どうした?」

「あ……

 アマクサ組のトコで、ミーティングだってさ」

 

 カズイは心を覗かれまいとして、わざと不機嫌そうな態度をとってしまう。

 しかしオサキは、そんな心の機微には気づかない。

 

「へー、やったじゃん! 

 やっとサイも、今回の件でフレイに認められたってことかぁ?」

 

 素直にサイの功績を喜ぶオサキに、ヒスイが調子を合わせてきた。

 

「もしかしたら、お二人でいい感じになってるかも知れませんね」彼女にしては珍しく、明るい表情だ。

「おー、しっぽりやってるってことかぁ! 

 やったなサイ! これほど嬉しいことはないぜ」

 

 オサキは本心から嬉しそうに、ヒスイの肩を引き寄せて思い切り抱きしめる。

 真っ赤になりながらも、それを受け入れるヒスイ。

 

「お、オサキさんってば。そーいう発言やめましょうよ」

「いいってことよ! 

 ダチが幸せになって、嬉しくない奴がいるかよ」

 

 だが、カズイには分かった──

 オサキもヒスイも、悲しみを忘れようとして、不自然に快活に振舞おうとしていることが。

 そうしなければ、喪失感で押し潰されてしまうから。

 

 ――そういえば、ネネがいなくなってから急に、オサキとヒスイはお互いスキンシップを取り合うことが増えてきた気がする。

 そうやって、生きていることを確かめ合っているのか。

 彼女たちの接触は、女同士だからこそ出来る、生存確認手段なのか。

 

 カズイは勿論、そんな女性たちの輪には入れなかった。

 そしてアムルも、不意に席を立つ。

 

「それじゃカズイ君、あとでまた。

 制御室のエラーチェックしてくる」

 

 そのまま立ち去るアムルに、その背中をじっと見つめるしかないカズイ。

 彼女が出て行くが早いか、オサキが盛大に突っ込んだ。

 

「冷てぇなー。

 とっとと諦めろって、カズイ。あんな女」

 

 びくりとカズイはオサキたちを振り向く。

 ずっと、アムルへの想いは隠していたつもりだったのに。

 

「お、俺はアムルさんのことは、別に何も……」

 

 しかしオサキが今度は遠慮なしに、カズイの肩を抱く。

 

「バーカ。バレバレだっつーの!」

「え、えぇっ!?

 そ、そんな……嘘だろ」

 

 乱雑に開かれたオサキの襟元から、大きな胸が丸見えだった。

 すかさずヒスイも突っ込む。

 

「私でも分かりましたよ。

 ってことは、船内中が分かってるってことです!」

 

 自虐的とも言える台詞を何故か自慢げに喋るヒスイ。人見知りの彼女にしては、異常なほどのテンションの高さだった。

 

「隠せてると思ってんの、オマエだけー」

 

 オサキはぺろっと舌を出してみせる。しかし――

 彼女らにしてみればただの他人のラブコメにすぎないかも知れないが、カズイにとってはそれどころではない。

 ずっと秘めていたはずの想い。それがこんなにもあっさりバレていたとは――

 彼にしてみれば、あまりにも衝撃的な問題だった。

 

「じゃあ、もしかして……本人も?」

 

 真っ赤になって震えだすカズイ。もはや作業どころではない。

 しかし構わず、ヒスイは容赦なく言葉を継ぐ。

 

「当然気づいてるでしょうに、つれないですよね」

「そーいう奴なんだよ、あの女は」

 

 オサキはカズイから手を離すと、うーんと背伸びをしてみせた。

 

「仕事見てたって分かるだろ。

 手ェ抜くだけ抜いて面倒なトコは他の奴に丸投げ、コーディネイターってのが信じられないね。

 サイとの事件だって、今考えたらおかしなことが多すぎるぜ。ホントは自分がミスったのを、あいつに押しつけようとしたんじゃねーの?」

「彼女はそんな人じゃありませんよ!」カズイは思わず立ち上がった。

「僕の業務のフォローもしてくれるし、いつも優しいし! 

 お母さんと恋人を同時に亡くしたのに、健気な人です」

 

 そんな彼の真剣な叫びに、オサキとヒスイは一瞬黙り込んでしまった。

 が、オサキはすぐに、勘弁してくれとでもいうように両手を振る。

 

「お前な、ホント現実見ろよ。

 あの女が、まともにお前を相手にするわけ……」

「お、オサキさんってば。もうやめましょうよ」

 

 慌ててオサキの口を塞ぐヒスイ。

 もごもご暴れる彼女をそのまま押さえつけながら、ヒスイはカズイに向き直った。

 黒い前髪の間から覗く目が、柔らかい笑みの形になる。

 

「カズイさん。

 私、チュウザンの言い伝え、聞いたことあるんです」

「言い伝え?」

「星祭りの夜に、男性が女性に贈り物をすると、そのカップルは結ばれるんですって。

 ヤハラに帰る時ってちょうど、その時期ですよね」

 

 思わぬヒスイの提案に、カズイは尻込みを隠せない。

 

「お、贈り物ったって……俺にはそんな金もないし。

 アムルさんに似合うようなもの、何も買えないし」

「た、大切なのは、えっと……ハートですよ!」

 

 カズイ同様どもりながらも、ヒスイは明るかった。

 

「何をどのように贈るのか。

 それを考えることこそが、最大のプレゼントなんですよ」

「そーそー。それで無理なら、いさぎよく諦め! あっはっは」

 

 喪失感を振り払おうとする二人の、奇妙なテンションに怯えながらも。

 カズイはいつしかその提案に、惹かれていた。

 

「──プレゼント、か」

 

 

 

 

 

 

「泣けないんだ、俺は」

 

 アマクサ組の医務室で、サイは眼鏡をかけるふりをして視線をフレイから外していた。

 

「涙が、出ない。

 多分、涙腺が壊れてるんだと思う」

「……いつから?」

 

 フレイはサイにタオルケットをかけながら、静かに問う。

 

「二年前……君を亡くした時からだ。

 あの時、俺たちは生き残ることに精一杯だった。キラもミリアリアもラミアス艦長もクルーのみんなも、アスランも代表もラクスさんも、みんな必死だった。

 戦いが終わった時には、全員が全員、抜け殻だった……

 それでもオーブに帰るまで、かけずり回ってがむしゃらに働いたよ。

 そのうちに、俺はさ……

 気づいたんだ。自分がちっとも、泣いていなかったことに」

「貴方のことだから、泣きじゃくるキラやミリィを慰めてばかりだったんじゃない? 

 自分が泣く余裕なんて……」

 

 フレイはどこまでも優しく、サイの手を握りしめている。

 彼もその細い指を握り返そうとするが、力が入らなかった。

 

「そうだったかも知れない……

 だけどその後も、いくら君のことを考えても、泣けなかった。

 母さんが俺の話でボロ泣きしてた時も、トールの家に挨拶に行った時も。

 誰のことを考えても、何を思い出しても、泣けなかった。

 みんなが泣いている時に、俺だけが泣けなかった。

 その後、何が起こっても――

 埃が目に入った時以外に、俺は泣けなくなった」

 

 フレイは黙って、彼の額の汗を拭く。

 視線を逸らしたまま、訥々と語り続けるサイ。

 

「君がいなくなったのに泣けなかった俺には、もう泣く資格なんかないってことだ。

 そんな俺の命に、価値なんかない。

 誰も守れない、戦えない、何も出来ない……

 大切な人が傷ついて死んでいくのを見ているしかない、そんな俺に。

 それなら、何も出来なくても戦いに飛び込んで死んだ方が、まだマシだ」

 

 熱のせいだろうか。サイはフレイに、いつしか心情を吐露していた。

 ずっと隠しておくつもりだった想いを。自分でも、世界で一番みっともないと思える姿を――

 サイは、フレイに、披露していた。

 

「それが、貴方の行動理由だったの? サイ……

 だから今まで、酷い無茶をやり続けたの?」

「俺の血で、みんなが助かるなら。

 君やナオトやキラが少しでも救われるなら、俺は五体バラバラになって焼き殺されたって構わない。

 その気持ちは、ネネや風間さんに対してだって同じだった。

 なのに、俺は……」

「馬鹿なこと言わないでよ! 

 そんな風に命を投げ出されたって、嬉しくもなんともないわ!」

 

 突然サイの言葉を強引にぶった切り、フレイは紅の髪を揺さぶり立ち上がった。

 手が叩き払われる。明らかに激昂していた──

 

 が、サイの神経はそんな彼女の爆発にも即座に対応出来ないほど、磨耗していた。

 眉をつり上げるフレイを眺めながら、ぼんやりとした目で呟き続ける。

 

「嬉しがられるつもりはないさ。ただ、助かってくれればいい」

「ミリィとナオトの言葉を忘れたの? 

 命がけで誰かを助けたって、貴方がいなかったら、本当に助けたことにはならないのよ! 

 風間曹長に命を投げ捨てられて、それが身に沁みて分かったんじゃないの?」

「彼女は本当に立派だったよ、いつかのフラガ少佐と同じに……

 あれこそが、人を救うってことだ」

「嘘よ! 

 そんなこと、これっぽっちも思ってないくせに」

 

 いつだったか、未成年であるにも関わらず酒を大量に飲み干した時と同じ感覚を、サイは味わっていた。

 相手の様子にも構わず、ひたすら心情を吐き続ける──

 自分にそんな酒癖があると知ったのはその時だ。それと同じ状態ということは、俺の風邪はよほど酷いに違いない。

 

「俺は、君やキラやアマミキョの為に死ねたら、それ以上の幸せはないんだ。

 そこで初めて、俺の贖罪が果たせる……

 君を見捨てた罪を」

 

 フレイの拳がわなわなと震えだした。

 歯が噛みしめられる音。

 

「サイの馬鹿! 

 分からず屋の死にたがり! 頑固ジジイ! トーヘンボク! 

 みんな、あんたに生きていて欲しいってのが分からないの!?」

 

 フレイの罵倒を思い切り頭上から注がれながら、サイは笑った。

 

「ありがとう、フレイ。

 その言葉だけで、十分だよ」

 

 だが、熱で浮かれたサイの笑いは、かえってフレイの怒りに油を注ぐ結果にしかならなかった。

 

「ふざけないで……

 死に焦がれる男なんて、痛いだけよ! そんな目で、私を見るなぁ!」

 

 突如フレイはサイに馬乗りになり、眼鏡を無理矢理引き剥がす。

 前髪をわし掴みにし、毛布ごしに脚を膝で押さえつける。

 紅の制服で締められた胸が、眼前で揺れる。

 

 この事態に、サイもようやく我を取り戻した。

 ――まずい。

 俺がずっと守ってきた、心の中の何か。

 それが、喰いちぎられる! 

 

「馬鹿! 

 風邪がうつったら……」

 

 フレイの意図を素早く察したサイは、慌てて彼女を押し戻そうとした。

 が、恐ろしいほど低音のフレイの言葉が、威圧してくる。

 

 

「言ってきかないなら――

 力に訴えるだけ」

 

 

 サイがそれ以上言葉を発する暇も与えず。

 フレイは、その口を塞いだ

 ──自らの唇で。

 

 駄目だ、絶対に駄目だ──

 そんな声なき絶叫は、誰にも届かない。

 

 サイがずっと、自らに課してきた禁忌。

 それをフレイは、あまりにも簡単に破ってのけた。

 

 

 それは、二年前ですらこれほどのものはありえかったほどの、長い接吻。

 

 

 サイは目を見開いたまま、抵抗することが出来なかった。

 両腕両脚をがっちりと押さえつけられ、身動きすら許されない。

 

 ずっと、求めてやまなかった女の唇。

 いなくなった筈の恋人の、唇。

 自分が決して、手に入れてはならないもの──それが、強引に自分の中に入ってくる。

 自分を守る為に、二年もの間心に築いてきたバリケードが、突如の大地震でいとも簡単に崩れ去ろうとしていた。

 

 

「……ふぅ……っ」

 

 

 やがてフレイは身体を起こす。

 にこりともせずに吐き捨てながら。

 

「風邪って、他人にうつせば良くなるっていうでしょ。

 大丈夫よ、私は強化されてるから」

「だからって……こんなのありか!」

 

 フレイの舌と唇からようやく解放されたサイは、激しい息を抑えきれずにやっとこれだけを言う。

 口からは唾液が漏れ出していた。フレイか自分のものか分からぬ唾液が──

 サイは袖で乱暴にそれを拭く。

 

「俺の気持ちなんかまるで無視して……

 君はどうして、土足で人の心に入りたがる!?」

 

 だがフレイは聞かず、ベッドから飛び降りた。

 

「婚約者にキスして、何か問題でも?」

「大ありだ! 

 破棄した約束じゃないか、君が二年前に! 

 俺がずっと君の前で抑えてきた気持ちを踏みにじって、こんなの……

 暴力だろうが」

「婚約破棄した記憶はないし、欲求を抑えろって言った記憶もない」

「都合よく記憶喪失を使うな! 俺がどれだけ……っ!!」

 

 思わぬフレイの行為でさらに体温を上昇させてしまったサイは、皆まで言えずにそのままベッドに倒れこんでしまう。

 そのままタオルケットを頭からかぶって背を向け、フレイに対して拒絶の意思表示をしてみせた。

 

 畜生――君なんか大嫌いだ。

 俺がどれだけ君に翻弄されてるかなんて、君は知らない癖に。

 

 そんなサイを横目で眺めながら、フレイはもう一度ベッドに座り直す。

 ギシリとベッドが軽く揺れ、やがて静かな言葉が流れた。

 

「……サイ。私、真実を話すわ。

 だから、少しだけ時間をちょうだい。チュウザンに戻ったら、全てを話す。

 フレイ・アルスター復活の、真実を」

 

 

 

 

 ~~~~~~

 

 次回予告

 

 傷ついた心もそのままに、チュウザンへ帰還する少年たち。

 同時に訪れる、様々な別れ。

 それを惜しむ間もなく、状況は刻々と変化する。

 戦争の真実が明らかにされた時、彼らを待つのは地獄か、それとも──

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation

「前夜祭」

 運命の宵は、すぐそこに。アマミキョ! 

 

 

 

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